第6話 無抵抗
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ラートネクがどんな国なのかをシリルに尋ねるアルヴィス。
シリルはおおまかに、少しずつ話していく。
花壇での失敗をした記憶がよみがえるが、シリルの会話をしていくうちに心がアルヴィスの中で整理されていく。
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文字数は少なめです。
夕暮れ。
炉の火が、ゆるやかに揺れていた。
シリルは棚から乾いた切り餅を取り出し、網の上に並べた。
さっきまでの話を、すぐには続けなかった。続けるには、少し熱が必要だった。
餅の角が焦げ、白い表面がゆっくり膨らんでいく。
アルヴィスは、それを黙って見ていた。
まるで、記憶の角が火で丸められていくようだった。
シリルが餅を裏返す。
角張っていた切り餅が丸く膨らみ、形を変えていく。
軽く焦げ目がつき、香ばしい匂いが広がる。
シリルは餅を皿に乗せて、卓へ置いた。
「食え」
相変わらず雑な声かけに、アルヴィスは一瞬だけ笑い、箸を取る。
餅をつまみ、少しだけ冷ましてから口に運んだ。
外は香ばしく、中はやわらかい。
醤油の塩気の奥から、餅米の甘みがゆっくり出てくる。
「……おいしい」
シリルは何も答えない。自分の分の餅をひとつ、無造作に口へ運ぶ。
しばらく、火の音だけが続いた。
アルヴィスは、餅を少しずつ食べながら訊ねる。
「君の知ってるラートネクについて、聞いてもいい?」
シリルは小皿の醤油に餅をどっぷりつけながら答える。
「少し長くなる」
即座にうなずいた。
むしろ長くても良いくらい、聞いてみたかった。
「いいよ。食べながら聞いても平気?」
「構わん。だが、喉には詰まらせるなよ」
アルヴィスはくすりと笑う。
「大丈夫だよ」
空気がわずかにほぐれる。
「では、ラートネクの何を聞きたいか言え」
シリルはそう言うと、醤油漬けの餅を頬張った。
「シリルが、実際に彼らを見て感じたこと」
少しだけ間を置いて、シリルは餅を飲み込む。
「今、俺自身が絡む話はあまりできないかもしれないが……どんな国なのかなら言える。それでもいいか?」
「うん。話せる範囲でお願い」
「では、まず全体について話す。あの国は、考えが違う者を嫌う」
「そんなことで……嫌うの?」
小屋の空気が張り詰めていく。
「ああ。見た目よりも『中身』を揃えることを強制する」
「中身を」
「あいつらは『違いを認める』と言いながら、最後には同じ形に削る」
「ラートネクの形ってこと?」
「ああ。やっているのは自国のルールに従わせるってことだ。違う考えを持つ者を『害悪』扱いして削る」
アルヴィスはうつむく。
ようやく飲み込んで、言葉が出る。
「……でも、周りと合わせた方が生きやすいんじゃないかって、僕はずっと思う。僕らが彼らに頑張って合わせれば、争いは減るって」
指先が、わずかに強く餅をつまむ。
「失敗したんだろ」
「うん。うまくいかなかった」
アルヴィスは餅を食べようとしたが、箸を止めていた。
「すべての者がお前と同じ思考で動いているわけじゃないからな」
否定できない。アルヴィスの餅が少しだけ伸びる。
「お前は花を植えた。向こうは技術を奪って、笑っていたんだろ」
言葉に詰まる。花壇でのアゾルの笑顔が、胸を刺した。
「考え方は育った場所で変わる。だが、それだけじゃない。生まれついた根の部分――価値観の芯が違うんだ」
「価値観の、芯」
「感謝の伝え方、恐怖の感じ方などだな」
伝え方は努力で変えられるかもしれないが、無意識に戻ってしまうかもしれない。
感じ方を変えるのは難しいかもしれない。ふと、そう感じた。
「すべて決めつける気はない。ただ、あいつらは、揃っていると安心する。誰かが違う動きをすると、不安になる。だから削る。削って、同じ形にしようとする」
「それは、悪いことなのかな」
「揃うこと自体は悪くない。問題は、揃わない者を壊してまで揃えようとすることだ」
壊してまで整える。その言葉がやけに響いた。
「ラートネクは、そうしなければ生き残れなかったのかもしれない。砂の国では、水も食料も、命令も、均一に配らなければ崩れる」
「きっと必要だったんだね」
「だろうな。そして、国に必要とされているものはいつか正義の顔をする」
シリルは茶をひと口飲む。
「正義と名付けられたそれは、他人を削る理由になる」
「……正義って、なんだろうね」
「さあな。俺にも分からん。国関係なく、すべての人に課せられる問いだな」
二人の間に沈黙が生まれた。
アルヴィスはふと、卓の上を見る。
シリルの皿には、醤油が黒い池のように溜まっていた。
アルヴィスの餅には、ほんの薄く色がついているだけだ。
同じものを食べているはずなのに、食べ方がまるで違う。
その違いを見ながら、アルヴィスはふと思った。
(国も、種族も、こういうものなのかもしれない)
アルヴィスは何も言えなかった。胸の奥で、何かが小さく疼いた。
完全には否定できない何か。
花壇で笑っていたアゾルの顔が、一瞬だけよぎった。
「それでも、僕は花壇を無駄だったと思いたくないよ」
ぽつりと、つぶやく。
「なら、次は奪われない形でやれ」
シリルは最後の餅を食べ終えると続けて言った。
「無抵抗になるなよ」
言葉に、ほんのわずかだけ力が入っている。
「かつて、あの連中に……俺の仲間は『違っている』という理由だけで削られた」
「君の仲間が、削られた」
「地位も、名も、体も、土地もだ」
炉の火が、小さく爆ぜた。
「イルファノル州は乗っ取られた。それで終わりじゃない」
「それは、どういうこと?」
「ディーから聞いた。スペクトラヘイムの土地も狙われているってな」
「そんな……知らなかった」
「その話は王都の方が詳しいと思っていたんだけどな」
「……多分、僕だけ知らされていないのかもしれない」
部屋が暗くなる。陽の光はすっかり落ちていた。
炉の火だけが室内を照らしている。
「俺たちの国を、イルファノル州と同じ目にはさせたくない」
シリルは抑揚のない声だったが、どこか熱を帯びていた。
「かつてエルフがいた場所――などとは二度と呼ばせない」
そう言うと、白い自分の腕を一瞬だけ見る。
指先がわずかに震えている。
アルヴィスはそれを見て、顔を下げた。
「僕は昔、父上にこう言われたことがある。たしか――」
遠い声をなぞるように言った。
「お前は、この国を守る者になる」
シリルはアルヴィスに目を向けた。
「その意味が、いま分かってきた気がする」
シリルは何も言わなかった。
小屋の中には香ばしい匂いも残っていた。
ふと、壁を風が叩く。
「……寒い」
アルヴィスは自分で言ってから、違和感に気づく。
炉の火は燃えている。
なのに、足元から冷気が這い上がってくる。
「どこが寒い?」
「足元。床の方から」
部屋の隅。見張りのしかばねが動き出した。
赤く灯された眼窩を入口の方へ向けている。
「――敷地に侵入者が接近」
外の森から、音が消えていた。
シリルは立ち上がる。
「……来たな」
「何が」
「この森の、客ではないものだ」
ふたりは扉の外を見た。
「……今夜も、眠れそうにないな」
ぼそりとシリルがつぶやく。
冷気がさらに濃くなっていった。
当時人物
・アルヴィス
・シリル




