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第4話 砂に沈む仮面

==========

アルヴィスの悪夢。夢の舞台は敵国ラートネクの端の場所によく似ていた。砂漠で緑化活動を行うアルヴィス。日が暮れた頃、姿を現した人影。それは協力してくれたラートネク人の女性、アゾルの姿をしていた。しかしその場面はだんだんと崩れていった。

==========


 夜中。眠っているアルヴィスは時折小さく唸り声をあげている。


「ん……」


 長い手足を折りたたみ、毛布を握りしめる。


 ――


 もやのかかった世界。


 そこはラートネク国境地帯によく似ていた。アルヴィスはその砂漠地帯にいる。

 

「まずは砂の移動を止めるために草を定着させよう」


 過去に同じ言葉を呟いたことがある。


 目の前には、小さな緑の命たちがあった。

 風に飛ばされないようにレンガなどで囲み、花壇のように守りながら育てていた。


 外から持ち込んだ強い種ではなく、この土地の気候に合う植物を選び、少しずつ根を張らせる。それはとても地道なやりかただった。


 三年続けて、ようやく始まりに立てた。


 自立した緑地にするには、最低でも十年はかかる。エルフたちにはともかく、ラートネク人にとっては長く待たせてしまう歳月かもしれない。

 

 手伝いに来てくれたエルフたちが雑談をしながら作業している。


「大変だけど、これでラートネクの人々が少しでも楽になるならやる価値はある」


 放った言葉に、エルフたちは視線を手元に向けたまま頷く。いつもの意思疎通方法だ。


 敵国とはいえ、隣の国。

 困りごとに応えたい。できることはしたいと思っていた。

 

 空が急に暗くなる。いつのまにか夜が来ていた。

 そばにいたはずの仲間のエルフたちはいつのまにか消えている。

 

 目の前に現れたのはラートネク人の女性。

 後ろで束ねた茶髪。煮詰まった蜂蜜のような色の瞳。


 ローザと名乗っていた女――アゾルだった。


 初対面でアルヴィスに向けていた笑顔だ。片手を意味ありげに顔に近づけている。


 彼女の笑顔が、ゆっくりと仮面のように剥がれていく。

 

「やっぱり、こんなこと必要なかったわ」


 普段、緑化活動を手伝ってくれていたアゾル。

 その顔つきが、みるみるうちに険しくなる。下げた手元には穏やかだった時のアゾルの顔を模した仮面があった。


「その顔、どうしたの」


 質問するが、彼女の顔は険しいままだ。

 

「これがわたしの本当の顔」

「君の本当の顔……」

「今まで我慢してきただけよ」

「なんで」


 言葉が詰まる。


 突然の変化になぜという音しか浮かんでこない。


「なんで、最初から言ってくれないの」


 数秒遅れてようやく話せる言葉の数が増えた。


「言ったら私の立場がないからよ。でも、もう関係ないわ。技術と苗は手に入れたから」


「騙していたのか」

 

 最初から、嵌められていた。騙されていた。

 ふと胸が締め付けられる。片手で胸を押さえる。苦しい。

 

「もう結構よ。あとは用済みね」


 まばたきをするとアゾルも、緑も、砂になった。砂の形を模した像は風に飛ばされて消えていく。


 アゾルが持っていた仮面だけが砂漠に沈んだ。

 

 一人残されて、ようやく気づく。

 これは、もう終わったことだ。過去だ。

 

 そう思った瞬間、視界が一面焼けていった。


 白く、霞みながら。

 

 ――

 

 まとわりつく白いもやが、砂のようなざらつきに変わる。


 目を覚ますと部屋はまだ薄暗かった。


「嫌な夢だ」

 

 胸の辺りがズキズキと痛む。


 暗闇に視界が慣れるとシリルが立っていた。胸元に視線を落としている。


「夢を見ていたか」

「うん。少し嫌な夢。変な寝言は言ってなかったかな」

「寝言は聞こえなかったが、胸を押さえていた」

「……そうだった?」

「ああ。息が荒かった。夢の中でも痛みがあったか」

「痛いというより、締めつけられる感じがした」


 シリルの目が、わずかに細くなる。


「そこには触るな」


「え」

「今は触るな。余計に乱れる」

 言い方は冷たいが、静かな忠告として受け入れ、すぐに手を離した。


「……わかった」


 アルヴィスは手を下ろす。


 胸の奥には、まだ砂を飲み込んだようなざらつきが残っていた。呼吸は浅く、しっかり吸えていないのが自分でもわかる。


「なぁ。お前の夢に誰かが出たのか」


 シリルの突然の問いだった。


 アルヴィスは少し黙り、ぽつりと吐き出す。


「アゾル」

「誰だ」

「ラートネクで、僕を手伝ってくれていた人。いや、もう違う」


 毛布を握る。


「……手伝ってくれていたと、思ってた人」

「そいつに、何をされた」

「まだ、うまく言えない。思い出すのがつらい」

「そうか。なら、それ以上は言うな」


 シリルはそれ以上、何も聞いてこなかった。ただ何かを理解したように目を細めているだけだった。


「もう寝ろ」

「また夢を見るかもしれない」

「見る時は見る」

「……そうだね」


 慰めはそこにないが、変に否定されるよりは楽だった。


 アルヴィスはもう一度、毛布を引き寄せた。今度は、胸元を押さえないようにする。しばらくすると、呼吸が深くなってきた。


⭐︎


 シリルは、アルヴィスが寝息を立てたのを確認すると寝台のそばから離れた。


 自分の布団に一度入るがすぐに起き上がり、机の前に座る。


 眠るつもりだったのに、眠れなかった。

 理由は分かっている。あの男の胸にある、黒い結び目のことについて頭から離れないからだ。


「自然にできたものじゃない」


 机の蝋燭に火を灯す。筆を手に取る。

 紙には「アゾル」「悪夢」という文字が書かれていた。


 炉の火が、遅れた日没のように灰の奥で沈んだ。それでもシリルの夜はまだ終わらない。


「……誰が、こんなものを仕込んだ」

 

 筆の音が小さく響く。


 小屋の外で、夜の森が静かに息をしていた。

登場人物


・アルヴィス

・シリル

・アゾル(悪夢の中で登場)

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