表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スマッシュフロンティア  作者: あめたす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/14

第9話:天空からの杭、指先の狂気

第9話:天空からの杭、指先の狂気


「ワンセットマッチ、アイザック・リザーブ。プレイ!」


 審判の無機質な電子音が、地上二百メートル、スカイハイ・シティの頂点に鳴り響いた。

 

 直後、駆の視界から「球」という概念が消失した。

 

 バシュゥ、と空気を切り裂く高周波の音。続いて、鼓膜を直接叩くような破裂音。

 アイザックの放った第一サーブは、二メートルを超える長身から放たれる圧倒的な落差によって、テニスコートを垂直に貫く「杭」と化した。

 

(速すぎる……ッ!)

 

 駆の反射神経が警報を鳴らす。だが、肉体が反応するより先に、黄色い残像は駆の足元で爆ぜた。

 バウンドしたボールは上昇気流に乗り、駆の背丈を軽々と越えて防風ネットに突き刺さる。

 

「エース。フィフティーン・ラブ」

 

 アイザックは表情ひとつ変えない。その瞳には熱もなく、ただ作業の進捗を確認する職人のような冷徹さだけが宿っていた。

 

「オーゥ、マイ……! カケール、信じられない角度だ! まるでビルからピアノを落とされたような重圧だよ!」

 

 コートサイド。先ほどまで高所恐怖症で震えていたリチャードが、恐怖を忘れて戦慄していた。彼は震える手で、ポケットから取り出した「ガリ」の残りを口に放り込む。

 

「あの打点は、テニスの物理法則を書き換えてしまう。カケール、まともに受けようとしたら腕がもげるネ!」

 

 駆は返事をしなかった。いや、できなかった。

 肺が焼ける。酸素の薄いこの場所では、呼吸ひとつが針を飲むような苦しみを伴う。

 だが、駆の右手は歓喜に震えていた。

 

(これだ……これだよ。教科書通りの綺麗なテニスじゃ、一生届かない絶望。ケンがあっさりと通り抜けたこの壁を、俺は俺のやり方でブチ壊す)

 

 アイザックが二投目を構える。

 駆はラケットを極端に短く持ち、卓球のラケットを握るかのような「指先の感覚」を研ぎ澄ませた。

 

「無意味だ。君の身長では、私のサーブの軌道には一生触れられない」

 

 アイザックの右腕が、しなる鞭のように振り下ろされた。

 一点。アイザックのトスが頂点に達した、その「一瞬」を駆は永遠にまで引き延ばして観察する。

 

 ボールのフェルトが微かに剥がれ、風に震える様子。

 アイザックの巨大な影がコートに落とす、黒い断層。

 

(……見えた)

 

 駆はあえて、ベースラインよりも遥か前方へ踏み込んだ。

 ライジングではない。バウンドの衝撃が最大に達する前に、その「点」を強奪する——

 

 ガッ。

 

「ぐ……うぉぉぉお!」

 

 駆はラケット面を斜めに切り裂くように振り抜いた。

 卓球の伝家宝刀の回転理論。ボールの横っ面を削り取り、超高速のサイドスピンを上書きする。

 

 放たれた打球は、アイザックの足元へ向かう途中で不自然な挙動を見せた。

 ネットを越えた瞬間、重力に逆らうように右へ、そして急激に「沈む」。

 

「な……ッ!?」

 

 アイザックの長い脚が、困惑に縺れた。

 

 打球は、アイザックのラケットが届く寸前で、まるで意志を持っているかのように軌道を曲げ、コート外へと逃げていった。

 

「………………」

 

 静寂。

 アイザックが、初めて駆の瞳を見た。

 そこには、整然とした論理を嘲笑う、泥臭くも鋭利な「狂気」が渦巻いている。

 

「……指先で、物理を捻じ曲げたというのか」

 

「言っただろ、あんたを引きずり下ろすってな」

 

 駆の汗が黄金色の視界を濡らす。

 

「リチャード……見てろ。これが、あんたが教えてくれた『戦い方』の答えだ!」

 

「オーゥ……! イエス、カケール! アンビリーバブル! あのアイザックの瞳に、初めて『動揺』という名のデータが書き込まれたネ!」

 

 リチャードは興奮のあまり、握っていたガリをアリーナの床にぶちまけた。

 

 天空の城、スカイハイ・アリーナ。

 絶対的な高さを誇る巨塔が、初めて一人の少年の執念によって揺らぎ始めた。

 

「……いいだろう、少年。君を『迷い人』ではなく、排除すべき『エラー』として認識しよう」

 

 アイザックの纏う空気が、より一層冷たく、鋭利に研ぎ澄まされる。

 

 空から降り注ぐ杭と、地を這う指先の魔球。

 命を削るような、高度の死闘が、真の幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ