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集合住宅サーガ  作者: 九木十郎
第九話 警官マンション
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9-3 鎮めるのは簡単ではない

「あの、深山さん。コチラの方は?」


「ああ、初対面でしたか。ええと、二階に住む島間《しまま》さんです。それでこちらは八階に住む天草さんの娘さん、ミマちゃんです」


「おおう。あなたがあの男前どののご息女か。一〇歳くらいの少女と伺《うかが》っておりましたが、どうやらわたしの勘違いだったようですな。二〇二号室の島間源五郎と申します、以後お見知り置きを。

 しかし何やら物騒な話をしております。また厄介な闖入《ちんにゅう》者がお出ましですか」


 実はこれこれこういう人物が現われて、と説明すると「それはいかん」と大仰《おおぎょう》に驚いて見せた。そして「そういうお話ならこのわたしが協力いたしましょう」と言い出したのである。


「お嬢さんが住民の危機に手助けをしたいという気持ちもよく分かりますし、深山さんがご婦人を危険に晒《さら》したくないという気持ちもよく分かる。なればここは、その人物が片付くまでわたしが深山さんを護衛するというのが最適解。そうは思いませんか」


 視界の端に頬を引きつらせるミマちゃんの横顔が見えた。


「あ、いえ、お気持ちはありがたいのですが銃を持つ相手に普通の方が相手をするというのは流石に荷が重いでしょうわたしはその手の有象無象《うぞうむぞう》を何度も相手にして来ましたし対抗手段も持ち合わせております実績も充分重ねてますその件に関しては深山さんもよくご存じで不安懸念は一切不要」


 何故《なぜ》だろう、なんか妙に早口だ。


「お嬢さん、ご心配には及びません」


 満面の笑みを浮かべた大男は、ボストンバッグから新聞紙や油紙で厳重に梱包された包みを取り出した。そのまま開梱《かいこん》すれば中から黒光りするブツが姿を現すのである。


「拳銃?」


「はい。贔屓《ひいき》にしている香港の店から買い取った『モデルガン』です」


 途端、俺とミマちゃんの表情が固まった。

 一瞬にして興味が失せたと言った方が正しい。


「ああお二方、そんな怪訝《けげん》な顔をしないように。モデルガンといってもコレは本物そっくりに模した構造で強度もソレに準じています。各部の作動は確認済み調整も万全、性能もまた実銃そっくり。何ら遜色ありません」


「モデルガンなんですよね?」


「勿論《もちろん》です、モデルガンです。そしてご安心下さい。コレは広辞苑を打ち抜ける威力があります」


 それは実銃と何がどう違うのか。


 目線で問い返す俺に、最近のモデルガンは高性能ですから、そう言ってまた「ふははは」と笑った。


「だいたい香港の店って……島間さん、お仕事はミャンマーとかおっしゃってませんでした?」


「香港なんてほんの隣です。飛行機でチョイチョイですよ。聞くところに寄れば半年ほど前、ミイラ坊主の怪異がマンションを騒がせたとか。海外出張の最中で皆様のお力になれなかったのが実に心苦しく、申し訳なく思って居たのです。なので此度《こたび》の厄介者はこのわたしにお任せ頂きたい」


 ちっ


 小さな舌打ちが聞えた。

 ちらりとミマちゃんを盗み見る。間違いない、実に不機嫌そうな横顔だ。俺の隣に立つ女性って、どうしてこうも舌打ちするコトが多いんだろう。普通女性って人前でそんなコトしないよね。

 それとも俺か、俺がいけないのか?


 そうこうしている間にも、島間さんの口上は実に流暢《りゅうちょう》に流れていく。


「こう見えても実戦経……いえ、これでも月に何度も射撃場に足を運び、射撃訓練も重ねて居ます。銃の分解清掃もお茶の子さいさい、自前の銃なら目を瞑《つぶ》っても出来ると自負しております」


 そして、今回買ったこの銃も部屋に在る数多のコレクションの一つに過ぎません、銃器のことならばお任せあれ、などと胸を張るのだ。


「そうですか。その方面に長《た》けているとおっしゃるのなら、俺よりも彼の相手には相応しいかも知れません。島間さん、ミマちゃんに替わってお手伝いしていただけますか」


「勿論《もちろん》です」


「深山さんっ」


「ミマちゃん。手助けすると言ってくれたのは嬉しいけれど、やっぱり女の子を銃の前に晒《さら》す訳にはいかないよ。このマンションで今更なにをって思うかも知れないけれど、やっぱり俺は男だし。矢面に立つのは男の役割だと思って居るし」


「う……」


「久方ぶりに自分のマンションに帰宅してみれば、銃にまつわるこの怪異。正にコレは天の采配、天啓です。後のことはこの島間源五郎にお任せ頂きたい。お嬢さんは吉報を待ち心安らかにお過ごしあれ。無論、深山さんも」


 何でしたらお嬢さん、外出帰宅の際もご一報いただければ護衛いたしましょう、などと言うものだから、ミマちゃんは「それはどうも」と引きつった笑みを浮かべるばかりであった。




 新米警官はひとりふて腐れていた。


 ソレを知ったのは数週間前だった。SNSで偶然見つけた「ヤバい警官が居る」という投稿があって、ふとそれを開いてしまったのだ。そして添付された警官の写真を見て肝をつぶした。自分がよく見知った人物、失踪した父親にとてもよく似ていたからだ。


 とあるマンションの界隈で、いつも警官が手に拳銃を握り締めて彷徨いている。それは一昔前の制服で、通りすがる者に片端から声をかけて銃による決闘を迫るのだという。旧型の制服を着服したイカレたマニア、あるいは殉職した警官の怨念か、などというテロップが貼り付いていた。


 根も葉も無い与太話だと鼻で笑うその一方で、この写真はいったいどういう事なのだと不安と疑問が膨れ上がるのである。その姿は失踪したときの父の面立ちや背格好、制服姿にうり二つ。だけど父がこんないかがわしい噂の元ネタになるなんて在り得ない。同僚だった由良さんだって「実直な警官」とそう言っていたではないか。


 そう信じれば信じるほどに、確かめたいと思う気持ちは強くなる一方だった。


 かの巡査長に窘められるまでもない。あのマンションの噂はチラホラ耳に入っていた。


 曰《いわ》く、ソコは怪異現象の巣窟《そうくつ》。

 曰く、ソコの住民は日々怪しげな何かと争っている。

 曰く、ソコには魔女や剣士や無限に増える女格闘家が居る。

 曰く、ソコに用の無い者が踏み込めば出て来られない。

 曰く、ソコの地下にはペンギンが住んでいる。


 等々、まったく愚にも着かない。小学生レベルの都市伝説、与太話だ。


 そう思って居たのにどういう事か。部屋のポストに「ペンギンさんと遊ぼうアイスショウ」のチラシが入っていて思わず目を剥《む》いた。

 何でもマンションには使われていない地下駐車場が在って、そこをスケートリンクに改装。ペンギンたちと一緒にスケートして遊べるショウを開催していると言うのである。


 同じアパートに住む顔なじみに「これは本当ですか」と聞いたら「ウチも子供を連れて二回ほど見てきた。ペンギン可愛かったよ」と言われて少なからずショックを受けた。少なくとも噂の一つは本当だったらしい。


 だからといって噂の全てを鵜呑みに出来る筈もない。SNSのアレだってそう。きっと偶然の一致だ。よく似た男性のコスプレ写真と何処にでも在るフェイク記事に違いない。


 でも……あるいはひょっとして……


 新米警官は悶々とする。


 あんな記事なんて気付かなければ良かった。知らなければ時間が空くごとに、あのマンションの周囲をグルグル巡り歩く事も無かったろうに。


 父さん。今、何処に居るんですか。


 一二年前、交番勤務の巡査が警ら中に襲われて銃が奪われるという在り得ない事件が起きた。銃を奪われた警官は足を折られる重症を負い、相方の警官は救急車の要請を入れると同時に犯人を追った。

 そのまま後を追った警官は、犯人と共に消息を絶った。


 銃を奪われた警官の証言から似顔絵とモンタージュが作られ、全国規模の指名手配事件となった。大々的な捜査網が敷かれたが犯人は発見できず、また奪われた拳銃も回収されず、使用された痕跡も無いまま時間は流れ、事件はそのままお蔵入りとなった。


 公務執行中の行方不明。

 そんな一言で家族が納得出来る筈《はず》も無い。無事であろう、無事であって欲しいと願い続けてもう何年になる?母はもう口に出さなくなって居るけれど、父が帰って来なかった日付の夕餉《ゆうげ》には、毎年必ず父の好物が並ぶのだ。


 日常にはとうに出て来なくなった未練であったが、完全に消え失せている訳ではなく、一度目覚めてしまえばソレを鎮《しず》めるのは簡単ではなかった。

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