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集合住宅サーガ  作者: 九木十郎
第九話 警官マンション
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9-4 どこぞのヒーローにみたいな

 古い木造アパートの一室で、一人の男が座卓の前で作業していた。


 長年使い続けてきたモノには某《なにがし》かのモノが宿るという。それは付喪神《つくもがみ》とも呼ばれ、この国では古くから言い伝えられた道具への敬意であった。大切に手入れをして使い続ければ手や身体に馴染み、使う者に応えてくれるというのは一つの事実だろう。


「だがよく勘違いはされるな。過剰な信頼は禁物」


 道具は使われてこそ本分。だが必ず限界が在るし、持っている資質以上の能力も発揮し得ない。

 そしてそれは人もまた同じ。


 それを語ると必ず反論する者は居る。いや違う人は道具じゃ無い、人は自分の意思で自分の行き先を決められるし、努力次第では自分の限界を超えられるのだ云々(うんぬん)。

 そう力説する。


 果たしてそうだろうか?


 ヒトは心と身体ふたつそろってこそ人間で、肉体は魂の器、道具だろう。そしてヒト個人は世の中の全てに翻弄《ほんろう》されて生きている。社会というシステムに使われていると言い換えても良いかも知れない。


 心身共に限界を超えれば壊れてしまうし、ソレを超えたと宣《のたま》う者も単純に自分の限界に気付いて居なかっただけ。諦《あきら》めや達観で手前勝手に枷《かせ》をはめていたという話なのである。


 男は机の上に並べられた部品の清掃を終えると、一つ一つ慣れた手つきで組上げていった。組み付け終えると一丁の拳銃が出来上がり、動作確認のあとセーフティをかけ、シリンダーをスイングさせて弾薬箱から弾を一つずつ込めていく。


 ニューナンブM60。一九六〇年より日本の警察用拳銃として調達された。一九九〇年代に生産終了したが、現在でも多数運用されている息の長い拳銃。

 今はS&W M360Jサクラの調達が進んで老朽品から順次更新されているが、性能で現行品と劣る訳では無かった。


 むしろシングルアクションでの射撃精度では上回るほど。コイツはまだ本来の性能を出し切れていない。


「そしてわたしもまた本来の職務を、役目を果たし切れていない」


 弾を込め終えると、安全装置が掛かって居ることを再度確認してホルスターに収めた。


 天井の円い蛍光灯が、一度だけ明滅してそのまま消えた。




「なんでアナタがここに居るんです」


 灘《なだ》羽多子は極めて不機嫌そうな顔で、マンションの前に居る若者に声を掛けた。


「上司の方に、ここには近寄るなと言われたのではありませんか?」


 仕事の帰りがけ、スーパーの特売でキャベツが安かったので思い切って三個買ったのはいいが、持ち帰りのことを失念していて既に息が上がっていた。重量もさることながら、パンパンに膨れ上がったエコバッグが思いの他に歩く邪魔だったのだ。


 そして青息吐息でマンションに辿り着いたところで、見た事のある不愉快な人物に出会したのである。人あたりもとげとげしく為《な》ろうというもの。


「今日非番です。いまの俺は警察官ではなく、藤堂啓太という一市民。どこに行こうと自由です」


「よく言いますね。今からあの巡査長にご連絡いたしましょうか?どんな言い訳が繰り出されるのか楽しみです」


 あっち行けしっし、と手を振ってセルフレームの眼鏡を掛けたOLはエントランスの入り口に向った。こんな若造に関わり合ってる場合じゃ無い。この戦利品を片手に本日の厄介な何者かを退け、あるいはやり過ごし、無事自分の部屋に戻らなければ為らないのだ。


 まったく今日はろくな日じゃない。朝は朝で島間《しまま》某とか云《い》うおっさんと天草さんちの小娘(急に巨大化した不愉快な物体)が深山さんに貼り付いて、彼と満足に話も出来なかったというのに。

 何でも深山さんは、怪しい警官から銃での決闘を挑まれているのだとか。その為の護衛だなどとヌカしているのである。


 そんな頓痴気《とんちき》な相手、目眩《めくら》ましで煙に巻くから大丈夫だと言ったのに、おっさんも小娘もまるで聞く耳を持たない。まったくこのキャベツ程度では到底埋め合わせできない負の巡り合わせ、この世の不遇である。


「俺を面白く思って居ないのは分かってます。ですがそれでも重ねてお聞きしたい。この界隈で古い制服を着た警官を見かけませんでしたか」


「またその話ですか。何度言われても見た事が無いモノはな……」


 このまま軽くあしらって追い払うつもりだった。でもそれは出来なかった。何故《なぜ》ならばエントランスのドア越しに人影が立つのが見えたからだ。

 ソレはまるで、軍服にも似た濃い色合いの制服のようにも見えて。


「どうしたんです?」


 突然固まった眼鏡のOLに何事かと視線の先へ振り向いて、藤堂もまた固まった。ドア越しであっても見間違いようがない。それは古い警察の制服を着た一人の警官の姿であったからだ。


 顔はガラスの反射でよく見えなかった。なので青年は確かめようと一歩踏み出したのだが、袖を引っ張られて引き留められた。


「近寄っちゃダメです。あなたはこのままお帰りなさい」


「何を言ってますか。俺は、あの人物を確かめなきゃなりません」


「命の保証が出来ないと言ってるんです。此処《ここ》の因果に巻き込まれて、端から居なかった人物にされてしまいますよ」


「……何を訳の分からないコトを」


 戸惑う彼を尻目に手荷物を道路の脇に置くと、トートバッグから帽子とローブを取り出し何時もの装束となった。そして「立ち去りなさい」と彼に命じた。


「コレはわたしたちこのマンションに住む住民の事情です。部外者が関わって良いモノではありません。いったん踏み込めば、もう後悔も出来なくなります」


 眼鏡の奥から射《い》竦《すく》める眼光に青年は思わず固唾を呑んだ。それは数瞬前の彼女では無い。浮ついたドコにでも居そうなOLだと思って居たのに、まるで数多《あまた》の場数を踏んだ熟練者の迫力があったからだ。


 気圧されそうになり、ソレが逆に彼の中で反発を呼んだ。


「あんたらにはあんたらの事情があるように、俺にも俺の事情があるんだよ」


 腕を振り切って近付こうとしたその足が止まった。ドアが開いて中に居た人物が外に踏み出して来たからだ。藤堂の表情が固まり目が見開かれた。

 思わず声が漏れる。


「父さん」


「このマンションでは見ない顔だな。それにきみのような青年に父呼ばわりされる謂《い》われは無い」


 わたしの息子はまだ小学生だと言い、「そこの三角帽子」と傍《かたわ》らの女性に声を掛けるのである。


「噂に聞く『魔女』だな。件の剣士とワンセットだと聞いている。わたしの相手をしてもらおう。何なら彼を呼んでもらっても構わない。むしろそちらの方が願ったりだ」


「まっぴらゴメンです。朝夕お構いなしにバンバンバンバン撃ちまくって。五月蠅《うるさ》いんですよ。そもそもなんですか、出会うその片端から銃突き付けて相手をしろだのと。みんな迷惑してます。最近の警官は丸腰の相手を撃つのですか」


 とっとと出て行って下さい、と叫んだ。


「そのローブと帽子には様々な呪具が仕込まれて居るだろう。それで丸腰とは片腹痛い。それとも今すぐ彼をこの場に呼ぶか?それならばきみに手は出さないと約束しよう」


「人質を盾にした悪党が言いそうな台詞ですね」


「技の鍛錬となるのなら悪党でもかまわない。所詮《しょせん》わたし達は呪《しゅ》に捕われた存在、いわばこのマンションに住む者とは同じ穴の狢《むじな》だ。同輩と言い替えても良い」


「あなたみたいな人外と一緒にしないで下さい。何があったか知りませんが妙ちきりんな所に踏み込みましたね。強すぎる妄執は歩む道を間違えると、魔女のおばあさんが言ってました」


「問答をしたい訳では無い。実利が欲しいダケだ。それとも抜けば否応なしか?」


 そう言って、パチリと腰のホルスターの蓋ボタンを外すのだ。


「待って、待ってよ父さん。一般市民相手に何するつもりなんだよ!」


 藤堂が割って入り待ったをかけた。その瞬間である。バキン、と大きな破裂音がして彼の足元のアスファルトが爆ぜた。

 踏み出そうとした足がたたらを踏み、息を呑む。


 見れば警官の手にはすでに拳銃があって、銃口が青年の足元に狙いを付けて居た。


「邪魔をするな、次は足に当てる。この場から立ち去りなさい。これ以上この場に居ても、きみには災難しか降りかからないぞ」


「と、父さん。何を言ってるんだよ」


「わたしはきみの父では無い。息子はまだ幼いと、さっき言わなかったかね?」


 魔女、わたしの相手をするか剣士を呼ぶか選べ、そう言い放った。有無を言わさぬ物腰、引き下がる気配などどこにも見当たらなかった。


「仕方がありませんね」


 目を据《す》えたOL魔女は小さく呟いた。ローブの中で腕が動く気配、その瞬間である。「あいや、しばらく」と叫ぶ声があった。

 振り返ってみると、二階の廊下から一人の大柄な男が顔を覗《のぞ》かせてた。


「そこのお巡りさん。ご婦人に銃を向けるのは感心しません。わたしがお相手しましょう」


 そう言い放つと手摺りを乗り越え、「とう」と言って飛び降りてきた。体躯に似合わぬ身軽さ、階段を降りるのも煩《わずら》わしいらしい。

 モスグリーンのサマージャケットが風にたなびき、どこぞのヒーローにみたいな登場の仕方だった。

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