10.
いつもありがとうございます!いよいよ梅雨入りしそうでしょうか?
「ホノカ様、お手を」
「ありがとう、ジェイル」
我先にと馬車を降りたジェイルが恭しくホノカへと手を差し出す。
有難くその手を取りながらそっと地面へと足を下ろした。
そして、眼前に広がる美しい光景に改めて感嘆の声を漏らす。
(とっても綺麗……)
町の入口には色とりどりの花で飾られたアーチがそびえ立っている。
傍らの看板には《ようこそ!花の町・フルラージュへ》と刻まれており、ホノカたちの第一の目的地であることを示していた。
フルラージュ。
カートレット本邸から森をぬけた先にあるこの地は通称を《花の町》といい、小さな町ではあるものの町の至る所に美しい花々が咲き乱れていることから人々にそう呼ばれている。
華やかで美しい街並みによって綺麗なものが好きな貴族女性から密かに人気を集めており、ミラージュ王国の観光地としても知られていた。
かくいうホノカもその美しい光景をこの目で見てみたいと思っていたものの、実家では外出を禁じられていたために訪れたことはなかった。
しかし今回北部の別邸に行く道中にフルラージュがあることを知り、『人々の暮らしをみる』という目的を果たすためにもこの町に寄ることを決めていたのだった。
馬車の後方から馬で帯同していたアオイと合流し、町の門をくぐる。
そこでホノカたちはすぐに異変を感じた。
なにやら町の様子がおかしい。
普段なら観光にきた人々や花の買い付けにやってきた商人たちによって賑わいを見せているはずであるのに、今はまったくそのような気配がないのだ。
それどころか町の住民と思しき姿すら見当たらず、あたりはしんと静まり返っている。
「なんだか様子が変ね……」
「はい。不自然なほどに人の姿がありません」
アオイは周囲を警戒するように見回すものの、そのどこにも人の姿は見つからない。
町のメインであろう大通りに出てもそれは変わらず、建物はシャッターが締め切られ開いている店は一軒たりとも無い。
まるで町から人が消えてしまったかのようだ。
アオイは事情を知る人を探すために町の奥へと偵察に向かった。
広場に残されたホノカとジェイルがその場にポツンと立ち尽くす。
「この町で何かあったのかしら」
不安そうに手を握りしめるホノカにジェイルはそっと寄り添うと、片方の手を自分の手でぎゅっと握った。
突然のジェイルの行動にホノカは目をまん丸にして彼の方を見る。
「ジェイル……?」
「大丈夫。何があってもホノカ様のことは僕が守ります」
ホノカの瞳をじっと見つめ返すジェイルはとても真剣な顔をしている。
しかしその瞳がどことなく不安げに揺れていることに気がついて、ホノカは添えられたジェイルの手を同じように優しく握り返した。
(不安に感じているのは私だけじゃない……)
「ありがとう、ジェイル。私も、どんなものからもあなたのことを守るわ」
「ホノカ様……」
「まぁ……戦闘面ではあまり役に立たないかもしれないけど」
いたずらっぽく笑うホノカに、ジェイルもつられて笑う。
先程までの不安な気持ちはどこへやら。
二人の間には穏やかな空気が流れていた。
(まだまだジェイルは幼いわ……。私がしっかりこの子を守らないと)
笑顔の裏でホノカは改めて決意を固めた。
「お二人のことは私がバッチリ守りますから!」
どこから話を聞いていたのだろうか。
いつの間にか偵察から戻ってきていたアオイが拳を突き上げながら力強く宣言する。
そのあまりに自信に満ち溢れた様子に、ホノカは思わず吹き出した。
「ふふ……頼もしいわ」
「でしょう!お任せ下さい!」
自信満々に胸を張るアオイをよそに、ジェイルはそういえばと話を切り出した。
「ところでアオイ。誰か見つかったのか?」
「それがですね……」
バツが悪そうにアオイはそっとジェイルから目を逸らす。
結局町中を探したものの外を歩いている人は誰も見つからなかったらしい。
メイン通りを離れ民家の並ぶ道を歩きながら、アオイは眉間に皺を寄せため息をついた。
「困りましたね。誰かに話を聞こうにも肝心の人の姿がないんじゃ……」
困り果て右往左往するホノカたちの様子に気がついたのだろうか。
一軒の民家のドアがうっすらと開くと、そこから一人の女性が顔を覗かせた。
「あら……外から来た人かね」
顔を出したのはやせ細った老婆であった。
目は落ちくぼみ肌の血色は悪く、時折ゴホゴホと酷く咳き込んでいる。
明らかに具合の悪そうな老婆は、ホノカたちの頭からつま先までをジロジロと不躾に見た。
ホノカに代わってアオイが老婆の前へと出ると、人好きのする笑みを浮かべた。
「あの、私たちカートレット本邸の方からこの町へ観光でやってきたものです」
「ふぅん、そりゃあご苦労なことだ。……でも残念だったね」
老婆はフン、と鼻を鳴らすと自嘲じみた顔で笑った。
「町の様子を見ただろう?数日前からこの有り様さ。急に変な病が流行りだしたと思ったらみーんな倒れちまった」
「そんな……」
老婆の話によると初めは住民の何人かが軽く咳き込んでいる程度であったそうだ。
しかしただの風邪だと思われていたその症状は次第に重症化していき、瞬く間に町全体にまで広まってしまった。
中には食事をまったく受けつけず衰弱していく人もいるようで、事態を重くみた領主によって外出禁止令が言い渡されたのだという。
「悪いことは言わない。あんたらも早く町から出たほうがいいよ」
もう話すことは無いと言わんばかりに一方的に話を切り上げると、礼を言う間もなくドアは閉められる。
仕方が無いのでホノカたちは馬車まで戻ることにした。
得体の知れない伝染病が流行っている以上、長い間滞在するのは危険である。
大人のホノカたちはまだしも、幼いジェイルが感染してしまったらどんなリスクがあるかわかったものでは無い。
名残惜しさを感じつつも、ホノカたちは次の目的地へと向けて出発した。
ざわざわと胸をくすぐる嫌な予感には目を瞑って。
**********
(こんなにも寂れていたか?)
レティシアにせがまれ街へおりると、ほんの一週間前に訪れた時には感じなかった、薄暗さと重苦しさに違和感を感じた。
田舎ではあったが、そこそこに開いていた飲食店はちらほらと店をしめており、心なしか出歩いている領民も少ない。
全体的に静かなのだ……。
シンヤは首を捻り周りを見渡すが、見知った顔はなく疑問を問いかける事は出来ない。
ふいに耳障りな雑音が聞こえ、その原因へと目を向ける。
道端に座っていた老人がしゃがみこみ激しく咳をしているのを目にし、嫌な気分になった。
よく見れば老人だけではなく、幼い子供や成人に達した者も喉を鳴らし、苦しそうな顔でふらふらと歩いているんだ。
「汚らしいな」
「そうかしら?私には素敵な音色に聞こえるわよ」
「音色?」
「そう。生きている人間が奏でるハーモニーよ」
シンヤは眉をひそめ、訝しげにレティシアを見るが、当の本人は楽しげに笑うばかりだ。
(何が面白いのかさっぱりわからない)
レティシアの態度に不快な思いになる。
しかし、すぐに彼女がそういうのであればそうなのかもしれない。
彼女の言う事、成すことは全て正しく思えるから。
少し先を歩いていたレティシアが、その場にぼんやりと立っているシンヤへとかけより下を向いている彼の顔を覗き込む。
「何をしているの?」
「あ、あぁ」
(何をしているのか?)
湧き上がった疑問を反芻してみても、答えなんかでなかった。
考えても仕方のない事に時間を奪われるなんて愚か者のする事であり、シンヤには関係ない事……。
おどおどと他者の視線を気にし、両親の操り人形だった双子の妹ホノカ……。
(アイツなら心配したに違いない。だが、俺は違う。アイツみたいには決してならない)
心の中で呟くと、顔を上げてレティシアに答える。
「この様子だと、衣装店も店を閉めているかもな」
「まぁ!大変!」
「急ぐぞ」
「ええ!」
エスコートなんて知らないといわんばかりに、シンヤは足早に歩いていった。
レティシアも小走りで彼の後をついて行くが、唇を歪ませ笑っている。頬は紅をさしたかのようにいつもより赤みを帯びていた。
「さぁ、これからどんどん面白くなりますわ……」
レティシアの囁かな声は風の音に掻き消され、シンヤの耳に届くことはなかった……。
これから来る暗闇に気付きもしないままに……。
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