11.
いつもありがとうございます!偏頭痛に苦しむ季節ですが、応援で幸せな気分に……!
西日が差し込み始めた執務室内でユリウスは大きく一度伸びをすると、書類仕事の際だけ掛けている眼鏡を外し、机に置いた。
ゆっくりと席を立ち上がり、いつもの様に窓から庭を眺めてみたが、今日はホノカの姿はなく少し前の静かなカートレット家である。
昨日ジェイルと『湖畔の別邸』へ向かって旅立ったのだから、姿が無いのは当たり前なのだが……。
(ホノカ孃は無事に道中を過ごせているだろうか?不便な思いをしていないだろうか?)
繰り返し浮かぶ数多のパターンの心配事がユリウスの集中力を邪魔し、平常通りに仕事が進まないのが悩ましい。
早く仕事に区切りをつけて、後を追いたいが、クラークの監視が厳しく、手を抜く事は無理そうだ。
窓枠に手を置いたままぼんやりと彼女のいない庭を眺めながめていると、以前までホノカの部屋であったバルコニーに視線が止まった。
ほとんど修繕は済んではいたが、今は家主不在ゆえにのんびり工事で進められていた闇族の次期長だとかいう現マリモちゃん(ホノカ命名)が破壊した壁やら破れたカーテンやらが見える。
(あぁ。アイツに聞けばいいか)
昨日の朝、使用人達が檻に入れ荷台に積んだのを見かけた。
まぁ、連れて行くようにアオイに伝えるつもりだったのだから、手間は省けたが、ホノカ孃が指示をした事が少し引っかかる。
おおよそ、毛玉ちゃんが寂しくないようにと配慮した結果だろうが……。
あの時は、弟は馬車の中なのに、兄本人は荷馬車で荷物扱いされる事に、随分怒っていたな……。
「取り敢えず聞いてみようか」
ユリウスが左耳で揺れる黒炎石のピアスを左人差し指でぱちんと弾くと、小さく揺れた黒炎石は火花を纏い空気を振動させながらパチパチっとさらに大きな花を咲かせた。
それと同時に写し出された映像には、牙をむき出しにユリウスへと威嚇する毛玉ちゃんに似た少し大きめのこれまたもふもふ犬が……。
「いってーな!その呼び方止めろっ!ぎゃっ!おまっ!ぎゃ!ぎゃ!ぎゃ!」
マリモちゃんが反抗する度に、雷術を繰り返す。
(こうすれば、そのうち呼ぶ度に反抗することもなくなるだろう)
その時の事をクラークは、『笑顔で悲鳴を聞きながら何度も雷術を繰り返すユリウス様に背筋が凍りました……』と語った。
「ごめんなさい……!申し訳ありませんでした!」
宙に浮かんだマリモちゃんは、心なしか一回り程小さくなっており、疲弊を隠せずにいる。
「ホノカ孃の様子はどうだ?」
「ホノカ様?」
「ああ。不便そうにしているとか、体が痛いと言っていたりしないか?」
マリモちゃんは面倒くさそうに鼻で笑い答える。
「随分と過保護すぎないか?」
(お前が言うな!)
ユリウスも心の中で笑う。
皮肉にもこの2人、大切な身内にはすこぶる甘いときてる。
似た者同士である……。
しかし、この屋敷のリーダーはユリウスだ。もちろん納得はいってはいないが、弟のリオンを取り戻すには仕方がない……。
たとえ雷電を受けようが雷電を受けようが雷電を受けようが……。
「それで、ホノカ孃は?」
「昨日と変わらない一日だったと、日記に書いてたぞ。そんなわけあるかっ!書き続けようとする意思は褒めてやるがっ!」
「勝手に見たのか?」
彼の一言でこの場の空気が凍った。
「たまたま、目に入った……」
「檻に入っているのに?……あぁ、よく見ると貴様、檻から出てるな?」
気まずそうにぷいっと顔を反らしたマリモちゃんは言葉を続ける。
「ホノカが出してくれた」
「ホノカ?」
冷たい双眸はさらにするどくマリモちゃんを射貫くと、もう一度でも言ったら許さないと無言の圧力をマリモちゃんにかけた。
闇族の次期長であるマリモちゃん(フューリアス)からすれば、たかが人間の娘1人を呼び捨てにしたところで、深い意図はない。
自分に元の力が戻りさえすれば、ユリウスだって脅威になんてならないのだから。
今は従っているふりをしているだけと自分に言い聞かせた。(一度対戦して負け、首輪を着けられた事は忘れている……)
「まぁ、まぁ、ユリウス様!」
慌てて2人の間に割って入ったクラークは、いい加減にしてくれと内心ぐったりしていた。
「なんだ?」
「ジェイル様とホノカ様の近況を詳しく聞いた方がよろしいのではないですか?」
ユリウスは顎に手を添えて考えるとマリモちゃんへ視線を移した。
本当はこの闇族に聞かなくても、ユリウスの力を使えば容易く道中から今この瞬間までのホノカの動向は知る事はできた。
だが、そうしなかったのは以前ホノカにジェイルに対して魔道具をつけた事で怒られたからだった。
ただし、つけていないわけではない。
見なければいけない時に見るためだ。
今までだってジェイルは暗殺者から、幾度となく命を狙われ続けていた。
それは、これからもきっと変わらない。
その時に後悔しない為には、ホノカの言う事だって聞くわけにはいかない。
それが、親としてのユリウスの義務であり、子を守る責任。
しかし、
『嫌われたくない』
それも本心なわけで……。
だから、不本意だけれど、この闇族に聞くんだ……。
「他に……変わりはないか?」
マリモちゃんは首を捻り考え、
「そういえば、流行り病が増えていると領民が言っていたぞ」
と、ぽつりと呟く。
「……クラーク、至急調べ報告するように部隊の者に伝えろ」
「畏まりました」
クラークは主へ向けて一礼すると、足早に執務室を後にした。
「お前は引き続きホノカ孃とジェイルの周りを注視するんだ」
「なんで俺が!」
反抗しようと牙を向いたマリモちゃんにユリウスは左ピアスを指差すと、すっと唇を上げた。
「わかった!わかった!」
「わかればいい」
マリモちゃんの返事を聞く間を待たず、ユリウスは通信を切ると思い当たる書物を探す為、自身も執務室を後にした。
**********
「あれ?」
アオイは空から舞い降りて来る赤い鳥へ人差し指を差し出し、首を傾げた。
間違いなくクラークからの伝令鳥であり、緊急を報せる黒い首輪を着けたイチくんだ。
「お疲れ様。でも、昨日出発したばかりなのに、早すぎない?」
伝令鳥に尋ねてみても勿論返答なんてあるはずはない。
(なんだか嫌な予感がするのよね〜)
アオイは止まり木にイチくんを乗せると小さなため息をこぼした。
こういう時の嫌な予感は当たる。
『湖畔の別邸』へは行きたくないが、ホノカとののんびりゆったり女子会旅行は楽しみでもあったのに……。
まぁ、悶々としていたところで内容が変わるわけではないので、クラークと通信しようと思った矢先ふんわりしたエンジェルボイスがアオイの耳をくすぐる。
「まぁ、可愛い小鳥!」
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