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断罪予定の私ですが、予定は未定だったようです。  作者: 夏嶋咲衣
2.オセロ

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9.

いつもありがとうございます!週1回の亀更新申し訳ありません。いつもリアクションありがとうございます!

 


   ホノカ様が微笑んだ。




 以前は僕にだけ見せてくれていた柔和な微笑みは、いつからだろうか、メイドのステラにも見せるようになり、アオイやシャーリーなど時を重ねるごとにホノカ様が笑みを見せる人は増えていった。


 それに比例するように、ホノカ様を好きな人も増えて行き、例外に漏れず父……ユリウスも惹かれている。


 花がたくさん咲き誇る花畑の様にカートレット家に優しい春の空気を運び始め、陽だまりみたいな穏やかな空間で、カートレット家は格段に住心地が良くなり、使用人だけでなく僕にとってもそれは同じなはずなのに……。



 何故なんだろう……?



 黒い靄が胸の奥に隠れているように感じる。


 じわじわと僕の心臓を圧迫する力は小さな力ではあるのに、自分では制御できなくなるようで、それが、歯痒くて仕方がない……。


 今はまだ辛うじて顔を出すことはなく僕の力で抑えきる事ができているけれど、いつ現れホノカ様を傷付けるかわからないから不安になるんだ……。


(ホノカ様の笑顔を見なければかわる?)


 ほんの一瞬よぎった思いに、現実ではないのに僕はぞっとした。



 以前は無条件にホノカ様の笑顔が大好きで、幸せな気持ちになったのに、今の僕は違うのだろうか?


 自分だけに笑顔を向けてほしいだなんて、……いや、待てよ。


 ダメじゃない?


 僕ほどホノカ様との思い出を大切にしている人間はいないのではないかと思う。


 ホノカ様との思い出は全てが大切で尊い僕の記憶であり、約束の印としてからめた小指は今も見るだけでうっとりと甘い感情が湧き上がり僕を戸惑わせた。



 ……けれど、今は僕以外に笑いかけるホノカ様を見るたびに胸の辺りがざわざわと騒がしくなり、苛立ちが募る。


 僕は小窓を開けたまま、外を眺めているホノカ様の名前を呼んだ。


「ホノカ様」

「なぁに?」


 小首を傾げた拍子に銀糸が天使の羽根みたいにかろやかに宙で踊った。

 実の母にすら笑いかけられた記憶もない僕だけれど、ふわふわと柔らかく僕を包み込む微笑みに知らず知らず涙がこぼれそうになり眉間をきゅっと顰めた。鼻の奥がつんと痛くなる。


「ジェイル?」

「なんでもありません」



 そう?と不思議そうに僕を見つめるホノカ様の視線から逃れるように、窓の外へと顔を逸らす。


 明らかに不自然な素振りである。


 それでも、理由のわからないこの感情を、まだホノカ様には悟られたくはなかったから。



 ホノカ様のように小窓から流れる景色を眺めながら、出発前の父様との会話を思い出す。



『ホノカ嬢を頼む』

『はい、お任せ下さい。お待ちしております』


 いつも通りの笑顔を浮かべると父様へ答えた。


(言われなくてもホノカ様へ害をなすものは許さない。父様でなくこの僕がね)


 ベーと心で舌を出しながら、優越感でホノカ様へと視線を送るといつになく困り顔のホノカ様の姿が見え、僕は嫌な予感がよぎる。


(……まさか、気のせいだよね?)


 僕は黒い塵を振り払うように頭を横に振ると、ホノカ様と同じ様に彼女を見つめていた。






 **********



 窓の外を流れる景色はゆっくりとしたスピードでうつり変わってゆく。

 穏やかに進む馬車に揺られながら、ホノカは小さな窓から外の風景を眺めていた。



 カートレット本邸から離れてしばらくはのどかな田園風景が続いていた。

 数多の作物が植えられた大きな畑が広大な土地に広がっており、そこでは領民の人々が農作業に精を出している。



 馬車は畑のすぐ側を通るため、カートレット家の家紋に気がついた人々が慌てたように馬車に向かって頭を垂れる。

 その中には小さな子どもの姿もあり、無邪気にもホノカたちに手を振ってくれたため、ホノカもその瞳を細めて手を振り返した。


 ……突き刺さるかのような鋭いジェイルの視線には気が付かぬまま。



 じっとりと恨めしそうにホノカを見つめるジェイルを傍らの子犬は呆れたように見ている。


 そして仕方がないとでも言いたげな様子でわん、とひと鳴きをするとぴょんっと向かいに座るホノカの膝へと飛び乗った。


 すっかり外に向けられていたホノカの意識は突然飛び乗ってきた毛玉ちゃんによって引き戻される。


「毛玉ちゃん?どうかしたの?」

「わん!わぅ……!」


 しっぽをブンブン振りながらホノカに飛びつく毛玉ちゃんに、思わず破顔する。



「急にどうしたのかしら?」



 ねえ、ジェイル?と片手で毛玉ちゃんをあやしながらホノカはジェイルの方へと顔を向けた。


 その表情はとても柔らかで、慈しみを帯びている。

 形の良い眉は困ったように下げられ、口元は緩やかな弧を描いていた。


 ジェイルの大好きな、ホノカの笑顔がそこにはある。




 周りに夢中になっているホノカの視線がようやく自分の方へと向いたことに、ジェイルはほっと胸を撫で下ろす。


 その時胸に去来した感情の理由に気が付かないふりをして、ジェイルはホノカに微笑み返した。








 どこまでも続くかと思われるほどに広大な畑を抜けると、じきに人の暮らしの気配のない木々の生い茂る森へと差し掛かった。


 身を乗り出す勢いで小窓から景色を眺めていたホノカは、ようやく落ち着いたかのように馬車の席に背中を預け一息をつく。


 馬車の外を流れる景色は幼い頃から家族に虐げられほとんど外出を許されなかったホノカにとっては物珍しいものばかりで、ついつい夢中になってしまったがいささかはしゃぎすぎてしまった。





 ホノカはそっと向かいの席に座るジェイルへと視線をやった。

 一緒に連れてきた毛玉ちゃんを膝にのせ、時折その毛並みをそっと優しい手つきで撫でている様はいつものジェイルと変わらない。


 出発間際の様子などホノカの見た幻であったのかと錯覚してしまいそうなほどに、普段通りの彼がそこにいた。



(考えすぎかしら……?)



 うーんとこめかみに手をあてながら瞳を閉じてホノカは思案する。



 今朝のジェイルはどこか様子がおかしかった。


 何かをこらえるようにして口を引き結んだジェイルは、明らかにホノカに対してなにか知られたくないことでもあるようであった。


 馬車に乗り込むまではそのような素振りは微塵も見せていなかったのに。



(それにさっきだって)



 いきなり膝に飛び乗ってきた毛玉ちゃんに驚いたホノカが思わずジェイルの方を見ると、どこか不貞腐れた様子で何かを言いたげにホノカを見つめていた。

 ホノカの視線を受け、すぐにいつもの笑顔を浮かべたものの、その表情にもどこか影があるように見える。




 思い返せば馬車が出発してからのホノカは外の景色に釘付けになっていた。

 夢中になるあまりジェイルのことを放っておいてしまったのだ。



 ホノカにとっては物珍しい景色であっても、ジェイルにとってはそうではないかもしれない。



 同乗者が外の景色ばかり眺めていてはジェイルもさぞかし退屈であったことだろう。



 自分の好奇心を優先してジェイルの様子に気を配れていなかった自分をホノカは恥じた。





(……けれど、それなら出発前のあの表情はどうして?)



 考え込むと周りが見えなくなるのはホノカの悪い癖だ。


 難しい顔のまま固まってしまったホノカに、ジェイルは怪訝そうに声をかけた。




「……ホノカ様?どうかされましたか」

「いいえ!なんでもないの」



 ホノカはハッとした表情でジェイルを見た。

 不思議そうな、不安そうな顔でジェイルはホノカを見つめている。


 急に黙りこくったホノカの様子を不審に思ったのだろう。

 不安を抱かせてしまったようだった。



 伺うようにホノカを見つめるジェイルに、安心させるように優しく微笑む。



 ジェイルが話したがらないのなら無理に聞き出すのはよくないだろう。

 今のホノカに出来ることはジェイルが話したいと思うまで待つことだけ。



(……うん。何も出来ないことは歯がゆいけれど焦っても仕方ないものね)



 特別なことは何もせず、ただ普段通り振る舞えばいい。





「ねぇジェイル!そういえば……」



 ホノカはいつも屋敷でそうするようにジェイルへと他愛のない話をした。



 次第にジェイルもぽつぽつと話し始め、二人の間には笑い声が増えていく。



 どこか緊張感を帯びていた馬車の中はいつしか、いつも通りの和やかさを取り戻していた。






 長く続いていた森をようやく抜けると、明るい陽射しが馬車へと差し込んでくる。

 今の今まで薄暗い森の中を進んでいたせいですっかり暗闇になれてしまった目にはいささか刺激が強く、急な明るさに思わず目を細めてしまう。

 明るさに慣らすように恐る恐る目を開くと。


「わっ!」


 飛び込んできた風景に思わず声を漏らした。


 色鮮やかな花々が一面に咲き乱れる美しい光景がそこには広がっていたのだ。

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