お手柔らかに 1
オリヴァージュは幼馴染みであるところの、リンカシャス・ウィリュアートンを小さく睨んだ。
が、にやりと笑われただけだった。
リンクスは、意地が悪い。
知ってはいたが、まさか、国王やジョザイアまで引っ張り出すとは思ってもいなかった。
ジョザイア・ローエルハイドが懇意にしているのは、幼馴染みの現国王くらいのものだ。
その繋がりもあり、オリヴァージュは幼い頃には、よくローエルハイドの屋敷を訪ねていた。
それを引き合いに、ジョザイアは、いつもオリヴァージュを「小さかったナル」と称してくる。
さりとて、その2人にしても、リンクスに促された程度で、いち貴族の催し事に出てくるような人物ではない。
とくに、ジョザイアは、滅多なことでは表に姿を現さないのだ。
その彼が出てきた理由には、思い当たる節があった。
不意に、ジョザイアがセラフィーナへと向き直る。
穏やかな雰囲気と、ゆるやかな笑みに、誰もが勘違いをするのだが、彼女は持ち前の勘の鋭さから「なにか」を察したらしい。
ローエルハイドの名ではなく、ジョザイアに緊張感を募らせているようだった。
「きみが、セラフィーナだね?」
言葉もなく、セラフィーナがうなずく。
彼女らしくはないものの、そうなるのも理解はできた。
ジョザイアは、見境なく力を振るったりはしない。
おおむね、誰に対しても優しくて、親切でもある。
オリヴァージュも、陽気で皮肉屋なジョザイアのことが好きだった。
憧れてもいたし、尊敬もしている。
それでも、ジョザイアは、ローエルハイドなのだ。
オリヴァージュ自身の意思ではない部分で、畏怖せずにはいられない。
海が、常に凪いでいるとは限らないと、本能的に知っているかのごとく。
似た感覚を、セラフィーナは勘で捉えている。
無意識にだろうが、オリヴァージュに体を寄せていた。
「きみは知らないだろうが、私は、きみの遠縁なのでね。ナルと婚姻すると聞いて様子を見に来たのだよ」
セラフィーナが、目を、ぱちぱちさせている。
初めて聞いた話だったのだろう。
アルサリア伯爵が、あえて、その話をしていたとは思わない。
むやみにローエルハイドに関わるのは、危険にしかならないからだ。
「遠縁と言っても、ずいぶん離れていると思いますが?」
「ナル、どれだけ離れていても血の流れは辿れるものなのさ」
「お前の話など、どうでもよい。俺の甥の許婚を、ジロジロ見るのはやめろ」
「きみは短気でいけないねえ。お忍びで来ているのなら、大人しくしていたまえ」
叔父とジョザイアは懇意ではあるが、いつもこんな調子だった。
仲がいいのか、悪いのか、判断がつきかねるところがある。
叔父はローエルハイドに怯まないし、ジョザイアは叔父を国王扱いなどしない。
そして、周りは、2人のどちらも諫めることはできないのだ。
2人は「普通」ではないから。
さりとて、オリヴァージュとリンクスは、多少、異なっている。
小さい頃から2人が「普通ではない」と知っているからだ。
周りの者たちよりは距離感をいだかずにいる。
「この赤毛は、なかなかいいじゃねーか」
周囲の緊張もなんのその。
リンクスが気楽な口調で言いながら、セラフィーナに手を伸ばしてきた。
瞬間、オリヴァージュが、その手を掴む。
今度は、はっきりとリンクスを睨んだ。
「ラフィは、私の許婚だ。気安くさわるな」
本気で言ったのに、リンクスを含め、3人に、にやにやされる。
ものすごく不本意だった。
これでは、セラフィーナの前で恰好がつかない。
ネイサンをやっつける、颯爽とした姿を見せようと思っていたのに。
「おやおや。ナルは、存外、嫉妬深いね」
「うむ。ナルが、これほど本気になるところを見たのは、初めてかもしれん」
「冗談がわかんねーくらい、目がくらんでんだろ」
3人のやりとりに、だんだん腹が立ってくる。
リンクスを巻き込んだのは大失敗だった。
ヴィクトロスの「それみたことか」という声が聞こえた気がする。
「そーいえば、この夜会で、ネイサンが正妻選びをするらしいぜ」
リンクスの言葉に、ホール全体の空気が冷たく凍りついた。
言った本人は、どこ吹く風。
まったく悪びれていない。
むしろ、事を面倒にして面白がっている。
「そのようなことは聞いておらんぞ? 俺は、ナルの許婚を見に来ただけだ」
叔父は、興味がなさそうに、そう言った。
が、ジョザイアはネイサンに視線を移し、軽く首をかしげてみせる。
「選ぶということは、候補が何人かいる、ということかい?」
ネイサンの顔は、真っ青だ。
視線を合わせただけなのに、ぶっ倒れそうになっている。
傍目から見てもわかるくらいに全身が震えていた。
オリヴァージュですら、ネイサンを少しだけ気の毒に思う。
「まさか候補の中に、セラフィーナは、いないだろうね?」
そのひと言で、理解した。
ジョザイアは知っているのだ。
そもそも、ジョザイアの知らない貴族はいない。
アドルーリットやアルサリアの動きも把握していたのだろう。
「か、かの、かの、彼女は、お、おり、オリヴァージュ殿下の、い、許婚で、ござ、ございます」
小さくて聞き取りにくいし、かなり震えてもいたが、ネイサンが答えを返す。
答えず、無視したと思われるほうが怖かったからに違いない。
ふっと、空気が軽くなった。
ジョザイアが、陽気な笑顔を見せたからだ。
「確かにね。彼女は、ナルの許婚だ。きみの正妻候補であるはずがないな」
ネイサンは、もう声を出す気力を使い果たしてしまったらしい。
ただ、ただ、こくこくと、うなずいている。
その様子に、オリヴァージュは、皮肉っぽく思った。
(気軽にふれていい相手ではないとわかっただろう、ネイサン?)
ネイサンが、セラフィーナを「道具」にしようとしていたことも、ジョザイアは知っていたのだ。
ネイサンは、軽く釘をさされただけで、この有り様。
2度と同じ過ちは繰り返さないだろう。
(にしても……私の計画は台無しだ。リンクスの奴、あとで覚えていろよ)
オリヴァージュの思いを察したかのように、リンクスが肩をすくめた。
あたかも「オレを巻き込んだ、お前が悪い」と言わんばかりに。




