ちっちゃな小鳥 4
なにがなんだか、わからない。
わからないが、腹は立てている。
(殿下ってなにっ? 婚姻とか許婚とか! 聞いたこともないわよっ!)
そもそも、ナルがオリヴァージュ・ガルベリーだったなんて知らなかった。
セラフィーナにとって、ナルは魔術師であり教育係。
こんなふうに「甘い」言葉を、スラスラと吐くような奴でもない。
いつも嫌味と皮肉を言い、セラフィーナに意地悪ばかりしていた。
まるっきりの別人。
少なくともセラフィーナにとって、オリヴァージュはナルではない。
ナルはナルだ。
彼女が好きだと思ったのも。
意地悪だけれど、大事なところでは、いつも助けてくれる。
優しくもなく、いけ好かない奴だけれど、素の自分を見てくれる。
そういうナルを好きになったのだ。
王族であるオリヴァージュを好きになったのではない。
爵位がなくても、一介の魔術師でも、ナルのほうが良かった。
(意地悪ってレベルじゃないわ! 私のことを騙して……馬鹿にして!!)
ナルに扮したオリヴァージュに、からかわれていたとしか思えずにいる。
どうして、彼が、自分にそんな真似をしたのかはわからないけれども。
「ナル……」
呼びかけようとして、言葉が止まった。
彼は「ナル」ではない。
オリヴァージュ・ガルベリー「殿下」だ。
セラフィーナが文句を言えるような相手ではないと気づく。
だとしても、何か言ってやらなければ気がすまなかった。
セラフィーナは、内心で、深く傷ついている。
からかわれていただけだと、わかったからだ。
彼女が好きになった、ナルの姿は偽物だった。
きゅっと唇を引き結び、それでも、オリヴァージュを睨む。
その視線を、こともなげにオリヴァージュに受け止められ、イラっとした時だ。
「よう! ナル!」
大声に、びっくりして、反射的に、そちらに顔を向けた。
周りの貴族たちも同様に、振り向いている。
その中を、ずかずかと歩いてくる男性がいた。
めずらしい、ブルーグレイの髪と瞳。
細身で背が高く、ひょろりとした体格。
1度でも会っていれば、絶対に忘れないだろうと思える印象がある。
オリヴァージュの知り合いらしいが、驚き過ぎて、声も出なかった。
「リンクス、声が大きいぞ。私の小鳥が、驚いているじゃあないか」
リンクスと呼ばれた男性が、ニッと口元を緩める。
ナル、ではないが、ナルをやっている時のオリヴァージュ以上に、意地悪そうな表情だった。
キツネのような目を、さらに細めている。
「文句を言うなら、このあとにしろ」
「なにやら嫌な予感がするが、気のせいだと言え」
「気のせいじゃねーよ。なにしろ、お前が婚姻するなんざ、それこそ驚いちまったからなあ。もちろん、驚いたのは、オレだけじゃねーんだぜ?」
セラフィーナは、オリヴァージュの許婚であったことはない。
婚姻だって、オリヴァージュの口から出まかせだと思っている。
意味はわからないが、ともあれ、自分をからかうためのものに過ぎないのだ。
なのに、周りは、彼の「嘘」を信じているらしい。
早く否定しなければ、とんでもない恥をかくことになる。
焦るセラフィーナの周りが、さらに、ざわつき始めた。
「こ、これは……これは、へ、陛下……!!」
「国王陛下が、お出ましに……っ……」
は?と、セラフィーナの頭は真っ白になる。
周りから聞こえてくる言葉に、理解が追いつかない。
「リンクス……やってくれたな」
「オレだけ楽しむのも悪いと思っただけサ」
2人の会話も、頭に入って来なかった。
そうこうするうちに、2人の男性が輪に加わってくる。
2人とも、ずいぶんと年上のようだ。
1人は「国王陛下」なのだから年上なのはあたり前なのだが、それはともかく。
「叔父上……」
呆れたような口調で声をかけられたオリヴァージュの「叔父上」は、目が覚めるような金髪に、青い瞳をしている。
セラフィーナも、新年の祝辞を述べる国王陛下を遠目から見たことがあった。
確かに間違いない。
目の前にいるのは、ロズウェルド王国の現国王、フィランディ・ガルベリーだ。
「ジョザイアおじさんまで……」
はあ…と、オリヴァージュが大きく溜め息をつく。
国王陛下と一緒に来た男性は、まったく知らない。
見たこともなかった。
が、ナルに教わった歴史が頭をかすめ、ハッとする。
黒髪、黒眼。
穏やかな風貌からは想像もできない。
されど、その2つを合わせ持つのは、たった1つの系譜にいる者だけだ。
ロズウェルドのみならず、この世界で、最も知られている名。
ローエルハイド。
すでに伝説と化しているため、実際に姿を見ることは、ほとんどない。
ここにいる貴族たちにしても、初めてのことなのだろう。
誰もが、現実感を失っているのか、ひたすら男性を見つめている。
「リンカシャスから、お前が、嫁を迎えると聞いてな。なに、案ずることはない。俺は、お忍びで来ておる」
「……まったく忍べておりませんよ、叔父上……」
「彼は間が抜けているからねえ。髪の色くらい変えればいいものを、服さえ着替えれば、お忍びだと思っているのだから、困ったものだよ」
「ジョザイアおじさんも……髪の色くらい変えられたでしょうに……」
オリヴァージュは、ローエルハイドとも知り合いらしい。
口調に「ナル」が出ている。
いささかの気遣いもない。
悪びれもせず嫌味を言うのは、彼らが親密な間柄だと示していた。
「あの小さかったナルが婚姻するというのだから、私たちも驚いてしまってね」
ジョザイア・ローエルハイドは、どう見ても落ち着いている。
驚いて駆けつけたといった様子は、微塵も感じられなかった。
セラフィーナの頭の中は、混乱で、真っ白になっている。
(国王陛下に……ローエルハイド……? ナルっていったい……)
もとよりナルは自分のことを話したがらなかったし、謎が多かった。
だとしても、謎過ぎて、理解不能だ。
オリヴァージュに支えられていなければ腰を抜かしていたかもしれない、と思う。




