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今更尚更 2

 セラフィーナは、深夜、部屋から抜け出していた。

 デボラは、一緒ではない。

 月明りの中、1人で、庭を歩いている。

 

 胸の奥が、ざわざわして、落ち着かないのだ。

 こんな気分は、初めてで、セラフィーナ自身、戸惑っている。

 頭の中に、いつもナルがいるみたいで。

 

 夜会や夕食会で、ナルとは声に出さない会話をしていた。

 即言葉(そくことば)という、繋がっている者同士だけで話せる魔術なのだそうだ。

 ある種、まったく閉ざされた中で会話をしていたと言える。

 

 屋敷でもどこでも、本当の2人きりにはならない。

 誰かしらが、どこかにいる。

 けれど、魔術での会話は違うのだ。

 

 ナルと完全に2人だけ。

 

 そのせいなのだろうか。

 ずっと(かたわら)に、ナルがいるような気持ちになってしまう。

 ナルは「用がない限り、見ませんし、話しかけたりしません」と言っていた。

 セラフィーナは、たいして気にしていなかったのだけれども。

 

 『あなたの着替えを覗くことに、魔術など使いませんよ』

 

 セラフィーナの体には興味がない、とナルは言いたかったに違いない。

 言われなくても、わかっている。

 そもそも「そういう」目で見られてはいないのだ。

 ナルにとって、自分は、出来の悪い生徒でしかない。

 

 思うと、胸の奥が、ちくちくと痛む。

 ダンス練習の際に「意識されている」と感じたが、やはり「ご令嬢」に対しての立場を意識していただけなのだろう。

 

(いいけど……だって、どうせナルはいなくなっちゃうんだし……)

 

 教育係としての役目が終わったら、ナルは屋敷を去る。

 最初から決まっていたことだ。

 なのに、今となっては、ナルのいない生活が考えられずにいた。

 ずっと(そば)にいてほしいと感じているのは、自覚している。

 

(……意地悪で……嫌味ばっかり言って、いけ好かないのに……)

 

 ナルがいなくなると想像するだけで、寂しかった。

 気取らずに言いたい放題できて、口喧嘩だってする。

 そんな相手は、ナルだけだ。

 およそ貴族は「言いたい放題」なんてしやしないのだから。

 

 ネイサンでなくとも、どこかの貴族の元に嫁いだら、いつも気取っていなければならなくなる。

 自分の将来には、堅苦しく、窮屈な生活が待っているのだ。

 今回は諦めてくれたとしても、父が似たようなことを言い出すとわかっていた。

 

「体裁が……1番大事、なんだものね」

 

 セラフィーナが、父に不信感をいだくきっかけになった出来事を思い出す。

 激高した父の姿に、どれほど傷ついたか。

 なぜなら、セラフィーナは、その平民の男の子と遊んでいて、本当に楽しかったからだ。

 

 家族の中にいても、しっくりこない。

 テーブルにつき談笑している家族の姿を、遠くから見ているような違和感。

 

 幼いながらも、セラフィーナは、自分が「貴族らしくない」と感じていたのだ。

 当時は、そこまで明確ではなかったため、よけいに困惑していた。

 自分の何がいけないのか、と。

 

 もとより、大事件があってセラフィーナは変わったのではない。

 物心ついた頃には、すでに、そんなふうだった。

 だから、家族に馴染めない自分がおかしいのだと思いつつも、原因を見つけられないまま、大人になっている。

 今だって、よくわからないくらいだ。

 

(彼は……今頃、どうしているかしら? あんな目に合ったら、2度と近寄りたくないって思うわよね……)

 

 セラフィーナは5歳で、彼は、だいぶ年上のようだった。

 顔も姿もよく覚えてはいないが、優しくしてもらったことは記憶にある。

 家族といるよりも「しっくり」きた。

 言葉が言葉として通じる相手に、初めて出会えた気分になれたのだ。

 

 彼とのことがなければ、自分を保っていられなかったかもしれない。

 貴族とはそういうものだと諦めて、内心はどうあれ、体裁を重んじるフリだけはうまくなっていた気がする。

 世の中には、自分の言葉が通じる相手がいると、セラフィーナは彼との出会いで知った。

 だからこそ、勤め人たちとは、気楽につきあえている。

 家族よりも、ずっと親しく。

 

(貴族の娘なんかに生まれてこなきゃ良かった……そうすれば……)

 

 セラフィーナは、足を止め、ハッとなった。

 これまでも、何度も思ってきたことだ。

 そのたびに思い浮かんだのは、ぼんやりとした彼の姿。

 曖昧な輪郭の彼に、それでも思いを馳せてきたのに。

 

(なんで……? どうして……ナルが……)

 

 今、出てきたのは、ナルの姿だった。

 1度だけ見た、本物の笑顔が、思い浮かんだのだ。

 きゅっと、胸が締めつけられる。

 

(そんなこと……ありっこない……)

 

 否定してみても、ナルの姿は消えなかった。

 セラフィーナの心に、図々しくも居座り続けている。

 そして、彼女も、それを許していた。

 

 貴族令嬢でなければ、そうすれば。

 

 どうだと言うのか。

 自分の思考の先を考えるのが怖くなる。

 とはいえ、嫌でも結果が突き付けられていた。

 

 そうすれば、魔術師のナルと一緒にいられたのに。

 

 ナルは魔術師で爵位を持たない。

 万が一、ナルが自分に想いを寄せてくれたとしても、うまくはいかないのだ。

 父が反対するに決まっていた。

 魔術師と親密になるなんて、父は、絶対に許さないだろう。

 

 そこまで考えて、セラフィーナは諦める。

 3ヶ月後、ナルを(ひざまず)かせることは、もうできない。

 

 自分は、ナルに恋をしている。

 

 ナルに受け入れてもらえるとは思えないし、状況だって最悪だった。

 セラフィーナは、ネイサンの正妻候補なのだ。

 気づいたところで、どうにもならない想い。

 

(気づきたくなかったわよ……こんなの、苦しいだけじゃない……)

 

 痛む胸を掴み、月を見上げた。

 なんだか泣いてしまいそうだったからだ。

 

「おや? チョコレートが溶けそうになっていますが、どうしました?」

 

 驚いて、声のほうへと顔を向ける。

 たった今、恋を自覚したばかりのセラフィーナにとって会いたくない人物。

 ローブ姿のナルが、立っていた。


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