お加減手加減匙加減 2
セラフィーナは、落ち着かない気分でいる。
今日は、顔合わせも兼ねたアドルーリット公爵家の夜会。
大きなホールには、大勢の貴族が集まっていた。
エスコート役でついてきた兄は、早々にセラフィーナから離れている。
もとより、正妃候補ではない女性を目当てについて来ただけだからだ。
どこに行ったのか、近くにはいない。
おそらく、口説けそうな女性を物色しているのだろう。
我が兄ながら、呆れてしまう。
おかげでセラフィーナは、1人ぼっち。
(ナルがついて来てくれればよかったのに……)
思わずには、いられない。
ナルは、爵位を持たない魔術師ではあるが、セラフィーナに、教育ができるほどには貴族に精通している。
服を着替えさせ、適当な口実を作れば、ナルがエスコート役でも、なんら問題はなかったはずだ。
さりとて、ナル曰く「魔術師だと露見するためNG」とのこと。
まだ魔術師には詳しくないが、魔力感知とやらで、魔術師であるかどうか判断はできるようだった。
アドルーリット公爵家は裕福であり、おかかえ魔術師もいる。
外から魔術師が入って来ようとすれば、すぐに気づかれてしまうのだろう。
(でも、別に悪いことをするわけでもないのだから、夜会に出るくらい許されてもいいと思うけど)
セラフィーナは、貴族の「習わし」に不快感を覚える。
父もそうだが、爵位を持たない者に対して侮蔑的になる貴族は少なくない。
どれだけ薄まっても、差別意識はあるのだ。
自分たちは「特権階級」なのだ、との気持ちが強い。
ある意味では、自尊心と言えなくもないが、好きになれない部分だった。
アルサリア伯爵家では、勤め人でさえ爵位を持たない者はいない。
父が、平民の雇い入れをしないからだ。
セラフィーナにも、平民とのつきあいを固く禁じている。
彼女にはこだわりがないため、馬鹿馬鹿しいと思っていたけれども。
「ネイサン様の正妃選びを、楽しみにしているのですよ」
「私より父が乗り気でしてね。このような大袈裟なことになってしまいました」
声のしたほうに視線を向けた。
父よりも年上らしき男性と、若々しい男性が話している。
若い男性が、どうやらネイサン・アドルーリットのようだ。
整えられた綺麗な金髪に、青い瞳、目鼻立ちのはっきりとした端正な顔立ち。
背が高くて、たくましい体つきをしているのが、服の上でもわかる。
たいていの女性が、声をかけられたいと願うかもしれない。
そんな男性を相手に、今夜、セラフィーナは「駆け引き」をしなければならないのだ。
意識すると、急に緊張感が増してきた。
(大丈夫……ナルに教わった通りにすれば、うまくいく……はず、よね?)
ナルに間違いはないのだろうが、行動が伴うかどうかは、はなはだ自信がない。
ナルとの「実践」では、コロリと口説き落とされてしまったからだ。
それに、実践的な練習は、あれ1回きり。
ナルから言われもしなかったし、セラフィーナも望まなかった。
あの時のことを思うと、記憶から消したいくらい恥ずかしい気持ちになる。
ナルに本気で口説かれていると勘違いをして、その気になってしまった。
頭の隅で、口づけられてもかまわないと考えていたし、ナルも同じ気持ちでいると思い込んでもいたし。
(なんとも思っていない女性を、あんなふうに口説けるなんて、信じられない……最低だわ……涼しい顔して、嫌な奴……)
セラフィーナは、自分のことを恥じている。
と、同時に、やはりナルには腹を立てていた。
駆け引きの練習は、このあとも続くだろうが、2度と、その気になったりしないと決めている。
耳元に感じた、唇の熱さも、欲の含まれた口調も、作り物に過ぎないのだ。
「初めまして、夜会にようこそ。あまり楽しんではいないのかな?」
ナルのことを考えていたせいで、知らず、眉をひそめていた。
セラフィーナは、すぐに表情を作る。
わずかに唇を緩め、穏やかな微笑みを浮かべてみせた。
何度もナルにNGを突き付けられ、ようやく「完成」した“笑み”だ。
「そうではありませんわ、ネイサン様。私、あまり夜会には出ないものですから、緊張してしまって」
「それでも、私の名を知っていてくださったのですね?」
セラフィーナは、心の中でだけ顔をしかめる。
正妻選びと称して女性を集めているのはネイサンではないか。
しかも、セラフィーナは候補者なのだから、知らないほうがおかしい。
さりとて、そんなふうにも言えないのが、つらいところだ。
うっかり本音をもらしてしまわないよう、表情を作ることに集中する。
「ロズウェルドの貴族で、ネイサン様の御名を知らない者はおりませんわ」
ネイサンが、満足そうに口元を緩めた。
ナル曰く「彼は自己顕示欲が強い」とのこと。
お追従ですら喜ぶらしい。
ナルならば「私に世辞は無意味です」とか言いそうだけれど、それはともかく。
「私も、きみのことは知っているよ、セラフィーナ」
ネイサンが、急に砕けた話しぶりになる。
わずかに、イラっときたが、セラフィーナは、なんとか自制した。
ここでテーブルを引っ繰り返しては、この1ヶ月の試練が無駄になる。
我慢できた理由は、それだけだ。
「あまり夜会には出ていないようだね?」
あまり、ではなく、まるきり出ていないのだが、ネイサンなりの気遣いだろう。
それにしても、とセラフィーナはネイサンの言葉とは違うことを思っている。
(ナルの言った通りだわ。私が夜会に出ないことを聞かれるって……)
夜会の前に、ナルがネイサンの「言いそうなこと」を並べたて、それに対して、セラフィーナが受け答えをするという模擬会話の練習をした。
今、まさしく、その通りになっている。
であれば、簡単だ。
ナルに教わったように答えれば間違いはない。
「興味がありませんの」
ここでネイサンの顔を見て、少し間を空けて。
セラフィーナは「思わせぶり」と、ナルに教わった表情を作った。
「特別な夜会以外は、ですけれど」
ネイサンの眉が、小さく、ぴくっとする。
効果はあったようだ。
ナルの読みは、やはり正しい。
セラフィーナは、無自覚にナルを信頼している。
鵜呑みにしているといってもいいくらい、絶対的なものになっていた。
「それでは、この夜会が、きみにとって特別だと思っていいのかな?」
きた!と思う。
ナルの言ったままだったからだ。
セラフィーナは、ネイサンから、スッと視線を外して、肩をすくめて言った。
「ネイサン様が、特別な夜会にしてくださると信じてもいいのなら」




