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夢恋路 ~明治編~10

【桂小五郎】

九月に岩倉さんが帰って来て西郷さんたちが唱える征韓論に反対の異を唱えた。

「今朝鮮に踏み込めば間違いなく清をも敵に回す事になる、やるべきじゃない!」

僕も久しぶりに声を荒げた気がする。

海軍卿の勝さんも反対の様だ。

「今の日本は開戦を行うだけの海軍も輸送船も不十分だよ、開戦は出来ないね。」

「もし勝ったとしても戦費に会うだけの利が我が国にあるとは考えにくい、やる意味がわからん。」

大久保さんらしい言い方だけど、僕もそう思う。

そもそも、他国を侵略するというのが僕には解せない事、朝鮮を軽視する風潮が強いがそうじゃないと僕は思う。

日本だってちょっと前までそうだったじゃないか・・・他国を侵略したり、開国させるよりも自国に目を向けるべきだ。国の中を整えて、民の生活を向上させる方を選ぶべきだ。

今の日本はまだ全部が中途半端でおおよその形しかなく、外遊先の国々からしたら脆弱で貧しく全部があやふやだ。

決めなきゃいけない事はまだまだたくさんある。

そこら辺は大久保さんと一緒なんだけど・・・

「西郷、時期が違うと私は言っている、今やるべきじゃない。」

「大久保、ぬしゃわかっとらん!おいが大使として行くと言ってるんじゃ!戦しに行く訳じゃなか!」

「受け入れられなかった場合どうするか考えろ!こちらにその気がなくとも仕掛けられれば応戦せざるを得ない!相手は間違いなくお前を暗殺する、そしてそれを口実に開戦するだろう!会戦すれば負けるわけにいかない!」

もぉ、西郷さんも頑固なんだから!

そもそも大久保さん、後々やるって言っちゃってるしね。

とりあえず的に西郷さんも納得すりゃいいのにどーして今なの!?

異国外遊でお金もないって言うのに。

・・・しかし、大久保さんがこんなにも感情的になっているのは始めて見るかもしれない。

きっと、どうしても西郷さんに解ってもらいたいんだと思う。

で、困ったことに。

閣議採決は賛成反対が全くの同数・・・

で、西郷さんが自分たちが辞めれば軍も含め政府の半数以上が辞めるって三条さんを脅した。

姉さんの言葉で言う所のびびった三条さんが賛成に回っちゃったもんだから僕達反対は全員が辞表を提出。

で、追い詰められた公家出身三条さんはこんな派手な争いごとに耐え切れず・・・心労で倒れちゃって意識不明になっちゃったよ。

あーあぁ、もう。

三条さん大丈夫・・・?

岩倉さんと大久保さんが力ずくで征韓論を却下した為に西郷さんや板垣さんが辞職して国に帰ってしまった。

西郷さん達に賛同の姿勢を取っていた人たちも多くが辞職した。

大久保さんと西郷さんは、あんなに仲が良かったのに、これを期に完全に別れてしまった。

大久保さんの事だから、公私は完全に分けるから、何を聞いても何でもないって言うんだろうけど、僕は薩長同盟の前から二人を知っているから・・・ちょっと、寂しいって思いもあった。

ただ、完全に頭で考える大久保さんと、行動派の西郷さんは、どこかで別れてしまうんじゃないかって思ってもいた。

一緒に酒を酌み交わした仲間たちが理解しあえないまま分裂と言うのは、あまりいい気がしない。

こういう虚しさや寂しさは、どうしてもお酒に頼ってしまう悪い癖がある。

僕はまた、家に帰るのが遅くなってしまっていた。

何も考えないでいい、夜の世界に慰めを求めていた。



【おリョウ】

年の暮れも近くなった月だった。

誰かが玄関の戸を叩くので出てみたら、幼い女の子を連れた女性が立っていた。

「木戸様のお宅で間違いないかしら、」

「えぇ・・・」

なんか、良い予感のしない女の人だ。

あまり教育のしっかり入っている女性ではなく、言い方は悪いのだけど現代で言う安いホステスと言った感じの女性。

女の子は黙って手を取られている。

「あなた、奥様?」

「えぇ、はい・・・」

その予定なんですけど・・・

「旦那様と話があって来たんですけど、本日のお帰りはいつかしら。」

「どうでしょう・・・ここ最近は忙しく、帰って来ないなんてのは普通なので、」

「呼んでもらう事は出来ないの?」

「・・・使いの者を出しますが、帰って来れるのかはわかりませんけど、よろしいですか?」

「ならば、待たせてもらうわね。使いの者にはお里と伝えて。」

・・・おい。

そう言うとお里と名乗る女は女の子を連れて家の中へと入って来た。

居間に通してお茶を出して、正二郎に買いに行かせた菓子を出した。

「母さま、お客様ですか?」

「えぇ、お父さんにみたいね・・・」

「ご存じない方なのですか?」

「えぇ、全く。」

女の子の顔を見て、嫌な予感がしている。

もしその予感が本当であれば、私は立ち直る事が出来るだろうか・・・

女の子はおとなしくちょこんと座っている。

使いを走らせて、飛んで帰ってきた小五郎を見て、がっかりしてしまった・・・どうやら悪い予感は当たった様だ。

まさかとは思っていたけれど・・・

渡航する前に仕込んだって事よね・・・

戸を開けて立ち尽くしている小五郎を、私とお里さんと女の子が見上げる。

私は目を閉じて、小さくため息をついて、顔を戻した。

「正二郎、ちょっと。」

私は正二郎を呼んだ。

「はい、」

「大事なお話があるから、この子とお庭で遊んでいてもらえる?よろしいですか、お里さん。」

「えぇ、」

「わかりました。じゃ、行こうか。」

正二郎は女の子の手を取って部屋を出て行った。

・・・さて、どんな修羅場になるのか。

お里さんと言うこの女性がこの男を欲しいと言うのなら、いっその事あげようかしらね・・・

「お久しぶりです、木戸様。」

「・・・ぁ、あぁ、」

小五郎はそう相槌だけ打って、私の横に、微妙な距離で座った。

「単刀直入に言うわ、私、あまり回りくどい事が好きじゃないの。」

えぇ、そんな感じにお見受けします・・・

小五郎は完全にフリーズ状態。

「あの子は好子と言います、年は三つになりました。木戸様、あなたの子です。」

やっぱり・・・

頭がくらってして、思わず目をつぶった。

「そんな証拠はないだろ!なぜ僕の子だと言い切れるんだ!?」

証拠なんて、この時代にあるわけねーじゃん・・・

お里さんはクスッと、勝ち誇ったように笑う。

「それは、奥様が一番よくお解りなんじゃないの?」

えぇ、そうね・・・

小五郎が私を見る。

私はため息をついて、顔を上げて、お里さんを見た。

「えぇ、面影があります・・・」

「嘘だ!」

そう叫ぶ小五郎に、私は呆れてしまった。

私はあなたの子供の時を見てるのですよ・・・?

「ならば、あなたは絶対に違うと言い切れるの?」

「それは・・・」

「好子ちゃんがあなたの子ではないと、お里さんとは何もなかったと言い切れる?」

私の問いかけに小五郎は完全に黙った。

「ちょうどその時期、私の事を贔屓にしていたのはあなただけなんですよね・・・好子を引き取ってください、今日はそれを言いに来ました。」

・・・なんですって・・・?

お里さんは気怠そうに、でもどこか寂しそうに、言葉を続ける。

「子供を抱えて暮らせるほど恵まれた生活はしてないわ、あの子を産み今日までまともに仕事なんてできたもんじゃない。その点、あなた達なら養えるでしょ?引き取ってよ。」

なんてこと・・・

例え人の夫だったとしても、いくらかは愛しいと想った男との、逢瀬の末に授かった自分の娘をそんな理由で手放すと言うの・・・?

私は咄嗟に、頭を床につけてお里さんに懇願していた。

「どうか、どうかもう一度御考え直し下さい。」

「それは、他所で作った子なんて引き取りたくないと言う事かしら?あなたの旦那の子よ?」

小五郎は一切言葉を口にしない。

「いいえ、そうではございません。」

「あら、じゃぁ何?」

見下す様なお里の言葉に、私はただ好子ちゃんの事だけを想って必死に耐えた。

「もしも、あなた様があの子を憎く想い、不要だと申されるのであればお引き受けいたします!私は自分の子として上の子と変わらずに愛します。ですが、経済的な問題や生活苦を理由に手放すとおっしゃるのであれば、今一度御考え直し下さいまし。」

必死だった。

必死に頭を下げて、お里さんに訴えた。

「どんな理由があれ、子供は母親と共にいるのが一番です。私どもには子がおりません、先ほどこちらに来た正二郎は家督の為、養子として引き受けました。」

「ならば好子も構わないじゃない?」

「子が親と離れると言うのは、大人である我々には想像も出来ぬ苦しみであると思います。幼い正二郎はそれを必死に乗り越えて、私を母と呼んでくれています。ですがそれは子供なりの気遣いであり優しさなのだと私は心得ております。あの子には、好子ちゃんにはそんな想いをさせたくはありません。私ども夫婦に子が出来ないのは単に私の責任です、夫には何も責はございません。もしあなた様が本心から手放すとおっしゃるのであれば私はあの子を夫の子として責任もって立派に育てて見せます。お約束します。ですが、もしあなた様に一遍でも躊躇いがおありなのであれば、どうか、どうか御考え直し下さいまし・・・」

涙が畳を濡らしているのがわかった。

正二郎を引き取った時、寂しさを堪える母子の姿はトラウマの様に心に残っている。

幼い子供が涙を堪える姿は、どんな事よりも残酷だった。

そんな事を、あんな小さな女の子にさせたくない。

「私には自分の身に愛する者の子を宿し産み育てると言う経験は出来ません、しかしお里さんはそれをなさっておいでです。十月十日腹に宿し、その月日と言うものは何事にも代えられないものであると、私は思います。経済的に不安であれば養育費はきちんとお支払いいたします。可能な限りの援助をいたします。父親が必要だとおっしゃるのであればどうぞこの男をお連れ下さいまし。ですからなにとぞ、御考え直し下さいませ・・・」

私はひれ伏して懇願した。

お願い、わかって・・・あの子に罪はないの。

悪いのは全部、私よ・・・

しばらくの間、お里さんも小五郎も黙っていた。それはとてつもなく長い時間に思えた。

そして、お里さんは黙って立ち上がり、障子の方へと進み戸を開けて好子ちゃんを呼んだ。

私はまだ顔を上げられない。

女の子がパタパタと走って来る音が聞こえて、お里さんの前で立ち止まった音が聞こえた。

「・・・木戸様。好子が十になるまでは養育費をお願いします。」

「わかりました・・・」

私は涙が止まらなくて、顔を上げる事が出来ない。

「帰るわよ、好子。」

「はい、母様。」

可愛らしい声・・・

小五郎の血を分けた子供・・・

いいな・・・

「あなた、お見送りを・・・」

「・・・あぁ、」

小五郎は静かに立ち上がり、部屋を出た。

私は体を起こし天井を見上げ、涙を拭って一息ついた。

   はぁ・・・

・・・良かった・・・

「母さま、どうしたんですか・・・?」

少し間をおいて、影から正二郎がやって来て不安そうな顔をして見せた。

「何でもないわ、大丈夫よ。」

私は笑うけれど、きっと上手には笑えていない。

その証拠に正二郎は今も不安そうな顔をしている。

「でも、母さま、泣いてる・・・」

「そうね、でももう大丈夫よ?」

私は笑って、正二郎に向けて両手を伸ばす。正二郎は困惑した顔を見せながらそんな私の胸にそっと寄って来てくれた。私はもう大きくなった正二郎を強く抱きしめる。

この子は親と離されて私達の元に来ることになってしまった子。

私が子を産めないせいでの犠牲者・・・なんて、かわいそうな子なの。

私の事を母と呼んでくれる、正二郎が愛しくてたまらない。

「・・・姉、さん・・・」

障子の奥から小五郎の声が聞こえた。

「正二郎、お部屋に行っててもらえるかしら・・・」

「・・・はい、」

正二郎は未だ不安そうに部屋を出て行った。

そんな正二郎とすれ違って入ってきた小五郎は、とても情けない姿をしていた。私は、顔を向ける気になれず、小五郎を見る事が出来なかった。

「・・・姉さん、あのね、」

何か、言おうとしているけれど、今は、聞きたくはなかった。

「もういいから・・・」

「姉さん!あのねっ!」

「ごめん、今は一人にしてくれない・・・?」

「・・・姉さん・・・」

「お願い。」

私の少し強めな言葉に、小五郎はしばし黙ったまま立ったままで、ゆっくりその場に膝を付いて、頭を下げ、家を出て行った。

私の頬を相も変わらず涙が伝う。

夫の浮気ごときで、外子ごときでこんな思いをしてちゃこの時代の女じゃないね・・・

不徳な夫の事なんかで泣くのは、今日で終わりにしよう・・・

例え何があろうとも、この先どれだけ裏切られようとも、この男とは、死する時まで離縁は出来ないのだから。



【桂小五郎】

使いが来た時の僕の蒼白ぶりはきっと、側にいた伊藤君に気付かれていると思う。

お里だって!?

数年前に贔屓にしていた芸妓だ・・・なんでお里が家に!?

しかも、幼子を連れているって・・・まさか・・・僕は会議をほっぽり出して家に走った。

家に着いて目にした光景は、最悪だった。

姉さんとお里と、お里の幼子は卓を前に向かい合って座っていた。

姉さんはお里を丁寧に持成している。

それが余計に、絶望感を煽った。

姉さんは一度僕を見上げて顔を逸らす。

呆れている。

僕は、どうしていいのかわからず、とりあえず姉さんの横に座ったけど、いつもより少し離れたところに座った。

お里は目を細めて僕を見た。

お里と遊んでいたのはほんの一時、まさか、こんな逆襲を受けるなんて・・・姉さんは正二郎を呼んで女の子を外に出す。それは子供好きの姉さんのさすがの気遣いで、これから先の内容を察しているんだ。

「あの子は好子と言います、年は三つになりました。木戸様、あなたの子です。」

「そんな証拠はないだろ!なぜ僕の子だと言い切れるんだ!?」

思わず声を荒げてしまった。

そんな事、すればするほど怪しいと言うのに・・・

「それは、奥様が一番よくお解りなんじゃないの?」

僕は姉さんを見た。

姉さんは目を閉じて、小さく息を吐く。

「えぇ、面影があります・・・」

「嘘だ!」

縋る様な思いで叫ぶ僕に対する姉さんの言葉は、冷ややかだった。

「ならば、あなたは絶対に違うと言い切れるの?好子ちゃんがあなたの子ではないと、お里さんとは何もなかったと言い切れる?」

反論すらできない僕は、最低なんだと思う。

お里は好子を養子に取ってほしいと言って来た。僕が外で作った子を姉さんに育てさせる。遊びで、裏切ってできた子を姉さんに育てさせるなんて・・・残酷すぎて、できない。

姉さんには、外に出ないでほしいって言っておきながら・・・

姉さんには、あんなにきつく責めたと言うのに・・・

僕は目を閉じた。

身から出た錆だ。

姉さんは、怒って声を荒げると思っていた。

もしくは呆れ果てて部屋から出て行くかと思った。

離縁を、突き付けられるのかと思った。

でも、違った。

姉さんは数歩下がり、お里に頭を下げた。それこそひれ伏す様に。

そして、姉さんは、好子の事だけを想って、必死に手放すことを思い留まる様に訴えた。

その言葉は、横にいる僕の方が涙を流しそうになるほどで・・・僕の事も、自分の想いも一切口に出さず、ただ、好子の幸せだけを考えて好子を愛した上で訴えた。

姉さんは頭を決してあげない。

きっと、泣いているんだ・・・

胸の奥が掴みあげられたようにゾクってして、姉さんを抱きしめたかった。

もういいよって、言いたかった・・・

ごめんなさいって、言いたかった・・・

姉さんの訴えが収まって、それでも姉さんは顔を上げなくって、僕達は黙った。

お里も黙ったまま、何かを想い返している様に目を細めて視線を落として。そしてそのまま黙って立ち上がり、障子戸を開けて、好子を呼んだ。

「帰るわよ、好子。」

「はい、母様。」

可愛いい声・・・

僕の子供・・・

女の子だ・・・

「あなた、お見送りを・・・」

顔をあげないまま姉さんが僕を嗜める。

僕は相槌程度の返事をして、お里を送った。廊下を歩いている最中お里は振り向かなかった、途中幾度か、好子と呼ばれる幼子が振り返って僕を見上げてくるけれど、僕は微笑んであげる事が出来なかった。

どういう顔をしてあげるべきか、わからなかった。

玄関先でお里はやっと振り向いて、僕をじっと見つめた。

僕は、どうしていいのかわからなかった・・・

「私を憎く思う?」

「・・・いや、」

そんなこと思える立場じゃない。

「でも、私の負けね。」

そう言ってお里は笑った。

「この子には父親は死んだと言います、だからあなたの事を言うつもりはない。養育費、よろしくお願いします。」

お里は深々と頭を下げた。

手を引かれる好子は僕に、振り向いて手を振った。

涙が、こぼれてしまった・・・

しばらく好子が去って行く姿を、拭ってもあふれてくる涙越しに見つめていた。

かわいい女の子・・・僕の、娘・・・・・

どうしていいのかわからずに処理しきれない想いのまま、重い足取りで部屋に向かえば、正二郎の声が聞こえる。

「でも、母さま、泣いてる・・・」

「そうね、でももう大丈夫よ?」

姉さんは健気にも正二郎を不安にさせまいとしている。

僕は足が止まってしまって、ややあってから一息ついて覚悟して、部屋を覗いた。

僕の呼びかけに気が付いた姉さんは抱きしめていた正二郎に部屋に戻るように言いつけた。

正二郎は不安そうな顔をして、すれ違いざまに僕を見上げて、何か言いたそうに部屋に向かって行った。

何を言ったらいい?

僕は、どうしたらいいんだろう・・・

「・・・姉さん、あのね、」

何か、言おうとしたけれど、姉さんはこちらを見てはくれない。

「もういいから・・・」

聞きたくないと、後姿が言っている。

「姉さん!あのねっ!」

「ごめん、今は一人にしてくれない・・・?」

「・・・姉さん・・・」

「お願い。」

そう願う口調は強い拒絶だった。

僕は、しばし黙ったまま立ったままで、ゆっくりその場に膝を付いて、頭を下げた。

それ以外、できる事は何もなかった。

何も言う事も出来ず、何もすることもできず、僕は議会に帰った。

まさか、こんな事になるなんて思わなかった。

まさか、僕の子がいるなんて思ってなかった。

酒のせいだとか、男の甲斐性だとか、仕事の心労だとか寂しさからだとかそんな言い訳は口にするにも値しない。

でも、今の僕の心を締め付けている事はお里と好子の事の他にもう一つあって、それは今日の事よりももっともっと残酷な事だ。

僕の子が、好子がこの世にいるなんてわかっていたら、僕はあんなことをしなかった。

僕はもう一つ、姉さんを裏切っている・・・

それは、今日の事よりももっとひどくて、一生、墓に入るまで、黙っておかなければならないことになるだろう・・・

この世にもう一人、僕の血を引く子がいるなんて、どんな拷問を受けても言う事は出来ない。

しかも意図的に作った子だなんて、決して言ってはいけない・・・

僕は何て事を、してしまったんだ・・・

その夜、僕は何となく帰りたくなくって遅くまで議会の自分の部屋にいて書類に目を通していた。

でも、どこにいたって落ち着かなくって・・・結局、遅くに家に帰った。

家の戸を開けて真っ暗な廊下を歩いて、姉さんの部屋の前に着いてみたら、明かりが付いていた。

声を掛けようかかけまいか迷ったけど、中の様子が気になって、声をかけた。

「姉さん、起きてるの・・・?」

「あぁ、小五郎、お帰りなさい。」

声だけ聴けば、いつも通りの声だった。

「開けても、いいかな・・・」

「えぇ、どうぞ。」

姉さんの許可を得て、僕は一息ついて、障子戸を開けた。

姉さんは薄暗い灯の下で縫物をしていた。

僕は黙って、その横に座った。

「この前正二郎がね、裾を引っ掛けて破いてしまったのよ。元気なのはいい事ね。」

姉さんは優しい笑みを浮かべて幸せそうに縫物をしていた。

「いつもこんな時間まで起きてるの・・・?」

「そうね、日中に何かあれば縫物とかは夜になっちゃうかな・・・最近はなんだかんだと忙しいから。」

僕が酒を酌み交わして女の人達と遊び歩いている時も、姉さんは僕や子供の事を想って、この家の妻として働いているんだ。明け方帰って来た時にはいつも寝ているから、そんな事考えたこともなかった。

「好子ちゃんが立派な大人になれなかったその時は、切腹してもらうからね。」

「はい・・・」

「あなたはもう寝て、明日も忙しいんでしょ・・・?」

「はい・・・」

「・・・おやすみなさい・・・」

この事件から何となく、僕と姉さんの間には隙間が出来てしまった気がした。



【おリョウ】

あんなに長い事日本を離れていて、やっと帰って来てこれからは静かに暮らせるんだって思ってた。

正二郎も立派になって来たから、これからはもう少し二人きりの時間が持てるんじゃないかって、思ってた。

でも、それは、あの事件以前の話で・・・

あの後から小五郎は、なんとなく家に寄りつかなくなって、毎日毎日議会に行き、地方を回り、帰って来る事はほとんどなかった。

でもそれは今も昔も変わらず、いや、今の方が治安がいい分身の上を心配する事もないから良いのかもしれない。

それよりも気になっているのは小五郎の体調の方・・・最近は以前よりも頭痛を訴える事が多い。

京を走り回っていたあの時はどちらかというと体は丈夫で体調なんて気にしたこともなかったけれど、明治の世となり仕事が忙しくなり一晩中飲み歩いたり、帰りが深夜だったり、そんな生活を繰り返すようになってから少しずつ不調を訴える事が多くなった気がする。

きっととてつもないストレス下に置かれているのだろう・・・

その憂さを女性相手に晴らす事ぐらいで、私が気をもんではいけない。

もう、何も言わない。

ただ、帰って来るだけで、私は満足をしなければならない。

私は、小五郎の妻になる事が出来たのだから・・・

私の愛した桂小五郎はもうこの世にはいない、私の目の前にいるのは、木戸孝允と言う別の男なんだ。

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