夢恋路 ~明治編~9
【桂小五郎】
着いた!
横浜だ!!
日本だ!!!
言葉がわかるってすばらしいね、なんだか全身の力が抜けちゃったよ・・・
早く家に帰りたい!
早く姉さんに会っていろんなこと話したい!
大久保さんはもう帰っているんだよね、一日ぐらい休み、くれるよね・・・?
で、困ったことに、横浜に着いた途端に安堵のせいかまたあの頭痛が始まって、ちょっと頭が痛くなってる。
せっかく姉さんに会うのに・・・
一年半も経っちゃったけど、怒ってないかな・・・
それよりも・・・
僕の事、待っていてくれているかな・・・僕は、最速の手段を使って家路へと急いだ。
そんな僕の根性はすごい物で、夕刻前には玄関先に立つ事が出来て・・・家を見上げて、涙が溢れそうになった。
毎日当たり前の様に見ていたはずのこの家、だいぶ長い事見る事が出来なくて、今再び生きてこの家に帰って来れたんだって思ったら、それだけで込み上げる物があった。
この家を発った時、あんなにも異国に行きたくてこの目で見てみたくって逸る気持ちがあった。
米国で大久保さんと伊藤君が一時帰国した時も、帰りたいって思ってはいなかった。
もっと他の国を見たいってさえ思って、帰りたくないってさえ思ってた。
でも、やっぱり帰って来るとここが僕の国で、僕の家だって、そう思えた。
姉さんに、会いたい。
「ただ今戻りました!」
僕の声に使用人の人達が一斉に気が付いて駆け寄って来てくれた。
みんな元気そう。
みんなが僕の帰宅を喜んでくれていた。
「松さんは外出中?」
「お部屋におられます、お呼びしますか!?」
たぶん、ここで会ったら人目をはばからずに泣いてしまうかも・・・
「いいよ、僕が行くから。」
逸る気持ちを抑えて姉さんの部屋に足を向けて、この中に姉さんがいるんだ。
どうしよう・・・
なんて、声を掛けたらいい?
普通に声を掛けたらいいの?
それとも、もっと喜んだ方が良いかな・・・?
黙って開けて、驚かす?
どうしよう・・・
スッ・・・
あっ。
戸が静かに開いて、姉さんが正面に立っていた。
「・・・・・・・」
姉さんは、まさか僕がいるとは思ってなかったみたいで、完全に固まってしまっている。
かく言う僕も、固まってしまった。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・あの、」
・・・・・・・・・。
突然姉さんは僕の手を掴んで、部屋に引っ張り込んだ!
そして勢いよく戸を閉めて、僕に抱きついて、姉さんはずっと泣いた。
ずっとずっと泣いていた。
ごめんね、寂しかったよね・・・
ずっと一人だったんだもんね・・・僕も思わず泣いてしまった。
僕達は抱き合って、ずっとずっと泣いて、姉さんは両手で僕の顔を取って、ボロボロの顔で笑った。
「お帰りなさい。」
「ただ今戻りました。」
僕達は額を付け合せて笑って、ずっと泣いた。
翌朝、朝ごはんの時。
「ねぇ、小五郎君?」
「うん?」
「太ったね。」
・・・う~ん。
やっぱり、そうだよね・・・
お腹周りがね・・・
「まぁねぇ、あっちは肉食文化だからね。」
そうだったね・・・
「歳を考えたらそんなもんなのかしらね。」
そう。
僕ももう40歳なわけで・・・
姉さんは、本来なら50ぐらいなわけで・・・どーみても30がいいところで、変わらない。
僕一人だけ年を取ってる。
松子としては実年齢だけれど、このまま僕だけが年を取った場合姉さんの存在は異質になりそうだ。
「日本食だけ食べてれば痩せるはずね。少し痩せた方が体調にも良いわ。」
そうだよね、日本食食べていれば、頭痛も治るよねきっと。
【おリョウ】
正二郎に文を書いていて、お茶をもらいに行こうと戸を開けたら・・・
小五郎がいた。
いまいち事態が呑み込めなくって、立ち尽くしてしまった。
・・・・・・・
「・・・・・・・・・あの、」
咄嗟に小五郎の手を掴んで、中に引っ張り入れて、私は大泣きした。
小五郎に抱きついて、本当に大泣きした。
よくわからないけれど、いろんなものが一斉に溢れて来てなんで泣いているのかさえわからない。
今までの不安や寂しさ、帰ってきた嬉しさに安堵、不満やらもう全部が一斉に関を切って溢れて来てどうしていいのかわからなかった。
小五郎も強く抱きしめてくれて、泣いていた。
無事であってくれたことが、何よりありがたかった。
私は確認する様に小五郎の顔を両手で触って、お互いぼろぼろの顔で、お互いの無事を確認した。
「お帰りなさい。」
「ただ今戻りました。」
額を付けて笑って、泣いた。
泣き疲れていつの間にか寄り添ったまま寝てしまって、朝風呂に入ってご飯を食べて、久しぶりに小五郎の浴衣姿を見たけれど・・・
「ねぇ、小五郎君?」
「うん?」
「太ったね。」
お腹周りが、中年ですけど。
一年以上も外国生活してたらこうなるか・・・これはメタボの手前ですな、貫録が付いたと言うのか何というのか。
まぁ、日本食生活してたら少しは痩せるでしょ。
それより気になるのはこの子のコレステロール値、数年前に梗塞みたいなの起こしてるから心配ね。
だってこの男は、あと10年はいないのだから・・・
40歳を過ぎるこの男はやはり年を取るわけで、私とは老いるスピードが違う訳で。
私はここに居て、大丈夫なんだろうか・・・
小五郎はその日一日一年半分のいろんなことを話してくれた。
それはとても楽しそうで嬉しそうで、行かせてあげて良かったって本当に思った。
「アメリカとイギリスの次はどこに行ったの?」
「えっとね、仏国、白国と蘭国と独国と露国。」
「待って、白国って、どこ?」
「・・・ん?」
白い国?
地中海とか?
ギリシャ・・・?
「あれ、何て名前だったかな・・・?」
おぃおぃおぃ、覚えて置け。
「あっ、そうだ。」
そう言って小五郎はごそごそと荷物を漁り始めて・・・・っておぃ!!!
「捨ててなかったの!?」
出してきたのはいつぞや私が書いた世界地図!
焼けって言ったろ!!!
「だってもったいないじゃん。」
そーじゃない!
歴史が歪んだらどーすんの!
・・・って、もう歪んでるんだけど。
仕方ないなぁ・・・
「ちょっと待ってて。」
私は庭から小さな敷石を数個取って来た。
「はい、じゃぁまず日本とアメリカね。」
私は日本とアメリカの上に小石を置いた。
「次がイギリスでしょ?」
「そうそう・・・って僕はこんなに長い距離船に乗ったの!?。」
・・・ん?
あぁ、そう言う事。
私は小石を外して紙を筒状に丸めて見せた。
「どう?近くなったでしょ?」
「あぁ、そうか!」
平面にすると地図ってわかりにくいよね、アメリカからイギリスに行くのにタイやインドを通過して行ったら何か月かかるやら・・・反対側を使って行ってちょうだい。
で、また地図を広げて石を置く。
「次の仏国のフランスがここらへん。」
こくこく頷く小五郎君。
「で、白国は飛ばして、蘭国がここで、独国がここで、露国がここ・・・あれ?」
なんか、すっ飛ばした気がする。
フランスとオランダの間だ。
なんだっけ、何かあったよね・・・?
腕を組んでじーっと地図を見つめて・・・そんな私をじーっと小五郎が見つめて・・・
「・・・ベルギーかな?」
「あっ!そうそう!ベルギーって言ってた気がする!!」
あぁぁ、ワッフルが食べたいなぁ・・・
ビールも飲みたい・・・
「帰りはロシアから陸路で?」
「いや、船だよ。」
船・・・?
どこからだろう?
「えーっと、待ってよ・・・?」
そう言うとまたもやごそごそと何かを漁り出す小五郎君。
いろいろ書かれた紙には私に読解不能な字がいくつもあって・・・
「えーっと、べるりんでしょ、」
「はいはい、ドイツに戻って?」
「ういーん?」
「オーストリアね、」
「ろーま・・・?」
「イタリア・・・ちょっとまって、石が足りないわ。」
私はいそいそと小石を集めてくる、そして、何となくな場所に置く。
私だって世界地理に自信があるわけじゃない。
「じゅ、じゅねぶ・・・じゅねーぶ?」
「えっ、イタリアから船乗らないでスイスに戻るの!?」
えっ!?どこに行くの!?
「まるせいゆ?」
「どーしてこのルートだったのかしら・・・?」
視察がてら帰ったのよね、きっと・・・
じゃなきゃちょっと悪意を感じるルートだわ。
「うん、いろいろ見てきたよ。」
これ・・・上と下、どっちで帰って来たのかしらね。
スエズ運河ってこの時代にあるのかしら・・・?
じゃなきゃケープタウンを通過したって事よね?
さすがにそれはないでしょ・・・無事で本当に良かったよ・・・
「結構回ったわね、楽しかったでしょ。」
「世界ってすごいんだね、日本はまだまだです。」
「それがわかったと言う事はこれからまだ伸びると言う事よ、良かったわね、自分の目で見る事が出来て。」
この時代の世界って、どんな感じなんだろうね。
映画や教科書でしか知らないけれど、きっと美しいんだろうな・・・
「あなたはどこが一番良かった?」
「僕は英国が美しいと思いました・・・って話を伊藤君ともしたんだ。」
「伊藤君は英語が話せるから重宝するわね。顔を出してくれた時に、私が一緒だったら楽なのにって言ってたわ。」
苦労してるでしょうね、今頃。
「・・・姉さんは、伊藤君に異国語が話せる事、話してたの?」
あっ、そっか。
こいつは知らなかったか。
って、知るわけないか。
・・・やきもち焼かれない様に、ちゃんと話さないとね。
「えぇ、取引の材料として話したわ。」
「取引!?伊藤君と!?」
「えぇ、あなたを賭けた取引よ。」
ポカンとしているけれど、のんたら逃亡生活している最中に裏でいろんな事が起こってたこと知らないでしょ。
「新撰組に追われて江戸を離れて長州に逃げた時にね、イギリス帰りの伊藤君が訪ねて来てくれたの。私はどうしてもあなたの居所が知りたくて、でも誰も知らなくって、伊藤君も知らないと言ったわ。でも、その時の私はだいぶ疑り深くなっていてね、実は知っていて黙っているんじゃないかって疑ったのよ。で、私は英語が話せる、伊藤君の英語を見てあげるから、小五郎の居場所を教えてほしいって取引をした。」
「そう、だったんだ・・・」
「結局一度もその機会はなかったけど、でも伊藤君は甚助が来たこともあなたの場所もちゃんと教えてくれた。疑って申し訳なかったって今は思うわ。」
あんな素直な子、疑うなんて今となれば馬鹿げてるわね。
「あの時はみんなそうだよ、僕もそうだった。誰も信用できなくなってたし、それだけ追い詰められていたんだ。もし伊藤君が口を滑らせて、英語が話せるなんて外に漏れれば姉さんだって危なかったはずなのに・・・」
「だからこそ取引に使ったんじゃない、命を賭けなければあの場では信用してもらえない。女は度胸ね。」
「その度胸がなきゃ、僕は今頃この世にはいなかっただろうね。」
「そうしたら私は誰と夫婦になっていたのかしら。」
今だからできる笑い話はいっぱいある。
辛かった事、悲しかった事・・・今となればすべてがいい思い出。
「生き残った者達の責任は重いわね・・・」
「そうだね・・・」
私達は白紙の地図に置かれた小石に目を落とした。
「イギリスか・・・私ね、ずっとイギリスに行ってみたいって思ってたの。イギリスの美しい庭や湖水地方を見てみたくて、仕事を早めに引退してさ、田舎の方に引っ越してきれいな庭をを作るのがずっと憧れだったなぁ。」
「正二郎に文を渡したよ、白いろーず、きっとキレイなのを持って帰って来てくれるよ。早く見たいね。」
そう、それそれ。
思い出した。
「ねぇ、あの子まさか、花束で持って帰って来ないわよね・・・?」
「ん?なんで?ろーずって花を頼んだんでしょ?」
ダメだこりゃ。
これは正二郎君、期待大だよ。
絶対に花束で持って帰って来るよ・・・
はぁ・・・。
思わず深いため息が出た。
「あなた、日本に帰って来るのに何か月かかってるのよ?花束なんかで持って帰ってきたらどうなるか、想像できない?」
「・・・あっ、そうだね・・・」
笑ってるけど、男ってやっぱりこんなもんかね。
挿し木でなんとかなるといいなぁ・・・
【桂小五郎】
姉さんをイギリスに連れて行ってあげたいって、思った。
現世にいればきっとイギリスに行く事なんて容易かったはずだ、そして、姉さんなら行っていたはずだ。
でも、姉さんはこの時代を選んで、幾松となって、僕と共に生きる道を選んだ。その時点で、イギリスに行く事なんて完全に諦めたはずだ。
自分の夢も、家族も、安定した暮らしや平和な世界もすべて捨てて僕を選んでくれた。
命を懸けてまで僕に尽くしてくれた。
姉さんに、イギリスを見せてあげたい・・・
「一緒に、行こうか。」
「えっ・・・?」
「一緒にイギリスに行こう。いつか必ず連れて行く。」
「ありがとう、楽しみにしているわ。」
そう言った姉さんの表情が少しさみしそうなのが、気になった。
行けないって、思ってるのかな。
それとも歴史がそうなってるのかな。
大丈夫、歴史なんて変わる。
先の世に伝えられている事が全てとは限らない。
だって、姉さんが幾松になったんだから・・・
落ち着いて過ごせたのはほんの一日足らずだった。
外遊の時にはすでに勃発していた征韓論論争はいよいよ収まりがきかなくなって、大久保さんだけでは収集がきかなくなっていた。
明治天皇まで巻き込んでの大騒動に発展してしまい、韓や清と戦う事になれば莫大な国費が投入されてしまう。
岩倉さんが帰って来るまでは何とか抑えなければならないのだが・・・
この分では彦太郎と正二郎を帰国させなければならないだろう、僕は二人にすぐに文を書いた。
案の定、海外官費留学生全員の帰国が太政官より発令された。これ以上国費での留学は日本国の経済上できない。
・・・で、やっぱり彦太郎は帰りたくないと言う。
で、正二郎は返事なし。
笑わせてくれるよ、ほんと。
でも、今回はダメです。
僕は二人に全く同じ内容の文を送った、強制帰国ですよ。
【まだ留学していたいと言う志を持つのはいい事ではあるけれど、そもそもそっちでの滞在費も含めてすべては日本の国民が払ってくれている税金です。そのお金で留学をしているのだからお国の都合には従いなさい。お前達が今いる国とは違い日本はとても貧しい国です、地方に行けば墨や紙さえ買えない人々が大勢いる。そうした貧しい人々が出してくれたお金なのだから今日まで留学し勉学に励めたことに感謝し、日本政府の命令に従い帰国する様に。海外官費留学生全員の帰国なのっ!わかった!?】
現地の官僚たちには彦太郎と正二郎を見つけ次第とっ捕まえて来いって伝えてるし、まぁ、帰って来るでしょ。
【おリョウ】
正二郎が帰国することが小五郎から伝えられて、ずっとそわそわしていた。
こちらもほぼ2年、一体どんな容姿になっているんだろう。
そして、小五郎に連れられて帰って来た正二郎を見て・・・驚いた。
ねぇ、人間って、こんなに変わるもの?
成長期だったから?
肉食だったから?
でも、イギリスってフィッシュ&チップスとミートローフぐらいなんじゃないの?
ご飯美味しくないと思うんだけど・・・
ぐっと体つきが逞しくなって、背も伸びて、男らしくなった。
うそでしょ?
私の、あのかわいい正二郎は一体どこに行ったの・・・?
小五郎と並んでも引けを取らないよ・・・
「ただいま帰りました。」
それでもまだ12歳の正二郎は久しぶりに会う私にちょっと照れくさそう、私は飛びつく様に抱きしめて短い髪をした頭を思いっきり雑に撫でた。
「お帰りなさい、ずっと待っていたわ!」
帰って来てくれただけで十分嬉しい。
「随分と背が伸びたのね、びっくりしたわ。」
「はい、だいぶ。」
どこかぎこちなく笑っているけれど、久しぶりに帰って来て何となくどうしていいのか探っているのかな。
「あなた、今夜は家にいられるの?」
「あぁ、今夜は大丈夫、いられるよ。」
「じゃぁ、久しぶりに三人で夕飯が出来るわね。」
それが嬉しかった。
「さぁ、中に入りなさい。」
正二郎は行きとは全く違う服装で帰って来た。
そりゃそうよね、あの服はもう着られないでしょうね。
家にある着物も全部新調しないといけない、その前にもう着物を着ないかもね。
もったいないなぁ、あの服、いったい何回着てくれたんだろう・・・たった2年で小さなチャップリンが英国紳士に化けちゃったよ。
正二郎は通された部屋を見て一瞬目を丸くした。
「畳間は不自由かしら。」
「あっ、いや、そう言う訳じゃ・・・」
「椅子生活が長かったはずだからね。いいのよ、自由に崩して座ったらいいわ。」
小五郎と正二郎がイギリス生活やヨーロッパでの事について楽しそうに話している、時折言葉に詰まる正二郎をそれとなくフォローしながら私は楽しそうな二人を見ていた。
案外と乱れていない正二郎を見てちょっとほっとした。
彦太郎はだいぶ自由になって手が付けられなくなってしまったらしく、ちょっと困っているらしいから。
きっとこれはアメリカとイギリスの違いだ。
自由の国アメリカと、紳士の国イギリスの違い・・・
正二郎がアメリカに行っていたら大変だったかもしれない。
「あっと・・・母さま。」
「はい、何かしら。」
「その、文で頼まれたローズの花なんだけど・・・・」
「あっ!持ってきてくれた?」
さて、いろんな意味で期待しちゃうんだけど。
正二郎君は小五郎お父さんより賢いかな?
「その・・・・・」
私はニコニコしてわざと次の言葉を待ってみた。
「その、キレイなホワイトローズ持って帰って来たんですが・・・花がみんな散っちゃったんです。」
・・・・・ぷっ。
思わず吹き出してしまった私に正二郎はぽかん、小五郎は恥ずかしそうに目を逸らす。
正二郎君、期待通りです。
「ごめんごめん、あなた達二人があまりにそっくりだったもので、思わず。親子ね。」
笑う私に正二郎は小五郎を見て、小五郎は正二郎に苦笑いしている。
さすがイギリス、ビニール製の袋があるのね。
そこに入っている10本程度のバラだったと思われる緑の茎、でも実際はだいぶ痛んでしまっていて、緑がきれいに保てているのは2本ぐらいかな。
「貸して、正二郎。」
私は正二郎が申し訳なさそうに差し出すバラの茎を持って庭に出た。
「正二郎、庭木用のはさみを借りて来て頂戴、できるだけ小さいやつね。なければ何でもいいわ。」
「わかりました。」
正二郎はそう言って廊下を歩いて行く。
さて、可愛い息子が持ってきた大切なバラ、このまま殺すわけにはいかない。
「姉さん、どうするの?」
小五郎が不思議そうに見ている。
「せっかくの息子からのお土産よ、生かして咲かせて見せるわ。」
井戸から水を汲んで桶に入れて縁側に置いて、正二郎が持ってきたバラを桶の中で洗った。
やっぱり生きているのは2本か・・・
「あっ、ラッキー!!」
「らっきー?」
ちょうどその時、正二郎がハサミを持ってきた。
「母さま、これでいいですか?」
「正二郎、あなたこのローズのお水結構頻繁に変えてくれていたの?」
「はい、水は毎日変える様に言われていたので・・・でも、花は咲いて終わってしまいました。」
しょぼんとしている正二郎、この辺はまだまだピュアな感じね。
「ねぇ、ほら、二人とも見て?」
私は唯一生きていた2本のバラの枝の水に浸かっていた切り口を父子に見せる。
「あれ?もらた時こんなのなかったですよ・・・?」
「なんか、根っこみたいなのが出てる・・・?」
小五郎君、正解。
「そう、根が出てるの。この2本はまだ生きてるわ!」
正二郎が素直な子でよかった、言われた通り毎日水を変えてくれた事で茎が腐らなかったんだ。それとたぶんずっと窓辺に置いていたんでしょうね、偶然の奇跡だ。
ハサミで根元から20センチぐらいの所を切って、葉が残る様にして新しい水に浸けて。
「ローズって言うのは日本名はバラと言うんだけどね、バラは苺や桜の仲間でね、挿し木で増やす事が出来るの。早ければ今年の秋か来年の春には花が咲くはずよ?」
「本当ですか!?」
「えぇ、どんなきれいなバラが咲くかしらね。」
「Great!!」
・・・普通に英語出ちゃったね。
正二郎がとっても嬉しそうで、私と小五郎はそんな正二郎を見て嬉しかった。
バラは私と正二郎で庭の隅に植えた。
「正二郎、一日二回は必ずお水をあげてね。暑くて乾いている時はもっとあげるのよ?絶対に枯らさないようにしましょうね!」
「はい!」
この時代にバラを持ち込んでよかったのか、正直わからない。
でも、これだけ外国との往来があるんだからきっともう入って来ているか数年の後に入るでしょ。
そんなに歴史を壊した事にはならないと思うんだけど・・・まぁ、このくらい御愛嬌よね。
今日の夕食は私が作った。
正二郎が好きだった鶏の団子を入れて、これでもかってほど日本食にしてやった。その方がここは日本だって思い知るかなって思ってね。
食事を前に英語で神に祈りを捧げる正二郎の姿を見て思わず笑ってしまった、そんな私に気が付いて正二郎はハッとした顔をする。
「いいのよ、どこの言葉であっても感謝する気持ちは大切だわ。でもお母さんとしてはいただきますの方がわかりやすいんだけど。」
「あっ、その、いただきます・・・」
「どうぞ、召し上がれ。」
小五郎と二人でやれやれと言う感じ、でもそんな姿も悪くはないか。




