夢恋路 ~明治編~8
【おリョウ】
「ねぇ、姉さん。」
「なぁに?」
「これ、見てよ・・・」
そう言って小五郎は文を何通も差し出してきたけど・・・
「ありゃー・・・」
思わず漏れた言葉
「でしょぉ?」
小五郎も溜め息。
やっちゃったかー・・・
差し出された文は、彦太郎と正二郎からの文で、私でも書けそうなほどお粗末な物だった。
まず、日本語がおかしい。
この時代は話し言葉と書き言葉が違うから、手紙は書き言葉で書くのが常識。
私にはそれは難しくって、これだけいても未だに読めない・・・
なになに候とか、わかんないし使えないし・・・
で、二人の手紙はと言うと・・・
「漢字は、完全に忘却の彼方ね。」
ひらがなカタカナが多くって、小五郎が私に宛てた文の様、正二郎ってもうちょっと書けてなかった・・・?
「ねぇ、あの子達って誰と暮らしてるの?日本人と?」
「いや、現地の人とだと思う。」
「なるほど、ホストファミリーね。」
そーりゃ、忘れちゃうでしょ・・・
「ほすとふぁみりー?」
「そうそう、私達が熊太郎や七之丞や梅之進を預かった様に異国の子供を受け入れて面倒を見てくれる人たちの事よ。ホストはもてなす、ファミリーは家族よ。」
「困っちゃってさぁ、彦が日本語は難しいから現地語で書いていいかって言うんだよ。僕の字が読めないって言うんだ。しかも、正二郎にいたっては文も書かないし・・・」
まぁ、正二郎らしいっちゃらしいよね。
元々が筆不精だし・・・
「英語の文なら私は読めるけど、あなたは無理だしねぇ・・・」
「そうだよ、しかも、日本語の勉強の為に手紙を書く様に言ってるのに、現地語で書かれたら意味ないじゃん。」
そりゃ、無意味だ。
子供たちの吸収力はどの時代でも半端ないわねぇ・・・ってか、ちょっと思ったんだけど。
「ねぇ・・・彦ちゃん、だんだん雑な感じになって来てない?大丈夫?」
始めは書けていた尊敬語や謙譲語なんかが、回を増すごとに雑になり、何となく投げやりと言うか、荒々しさを感じる字体だけど・・・
「あー、やっぱりそう思う?僕もなんとなく思ってたんだけど・・・」
「これ、性格変わっちゃってない・・・?」
彦は確かアメリカだったよね。
・・・アメリカか・・・
これ、小五郎君、ハルちゃんにむっちゃ怒られるんじゃないの?
「とりあえず、英語で書いても良いけれど必ず日本語訳を付けさせることよね。あと、あなたからの文も漢字にはカナを振ってあげる事、正二郎には返事がなくとも送り続ける事・・・難しいからって読む事さえしなくなっちゃったら本当に帰って来た時に困ってしまう。正二郎には私からも文を書くから、一緒に送って?」
「わかった、ありがとう。」
「まぁさぁ、彦と正二郎はどうしても異国に行きたくって行ったわけじゃなくって、半ば行かされた形で行ったわけだし、そりゃ心細いから必死で現地の言葉を覚えるわよね、私だってそうだったもの。」
ただ、幸いにも私は方言どまりだったけど・・・
「一応、気持ちは理解できるけどね・・・」
あの孤独と寂しさは、人生を変えるには十分すぎる。
それより何よりやっぱし、刺激は強かったよね・・・こんな閉鎖的な日本だもの、国境が陸続きであんなに開放的な国に行ったら、例えどんなにおとなしい子であっても弾けちゃうわよ。
「帰って来て英語だけしか話せなければ私が面倒見るわよ。」
この時代のアメリカ訛りとイギリス訛りが聞けるんだ・・・ちょっと、興味はあるよね。
「海外ねぇ・・・私も行きたいなぁ。」
このつぶやきが、全く別の形で現実になってしまう事になった。
それを知らされたのは・・・この年の秋の終わりだった。
「ねぇ、姉さん・・・・」
「なぁに?」
「・・・・・・・・」
なに?
何で黙ってんの?
「何よ。」
「・・・・・・・・」
だから!何!!
「その・・・」
「一体どうしたの!?」
何をもじもじぐじぐじしてるかねこの男は!
「海外視察に、行っても良い・・・?」
・・・はぁ?
海外視察?
飛行機でぴゆーんと行くんかいな。
「どのくらい行くのよ。」
また、黙る小五郎・・・まさかと思うけれど。
「何年って、単位じゃないわよね・・・?」
「・・・・・」
「うそでしょ・・・?」
私は思わず天を仰いだ。
「・・・で、行きたいの?行きたくないの?」
「・・・行きたいです。」
はぁ~・・・・。
がっくりと肩が落ちた。
正二郎もいない、梅之進もいない、この男までいなかったら私はどーしたらいいんかね。
「岩倉さんの使節団で、大久保さんも一緒で、」
また、大久保利通か・・・
なんか、夫を寝取られた気分になるのはなんでだろうねぇ・・・
いい加減うちの小五郎君を諦めてくれんだろうか、大久保と言う男は・・・
「・・・行ってらっしゃい。」
「えっ・・・」
「何でそんな驚いた顔してんのよ、行きたいんでしょ?行ってきなさい、待っていてあげるから。」
「でも・・・」
でもじゃないわよ、行きたいって言うのに。
一度きりの人生、行きたい所があるなら行くべきよ、ましてやこの時代で外国に行くなんて限られた人間にしかできない事なんだし。
きっと一人残される私に気を使ってるのよね、私が行くなって言ったら残るつもりだったんでしょうね・・・
「あら、私が信用できないの?」
「そんなことはないよ!姉さんの事は信じている!でも・・・」
まぁね、前科持ちみたいなもんだからね・・・
でもあの後から江戸川屋にも辰之助君にも会ってないわよ?
「僕がいなくても、姉さんは平気・・・?」
・・・はぁ!?
「僕がいなくても・・・寂しくはないの?」
カチーンって、きた。
私は考えるよりも先に手を伸ばして小五郎の胸ぐらを掴んでいた。
「冗談言わないでよ!寂しいに決まってるでしょ!!!」
思いっきり胸ぐらを引き寄せて私は怒鳴った。
「行くなって言ってほしいんだったら言うわよ、それであなたが諦めるなら!でも行きたいんでしょ!?だったら行くべきでしょ!私は、私の為にやりたい事を諦める様な事はしてほしくないし、そんな風に躾けた覚えはないわ!」
私はこの男に、志を貫けと教えたはず。
ぐじぐじ言われるぐらいだったら俺に付いて来いぐらい言ったらいいのよ!
・・・まったく。
押し放すように手を離したら、小五郎は黙ってしまった。
いくつになっても、何年たっても大きな子供のままなのね・・・
「行ってきて、そして私にどこに行ったのか教えて?私はこの家であなたや子供たちを待つし、どこにも行ったりしない。私も一緒に行きたいけれどそれが叶わないのならせめて、あなたが行ってきて?」
「ごめんね、一人にして・・・」
「そんなこと、十年以上昔からじゃない、」
笑ってしまった。
昔から、この男は一人で動いてきた。それを私が追いかけてきただけ。
今もあの時も、形は変わってないのよ。
「異国に行くならあなたも洋装をするの?」
「うん、そうだね。」
「じゃ、髪も切るのよね?」
「うん、そうなるね。」
「見てみたいわ!」
って、どんな姿かなんて有名すぎて知ってるんだけどね。
「なんか急に時代が動いてるって感じね・・・」
洋服を着られたら、現世と感覚が変わらなくなるのかな。
私達女が洋装するのはまだまだ先なんでしょうけど、子供達まで洋装をし始めたらだいぶ感覚が変わってくるね。
「ねぇ、小五郎?」
「うん、」
「日本を出る前に、染井の別荘に行かない?二人でゆっくり時間を過ごしましょ・・・」
「うん、必ず・・・」
また当分、会えなくなるのね・・・
【桂小五郎】
僕達は一月ほどかかって米国に付いた。最初に着いたのはカリフォルニア州のサンフランシスコと言う場所で、歓迎会で伊藤君が立派なスピーチをして見せた。
すごいね伊藤君、本当に英語が喋れるんだね。
しかもちゃんと通じているみたいで拍手喝采をもらってた。
岩倉さんが和装を貫いたことで米国のニュースペーパーにその姿が乗って、なんか、とっても不思議なんだそうで、そりゃそうだよね、僕達だって異国人見た時は不思議だったもん。
しかも僕達が洋装している中、岩倉さんだけ和装って・・・はっきり言って、異質だよね。
岩倉さんって、日本のこと大好きだから、日本人として海外視察に行くのだから和装が望ましいって言うんだけど・・・
あれだけ大久保さんにぶつぶつ言われながらも岩倉さんは絶対に和装と髷を譲らなくって、僕達もつい数日前までそうだったのに、なんかちょっと、恥ずかしい・・・
ここから北上して行くんだけど、途中のシカゴと言う場所に岩倉さんの息子さんが留学していて会う事になった。
岩倉さん、きっと嬉しいよね。
一年ぶりだもんね。
で、岩倉さんの息子さんの具定さん、岩倉さんの姿を見て・・・あっ、固まっちゃった。
感動的な再会かと思いきや、あーあぁ、口論が始まっちゃったよ。
「父上!洋装にお着替えください!」
「私は日本人として米国に来ているのだ、和装と髷は日本人の誇りである。」
まぁ、そうなんだけどさぁ・・・
袴の下、靴履いてるんだしさぁ・・・
そもそも論で悪いんだけど、断髪令、出てますよ、日本・・・
譲らない父に息子がとうとう怒鳴った。
「アメリカと不平等条約の交渉に来ているのにこれでは日本は未開の国と侮りを受ける!不平等なんて解消するわけないじゃないですか!今すぐに断髪してください!!」
よく言ったよね・・・具定君。
君が正しいと、僕は思います・・・
毎回毎回顔を合わせるたびに大久保さんに同じ事を言われていても、やっぱり息子さんに言われた方が響くよね。
岩倉さん、シカゴで半ば強制的に髪を切られて、洋装に着替えさせられちゃった。
・・・で、
せっかく洋装に着替えてくれて、髪を切ってくれて、こんなこと思うのは申し訳ないんだけど・・・
似合わない・・・
ちょっと、笑いそうになってしまった・・・
大久保さんまで、笑いそうだけど。
ここに晋作なんていた日にゃ指さして腹抱えて笑ってるだろうね・・・きっと。
岩倉さん、小さいから、米国の服の丈がちょっと合わなくって、作ってもらったんだけど、ごめんなさい、やっぱり岩倉さんは和装が似合います・・・
なんか、威厳がなくなっちゃって・・・余計ちっちゃくなっちゃった。
これ、別行動していた人達が合流したらだいぶ驚くよね。
・・・で、岩倉さんの件は別として・・・
アメリカに来てよかったと本当に思った。
百聞は一見にしかず。
何て進んでいるんだろうこの国は・・・これが近代というんだろうか、姉さんが昔見せてくれだ未来の写真に近しい世界が目の前にある。
食べ物も全然違うし、米国の人ってほとんど魚を食べなくって米もなくって、牛肉ばっかりだよ。
ちょこれーととびすけっとって言うやつ、すごいねー、おいしいねー。
姉さん、好きかなぁ・・・
姉さん、何してるかなぁ・・・
ずっと家にいるのかな・・・
文を書いても海を渡って向こうに付くには時間がかかって、毎日書いて出したいけれど日本行の船だって定期的にしかない訳で、返事なんてほとんど期待できなくって。
姉さんの写真、持ってきて正解だった。
きっと日本に帰る時には擦り切れちゃってボロボロなんだろうね、でもいいんだ。それだけ見ているって事だから。
それに、ネガってやつがあるから何度でも印刷できるんだ、また印刷すればいいだけだからね。
【おリョウ】
小五郎から時折来る文だけを待つ生活だった。
子供たちもいない、友と呼べるような人もいなくって、あれから江戸川屋とも完全に疎遠になってしまって・・・女将はどうしているのかな。
始めは1年で帰って来ると言う予定での文だったんだけど、どうもそんな感じじゃないわね、この移動経路を見てると・・・
あと一年もしたら帰って来るのかしら・・・
そろそろ40歳じゃなかったかな小五郎君は、私が江戸に来た時、あの子は25ぐらいだったはずだから、もうそんなに時が過ぎてしまっているんだね。
相変わらず時折頭痛を訴えていたけれど、異国の地で体調を崩していないだろうか・・・
そんな事を思っていた矢先、一緒にアメリカに行っていたはずの伊藤君が突然顔を出してくれた。
「松さん、お元気ですか?」
伊藤君は洋服姿だった。
一瞬誰かわからなかったわよ・・・
「伊藤君!帰って来たの!?小五郎は!?」
「すみません、一時帰国をしたのは僕と大久保さんだけなんです、春先にはまた日本を出るんです。」
そうなんだ・・・
なんか、申し訳なさそう。
そんな顔しないで?
「洋装、似合ってるわね。着なれている感じだわ。」
「ありがとうございます、松さんのお写真も木戸さんに見せていただきましたよ。さすがに松さんもお似合いでした。」
「ありがとう。」
伊藤君は私が英語を話せることを知っているからね、そう言ってくれたんでしょう。
「またすぐアメリカなんて忙しそうね、相変わらず。」
笑う私に伊藤君苦笑。
小五郎の文で、伊藤君が英語のスピーチを大層立派に行った事を聞いていた。
英語でスピーチが出来るなんて、私よりよっぽど上手だわ。
「松さんがご一緒してくださったのなら自分は楽出来ると思うんですけどね。」
でしょうね。
私も行きたかったなー・・・
「そうよね、通訳は大変よね。」
「えぇ、全くです。」
伊藤君の笑顔は可愛らしくて好き、ちょっと丸い顔で人懐っこい笑顔で、出会った時と変わらない。
でも、この子ももう三人の娘の父親で、偉くなってしまった子で、今では国を動かしている子の一人。
「また海を渡るときは声をかけてくれる?文を持って行ってもらいたいわ。」
「えぇ、もちろんです。必ずまた顔を出しますね。」
伊藤君は早々に頭を下げて出て行った。
この時代、私の書いた文がいったいどのくらいの日数をかけて届くかなんてわからなくて、下手をしたら今日書いた文は小五郎を探し回って、数か月先に着くなんてこともあるんだろうね。
伊藤君だったらきっと、最短で渡してくれるわよね。
しかし、こんな孤独感は久しぶりで、歴史の表に出ない様に隠れて過ごしていたあの時と同じ・・・
早く帰って来て・・・小五郎、正二郎
【桂小五郎】
姉さんからの文を伊藤君が持ってきてくれた。
姉さんに変わった様子はなく、元気そうだったと教えてくれた。
すっごく嬉しかったけど、露骨に喜ぶのもなんとなく気が引けて、部屋に帰った時に開いてみた。
懐かしい字に、涙すら込み上げて着そうだった。
【木戸孝允さま 元気にしていますか?今はどちらにいるのでしょうか、何か面白い物は見つけましたか?全く知らない他国で周囲に気を使って神経質になっていないかと心配しています。あまり気を詰めないで下さいね。体調はどうですか、具合を悪くしてませんか、帰ってきたらいくらでも面倒を見てあげるから無理をせず体調には気を付けてください。道中いろいろと苦労しているんだろうなぁと察しています、どうか、早く帰って来て下さい。お願いします。】
寂しい思いをしているんだろうなって、思った。
幼き頃、一人で時を移動しながら、隠れて生きていた時の様な孤独を感じているのかもしれない。
気が付けばもう半年が過ぎている、当初一ヶ年程度で帰るはずだったのに僕達はまだ米国にいた。これから英国に渡って大陸を通ってから日本に帰る。
その道中を想えば到底一ヶ年なんかで帰る事は出来ない。
どうしてもヨーロッパを見てみたいと思っていた僕は、予定を繰り上げて一人帰国をすることまでは考えていなくって・・・
姉さん、すいません、まだ帰れそうにはありません・・・
待っていて、もらえますか?
結局、米国には八か月ほど滞在し、その後、英国・仏国・白国・蘭国・独国・露国を経由することになった。
そんな英国で僕は何とか正二郎を捕まえることに成功した。
とりあえず元気そうで何よりなんだけど・・・急にでっかくなっちゃってない!?
「父さま!ご無沙汰してます。」
「元気そうだね。」
ご無沙汰じゃないよ全く・・・文もよこさないで。
米国で会った彦太郎とは違って正二郎はどちらかというとそのままだった。
彦太郎は元々やんちゃだったのが余計にやんちゃになっちゃってたから、正二郎がどんなふうになってしまっているかちょっと怖かったんだよね・・・
しかも、文もよこさないから、逃げちゃったんじゃないかって・・・
正二郎まで変わっちゃってたら姉さんとハルにこっぴどく怒られちゃうよ。
でも、会ってみたら正二郎は正二郎のままだった。
しかし、困ったことが発生している・・・
「えーっと・・・surpriseは日本の言葉でなんて言うんでしたっけ・・・?」
日本語が、薄れて来てしまっているよ。
時折言葉に詰まってしまう正二郎、ほれ見た事かと言ってやりたくなった。
「ちゃんと文を書く約束だっただろう、勉強をしないから忘れてしまうのだよ?」
「すみません・・・」
「お前は日本に帰って来るんだから、一時間でも半時間でも日本語を勉強しなければ後々大変な事になるよ?」
めんどくさいなぁって思っているだろうね、僕達の時代とは違うのかもしれない。
この子達は生まれた時から恵まれているから、勉強したくてもできない時代なんて想像もつかないんだろうね。
僕が必死に勉強して、尊敬する思想者の元へ弟子入りして、剣技を磨きながらも一晩中先の世や志や夢を話し合った時代とは違うのかもしれない。現に正二郎はまるで母国語の様に英語を話している。
やっぱりこんな時は姉さんなんだろうなって思い知らされてしまうね・・・日本人なのにこの時代の人間じゃなくって、異国語を操り、動乱の世を走り抜けてきた姉さんなら、この子達の新しい思想にも対応できるんだろうなって。
彦太郎の事も、相談しよう・・・
「母さまは、元気ですか・・・?」
ん?
それは姉さんかな、ハルかな?
「どっち?それとも両方・・・?」
その僕の言葉に正二郎がハッとした顔をした。
「両方、でも・・・松子伯母さんの方・・・」
あっ、こいつハルの事僕に言われて思い出したな!?
ちょっと、僕が怒られる内容は増やさないでよね!?
「もちろん元気だよ。」
そう言って僕は懐から写真を取って見せた。
「今この地でこうやって見ると、似合って見えるね。」
あの時、洋装の姉さんを見た正二郎は姉さんじゃないって言ってのけたけど、今はどう見えるのかな。
「はい、母さまです。」
そう言ってにっこりと笑った。
あっ、そうだ。
「正二郎、お母さんから文を預かったんだった。」
そうそう、伊藤君は正二郎への文も預かって来てたんだった。
すっごく嬉しそうな顔をする正二郎。
「開けても良いですか?」
「もちろん、僕にも教えて?」
何て書いてあるんだろう。
・・・気になっちゃうよね。
「なんて?」
聞いちゃった。
「白いRoseを持って帰って来てと書いてありました。」
・・・・・?
白いろーず?
ろーずって、何?
「正二郎、ろーずとは何かわかるのか?」
「はい、花です。英国ではどこにでも咲いています。」
へぇー、そなんだー。
姉さんは何でも知ってるんだね。
「じゃぁ、一番美しい白いろーずを見せてあげてね。」
「はい!」
僕は正二郎に文の約束と日本語の勉強の約束を取り付けて、この異国で再び別れた。
・・・こいつ、ちゃんと、書くかなぁ。
帰ったら姉さんと異国語でしか話せないとかって、嫌だからね?
僕も、勉強しないといけないのかな・・・
仏国・白国・蘭国を経由して独国に入って、パーティーが始まる大部屋の窓から外を見ていたら伊藤君がやって来た。
「美しいですよね、街並み。」
「そうだね、日本とはまるで違うね。」
不思議だね、まるで藩の様に国の境はみんな隣接しているのに、その国その国で建物の様式や街並み、もちろん言葉も違う。たった一本の見えない線なのにね。
「どこが一番お気に召しましたか?」
どこかな・・・
どこも美しかったけど・・・
「僕は英国が良かったかな、美しい庭がとっても印象に残ってる。」
英国の庭はとっても独特で、イングリッシュガーデンって言うんだってね、緑の美しい広い庭。
姉さんが正二郎に頼んだ白いろーず、見たんだ。
真っ白でとっても美しかった。
日本にもあんな庭があったら良いなって思った。
「そうですね、どこの庭も美しかったでね。」
伊藤君はまだまだ若いから、きっと僕よりも多くの何かを感じているんだろうね。
「伊藤君はすごいよね、普通に異国の人達と話せるんだね。」
「何を言ってるんですか、それもこれも、木戸さんが僕と井上をイギリスに留学させてくれたおかげじゃないですか。あの混乱した時代の中で僕達を日本から出してくれたからこそ、だからこそ今の僕があるんです。とても感謝しています。」
「僕が行けばよかったな~」
「木戸さんには松さんがいるじゃないですか、」
えっ!?
伊藤君が笑ってるけど、伊藤君は姉さんの事、知ってるの!?
「木戸さんが行方不明だったときに松さんに少し伺いました。経緯はあえてお聞きしませんでしたがイングリッシュが堪能であるとご自身から伺ってます。僕の言葉も見てくれる約束だったんですが、世が世で結局一度もお手合わせをしてはいただけませんでした。」
そうだったんだ。
伊藤君はその事を誰にも言わずずっと黙っていてくれたんだね。
「彦太郎君も正二郎君もこの様子じゃ日本語よりもうまく話せそうですし、男の子って言うのはいいですね。」
そっか、伊藤くん家はみんな女の子だったっけ・・・って、お梅さんとの子の話ね。
外の子は知らないけど・・・
伊藤君に芸者遊びを教えちゃったのは間違いなく姉さんで、まぁ、僕もその切欠を作ちゃったから、何も言えないんだけどね・・・
伊藤君の外子って、どんだけいるんだろう・・・
「大久保さんは帰国されるそうですね。」
そう。
大久保さんはもう帰るんだって。
曰く、もう見たから、だって。
そうは言ってるけど、実際は日本居残り組が勝手な事やり始めちゃって、それの中心が西郷さんで、西郷さんや薩摩と仲が良い人達が暴れちゃってるからであって・・・帰らざるを得なくなっちゃったってのが現実。
・・・でも。
大久保さん、家族に会えるんだね・・・
「あれだけ中央が勝手な事をしていては帰らざるを得ませんね。」
伊藤君もちゃんとわかってるね。
「僕もたぶん近いうちに帰る事になると思う、大久保さんだけじゃきっと治まらないだろうからね。」
そう、大久保さんだけじゃ無理だ。
大久保さんは岩倉さんが帰るまで内情を引き留めるために帰るんであって、でも西郷さんと同じ薩摩である大久保さんには限界があるはずなんだ。
僕も帰らないといけない。
・・・帰るのか。
少し、名残惜しくも思うけど、姉さんに会えるって思うと気が逸るのはなぜだろう。
姉さん、元気かな・・・
会いたいなぁ・・・
「ホームシックになりましたか?」
ちょっとぼーっとしていた僕に、伊藤君が笑っている。
「ほーむしっく?」
それ、なに?
「えぇ、子供がなる病です。」
子供がなる病?
僕、子供の病気になってんの?
ぽかんとしている僕を見て伊藤君が更に笑う。
「家に帰りたくなる病の事ですよ。」
「えぇ!?」
ちょっと!
ケラケラ笑わないでよ!!
・・・ってか、なんでわかるんだよ。
「議会にいる時は別ですけどね、木戸さんはすぐに顔に出ますから、わかるんです。」
やーめーてぇー
「木戸君!伊藤君!会が始まる!来たまえ!」
大久保さんが呆れたように叫んでいる。
怒られてしまった・・・
「では、これ以上御機嫌を損ねないうちに行きましょう。」
伊藤君が僕に頭を下げて先を歩いた。
僕はもう一度だけ眼下の街並みを見た。
規則正しい建物に整った交通網、政治がとても安定しているんだろうね。
色や音があふれてにぎやかで、娯楽も充実していて、なにより発達した経済・・・国同士の貿易も盛んで豊かな国。
姉さんはこれよりももっともっとっ進んだ世界から来たんだ・・・
今の日本での生活なんて、きっとたいくつだろうね。
ましてや、ただ僕の帰りを待つだけの日々・・・姉さんの所に、帰ろう!
「木戸君!!!」
「はい!只今!!」
また怒られちゃった。
【おリョウ】
小五郎から文が来て、今露国にいると言う。
露国とは、ロシアよね。
あら、意外と近くにいるんじゃない。
で、帰路に着くと書いてあった。
飛行機でぴゅーんって帰って来てくれないの?
数時間で帰って来れるわよ?
長かったよまったく・・・やがて2年になるじゃない。
こっちに来てこんなに離れたことはなかったなぁ・・・さすがに以前のように会いたくって会いたくってそれこそ眠れぬ日々を過ごすってほど若くはないけれど、それでも毎日どうしてるかな、元気かなって考えてはいる。
体調崩していないかとか、ちゃんと食事を摂っているかとか、大久保さんに虐められてないかとか・・・
帰ってきたら少しはゆっくりできるのかな?
また、大久保さんに捕まるのかな・・・
文の内容だと、大久保さんが先に帰路についているみたいだから、帰って早々持ち逃げされるのかしら・・・
何でこんなに大久保利通に嫉妬するかしらねぇ、私・・・
あいつら本当に夫婦みたい・・・
さすがに2年、家から一歩も出ないって事はなくて、でももちろん江戸川屋には行ってない。
ただ、女将が数度顔を出しに来てくれた。
あんなに良くしてもらったのに、あそこは私の実家なのに、私はもうあの場に行く事は出来ないから・・・じゃぁって言って女将が顔を出しに来てくれた。
とは言ってもこの1年で数回程度。
女将もナーバスになっていて、自分が出入りしている事で疑われたらいけないと手短にやって来た。
でも、私にはそれが嬉しくて、唯一の支えだった。
正二郎、バラの花、持って帰って来てくれるかな・・・
まさかと思うけど、切り花で持って帰って来ないわよね・・・?
その場合、日本に着いた時には花は散ってると思うけど・・・そこまで考えが行くかしら。
まぁ、現地の誰かは教えてくれるわよね。
早く帰って来てくれないかな、小五郎も、正二郎も・・・




