夢恋路 ~明治編~7
【桂小五郎】
「ただ今戻りました。」
「おかえりなさいませーーーーーーー!!!!」
帰ってみたら全力で梅之進が走って来て、僕に飛びついた。
これ、なんか、懐かしい・・・
で、後ろからやって来た桂さんと青木さんが・・・やつれている気がした。
どうしよう・・・
「おりこうにしていたかな・・・?」
「はい!」
背後で苦笑している二人に、僕は苦笑した。
梅之進は姉さんと正二郎を引っ張って走って行って、残された僕達三人・・・微妙な空気だ。
えーっと。
「・・・大変だったみたいだね。」
もう、僕達は苦笑するしかない。
この様子だと二人は家から一歩も出られなかったんだろう。
今晩、姉さんと出たいって言ったら、斬られかもしれない・・・これは、染井の屋敷に行くのは、ほとぼり冷めてからにしないとまずそうだ。
「とりあえず、話を聞こうか、ねっ・・・」
僕は結局、およそ三日分の愚痴を一晩かけて聞き続ける事になり、染井に行きたいなんて口が裂けても言えなかった。
数日後、正二郎の洋服が届いた。
そして、姉さんの写真も。
キレイに取れてるね・・・こうやって見ると、やっぱりこの時代の僕達とはちょっと違う気がする。
はっきりした瞳に通った鼻筋、何より洋装がとても似合っている。
この姿が本来の姿だと言われているようにさえ感じた。
本当に、キレイだな・・・
これは、僕の宝物になりそうだ。
【おリョウ】
小五郎に見せてもらった写真を見て驚いた。
まずそれが写真であったと言う事。
本当に写真だ、黒白の写真。
細かく言えば線がぼやけてるとか黒白というより若干茶色っぽいとかそう言うのもあるけれど、基本的には現世と変わらない綺麗な写真。
次に驚いたのが、写っている私の姿だ。
この写真には見覚えがある・・・
「私、この写真知ってるわ・・・」
思わずつぶやいてしまった。
「知ってるって?」
小五郎が首をかしげている。
「現世で、この写真を見た。」
「姉さんの写真を!?」
驚いた顔をしているけれど・・・
「やっぱり姉さんは幾松だったの!?」
それが・・・
「それが・・・顔が、思い出せないのよ。」
そう、幾松さんの顔が思い出せない。
この写真を見たことは覚えているんだけど、この角度で、結いあげられた髪で洋服を着た女性、
その人が幾松だってことはわかるんだけど、顔を覚えていない。
「顔?」
「えぇ、顔だけがどうしても思い出せないのよ・・・」
小五郎が神妙な顔をした。
この子もきっと気が付いたんだ、もしかしたら、その事こそが歴史が変わってしまった証拠なのかもしれないと言う事に。
歴史が変わってしまったからこそ、記憶の中にある幾松と言う女性の顔は消えてしまい、私の顔に上書きをされてしまったんだと言う事。
恐ろしい事だ・・・
私がこの時代に来て小五郎に会ってしまった為に、本来の幾松と言う女性は存在すらしなくなってしまったんだ。
私に変わってしまったんだ・・・
何て事をしてしまったんだって、今になって思い知らされた気がした。
今までは歴史が変わっているかもしれないと思っていてもそれを目の前にすることはなかった。だからこそ、私はいつの間にか未来など忘れてのん気に小五郎と生活してきた。
でも、いざ変わってしまったかもしれない現実を目の当たりにして、恐怖さえ覚えた。
今すぐ、この場を去らなければいけないんじゃないかってすら、思った・・・
「姉さん?」
小五郎が優しい声で私の手を取った。
「大丈夫だから、きっと。」
優しい子・・・
私は小五郎の肩に顔を乗せる。
「この写真は僕の宝物、姉さんがクシを肌身離さず持っていてくれるように、僕もこの写真をずっと持ってる。ずっと姉さんと一緒だ。」
私達はどちらとも言わず口付けをする。
「残念な事に染井の別邸には当分行けそうにないね。」
「そうね、梅之進がいる間は無理そうね。」
あの子の半端ないやんちゃさ加減はまるっきりの父親譲り、晋作の現役時代の無茶苦茶さを知らない桂さんと青木さんからしたら想像もつかないでしょうけど、こんなもんじゃなかったんだから。
「梅之進はまだまだ子供、可愛いものよ。大人はもうしばらく、我慢しましょうね。」
翌日の昼過ぎだった。
どこからともなく子猫の鳴き声が聞こえて私は庭に出た。
どこから聞こえてくるかわからない子猫の絶叫・・・結構長い事聞こえてるけど、どこだろう?
「松さん、どっかで猫が鳴いてない?」
小五郎が使者の男と廊下へ出てくる。
「えぇ、私もそう思ってさっきから探しているんだけど・・・」
比較的近くで鳴いている子猫の声、それは歩みを進めるほどにだんだんと近くなって来て、そして梅の木の下でしゃがんでいる子供二人の姿が見えて・・・
「正二郎、梅之進、何をしている。」
小五郎が声をかけた。
正二郎が咄嗟にこっちを向いて緊張した表情をしてみせる。
それとは対照的に、梅之進は笑顔で振りむいて、その手には子猫がいて・・・
「梅之進!」
思わず叫んでしまった。
子猫は尻尾を持たれて宙吊りにされている。
「おじ様おば様見てください!子猫を捕えました!」
嬉しそうにしている梅之進、絶叫している子猫、そして、やや離れたところをうろついている母親と思われる猫・・・
「ほぉ、さすがは男の子だ。」
小五郎の横にいた男がそう言って笑う。
冗談じゃない!
こんな扱いをされていたら子猫は死んでしまう!
私が二人のもとに行こうとしたその時、小五郎が私の前に制止の手を出した。
「僕が行くよ・・・」
その声は、とても静かだった。
一瞬、ぞくって、した。
たぶん小五郎は、怒っている・・・
咄嗟に横の男を見たけれど、この男はまるで気が付いていない。
小五郎は黙って二人の前に立った。
正二郎はどことなく怯えているけれど、梅之進に全くそんな様子はない。
「おじ様!猫とは面白いですね!体がふにゃふにゃで」
ぱん!
小五郎は梅之進の頬を叩いた。
その瞬間、梅之進の手から力が抜けて、猫が落ちる。
落ちた子猫は一目散に母猫の元へと足って行き、母猫は子猫と共に全力で逃げ去って行った・・・良かった、怪我はなさそうだ。
呆然として小五郎を見上げている梅之進、横の正二郎が泣き出しそうだ。
「木戸さん!相手は子供ですよ!?」
男はそう叫ぶけれど、小五郎は全く気にする様子はなかった。
「正二郎!お前は梅之進より歳が上であろう!なぜこのような事を止めさせず共に見ているのだ!!」
「すみません・・・」
正二郎はうな垂れている。
「梅之進!お前は命を何と心得る!あの様な小さな猫にあの様な事をして、命ある生き物を玩具のごときに扱うとは何事か!!」
梅之進はまさに唖然茫然、この世の終わりの様な顔をした正二郎とは対照的にどうしていいかわからないと言う表情だ。まさか、怒られるなんて夢にも思っていなかったんだろう・・・
「あの猫にも親兄弟がいるであろう!なぜそれを理解できない!必死で抵抗し声をあげるあの小さな猫を見てお前は何も思う事がないのか!草木虫の命をも慈しむ事の出来ぬ者に人としての価値などないと思いなさい!」
じわじわと現状を理解してきた梅之進はべそをかき出した。
「ごめんなさい・・・」
「罰として、今日は二人とも部屋から出てはならない。一日字の勉強をしていなさい。」
「はい・・・」
正二郎が小さく返事をした。
小五郎は振り向きすたすたとこちらへ歩いてくる。そして呆然としていた使者の男に言い放った。
「例え人の子であろうと自分の子であろうと、悪い事を悪いと教えるのが大人の務めです。かわいがる事と甘やかす事は違うと、自分は思いますがね。」
小五郎は立派に父親をやってのけた。
本当の父親を知らずして育った二人に、父親の威厳と厳しさを見せつけた。
態度、口調、声色、総てが子を叱る父親だった。
「松さん、後はよろしくお願いしますね。」
そう言って、少しばかり申し訳なさそうに苦笑して、小五郎は部屋へと帰って行った。
立派になっちゃって・・・ちょっと前まで怒られる側だったくせにね。
私は子供たちの元へと歩み寄って、二人の背をそっと押し部屋へと連れて行った。
泣きこそはしていないけれど半べその二人、ショックがでかすぎてどうしていいのかわからないと言った顔だ。
二人ともこの世の終わりの様な表情・・・笑っちゃいけないんだけど、笑いそうだよ。
「さぁ、中に入りなさい。」
部屋の中に入れて、私は二人を座らせる。
しょぼんと座っている二人、さすがにこのまま部屋に置き去りって訳にはいかないわね。
「二人とも、どうして怒られたかわかるわよね?」
「はい・・・」
返事をする正二郎に、ぐっと唇を噛んでいる梅之進、まだ小さいから、ショックというとり驚いてるのよね。
「命って言うのはね、人間だけの物じゃないのよ?」
手を伸ばせば届く近い距離に私は座って、二人に命について説いて聞かせる事になった。
「おじ様も言っていた様に草木虫にも命はあるの。私達が口にしている食べ物も、着ている服も、住んでいる家も全て元は生きていたもの、私達は人間と言うだけで多くの命の上に生きているの。ご飯を食べる時に言ういただきますと言う言葉は命をいただくと言う感謝の意味よ?ただ言うだけの言葉じゃない、ごちそうさまも同じ、おいしくいただいたことに感謝する言葉。日本人の最も美しい慈しみ敬意を払い感謝すると言う想いなの。慈しむとは弱いものに対して大切に想う事、敬意とは尊敬する事、人間とはこの世で最も強い生き物です。猫も犬も鳥も魚も全て私達より弱く小さな命、あなた達がああやって遊ぶだけで死んでしまう生き物なの。あの子猫が必死に助けて助けてと叫んでいるのがあなた達にはわからなかった?」
二人は黙り込んでいる。
「お母さん猫がとっても心配そうに見ていたわ、自分の子共が捕まってしまってとってもとっても怖かったと思うの。私はあたたちの親だからそんなお母さん猫の気持ちはすごくよくわかる、私だってあなた達に何かあったらと思うととってもとっても怖いもの。正二郎はもちろん、梅之進、あなたに何かあっても私は怖いし悲しいわ。あなたのお父さんは私にとっても木戸のおじ様にとってもとっても大切な人、あなたはそんな大切な人の子供ですもの、私達の子供と変わりないの。とってもあなたが大切よ?だから、木戸のおじ様はあなたに本気で怒ったの。あなたが大切だから、あなたに悪いこと、いけない事をちゃんとわかってほしくって怒ったのよ?正二郎、あなたに対しても同じ・・・」
怒ると言う事が愛情だなんて、小さい子供に解るわけがない。
私だって、そうだったから・・・
でも、憎くて怒っているわけじゃない事だけはわかってほしい。
「叩かれて、怒られてあなた達二人は悲しいでしょうけれど、怒ったおじ様も悲しかったのよ?後でちゃんと、もう一度おじ様にごめんなさいって謝ってあげてね。」
「はい。」
二人は力なく返事をした。
「あの子猫が無事にお母さんの所に帰る事が出来て本当に良かった、あの小さな子猫から見たらあなた達はものすごく大きいのよ?おしっぽなんて持たれて痛かったと思うわ。一寸の虫にも五分の魂、自分よりも小さな生き物に優しくできなければ立派な男にはなれない。覚えておいてね。強い人ほど優しいものよ、咲いている花を摘むんじゃなくて、美しいねと見て思える優しい人間になってね。」
私は二人の頭を抱えて寄せた。
「さっ、罰は罰!文字の練習をなさい。正二郎、ちゃんと梅之進に教えてあげるのよ?」
「はい!」
「厠に行く以外は今日はお部屋から出ちゃダメ、後で見に来るからね、真面目にやるのよ?」
私は二人の頭を雑に撫でて部屋を出た。
真面目にやるとは思えないけれど、それでもいいの、少しでも反省してくれれば。
私はさっき子猫がいた我が家のシンボルでもある梅の古木の元へと向かった。そこにはもちろん猫はいなくてその周囲にもいない、良かった・・・
もぉ、お母さんしっかりしてよ。
これからはあんな子供になんて捕まらないようにちゃんと言って聞かせてね。
あの子猫も今頃きっと怒られているんでしょうね、あの二人みたいにしょぼくれてなきゃいいけれど。
「松さん。」
背後から小五郎の声がした。
「あら、さっきの男の方は?」
「うん、もう帰ったよ。」
小五郎は私の横に歩み寄って、私達は並んで立った。
梅か・・・私にとって晋作との最後の思い出になっちゃったな。
「梅之進が産まれる前にね、晋作と会った時、晋作の産まれてくる子の名前について話したのよ。私はそのときたまたま梅の帯飾りを作ってもらっていてね、私が梅が好きって話をしたら、子を梅之進と名付けたいって言い出しちゃったの。まさか本当に梅之進になると思ってはなかったわ。」
「そうか、梅之進の名付け親は姉さんだったんだね。」
小五郎はそう言って笑う。
「僕もそうだけど晋作もいくつか名前を使い分けていてね、その中の一つに梅之助って名前があったんだ。きっとそれもあったんだろうね。」
それだったら納得よね。
私達はしばらく梅の木を見上げていた。
「あなた、立派に父親をやって見せたわね。」
「そうでもないよ・・・あの後ずっとね、手が、震えたんだ。」
そう言って小五郎は自分の右手を掴んだ。
「あの時、梅之進の子猫に対する扱いに怒りを覚えたのは事実だ、それと同時に一緒にいた正二郎に怒りを覚えたのも事実・・・でもその後、手が震えた。力が強すぎなかったかとか、痛かったんじゃないかとか、怖かったんじゃないかとか思ったら、震えが止まらなくなっちゃった。」
そう言って小五郎が苦笑する。
「まだまだ修行が足りないわね。」
「全くです。」
私達もまだ半人前の親だもの、怒る事にも慣れていない。
気持ちを伝えると言う事はとても難しい事、ましてや子供相手なんて尚更。
「梅之進を叱った言葉、ほとんど姉さんの請負だったけど、覚えてた?」
「あら、私はとっても優しかったはずよ?」
自分でそう言って笑ってしまった。
小五郎も笑っている。
私、厳しかったと思うわ、自分で言うのもなんだけどね。
「ネズミの尾を持ってぶら下げて遊んでいたらとんでもなく怒られた事があったね、命ある物で遊ぶなって引っ叩かれたんだよ?」
そんな事、あったのかもね。
懐かしいなぁ・・・
「あの時は怒られている理由なんてわからなかったけど、今ならわかる。あの時僕を叩いたの姉さんの気持ちも全部。あの二人もいつか分かってくれるだろうか・・・」
「大丈夫よ、きっと伝わっているわ。」
あの子達ならきっと、大丈夫・・・
それから数日後、正二郎は長州に向かう事が決まった。
一度ハルちゃんの所に行き、数か月時を過ごしてから渡英することが正二郎に告げられた。
「良かったわね、お母さんの所に帰れるわ。」
私の言葉に正二郎は複雑な顔をした。
嬉しいはずなのに、きっと、私達に・・・いや、私に気を使っているんだ。
「向こうで少しゆっくりして、体調を良くしてから行ってらっしゃいね、あなたが無事に元気で帰って来るのを待っているわ。」
「・・・はい、行ってまいります。」
寂しそうな、気まずそうな表情、私はそんな正二郎に気が付かない様に、終始笑顔を崩さなかった。
その日の夜、湯から上がって部屋に向かっていた。
いつも通り子供たちの部屋の前を通って、子供たちがちゃんと寝ている事を確認しようとして歩いていたら、正二郎が廊下に立っていた。
・・・どうしたのかしら?
正二郎は私に気が付いて、私の方に向いて立った。
「どうしたの?眠れないの・・・?」
10歳になった正二郎は子供らしさが少しずつ抜けて、少し端正な顔になって来た。
「母さま、」
「どうしたの?」
足を止めて私達は向かい合った。
どうしたのだろう、梅之進がやかましくて寝られないのかしら・・・?
私をじっと見つめて、口を瞑ったかと思ったら、意を決したように正二郎は口を開いた。
「長州の母は確かに僕の母さまです、でも、母さまも僕の母さまです。この数年育てて下さった恩は決して数日では返せるようなものではありません・・・必ず、母さまの元へ帰って来ます。」
正二郎はまっすぐに私を見つめていた。
・・・感動、してしまった。
思わず、涙が出てしまった。
私はすぐに正二郎を抱きしめる・・・
「ありがとう正二郎、その言葉だけで私は十分よ・・・本当にありがとう。」
何て良い子なの・・・
いつのまにか大きくなった正二郎、屈んで抱き寄せてもなお小さかったはずなのにいつの間にか私の方が小さくなって。子供の成長とは、あっという間ね・・・
ハルちゃん、正二郎をありがとう。
正二郎は小五郎に連れられて長州に帰った。
私は梅之進と二人でお留守番だけれど、梅之進もこの後しばらくして我が家を出ると言われている。
そうなると、急に寂しくなるね・・・
私はしばらくこの家に一人か・・・この家に一人は初めてだね。
こんな大きな家で一人、何をしたらいいのかな・・・永久の別れじゃないんだし、会おうと思えば会えるんだし、そんなに悲しむ事はないんだけれど・・・もうしばらく、もうしばらくだけ、梅之進と楽しく遊んでいよう。
【桂小五郎】
どうしてもどうしても、僕には曲げられない政策があった。
今後の日本の為にどうしても重要な事、そしてそれは、僕にとっても大切な事・・・
廃刀令。
廃刀令に関してはもう何年も前から何度も話題が上っていた。しかし、その都度そのことを口にし積極的に動かそうとした者が暗殺されてしまったり、反対派の薩摩に揉み消されていた。
だから僕は少しずつ周りから動かそうとしていた。
慎重に、できるだけ悟られない様に・・・
版籍奉還が叶った今、次にやる事は廃藩置県と日本の西洋化だ。
庶民の帯刀禁止に関しては明治2年に叶った、でもみんな実際は持ち歩いていて、なんだかんだうまい事隠しているのが現状で、だからこそ未だに刀による死者は顕著に減っていかない。
西洋の文化を積極的にとり入れ、服装や髪形を洋化させ、身分制度を廃止し、最終的に、国防関係者以外は廃刀をさせる。西洋化すれば、刀など必要ない事がきっと国民全員に理解してもらえる。
廃刀令を取り付けるのにはもう少し時間がかかる。
でも、必ず取り付けて見せる。
僕の人生をかけた最も大切な約束・・・これを行わなければ死にきれない。
争いのない、自由で平等な日本、人々はやりたい事をやり、行きたい所に行き、男女問わず学ぶことができる・・・
そんな事、理想的すぎるってみんなは笑うかもしれない。
でも、絶対に作るんだ。
・・・で、問題なのは、いっつも薩摩なんだよね。
まーた薩摩が出て来るんだよ、ここで。
とんでもなく問題なのは西郷さんで、武士の廃止に真っ向から反対しているからね。
そもそも廃藩置県に賛成なのか反対なのかも、もう僕にはよくわからない・・・
なんだか、言ってることがいろいろ飛び越えていて・・・本当によくわからない。
声も大きいし・・・
怖いし・・・
岩倉さんと大久保さんが西郷さんに東京に出てくるように再三要請して、やっと東京にやって来ることになって・・・
「で、今夜我が家で秘密の会議?」
「そーなんだよね・・・」
そうなんだよね、大久保さんの一言で、決まっちゃったんだよね。
なんか、大久保さん、うちが好きみたいで・・・
「大男達は何人来るの?」
「えーっとねぇ、七・八名ほど、かな?」
「お酒があればいいの?」
「はい、お願いします。」
なんとなーく、姉さんが何か企んでいる気がするんだけど・・・
「姉さん、あのね・・・」
「なぁに?」
「その、何も、しなくていいからね・・・?」
クスッ・・・
笑ったよ、姉さん・・・
これは、戦う気かもしれない・・・
【おリョウ】
次から次へと男たちがやって来て・・・・・あっ、上野の銅像が歩いてる。
西郷さんは私を見るなりにっこりと笑って頭を下げた。気は優しくて力持ち、女子供には優しいって感じがもろに表に出ている様な人よね西郷さんって。でっかいクマのぬいぐるみみたい。
そして、出たよ、大久保利通・・・
大久保利通は相変わらず私を見るや怪訝そうな顔をして通過した。
これは、もはや無視と言う態度の部類だ。
相変わらず癪に障る奴だよ・・・
「松さん、お酒をお願いしますね。」
小五郎が声をかけてきたので、私は静かに戸を開けて膝を付いて頭を下げた。
ちょうど小五郎は部屋にはいない、いいタイミングだね。
「なんだ、あのデカいのはどうした。」
大久保利通が私を見てちょっかいをかけてくる・・・いい度胸してんじゃないよ。
「まさか、この人数であの程度で足りるとは思ってはおりまへん。樽をいくつかお運びいたしますんでもう少々お時間いただけますやろか。」
「・・・樽って・・・」
誰かが引いたようにつぶやいた。
「けどまぁ、こないな大人数の殿方に酔いつぶれられても困りますんでこの度に関しては自粛いたしました。堪忍おくんなまし。」
私と大久保利通以外は唖然としている。
「それとも、大酒を酌み交わすためにいらしているのでしたら、一曲踊りましょか?」
「いや、結構だ。」
・・・・・・・
「もういい、今日は大事な会合だ、お前と遊んでいるほど暇ではない。」
「あら、遊んで下さっておいででしたの?それはおおきに。」
「口数の多い女は信用ならない。」
「口数の多い男も同じやと思いますけど?」
「やはり、お前は好きではない。」
「あらうれし、うちもどすわぁ。」
・・・・・・・
「相変わらず楽しそうだの、主たちは。」
西郷さんだけが笑っている。
そう見えている所が西郷さんよね、でっかすぎ。
そこへやって来た小五郎、小五郎を一斉に見上げた男たちの目が、何かを必死で訴えている。
こりゃおもしろい。
「・・・えっ?」
小五郎の声が背後からして、大久保利通が大きなため息をついて、上野の西郷さんが笑っている。
「では、何かおありでしたらお呼び下さいまし。」
私は恭しく頭を下げて部屋を出た。
すれ違った時の小五郎の顔が、しまったという様な顔で、大声で笑えないのが残念ね。
【桂小五郎】
戸を開けた途端に一斉に男達の助けを求める縋る様な視線を浴びた。
「・・・えっ?」
思わず声を漏らしてしまい、足元で恭しく膝を付いている姉さんを見て、どっと疲れた。
大久保さんはわざとらしくでっかい溜息ついてるし、西郷さんは笑ってるし、姉さんはこちらを見ない・・・
「では、何かおありでしたらお呼び下さいまし。」
この言葉を聞いて、やっちゃったんだって、もう諦めた。
すれ違いざまの姉さんを見て、めまいすら感じたよ・・・なんでこうも、僕の周りの人間は皆強いんだろうか。
静かに戸が閉まって、僅かな空白の間があって・・・
「・・・えーっと、なんか、すみませんでした。」
そう言って苦笑してしまった。
「相変わらず肝の良か女子だ!なぁ大久保!」
はぁぁぁぁぁ・・・本当に本当にやっちゃったんだぁ・・・
「今ほど、自分の妻が良い女なのだと思い知らされたことはない。」
まーたそう言う事を言うよ大久保さんは・・・
「お言葉ですが、松さんも良い妻ですよ?」
僕はそう言って腰を下ろした。
「よかよか!わしゃ松殿の肝の良さ、大層気に入っておる!」
西郷さんはそう言って笑った。
「こうして茶と菓子をも用意する所が出来た女子と言う証拠!」
確かに、お酒以外にお茶とお茶請けも用意されている。
男がこれだけ集まって夜に話をすると言ったら普通はこう言う物は出さない・・・姉さんは西郷さんが下戸なのを知っていたのかな・・・?
「茶が薄い、ますます合わないな。」
「そらぁ大久保、お前の茶の好みがおかしいと言う事だ。」
そう言って西郷さんは茶をすすりまんじゅうを食べながら余計に笑う。
・・・お茶、薄いかな?
そんな風には見えないんだけど・・・?
僕は思わずお茶を覗いてしまった。
「木戸殿、大久保の家の茶は飲めんぞ?あれは二日酔いの気付け剤に良か!」
気付け剤って・・・
相変わらずでっかく笑っている西郷さん、そんなに濃いお茶が好きなの・・・大久保さんって。
本人そのまま、癖だらけじゃん・・・
「そんな話はどうでも良い、廃藩置県について話を進める。」
そうだったね、こっちが本題だ。
僕達は夜遅くまで話し合った。




