夢恋路 ~明治編~6
【おリョウ】
熊太郎と七之丞はすぐに引き取られて行った。
小五郎の話だと先方にもお子さんがいるみたいで、よかった。
「行ってらっしゃい。」
そう言って私は二人を送り出した。
合わなければ帰ってくればいい、そんな気持ちで送り出した。
正二郎と梅之進だけになると、まぁ、合わない事合わない事。
梅之進の方がまだ幼いくせにパワーが半端ない。
ずっと走り回って、勉強の時もじっとできないんだって家庭教師の人が苦笑してる。
まぁ、親が親だしね。
まだ幼いって事で、目を瞑りましょう。
「ねぇ、姉さん、」
「なぁに?」
「正二郎の洋装なんだけど、どんな感じがいいのかな。」
おっと、その話があったわね。
「そもそも、洋装なんて扱う店があるの?」
「横浜にあるんだ、そこで一通りそろえようと思って。」
ふ~ん、本当に開国したのねぇ。
「いいわね、見てみたいわ。」
この時代の洋装って、どんな感じ?
「二泊程度なんだけど正二郎と行かない?」
あっ、行きたい!
でも・・・
「梅之進は?お留守番?」
あの子一人残すの?
「うん、桂さんと青木さんにお願いしようかと思って。」
桂太郎君と青木周蔵君はうちの離れに住み込んでいる子、書生と言うらしい。
「・・・あんな若い子達に梅之進の相手が務まるかしら。」
「・・・まぁ、そこはほら、頑張ってもらおうよ。」
苦笑している辺りが、その間の惨事を物語っているんだけどね。
「で、その後はまた長州行って帰って来てをやるわけ?」
「まぁ、そうなっちゃうよねぇ・・・」
「確か、家に籠るんじゃなかった?」
「だったんだけどねぇ・・・」
まぁ、人が良すぎて断れないからね、この男。
「じゃ!桂さんも青木さんもいずれは親になるんだし、梅之進相手に頑張ってもらうか!行きましょ、横浜に。」
久しぶりに旅に行く、それだけで私はとても楽しかった。
「梅之進、ちゃんと言う事聞いてね?」
「はい!いってらっしゃいませ!」
相変わらず元気でよろしいんだけど・・・心なしか桂さんと青木さんが不安そう。
この二人はこの時代においてドイツに留学した位の秀才君、そんな二人を持っても梅之進の相手をできるかどうか・・・
この二人もきっと、後々すごくえらくなるんでしょうね。
移動は人力車で東京湾に行きそこから船だった。
なんてまぁ、楽な旅になった事・・・
「ありえないぐらい楽な旅地ねぇ。」
「ねっ、あの頃とは大違いだね。」
「本当よ、あの時もこれがあったら・・・どれだけ私は楽だったか。」
「本当、感謝してます。」
正二郎は私達の間に座ってきょろきょろしている。
「来年あたりには鉄道もできるんだよ、横浜にもっと行きやすくなるんだ。」
「汽車が出来るの!?」
へぇ、もうこの時代からそんな物が出来るんだ・・・すごい急速な発展なのね日本って。
つい数年前まで刀でチャンバラごっこしてなかった?
新撰組が、いたのにね・・・
「父さま、汽車とはなんですか?」
もう少し話したいけれど正二郎がいるからここでは無理ね。
「汽車とはね、大きな箱型の乗り物で、人が引かなくとも目的地まで連れて行ってくれるものです。座っているだけで遠くまで連れて行ってくれるんだよ?」
「すごいですね!」
「あなたはこれからそんな汽車や、もっともっと面白くって新しいものがある異国に行くのよ?その地にどんな物があったか私達にも教えてね。」
「はい!」
未来があるって素敵ね、私、こんな目をして生きていたかな・・・
久しぶりに乗った船に正二郎は好奇心丸出しにしていた。以前乗った時は私達に引き取られた時で、悲しみに打ちひしがれていた時だったから、あまり記憶にないんだろうね。
私達は木戸孝允大先生のおかげで上室と言う個室の船室に入った。
綺麗にされた船室、洋室で豪華なソファーがあって、丸い窓があって、何となーく教科書で見る様な西洋の船だった。
「すごいわね・・・この時代に・・・」
「松さん。」
小五郎に呼ばれてハッとした、思わず口に出してしまったよ。にっこり笑っている小五郎に苦笑してしまった・・・危ない危ない。
「正二郎、外に出てみましょうか。」
「はい!」
話を逸らして正二郎を巻き込む。
正二郎は満面の笑みで私と小五郎を交互に見上げた。
「じゃ、甲板に出て見ようか。」
そう言って小五郎は立ち上がってくれて、正二郎の手を引いてくれた。
私はその後ろを付いて歩き甲板に出る。
比較的多くの人が乗っていて、汽船での移動が主流になりつつあるんだって思い知った。この船も横浜の後さらに南下して進んでいくんだとか。
すごいわねぇ、日本の近代化って・・・
それもこれもこの男がいなきゃ始まらないんだから、恐ろしい話よ。
湾内だから日本列島を見ながらの運航で、正二郎はとても興味ありげに移りゆく列島を見ている。
「正二郎は船が好き?」
「はい!好きです!」
私と小五郎は顔を見合わせ微笑ましく思った。
「父さま、この船には部屋はたくさんあるのですか?」
「そうだね、たくさんの人が乗れるように部屋はたくさんあるよ。」
「他の部屋はどうなっているのですか?」
この言葉に小五郎が急に考え出した、何だろう・・・?
「他の、部屋?」
「はい、見てみたいです。」
明らかに渋っ顔をしているけれど・・・何か正二郎には言えない事があるのかな?
仕方ないなぁ、助けてやるか。
「正二郎?他のお部屋には入っちゃだめなのよ?」
「そうなんですか?」
「えぇ、そうよ?あなただってお隣のお家に勝手に入ったり覗いたりしないでしょ?それと一緒。」
「はい!そうですね!」
素直ないい子で助かるわ・・・小五郎が小さく息を吐いた。
確かに私達のいる上室と呼ばれる場所はかなり贅沢な作りになっている、これはお金がある人だけが使える場所で、その違いを問われたら、親としてはちょっと困るわね。身分差のない世を創ろうとしているのにその差を見せつけてしまっては示しも言い訳もしようがないものね。
「そう言えば正二郎は昔僕に漁師になりたいって言ったよね、覚えてる?」
「あら、そんな事言ってたのね。」
「・・・・・?」
正二郎がわからないと言う顔をしている所からすると、結構幼かったときの話かな。
「まだ三つぐらいだったから、覚えてないか。」
「はい。」
「正二郎が坂本さんと出会っていたら船乗りになっていたかもしれないわね。」
「本当だね。」
今のこの世を見せてあげたい人がたくさんいるの。
この、急速に進んだ新しい世を見たら、あの子達はどうしたかな・・・
正二郎みたいに輝いた目をしてくれただろうか。
夕食は旅館で済ませ買い物は明日一日かけて、そしてその翌日には帰る宛になっていた。
正二郎はとても楽しかったと見えて、疲れてすぐに眠ってしまった。
私達は寝付いた正二郎の横で酒を口にしながら少し思い出話をしていた。
正二郎がいたらできない様な、昔話。
「土方さんは、もう亡くなったんだった?」
「うん、蝦夷の地でね。」
「そう・・・残念ね。」
有名よね、土方歳三の最後も。
「今のこの姿を見たら、みんな何てて思うかしら・・・晋作と坂本さんは喜ぶでしょうね。」
「そうだね、きっとすぐに日本から出て行っちゃうだろうね。」
「宗次郎と平助は、どう思ったかしら、喜んだかしら・・・」
「喜んだと思うよ?あの子達はまだ若いから、きっと楽しくて仕方ないんじゃないかな・・・」
「近藤さんはどうかしらね、怒るかしら。」
「案外、一番楽しんでいたりしてね。」
「本当ね。」
思い出話を始めると尽きなくて、自然と笑みがこぼれて来て、でもどこか寂しくて。
何かが足りないってどこかで思っている。その足りないものは何か他のもので補えるなんてものじゃないから、だから余計に空洞が開いている事を思い知らされてしまう。
どんなに会いたいと願っても、話をしたいと思っても、もう叶わないのだから。
【桂小五郎】
姉さんと思い出話をすると忘れていた心の穴を思い出す。
たくさんの死に行ってしまった同志たちみんなにもっといろんな物を見せてあげたかった。
晋作に、見せてあげたかった・・・
「ねぇ、姉さん。」
「なぁに、」
「何で甲板で、正二郎を説得してくれたの?」
姉さんは僕を見てにっこり笑う
「何かあなたが渋った顔をしていたからね、見せたくない何かがあるんじゃないかって思ったの。」
さすがだね、利発と言うかなんというか。
「どうして、正二郎には船内を見せたくなかったの?」
姉さんのその問いに僕は正二郎を見た。
静かに寝ている正二郎の表情は満足そうで、微笑ましい。
「今日の様な比較的短時間の船ではそうじゃないだろうけどね、長距離船になると下室と呼ばれる大部屋の客室は衛生状態が良くないんだ。長距離船にもなればその間に病人が出るほど・・・正二郎に、その差を問われたら僕はどう答えたらいいだろうかって思ったんだ。なぜ身分や貧富があるのかを問われた時に、何も知らない子供にどうやって答えたらいいかっなって。」
僕には、上手い言葉がなかったんだ。
何も知らない子供に快く理解してもらえるだけの話術もなければ言葉も足りない。
大人相手だったらいくらでも論じる事が出来ると言うのにね・・・
「正二郎はたまたま恵まれているから、でも、その空間に同じ歳の子がいたら・・・同じ歳の子でも自分とは全く違う環境の子もいる事を、僕はどうやって伝えてあげたらいいのかわからなくって。助かりました。」
姉さんがいなかったら、他の人だったら、どうなっていたんだろう・・・
僕は、正二郎の希望と期待を損なわせずに、こんな顔で一日を終えさせてあげる事が出来ただろうか。
姉さんも正二郎を見つめる、
その微笑は本当に、母親だった。
「親として、難しい問題ね。親だからこそ悩むのでしょうけれど・・・民主主義である限り貧富の差や格差や差別は根絶できない。末端まで国が把握できるわけがない。だからこそ皆、末端の末端にならない様に必死に這い上がろうとする・・・すると残されるのは本当の意味の弱者だけ。」
「いつの世も、政治的課題はたくさんなんだね。」
「えぇ、そうね・・・日本と言う国を出た時に、この子は何を感じるかしらね・・・」
僕も一緒に行きたいなんて言ったら、姉さんは何て言うかな・・・
きっと、行ってらっしゃいって笑顔で言ってくれるだろう。
そしてただずっと、僕の文を待って、僕の帰りを待つんだろう。
不平不満や寂しさを一切口にせず一年も二年も待つんだろう。
僕が、外に出ないでって言ったから、きっとずっと家から出ずに待つんだろう・・・
寂しそうな姉さんの姿が容易に想像できて、そう思うと、僕だけ外国に行きたいなんて言えない。
僕が姉さんを守るって、決めたんだから。
「しかし・・・桂さんと青木さんは無事かしらねぇ。」
・・・そうだったよ。
梅之進が留守番だった。
「早く帰ってあげないと家が壊されちゃうかもね。」
可能性は、あるよね・・・
だって、晋作の子だもん・・・
「寂しい思いをしていなきゃいいけど・・・」
ふと遠い目をして心配げな瞳をする母である姉さん、そんな姉さんは、昔のような良い女ではない。
そんな事言ったら怒られるし、実際には十分魅力的だし、美しいんだけど・・・何かやっぱりちょっと違う。
お酒の席に立つ女の子達とはやっぱり違っていて、僕はたまにそれを寂しく思う事もある。今の様に子が同じ部屋にいれば、昔のように一つの布団で抱き合って寝たりは出来ない。
でも、僕も子供は好きで、できる事なら自分の子が欲しいと望んでしまっていて、それは、姉さんには言えなくて・・・
子が出来ないんだったら、子作りする必要はないわけで・・・
でも、姉さんを抱きたいと思う訳で・・・
姉さんは、どう思っているんだろう・・・?
もう、僕とはそんなことしたくないのかな・・・
「姉さん、あのね、」
「なぁに。」
「実は家をね、二つ買ったの。」
「はぁ!?」
だよね。
驚いている姉さんを見たら、馬鹿な事してるなって、笑えてきた。
「一つは京に、もう一つは染井に。」
「染井って、あの桜の染井?」
「そうそう、よく覚えてたね。行ってみたら静かないい場所で、思わず家立てちゃったの。で、そこの木々はみんな手入れも良かったからね、家の庭木は全部あの桜の庭師達にお願いしてるんだ。」
現実から逃げる場所が、欲しくってさ・・・
「近くにね六義園って大きな公園があってね、そこの前に買っの。」
「六義園?知ってる知ってる。」
えーっと、それはどっちの意で知ってるって言ってるのかな?
「私、現世で六義園に紅葉見にお散歩しに行ったもの。」
「六義園も残ってるんだ、案外東京はそのままなんだね。」
すると姉さんが突然笑い出した、なんでだろう?
「なんだ、私は現世にいる時もずっとあなたの近くにいたのね。京都、日比谷公園、靖国神社に皇居に六義園にソメイヨシノ・・・二度と出会う事はなくとも、歴史的背景を知らなくとも、私はいつの間にかあなたの近くに足を向けていたんだ。そう思うとやっぱり私たちは会うべくして会っているって事なのかしらね。」
僕は咄嗟に姉さんを強く引き寄せて口付けをしていた。
「ちょっと!?正二郎がいるのよ!?」
うん、わかってる。
でも、こんなに嬉しい事言われて、何もせずになんていられないでしょ?
「今日は我慢する、子供の前だからね。僕は父親だから・・・だから、帰ったら一緒に染井の別邸に行こ?一日誰も入れないで、使用人たちもみんな出して久しぶりに本当に二人っきりで過ごそう。一泊、朝からずーっと。」
「いいわよ、もちろん。親であっても男と女ですからね、そんな時間も必要だわ。」
そう言って笑ってくれる姉さんはやはり大人の女、良い女だ。
姉さんも、僕との時間を必要としてくれるんだね・・・それが、嬉しい。
「ただし、」
・・・ただし?
「桂さんと青木さんが嫌って言わなければね。」
・・・どうしよう。
無理かもしれない。
そしたら、使用人の誰かに・・・お願いしようかな。
【おリョウ】
正二郎がいるって言うのに今日の小五郎はまるで子供のように私にべったりと張り付いている。
急に口付けしてきて、このまま裸のお付き合いにでもなりそうな感じだよ・・・
それはちょっと無理。
親がいちゃついている所なんて子供に見せて何の得にもならないわ・・・
「今日は我慢する、子供の前だからね。僕は父親だから。・・・だから、帰ったら一緒に染井の別邸に行こ?一日誰も入れないで、使用人たちもみんな出して久しぶりに本当に二人っきりで過ごそう。一泊、朝からずーっと。」
もちろんそこは、我慢してもらわないとね。
でも、私だって小五郎と一日ゆっくりしたい・・・
もうだいぶ長い事そんな時間持ててないから。
「いいわよ、もちろん。親であっても男と女ですからね、そんな時間も必要だわ。」
どこかで、この子はもう私の事なんて必要としていないんじゃないかって、思ってた。
可愛い若い女の子達と共にする時間の方が良いんじゃないかって思ってた。
小五郎が、私を必要としてくれている事が嬉しかった。
「ただし、桂さんと青木さんが嫌って言わなければね。」
さて、あの二人は無事かな?
もし本当に無理って言われたら、小五郎君はどうするかな?
きっと必死に策を練るでしょうね。
翌日、横浜の町を歩いて改めて思い知った。
日本人って、こういうところがすごいよね・・・数年前まで江戸時代だったくせに、ここはもう西洋に足を突っ込んでいて、レンガ造りの建物が建築され始めていた。
新しく建設されている建物は木や土壁や瓦でできている日本的な建物ではなく、レンガを積んだ真四角の建物、横浜は少しずつ、横浜を目指して開拓されていた。
それよりも驚くのは急に洋装した人間たちが増えた事、ほとんど男性だけど格好は昔のイギリス人ってとこかな。
・・・昔のって、ここが昔か・・・
まぁ、コスプレみたいな感じなのよ。
聞けば、この辺には洋装屋さんが多くあるとか。
すげーな、横浜。
この時代から先走ってるんだ・・・
きょろきょろする私が連れて行かれたのはまぁ、西洋の呉服屋。
う~ん・・・でっかい二階建ての建物は外観は日本式、でも、内装は・・・西洋だ。
私達はすぐに二階に通されて、事前に連絡が行っていたのかトルソーには子供服が並んでいるんだけど・・・
そーかそーか・・・
この時代の西洋の子供服って、こうなっちゃうんだ・・・
なんというか・・・ちっちゃいチャップリン。
あぁぁぁぁ!
もぉ、かわいすぎるじゃないの!!
「柴田さん、お世話になります。」
「木戸様、お待ちしておりました。」
柴田と呼ばれる男は若い青年だ、この人がこの洋服を全部作ったの?
「妻の松子と、息子の正二郎です。」
私と正二郎は頭を下げる。
小五郎は正二郎にいろんな服を宛がって柴田さんと話している、私も少し店内を歩かせてもらったけれど、これ、たぶん全部輸入品ね。
だってウールとかがあるもの。
靴もそう、この時代ではまだ革靴は無理でしょ・・・
ハンチングとか、かわいいなぁ・・・
しばらく店内を見ていたら、てこてこと正二郎が私の所にやって来た。
・・・ぷはっ!!!
見て、吹いてしまった。
「かわいぃー!!!」
まさにチャップリン完成!
子供なのにこんなにガチガチに着込むの!?
茶色いズボンにブラウスにベストにジャケット、布一枚で完成する着物からしたら実に堅苦しい。
小五郎は柴田さんと話をしている最中。
「正二郎どう?」
「母さま、この着物は重いです。」
まぁ、そうよね・・・
これはきっと中流以上の貴族の子供の服装だ。
ぎこちなく困った顔をしている正二郎、ちょっと、コーディネートしても平気かな・・・?
「正二郎、これ脱いで?」
正二郎からジャケットとベストを脱がせ、裾を少々ロールアップ、足首が見えるぐらいまで折り返して、袖もボタンをはずして一回折り返す。展示品のサスペンダーとハンチングをかぶせて・・・19世紀後半ぐらいにはなったかな?
「どう?動きやすい?」
「はい!こっちの方が動きやすいです!」
「我ながら、なかなかだわ。」
ミニチャップリンからシャーロックホームズの時代の子供に早変わり・・・って、これ、どっちが時代背景として近代なんだろうか?
これでチェック柄とかがあったらまさにイギリスって感じで最高なんだけどなぁ。
まぁ、地味だけど色があるだけいいか。
子供の服なんて人生で一度も選んだ事なかったけど、親たちがはまる気持ちがわかるわ・・・これは楽しい。
自分の最愛のちっちゃいマネキンを自分好みにするこの楽しさは今まで感じた事の無い新しい感覚だわ。
「母さま、この着物はもこもこですね。まるで獣みたいです。」
正二郎がジャケットを上下左右回しながら触っている。
ウール素材で起毛してるから、正二郎には初めての触感なのかもね。
「そうね、でもあなたがこれから行く異国はとっても寒いの。だからこれくらいでいいのよ?暖かいわ。」
気に入ったのかずっとさわっている正二郎、きっと触り心地が気持ちいのね。
う~ん、その気持ちわかるわ・・・
私も数年前にシルクでやったからね・・・
それよりも、ここにあるものって全部売り物なのかな?
「正二郎、ずいぶんかわいくなってるね。」
そう言ってやって来た小五郎はだいぶ笑っている。
ふと気が付けば柴田さんがいない・・・?
「もぉ、松さん、柴田さんに気付かれないようにするの結構必死だったんだよ?」
・・・・・?
私がぽかんとしていると小五郎が笑う。
「こんなに上手に洋装を合わせられる女の人は、きっといませんよ?」
あぁ、そう言う事か。
苦笑する私に小五郎は笑っている。
「さすがだね、正二郎とってもよく似合ってるよ。」
屈んで声をかける小五郎、正二郎はとっても嬉しそうだ。
「ここにある物ってみんな売り物なの?」
「そうだよ、みんな異国で作られた物なんだ。」
やっぱりね。
「さっきいた柴田さんは英国人のカペルさんと言う人に弟子入りして今は修行中なんだ。」
「すごいわね、新しい事に興味を持つと言うのはいい事だわ。」
「そうだね。」
小五郎が立ち上がり正二郎が私達を見上げる。
「ねぇ、この格好じゃ英国だと寒いわよね?」
「そうだねぇ、蝦夷並みに寒い国みたいだからねぇ。」
う~ん・・・
私は一歩下がって正二郎を見つめた。
「正二郎、これとこれを着て?」
ベストとさっき正二郎が気に入っていたウールのジャケットを着せて、裾と袖を戻して、襟を立てて私のしていた淡いピンクのショール・・・この時代だと襟巻ね、を首元に巻いて緩く結う。帽子はハンチングからもう少し深くかぶれるものに変えて耳まですっぽりかぶせててみた。
「どうかしら、こんな感じで。」
長めのブラウスの袖をジャケットの袖から引っ張り出しで折り返したら、うん、いいんじゃないかな?
「さすが松さん!」
「私的には襟巻はこの色でいいんだけど、男の子だからイギリスの物で濃いめの色を揃えてあげて?緑とか紺とか。」
「わかった、そうするね。じゃさっきのと今の全部買おうか。」
・・・なんて、大人買いな・・・
「正二郎はお洒落さんね。」
きっと意味も何も分かっていないだろうけれど、私と小五郎が笑っているのを見て正二郎も笑った。
「木戸様、いかがですか?」
柴田さんが声をかけてくれた。
小五郎が必要な物を一式説明すると柴田さんは微笑んでかしこまりましたと言ってくれた。
「お上手に着こなしていらっしゃいますね。」
「なかなかでしょう?」
小五郎はそう言って笑う、私がコーディネートしたとはあえて口に出さずに濁した。
「奥様の方のドレスも何着かご準備できましたが、ご覧になりますか?」
「私の!?」
柴田さんの言葉に私は思わず叫んでしまった。
「はい、西洋の婦人用の着物です。」
「・・・いや、それはー・・・」
着るのは全く問題ないんだけど・・・
それを着たらきっと、私は明らかに外国人になってしまう。
「いいね、着て見ようか。」
おいっ!!!!
私が小五郎を見上げると、まぁまぁと言わんばかりの顔で笑う小五郎
「ついでに写真を撮ってもらおうか、準備してよ。」
「かしこまりました。」
「ちょ!?写真って!!」
待ってよ!
私の顔が幾松として歴史に乗るって事!?
それはまずいでしょ!
焦る私をよそに話はどんどん進んで行く。
「ではご子息はこちらでお着替えを、木戸様と奥様はこちらへどうぞ。」
「松子さん、行きましょうか。」
おぃっ!!!
正二郎は男の人に連れて行かれて、私は不満も叫びも口にすることができないまま小五郎の後に付くしかなかった。
目にしたドレスに、驚愕・・・
こんなドレス、本当に存在してたんだ・・・映像の世界だけの過剰な演出だと思ってたよ。
もしくは宝塚。
かなり大きめに膨れたスカートに固そうなトップ、こんなコルセット、ほんとにやんの!?
腰折れてなくなるよ!?
ってか、胸とかお尻とか、私そんなに肉がない・・・
「・・・まさか、これを着ろと?」
私は恐る恐る小五郎に小声で問いかけた。
「ん?いいじゃん、着てよ。」
「着てよって・・・」
これ覚悟いるね・・・生命の危険がある気がするよ。
「どうぞ奥さま、」
女性に呼ばれて、私は連行されて、芸妓の時と比べ物にならないぐらい締め上げられて・・・息が。
淡い色合いでたくさんのギャザーやリボンの付いた、それはまぁお姫様の様なドレスですよ。
ふりふりのふわふわです。
で、着てみて再び驚いた。
胸元が、がばがばだよ。
「・・・この場合、どうするの?」
「えーっと、」
困る彼女達、まぁ、そうよね、こんなこと希でしょうからね・・・
そこいらへんの日本人マダム達の方が胸も尻も大きいでしょうに・・・
深夜のシュールなドラマで主人公が貧乳貧乳言われてたけど、もうあのドラマで笑えないわ。
仕方ない、正面からのみ見てもらって、写真撮影はお断りしよう。
その旨を彼女達に伝えたら、無言で頷いてくれた・・・なんか、それもそれよね。
女の子達が手を引いてくれて、小五郎達の前に連れ出され、あぁぁ・・・苦しい、息が。
柴田さんは私に驚いている様子。
「これはお似合いですね。」
・・・ありがとう、でも、息が・・・
「なんて理想的な腰の細さ、写真で見たイギリスの若い少女のようです。」
少女・・・そりゃ、ありがとーよ。
「すごいねー、これ、どうなってるの?」
そう言いながらやって来る小五郎を見て、私は思わず両手をかざした。
「それ以上来ないで!」
「えぇぇ!?」
思わず叫ぶ私に一同停止。
「それ以上来ないで、ダメ!」
「駄目って、どうして!?」
「いいから、来ちゃダメ!」
来たら、胸が丸見えになってしまう・・・
上から見たらがばがばなんだから!!
「・・・じゃ、そのまま写真を撮る?」
それも怖すぎる・・・
「これじゃない服装でお願いできませんか?」
「えっ、似合ってるよ?」
そう言う問題じゃないのよ。
「いえ、違うので・・・」
私の強い視線に小五郎はなにかを察した様子、こくんと小さくうなずいた。
「じゃ・・・、着替えておいで。」
とりあえずすぐに着替えた。
着替えた物は深い緑色のちょっと大人のドレス、首元までしっかりと襟が立っていてシックなもの。見た時にすぐ良いなって思ってたんだよね。
まぁ、もちろんスカートはでっかいんだけどさ・・・
さっきまでのまるでウエディングドレスみたいなものじゃなくって、ジャケットの様に袖もあり十分現世でも通用する様な感じだ。これならまぁ、生活ぐらいはできるかな。
この姿を見た小五郎はすぐに納得した様子。
「こっちの方が松さんらしいですね。」
そうね、松と言う名前にも合っているかもね。
「ん?・・・母さま・・・?」
気が付くと着替え終えていつもの着物姿をした正二郎がぽかんと私を見ていた。
「そうよ?どうかしら。」
私の言葉に正二郎はしばしじっと私を見て、う~んと考えて、一言。
「母さまじゃないです。」
子供の素直な言葉に大人は一瞬静まり返って、そして笑った。
「そうよね、この着物じゃお母さんじゃないわよね。」
さっきよりは幾分楽とは言えウエストを締め上げられているから笑うと苦しい。
「はぁ笑った、正二郎は素直だね。」
一人ポカンとしている正二郎の頭に小五郎が手を置いた。
本当、可愛いわね、正二郎は。
「じゃ、松さん、写真撮ってもらってよ。」
・・・本気、なのね。
小五郎がどうしてそんなに私の写真を撮りたがるのかよくわからない。
確かに小五郎はよく写真を撮ってるみたいで、私も何度か見たことあるけど・・・
私は椅子に座らされて、なんでか斜め45度の女になった。
これが流行なのかな?
この時代の写真って・・・おっそろしく長く待つやつじゃなかったっけ?
何十分とか・・・
どうしよう・・・そんなに長い事、微動だにせずにできるかしら。
「では、動かないで下さい。」
思わず、身構えてしまう・・・
「はい、良いですよ。」
「・・・えっ、もういいの?」
10秒ちょっと?
こんなに速いの!?
「早いでしょ。」
小五郎が自慢げに笑っている。
「お写真は後ほどご子息のお服と一緒にお持ちします。」
「お願いします。」
小五郎は笑顔で答えていた。
驚いた・・・こんなに早く技術が進歩しているなんて。
百聞は一見にしかず、書物ではわからない事は多いのね。
改めて横浜の町を歩けば開拓がどんどん進んでいる様であちらこちらが西洋化されている。石積みの沿岸に西洋風の建築物、それを監修しているだろう異国人も何人か見た。でも人間はまだほとんど和服で、西洋建築を作っているのも日本の大工、ここはこれからどんどん異国になって行くんだ。
海外に出る人間は限られている、ほとんどの人間は異国を見る事なく生を終える。
そんな人たちからしたら、これが西洋だよと言われても、まぁ、納得はしたとてよくわからないわよね。




