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夢恋路 ~動乱編~21

【ハル】

幼い頃に、お市お姉ちゃんの涙を一回だけ見たことがあった気がした。

いつだったかはわからないけど、いっつも笑っていて、いっつもお兄ちゃんを叱っていたお姉ちゃんが、月を見上げて泣いていた。

私は小さくって、よくわからなかったけれど、寂しそうだなって思った。

今思えば竹取物語の姫の様で、あの月の先に自分の世界を見ていたのかもしれない。

どれだけ心細かっただろう・・・

自分ならば、どれだけ不安に思うだろう・・・

見ず知らずの、どこかもわからない土地にある時気が付いたら一人で、言葉も違い、いつ帰る事が出来るかもわからず、心を通わせる相手も作らず、ただ一人で時が過ぎゆくのを耐えて待つなんて・・・身の上を聞いただけでも涙が出そう。

お姉ちゃんがここに居なければ、他の幾松という人がお兄ちゃんを助け、夫婦になっていたわけで・・・でもその人は一体どうやってお兄ちゃんを助けたのだろう。

お姉ちゃんの様な知識も何も持ち合わせていない若い女が命を追われる侍をどうして助ける事が出来ると言うの?

京を追われ、野山に身を隠し、どこにいるかもわからないたった一人の男を探しきれる女なんていない。それこそ、先の世から持ち得た知識でもない限りわかるわけがない。

「お姉ちゃんは、幾松にならなきゃいけなかったのよ・・・」

私は自然とつぶやいていた。

「お姉ちゃんが幾松じゃなきゃならなかった。むしろ、お姉ちゃん達の世で伝えられている幾松と言う芸妓は、お姉ちゃんなのよ・・・じゃなきゃ、どう考えても納得がいかないもの。何らかの事前の知識を持ち得ていない限り、あんなにふらふらした男の後を追いかけるなんて絶対に無理だわ。だって、どこにいるかもわからないのよ?しかも命を追われているそんな男、ただ惚れているだけで追えないわ。」

「まぁ、そうよね。」

お姉ちゃんが笑う。

「お姉ちゃんはこの先の世の事も、どうなるかは知っているの?」

「まぁ、知識程度でね。」

苦笑するお姉ちゃん。

「この先の世で、お姉ちゃんはまた多くの人達と出会ってお兄ちゃんを助けていくのよね、でも、私はよくわからないけど、剣や力で、実力で順位が決まった世じゃなくって、持ち得ている思考や意見で順を付けるってのはきっと大変だと思うの。藩の中がそうだから・・・たぶん、今までとはまた違う苦労があるんでしょうね。」

「そうね、気に入らない男の数人は出て来るでしょうねぇ・・・」

口達者な男ほどめんどくさいのはいないからねぇ・・・

「これから先はこれから先で、苦労しそうねお姉ちゃんも・・・」

「いい加減落ち着きたいんだけどね。」

「ほんと。」

きっとこの先も、お姉ちゃんは苦労するんだろうな。



【桂小五郎】

それから数日後の夜、大人三人と子供二人は改めて同じ間で座った。私達の正面にはハルちゃん親子三人・・・

向かい合って、今後の事をきちんと話すための時間だ。

「正次郎、あなたには以前から言ってあったと思うけれど、あなたはこれより先、私の兄である木戸のお家に養子に出ます。ちゃんとご挨拶なさい。」

「お父様お母様!正次郎です!よろしくお願いします!」

ちゃんとそうする様に躾けられているんだろう、正次郎は上手に両手を床につけて頭を下げた。

「正次郎、いくつになったかな?」

「七つでございます!」

小五郎の言葉に正次郎が元気に答える。

たぶん、この子はまだよくわかっていない。

横にいる彦太郎は神妙な顔をしている、この子はわかっているんだ・・・

「二日の後に船が出ます、それに乗って一度京に帰り、その後東京へと居住を移すことになります。松さんも、いいですね?」

「はい。」

「ハル、正次郎は立派に育てます。今日の世までこの様に立派に育てていただき、お礼申し上げる。」

小五郎はいつもとは違い、立派だった。

きちんとした形として、養子縁組を行った。

正次郎の名は木戸正二郎と字が少しだけ変わった。

名前を完全に変えなかったのは小五郎の思いやりだと思う。

その日の夜から、正二郎は私達の部屋へと寝床を移した。私たちは布団の上に座り、私と小五郎の間できょとんとしている正二郎はやっぱりまだわかっていない。私と小五郎を交互に見上げて不思議そうな顔をしている。

「正二郎、眠れそう?」

「・・・・・・・?」

こ~りゃだめかねぇ。

ちょっと、のんびりさんなのよね、この子。

ここを発つまではハルちゃんとって思ったんだけど、ハルちゃんの方からこっちにいる間から慣れておいた方が良いからって押し付けられた。

私と小五郎もどうしていいのかわからず、薄明りの中、即席の家族は妙な空気をたたえていた。

正二郎も私たちをどう呼んでいいのかまだわからない様で、私達も私達をどう呼んでいいのかまだわからない。

「小五郎は、眠れそう?」

「・・・どうだろう。」

苦笑してしまう。

「先にこの子を寝かせちゃわないと、眠れないわねきっと。」

やれやれ、子供が二人か・・・これは、大変だ。

「正二郎?今日の日中お兄ちゃんとお外で遊んでいるんだから疲れているはずよ?一緒に寝ましょう。」

「はい。」

私は、真ん中で座っていた正二郎を横にさせ、その横に添い寝した。

横を向いて正二郎を見ると、正二郎はじっと私を見つめている。

「大丈夫、安心なさい。」

私はそんな正二郎の髪を払って数度頭を撫で、胸に手を置いてゆっくりと打つ。疲れと緊張からか、やがてすぐに正二郎はウトウトし始めて、眠った。

寝息が上がって寝返りをうつ姿を見て、私は起き上がって・・・

   はぁ・・・。

二人そろって大きなため息をついてしまった。

「こ~れは大変だぞ?」

思わずそう言って笑ってしまった。

「本当、想像以上だ。」

「あなた、養子に行った事あるんでしょ?何か覚えてないの?」

「まさか、何も覚えてないよ・・・でも、ちょうど正二郎と同じ歳だったね。」

「七つかぁ、もう状況は理解できるわよね。」

「そうだよね、気も使える年齢だよね。」

私達は真ん中で寝ている小さな男の子を見て、笑った。

「ねぇ、私達は互いを何て呼んだらいいのかしらね・・・お父さんとお母さん?」

「急に呼び名を変えるのも、難しいね。」

「この子の前だけでも、そう呼び合わないと、余計に気を使わせちゃうわよね・・・」

「そうだね・・・」

こんな小さな子供に気を使わせるなんて、親として最低だわ。

「しばらく、睡眠不足が続きそうだね。」

小五郎が笑う。

そうねぇ、でも、私はいいけど、この男が睡眠不足になると、仕事に支障でないかしらねぇ・・・

「部屋、分ける?私がこの子と寝るから、あなたは一人で寝たら?じゃないと仕事にいろいろ問題出て来るんじゃない?」

その言葉に小五郎は笑う。

「嫌だね、姉さんを他の男と二人きりなんて。僕も一緒に寝る。」

危うく吹き出しそうになって、私達はひとしきり笑った。

「でも、東京に行ったら部屋は別れる事にはなるかもしれない。一応家督のある長男だから部屋は一部屋与える事になると思う。って言っても僕達の隣だとは思うけどね。学問もさせることになるだろうし、自分だけの空間があった方が良いんじゃないかな。まぁ、本人が嫌がったら話は別だけど。」

「そうね、この時代7歳って言ったら一丁前だし、この子がどういう風になるか、それ次第ね。」

子供の成長が楽しみで、幸せに感じていた。

これからはこの子が、私達を支えてくれる。

そう、信じている・・・

長州を発つその日

船に乗って目にした残酷な光景は、きっと一生忘れはしないと思う。

寂しそうに見上げるハルちゃんと、やっと自分の状況を理解して必死に耐える正二郎・・・

必死に、必死に泣くまいと堪えている幼い子のそんな顔を見て、胸がえぐられるようだった。港を離れ、船が動き出してもハルちゃんは一歩も動かなかった。彦太郎が数歩船を追って走って来たけれど、諦めてその足を止めて、ぽつんと立ち止まった。

正二郎は、甲板で、見えなくなる二人をじっと見つめて・・・黙って立っていた。

港が見えなくなっても黙ったまま立っている正二郎を、私は背後から咄嗟に抱きしめた。

「ごめんね正二郎、本当にごめんなさい。」

小五郎は、そっと歩み寄って、私の肩に手を置いてくれた。

私は正二郎を自分の方に向けて立たせて同じ位置にある正二郎の顔に手を添える。

「悲しい時は泣いていいのよ、正二郎、我慢しないでいいの。あなたはまだ子供、素直に生きていいのよ?」

正二郎がしくしくと小さく泣き始めた。顔を胸に抱えてやると、私に手を間をまわして抱きついて泣いた。

「私達の事をお父さんお母さんと呼べなくってもいい、あなたの本当のお父さんは来原さんだし、お母さんはハルちゃんだもの、呼べなくって当然なの。あなたが私達の事をお父さんお母さんって呼びたくないと言うのであれば伯父さん伯母さんでも構わない。あなたが決めていいのよ。」

「姉さん・・・」

私の頬をいつの間にか、涙が伝っていた。

「本当にごめんなさい・・・私のせいなの・・・」

泣いたまま、うつむいたままの正二郎の手を引いて、私達は部屋へと戻った。

私達は大部屋船室じゃなく個室の船室で、小五郎は同船している藩の人達との話し合いがあり部屋には私達二人が残った。

しくしくと泣く正二郎は私にしがみ付いたままで、よっぽど心細いのだろう。見ず知らずの人と見ず知らずの土地に行く、私が幼い時から味わってきた心細さを今この子も味わっている。

かわいそう・・・

「私もね・・・、」

いつの間にか、私は幼い正二郎に自分の事を話し始めていた。

「私も、あなたと同じくらいの歳の時から何度も何度も見ず知らずの場所に一人で行く事があったの。」

泣き止む事のない正二郎、私はそんな正二郎の頭を撫でながら言葉を続けた。

私の昔話を話したところでこの子の悲しみが癒えるわけじゃないけれど、それでも何とか、この子のつらく悲しい想いを軽くしてあげたかった。

「全く知らない場所で、全く知らない人たちの中で何度も何度も一人で生きて来たわ。ずっと隠れて、誰かが私を元の場所に連れ帰ってくれるのをずっと待っていた。そんな事を何度も何度もしていたらね、そのうち誰とも話をしなくっても平気になっちゃたの。何度も何度もそんな事をね、繰り返していてね、またかって思っていた私に手を差し伸べてくれたのは、あなたのお母さんのお母さん、あなたのおばあさんだったの。」

正二郎は顔を上げて、私を見た。

私はそんな正二郎の顔を見つめて思い出話を続けた。

「あなたのおばあさんは一人でいた私に声をかけてくれてね、自分の家に来ないかって声をかけてくれたの。お女中として一緒に暮らさないかって言ってくれたわ。おばあさんは旦那さんであるおじいさんに私を紹介してくれて、私はあなたのお母さんや小五郎伯父さんと一緒に暮らすことになったの。私にも本当のお父さんお母さんはいるけれど、ハルちゃんや小五郎伯父さんのお父さんお母さんも、私にとっては大切なお父さんお母さんで、私を救ってくれた大切な人だった。事情があって一年しか一緒に暮らす事が出来なかったけど、今でも私のお父さんお母さんであることには変わりないの。あなたの寂しさはとってもよくわかるわ、悲しいでしょうし不安でしょうし、理解できないでしょう。でも小五郎も私も、あなたのお父さんお母さんになれる様に一生懸命に努力するわ。あなたが私達の所に来てよかったって思ってくれるように努力する。だから、私達にもう少し時をちょうだい?あなたは、私達に何でも言ってくれていいのよ?わがままを言ってもいいし気持ちをぶつけて来てくれて構わない。」

「・・・・・・」

いつの間にか泣き止んでいる正二郎。不思議そうに、私が言った事の半分も理解できていないって表情で、じっと私を見ていた。その瞳は、私の事を理解しようとしていた。

私はそんな正二郎の涙をぬぐって、そして片方の頬を軽くつまんで、笑う。

「でも私達もあなたのお父さんお母さんなんだから、あなたが悪い事をしたその時は怒るわよ?お父さんは優しいからあまり怒る事はないかもしれないけれど、私は怒ると怖いからね、気を付けてよぉ?」

   カチャ、

戸が開く音がして小五郎が入って来た。

小五郎は正二郎の横に腰を下ろし、後ろから正二郎を羽交い絞めにして自分の方に引き寄せる。

「気を付けた方が良いぞ正二郎、このお母さん、本当に強いんだから!」

ちょっとぉ!!

小五郎は私を見てニヤニヤ笑いながらさらに正二郎を引き寄せた。

「すごいんだぞ?刀を持ったお侍さん殴っちゃったり、でっかいおじさんとケンカしちゃったりするんだから!」

「ちょっとやめなさい!なんでそんな事教えちゃうの!」

「ほらぁ!良い子にしてないと怖いぞ~!?」

この野郎!

言い返してやる!

「あらぁ、それはお父さんが頼りないからよ、ねぇ、正二郎?」

「えぇっ!?そうくる!?」

「正二郎はお母さんの事守ってくれるわよね、ねー。」

「違うぞ正二郎!?お母さんが強すぎるんだ!」

「まだ言うか!」

正二郎がキャッキャッと笑い出した。

それを見て私と小五郎も笑う。

「・・・僕が母さまに怒られたら、父さまは僕を助けてくれますか?」

その言葉に私と小五郎は顔を見合わせた。

正二郎は私達の事を、父さま母さまと、呼んでくれた。

それだけで私は思わず、感極まって泣いてしまった。

「もちろんだよ、そんな時は一緒に逃げちゃおう!」

「もぉっ!」

私は二人に抱きついた。

後ろに倒れて転がって、私達三人は抱き合う様に床に寝転んだ。小五郎が私の背に手をまわしてくれる。私は止まらない涙を小五郎の胸で隠して、笑う正二郎にばれないように、泣いた。


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