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夢恋路 ~明治編~1

<明治編>


【桂小五郎】

僕達が京へ帰ってしばらくして年号が明治となった。

そして江戸が東の京と書いて東京と改められた。全く新しい時代がこの日より始まったんだ。

姉さんの時代まで続く東京という呼称。

大久保さんは嫌がったけどね・・・

周囲からの散々の要請を得て、僕達はいよいよ東京に居住を移した。

僕が与えられた屋敷は東京招魂社のすぐわきで、屋敷内には姉さんの大好きな梅の古木がある家。

「いくらなんでも、でっかすぎやしない?」

「そうだよねぇ・・・」

こんなに大きい必要はあるかなぁ・・・

京でパタパタと暮らしていた時、一間二間の平屋に僕達は一緒に住んでいたから、それを思うと広すぎる・・・

これは一人藩邸状態だ。

家の造りはちょっと不思議で、何て言うんだろう、いっぱい建物がある。これは、使用人の数だけでもすごい事になるんだろうなぁ・・・

この家を姉さん一人で管理してって言ったら、殴られるかもしれない。

こりゃ大変だ・・・

いよいよ、僕も忙しくなるんだね。



【おリョウ】

この家は一体・・・

その辺の学校がすっぽりと入ってしまわないだろうか?

少なくとも、私が通っていた東京の小学校よりはでかい、と、言う事は、庭一周で100メートルは取れると言う事だ。運動会が出来るわね。

ここはどうやら旧試衛館の近くらしい、懐かしい思い出がたくさんある場所だ。

帰って来たんだ・・・

落ち着いたら、女将に挨拶に行こう。

正二郎も連れて・・・

越して来て気になったのは、家の近くにあるでっかい神社だった。まだきちんと整備されていない様だけど、でっかい鳥居がある神社。

殺風景で木も何もないだだっぴろい神社は、大村さんと言う方が建てたらしく、小五郎もその創設者の一人になるらしい。聞くところによると、国の為に大義忠義を果たし命を落とした者達を神として祀る社なのだと・・・

それは、つまり・・・

「靖国神社?」

「やすくに神社?」

小五郎が首をかしげた。

なるほど、この時代に建てられたのね・・・確かに、建設者の銅像?があったけど、知らない名前だった気がした。確かに大村ってあった気がした・・・それを見て、「誰?」って思った気がするもの。

まぁ、あまり覚えてないんだけどさ。

するとここは、九段下か。

「えぇ、たぶん。私達の時代ではそう呼ばれているわ。現存してるんだけど・・・まさかこんなに殺風景な神社だとは思わなかったわよ。」

本当に殺風景の一言。

荒れ果てた地にでっかい社と鳥居と池があるだけ、私と小五郎はそんな東京招魂社の前に立っていた。

「姉さんの時代のここの社は、どうなってるの?」

靖国ねぇ・・・まぁ、いろいろと問題の種よね。

そんな事言ったら悲しんじゃうかな。

「そうねぇ、少なからずこんなに殺風景じゃないわね。」

「じゃぁ、もっと木が植わってたりするの?」

「靖国神社と言えば桜なのよ。」

「桜?」

確か標準木って靖国神社だったよね・・・?

「そう、桜がたくさん植わっていてね、お花見で有名な場所なの。」

「桜か・・・」

小五郎が何か考えたような顔をした。

「この時代でもそうだけどね、私達の時代でも桜って言うのはとっても特別扱いなの。日本国を代表する花で桜が咲く季節になるとみんなが外に出て花見をしてね、特にここの靖国神社に植わっている桜は日本の桜の全ての親元って言われているの。菊が天皇家の花だとするならば桜は日本の民の花よ。」

「民の花・・・」

「えぇ、とっても特別な。」

小五郎は数歩歩いて空を見上げた。

「じゃ、ここに、桜を植えようか。」

それは・・・この男がやっちゃっていいんだろうか。

「ここに桜を植えて、人が集まる様になればいい。国の為に命を落とした多くの魂や志が永遠に受け継がれたらいい。みなが悲しみに暮れる場所じゃなくっていいんだ、亡くなった人達だって、悲しんでいる顔を見るよりは笑っている顔を見たいと思うはずだから。」

「そうね・・・」

相変わらず、優しいね・・・小五郎は

「ここには晋作や坂本さんも祀られている。楽しい事が大好きだった彼らの為にも、桜を植えよう。」

「そうね、そうしましょう。」

私は小五郎の横に歩んで、手を取った。

「どうせだったら日本で一番いい桜を植えてあげてね、中途半端なものを置いたらきっと不満が上がるわ。何たって彼らは時代の英雄なんですから。」

その英雄やら戦犯やらで国同士が揉めるのは遙か先の話、今のここは純粋に魂が集まる場所。

靖国神社はソメイヨシノの出発地、日本のソメイヨシノの全てはここのDNAを受け継いでいると言われる。小五郎が植えた桜がここから世界にまで広がるんだ・・・なんだ、案外ずっと近くにいてくれたのね、この男は・・・

小五郎は引っ越しも早々にすぐに出て行ってしまった。

まぁなんせ、職場となる皇居は目の前ですからね、通勤に苦労はしないでしょうよ。

使用人や料理人が増えるにつれて、私は何もしない事を望まれるようになった。何かするとすぐに使用人の子達が飛んできて全部持って行かれてしまい・・・私はどうしていいのかわからない。

今まで全部を自分でやっていて、そんな風にパタパタしているのが当たり前だったから、どうしても暇を持て余してしまって・・・最初だけかな、こんな風に思うのって。

こんなに何でも人がやってくれる生活をしていて、正二郎に悪い影響はないんだろうか?

正二郎の事だけでも私がやる様にきちんと言っておこう。

せっかくお父さんお母さんって呼んでくれるようになったのに、形だけでも親らしいことしたいじゃない。

ある夜、正二郎を寝かせた後にお酒を飲みながら小五郎と少し話をしていた時、不意に小五郎が私に問いかけてきた。

「ねぇ、姉さん。」

「なぁに?」

「姉さんの時代って、藩ってあるの?」

藩・・・?

藩は、あったっけな?

「ない・・・はず。」

ないよねぇ・・・?

「藩って言うか、県って呼ばれているはず・・・」

「藩と県は一緒?」

藩と県は一緒・・・?

同じようなもんじゃないの?

あれ、違うの?

「えーっとねぇ、数は日本全土で47個よ?」

「えぇ!?そんなに少ないの!?」

・・・ん?

「藩って、いくつあるの?」

「三百ぐらいはあるよ。」

三百ですって!?

「えっ、そんな数、管理しきれるの?」

「それがさぁ、できないんだよね。」

すっごい笑ってるけど、だよねぇ・・・

だって、47でさえ、できてないよ?

藩ってもはや市町村に近いのかな・・・

「でも、各藩には藩主って人がいるのよね?」

「そう、で、その藩主の人がその藩を収めていて、その藩その藩でいろいろ違うの。」

「それは・・・まとめ上げるのは大変そうねぇ・・・」

「そうなんだよね・・・」

版籍奉還とか廃藩置県って、いつの話だ?

懐かしいなぁ・・・歴史、全くできなかったなぁ・・・

「でね、僕を含めて各藩に仕えている人達ってのはその藩の藩主の指示や許可がないと行動する事は出来ないんだ。だからたとえば僕が京に住みたいとか尾張に住みたいとか思っても、藩が了承しないとできないの。姉さんの時代もそう?」

「いいえ、違うわ。前に晋作にも話したけど、人々は人々の意志によって自由よ?日本全土どこに住んでもいいし、異国に住む事も出来る。」

「今この時代では生まれた藩に一生使えなきゃいけなくって、東京に住んでいても僕は長州藩の人間で・・・って、こんな事ってどう思う?」

・・・なんか、なんとなーくだけど、こんな授業を受けた気が・・・

「あのぉ・・・何となーくなんですが、言っていい事と悪い事が出てきそうな気が・・・」

私のその言葉に、小五郎がハッとした。

「そうか、姉さんは知ってるんだ・・・」

「いや、決して頭がいいわけじゃないから、そんなには知らないんだけど・・・」

小五郎君がばつの悪そうな顔をしている、これ以上聞くべきじゃないって顔だ。

うーん、でも、私の記憶が間違っているかもしれないし、現実は違うかもしれないし。

「えーっと、私の独り言として・・・聞き流してね。」

私は苦笑してしまう。

「何となく、小五郎の話を聞いてると、国の中に国があるような感じに聞こえるの。それっておかしな話だわ、国をまとめて法を整備しようって話を進めているのに各藩で解釈の仕方や法が違っては意味がないと思うの。人々は生まれ落ちる藩を選ぶことはできない、たまたま生まれ落ちた藩から一生出る事も出来ないなんて変な話。各自の意志は尊重されるべき、不必要な枷は取ってあげなければ、自由にしてあげなければかわいそうよ。一個人は誰かの物じゃない、自分は自分。自主的に選んだわけでもないのにたまたまそこにいる藩主の命に従ってその藩主に一生従うなんて、奴隷と同じだわ。」

「奴隷と同じ・・・」

ちょっと過激な表現かもしれないけれど私から言わせれば、奴隷と言い切れる。

「厳しい年貢や税の取り立てや、財政や治安が悪く民思いじゃない藩主にわざわざ従いたいと思う人はいない、晋作がよく脱藩脱藩って言っていたけれどあながち間違いじゃないと思うの。こんな藩主に付いて行きたくないって思ったら自分が付いて行きたい藩主の元に行っても良いと思う。藩主は民に好かれるような人じゃなきゃね。」

小五郎がう~んとうなっている。

「ここは日本国、日本国の民は皆平等で日本国のもの。土地も山も川も全部が日本の物。日本国が神の物だと言うなら国民は等しく神の物だし、天皇のものだと言うのであれば天皇の物よ。個人所有物じゃない。」

「そうだよね、やっぱり・・・」

妙に納得している小五郎君、こんなこと話していいのかなぁ・・・

「難しい事じゃないわよ小五郎!」

笑う私に、小五郎が顔を上げた。

「晋作ならどうしたいかって考えたらいいのよ!あの子の考え方はまんま、先の世にに通じていたわ。あの子こそ私の様に先の世から来た子だったのかもね。」

晋作程自由な子はいない。

そして晋作程柔軟で行動力があって発言力があって、新しい事に興味を持っている子はいない。

「あなたは少し真面目だわ。もう少しわがままで頑固になってもいいと思う。晋作程ってなっちゃうといろいろ問題起きちゃうけど、たまにはあの子の意を借りる事もいいんじゃないかって思う。嫌な事は嫌って言ってもいいのよ?」

「まったく、晋作はどこに行ってしまったんだか・・・」

小五郎が夜空を見上げてつぶやいた。

「きっとどこか異国で、未来の世で自由にしているわ。」

私は小さな杯を月にかかげた。

「晋作の代わりに私があなたの味方でいる、ずっとね。」



【桂小五郎】

すっかり忘れてた。

姉さんは未来の世から来た人間だった。

全部、知っているんだった・・・

そんな僕に姉さんは笑って、独り言って前置きしてその考えを教えてくれた。

僕や大久保さんの考えは、やっぱり正しかった。

姉さんを答え合わせに使うつもりはないんだけど、結果的にはそうなってしまった。これは少しずるい気がした。

これからは控えた方が良いのかな・・・?

「難しい事じゃないわよ小五郎!」

そう言って姉さんは笑っている。

「晋作ならどうしたいかって考えたらいいのよ!あの子の考え方はまんま、先の世にに通じていたわ。あの子こそ私の様に先の世から来た子だったのかもね。」

晋作がどうしたいか・・・

確かに、晋作は藩なんて仕組みはおかしいってずっと前から言っていた。

自由にどこでも行きたいって、好きな事をやりたいって言っていた。

本当に、晋作も姉さんみたいに先の世から来てたのかな・・・

「まったく、晋作はどこに行ってしまったんだか・・・」

寂しくなって思わずつぶやいちゃったよ・・・なんで、晋作はいないんだ。

晋作ならきっと、ずっと僕の味方でいてくれたはずだ。

「きっとどこか異国で、未来の世で自由にしているわ。」

姉さんは手にしていた小さな杯を月にかかげた。

「晋作の代わりに私があなたの味方でいる、ずっとね。」

献杯した盃を飲み干した姉さんは僕にもたれて笑う。

なんて心強いんだろう。

「独り言が多くなりそうね、でも独り言なんだから誰も聞いてないわよね。」

僕は、この夜姉さんと話したことを大久保さんに話した。

最近の僕は長州からあまりいい目で見られていないので事は薩摩主導で行ってもらい、話がまとまったうえで薩長土肥で建白書を提出、その後他藩の賛同が得られたうえで版籍奉還が開始された。

これでまた一歩、姉さんの未来に近づけたかな・・・



【おリョウ】

使いの書物を持って小五郎の元へと辿り着いてみたら、数人の男たちがいた。

小五郎は私に気が付いてすぐにドアの所までやって来て、私は中にいた大小さまざまな男達に頭を下げた。

何人かは、見たことがある・・・白黒で。

その中でも見覚えのある薩摩藩士二人、細いのが大久保利通で、でっかいのが西郷隆盛か。

大久保利通と思われる男が(いぶか)しげに私を見ているが・・・何、こいつ。

「妻の松子です。」

小五郎が私を紹介し、私は再び頭を下げた。

「こちらが大久保さん、こちらが西郷さん、こちらが大隈さんで岩倉さんです。」

大隈とは、大隈重信か?

早稲田大学の・・・?

岩倉さんってのは岩倉具視よね、ちっちゃ!!!

「木戸松子どす、夫がお世話になっております。」

にこやかに会釈する私に、大久保利通はまだ怪訝そうで・・・

「君が松子くんか、」

ふ~んって・・・なんだ、こいつ。

一発で思った。

大久保利通、大嫌い!!!

人を真上から見下ろすこの感じ、誰かに似てる・・・大久保利通は私を上から下までじろりと見て、目を細めた。

「まぁ、噂通りか。」

何!なんの噂!

「木戸君が芸妓遊びとは意外だな。まぁ、これからの時代、そんな形もよかろう。」

おいおい、ちょっと待て。

がっつり差別発言だが?

明治新政府を作る人間がこんな発言していいの!?

「・・・松子さん、落ち着いて・・・ね?」

私のこめかみに青筋がたったのを見て小五郎がおずおずと声をかけた。

「元芸妓やったら新しい時代にご都合が悪いことでもあるやろか。」

私の言葉に小五郎と伊藤くんが狼狽えた。周囲の男たちも唖然としてる。

「ほぉ、返してくるか。」

見下した上に笑うか!

大久保利通!なんなの!?

「男やったら濁さずはっきりおっしゃらないと、我慢は体に悪いどすぇ?なんなら一席ご用意して差し上げましょか?」

「いや、結構。」

   ・・・・・・・・・

私たちはそれこそバチバチとした視線をぶつけたまま。

「なんや、薩摩隼人言うたらもっと威勢がいいもんやと思うとりましたのに、案外そうでもないんやねぇ。」

「京女のわりにはしとやかさに欠けるな。」

「器の小さい男!」

「下品。」

こいつ、殺す!

「ちょ、松子さん!?」

状況に焦った小五郎が声をあげた。

ぐわっはっはっ!

大笑いしたのは俗に言う上野の西郷さんだった。

西郷さんはでっかい声で腹を抱えて笑っている。

「大した肝じゃ!うちの大久保にそこまで言うおなごを初めて見おしたわ!」

「西郷、女だけじゃない、男も含めてだ。」

不満げな大久保利通、何とでも言え!こちとら何百年超えて生きてると思ってんじゃ!

お前らみたいな青二才に見下される覚えはない!

「松子さん、もういいので、先に帰っていてください、僕もすぐに帰りますから・・・ねっ。」

仕方ない、こんなに必死に懇願されたら、帰ってやるか。

私は振り上げたものをすぐに下ろし、恭しく深く頭を下げて男たちに背を向けた。



【桂小五郎】

生きた心地がしないって、こんな時に使うんだよね・・・

きっと伊藤くんもそう思ったはずだ・・・

「木戸くん、」

「はいっ!」

大久保さんに呼ばれて思わず背が伸びた。

「松子くんはさぞ、賢かろう?」

・・・えぇ、はい、まぁ。

でも、言われている意味がよくわかりませんが?

「女にしておくにはもったいないな、」

まぁ、そうですが・・・女でないと困ったりもします。

「これからの世は男はもちろん、女にも教育を受けさせる必要がある、あれぐらいの女が増えねば、男だけの世など必ず行き止まるだろう。」

僕は、大久保さんは苦手で、正直、ちょっと好きじゃない。頑固で強すぎて、僕のやり方とは逆で。でも、その考えや行動力や政治手腕はとても尊敬してる。今もまた、そうだ。

「うちの者が無礼を申しました。主人としてお詫びします。」

一応、頭は下げます。

「女が強いと子もできんか、」

・・・だからぁ、こう言う無礼なところが好きじゃなくて・・・これは、言ってはダメなことなんです。

ふっと息をついて、僕は顔を上げた。

「・・・いいえ、男が弱いからだと、僕は思いますよ?」

姉さんは、悪くないんだから。

「木戸くんらしい言葉だな。」

大久保さんはそう笑って去っていった。

僕らしい、か・・・



【おリョウ】

「松子さん、」

「はい。」

「今日の事は、少々やりすぎです・・・」

「あら。」

私はいつも通りとぼけて見せる。

「あら、ではありません。かなり肝を冷やしました・・・」

「でも内心気分よかったんちゃいますの?」

「・・・えぇ、まぁねぇ・・・ってそうじゃありません!」

乗り突っ込みができるか、面白いじゃないか。

「大久保様はどう考えても旦那様とは気が合いそうにおまへんなぁ。」

まぁ、私ともだけど。

「それはそれなんです。」

「あら、大人やねぇ。」

「でも、あの後大久保さんは姉さんの事、とっても賢いだろうって言ってたんだよ?これからの世は女の人も勉学を学ばなければならないって、」

「あら、いいこと言うじゃない。」

「だからぁ、一応すごい人なんだよ!?」

一応って言っちゃってるけど、気づいてるかねこの子は。

「そりゃ、頑固だし、口も悪いし、勝手だし、気も強いし・・・いろいろと、意見合わせるのは大変だけど、すごい人なんです!」

「相っ当苦労してるって訳ね。」

小五郎は大きなため息をついてうな垂れた。

「薩摩隼人は伊達じゃないんですよ、西郷さんも頑固で困る・・・声も大きいからびっくりするし。それでもいてもらわないと日本にとって困るから・・・だから、困ってるんです。」

「まだまだ苦労は続くわね、体調、崩さないでね・・・?」

「うん、ありがとう。」

私、小五郎の最後ぐらい、知ってるから・・・

体調崩さないでね・・・

版籍奉還からしばらくしたある日、珍しい時間に小五郎がふらふらと帰って来た。

「姉さん・・・」

「どうしたの、体調悪いの・・・?」

顔色が悪いし、胸を抑えているけど・・・

「頭が・・・痛いんだよね、胸も痛い・・・。」

驚いて額に触れてみたけど、熱はない。

「熱はないけど・・・少し横になって休んで。」

すぐに布団を敷いて小五郎を寝かせたけれど、良くなる気配はなかった。

「父さま、どうかしたの?」

正二郎がやってきた。

これがまた、正二郎は正二郎で体が弱いのよね・・・

「大丈夫よ、少し具合が悪いだけみたい。体が弱いところはあなた達よく似てるわね。」

胸が痛いってのが気になった。

しかも押さえているのは胃腸ではなく、明らかに胸で、心臓だ。脈をとってみたけれど妙な音は感じられない。不整脈ではなさそうだ・・・

じゃぁ何、心筋梗塞・・・?

「ねぇ、お医者様に見てもらった方が良いわ。使いを出すから、そうしてもらって?」

過労程度ならいいんだけど・・・

その夜、伊藤君が来てくれて、医師診察を受ける事について少し話をした。

「大阪に蘭国のボードインと言う医師がいます、その方に診てもらいましょう。」

「大阪ですって!?」

思わず叫んだよ。

病人子供を連れて大阪に行けと!?

「えぇ、ボードイン氏は今この日本ではかなり優秀な医師です、木戸さんの身に何かあっては困るので、ぜひそうしてもらいたいのですが・・・」

しゃーねぇなぁもぉ・・・行くしかないのね。

「わかったわ、なら手配をお願いできるかしら。あの男は出来るだけ歩かせたくないから、駕籠でもなんでもいいからお願い。」

「わかりました、すぐに手配します。」

「ちなみに、蘭国の言葉なんて私わからないわよ?」

「通訳を付けますから大丈夫ですよ。」

よかった・・・

胸と頭が痛いって、まさかと思うけど本当に梗塞じゃないよね。

歴史、早まったわけじゃないよね・・・?

あんまりいい予感はしないんだよなぁ・・・とりあえず水分を取らせないといけない。

っとにぃ、飲めないのに酒ばっかり飲んでストレスばっかりかかってるから血栓もできるんだよ!

自力で何とか流せ!!

伊藤君の手配は早くって、翌日には私達は準備をして横浜港まで連れて行かれ、汽船に乗せられて・・・大阪に送られた。小五郎は相変わらず頭痛と胸の痛みを訴えるけれど昨日よりだいぶ良さそう。

この子、本当にストレスが相当なのかもしれない。

現に東京から離れれば離れるほど顔色が良くなる。

正二郎の体の弱さも気になる、この子もまたストレスをずっと感じているのかもしれない。

私は妻として、母として、一体何をしているんだろう・・・


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