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夢恋路 ~動乱編~15

【桂小五郎】

坂本さんが話を付けてくれたおかげで薩摩経由で大量の銃と船を手に入れる事は出来た。

伊藤君と井上君が話がせるおかげでイギリスとも話が出来た。

・・・ただ、すんなりいかないのが我が長州と言うかなんというか・・・

船を買うなんて聞いてないとかあーだこーだってもううるさいってば!

ただの話の行き違いでしょ!?

購入を妨害するとか意味がわからない!

僕が今までやって来たことを全部潰すつもりか!?

また辞表出すよ!?

またみんなで僕を追い回して説得とか始めるんでしょ!?

次は絶対に聞いてやらないんだから!

まぁ、そんな感じでバタバタと藩内の調整をしていたある日、黒田と何乗る青年が西郷さんの密使として僕の元へとやって来た。

「西郷がぜひ木戸殿と会いたいと申しておりもす、しかし西郷は京を離れる事が出来ず、ぜひ木戸殿に自分と京へといらしていただきたく参りもした。」

・・・即答はできなかった。

僕は根に持つ方ではないけれど、以前馬関ですっぽかされた経緯がある、もし本当に会いたいのなら向こうから来るのが筋だ。これが幕府の仕掛けた罠じゃないと言いきることはできない。

薩摩は長州人を京に招くと言う事がどれだけ危険な事かわかっているはず、それなのに来いとは・・・

藩の中も方針は一本化していないし、ここで僕が薩摩に会うために京になど行ったらその間に藩がめちゃくちゃにならないだろうか。

ここは、行かないほうがいいかもしれない。

行かないと伝えてもらって向こうからの動きを見よう・・・黒田さんには行かないと伝えて下さいと藩に申請したら、なんと晋作が飛んできた!

「小五郎さん、俺は行くべきだと思う!」

わかってる。

わかってはいるけれど、危険を冒してまで行くだけの理由に欠ける。

「あんたしか薩摩となんてまともに話はできないっしょ!?」

だと思う。

「小五郎さんがどーしても嫌って言うなら俺が行ってもいいけど・・・でも、結局小五郎さんは来る事になると思うんだよね。謝罪か介錯に。」

まぁ、そうなるよね・・・

晋作じゃ、事件が起きる・・・

百歩譲って京に行くのは構わない、今更危険だ何だとは思わない。だが例え無事に京に入っても薩摩に斬られれば終わりだ。少なからず藩の中にはそう考える者もいる。

僕は志半ばで倒れようとも晋作や伊藤君たちがそれを受け継いでくれれば報われる。

でも、姉さんは?

残された姉さんはどうなるんだろう・・・僕が刀で斬られたなんて知ったらきっと姉さんはこの世界で生きてはいけない。

身を投げるかもしれない。

それだけは嫌なんだ・・・

「晋作・・・」

「・・・あぁ、」

「もし僕の身に何かあったら、姉さんの事、頼めるか?」

僕は目を閉じて、唇をかみしめた。

これが確約されない事には、行く事自体考えられない。

「・・・わかった。約束するよ。」

晋作は静かに答えた。

「もし万が一、あんたの身に何かあったその時はおリョウさんは俺が絶対に守る。約束する。」

「すまない。」

これでいくらかは、覚悟が付いた。

腹が括れる。

「でもさぁ。」

・・・でもさぁ?

でもさぁって何・・・

・・・晋作が、何かを言うよ・・・

「でもさぁ、もし小五郎さんが斬られても藩士の士気が上がるだけだから、別に犬死にじゃないから平気だよ?」

絶っ対に生きて帰ってやるっっっ!!!

餌になんてされてたまるか!!!

「まぁさぁ、俺たちみんな有名人だしね、誰が先に倒れるかわからないけど、あんたが先なら俺が必ず仇はとる。ここまで来たんだし!幕府にひと泡吹かせてやろーよ!」

晋作らしくって笑えてくる。

「わかったよ晋作、京に行く。ただその前に、一日でいい、萩に帰ってもいいかな・・・」

「おぉ、帰んな!誰も文句は言やしねーよ。」



【おリョウ】

久しぶりに帰って来た小五郎の気配が少し違った。

ここ数日で何かあったのか、これからあるのか。

「ねぇハルちゃん、今日は二人で夕食にしてもいいかしら?」

「何かあったの?」

「たぶん、ね。」

笑う私にハルちゃんは察してくれて、やれやれと言って笑ってくれた。

ハルちゃんも武士の嫁、その辺は理解がある。

私は小五郎の部屋に膳を持って入った。

小五郎は何かと忙しそうに書に目を通したり文を書いたりしている。

「あれ、ハルたちは?」

不思議そうな顔をする小五郎に私は笑う。

「あら、二人きりじゃ不満?」

「へっ!?そんなことないよ!」

いつも通り狼狽える小五郎。

「たまには二人でってのもいいんじゃない?話の一つや二つ、あるでしょ?」

この言葉に小五郎はすこし考えた様子の顔をした。

「かなわないね。」

そんな当たり前な事、言わないの。

「もうこの時代に来て何度目の年末かしら、江戸より風が強いここの冬は相変わらず寒いわね。」

小五郎を部屋の奥の上座に座らせ火鉢を置いて、お茶を入れて渡した。

小五郎は黙っているけれど、あまり良い事じゃないのかな・・・

「・・・ねぇ、姉さん。」

「なぁに?」

「京に行くことになったんだ。」

京か・・・

「長いの?」

「そうだね、事と次第によっちゃひと月以上かかるのかな。」

「そう、大変ね・・・」

京に行くだけなら、こんな顔はしない。

「京では何があるの?」

この問いに小五郎はまたしばらく黙った。

「・・・京で、薩摩と会ってきます。」

「薩摩って、西郷さん達?」

「えっ!?なんで!?」

あぁ、そうか、これは私は知らないはずの事だったのか。

ぽっかーんとして口が開いちゃってるよ、小五郎君。

「ごめんごめん、遠い記憶から引っ張って来た名前。西郷さんと大久保さんでしょ?」

あちゃ、こりゃ情報処理にちょっと時間が必要かな。

思わず苦笑しちゃうよ。

「会いに行くの?」

「・・・うん、まぁ・・・」

「それは、危険なの?」

確か歴史上は坂本龍馬の仲介で薩長同盟が締結されて云々じゃなかったかしら、これってもっと先の話かな?

「危険かも、しれないんだ。」

じゃぁ、仲良くなるのはもっと先の話なのか。

「そうよね、長州を追い出したのは薩摩だものねぇ・・・」

「薩摩が僕を指名してきて、話がしたいから来てほしいと言ってきてるんだ。」

・・・ん?

ちょっと待ってよ。

「ねぇ、それって変な話じゃない?前回会うって約束をすっぽかしたのって西郷さんの方じゃなかった?あなたに会いたきゃ向こうから来るのが筋じゃないの?」

「でしょぉ!?」

小五郎が急に元気になった。

言いたい事が山の様にあるって顔だ・・・

「何で来ないの?長州に来たら殺されるとでも思ってるの?」

「まぁ、無事かどうかって言われたら、補償はできないかも・・・」

「まぁ、そうよねぇ・・・」

長州の、薩摩に対する恨みは強いみたいだからねぇ・・・

「でも、小五郎が行くのも同じくらい危ないんじゃないの?」

「そうなんだよね・・・」

私としては小五郎に危険が及ぶのは・・・嫌。

「もしかしたら、薩摩の罠かもしれない、そうなると僕は無事に帰っては来れないかもしれないんだ。」

そんな・・・

「それでも、行かなきゃならないんだ。」

そんな・・・

「もしも、もしも僕に何かあった時は、姉さんの事は晋作に頼んである・・・」

晋作ですってぇ!?

「冗談じゃないわ!」

「へっ!?」

シリアスな空気を一掃させて私は答えた。

「晋作に任せるですって、冗談じゃないわ。私は、あなた以外の誰の者にもなるつもりはないわよ!」

「でも・・・」

「安心しなさい、あなたは絶対に死なない・・・ううん、死なせない。私が死なせないから。」

「でも姉さん、こればかりは・・・」

「もしあなたの身に何かあったら私が仇を取る、そしてすぐにあなたのところに行くわ。」

「それはダメだ!姉さんが危険だ!それに、姉さんには生きてもらいたい・・・」

「それは私も同じよ?」

私は笑った。

「あなたなら絶対に大丈夫、あなたはとても賢いわ、私は西郷さん達の名前ぐらいしか知らないけれどあなたが負けるわけがない。机上であっても、剣であっても。だから、必ず帰って来て。約束して。あなたは約束を破る男じゃないはずよ?」

「・・・わかった、約束する。何があっても生きて帰って来る。」

この男は決して約束を破ったりしない。

絶対に、生きて帰って来る。

だって、約束したんだから。



【桂小五郎】

船で大阪に入り、京を見て思い出していた。

あの日から一体どれだけの日数が経ったんだろう・・・あの日、京を追われて身を追われて逃げ回った日々。

姉さんがいなきゃ本当に死んでいたと思う。

姉さんだけじゃない、お母さんや甚助や直蔵がいなきゃ、きっと死んでいた。

剣を抜かずに、誰も殺さずにここまでこれたのも、周りの助けがあったからだ。

たくさんの同志や藩士が命を落としたあの長い争いを思うと、今から自分が行おうとしている事はどうかしているのかもしれないとさえ思える。ましてや相手の真の手の内もわからない以上、こちらとしてもどこまで事を薦める事が正しいのか・・・出方次第という事か。

淀川を上って伏見に着いて、待っていた男は・・・とてつもなくデカかった。

僕も、大きいとは思うけど・・・そう言う問題じゃない!

この人目立つでしょ!!!

姉さんが言ってた。現物の西郷さんを見たらどんな人だったか教えてって、きっと驚くはずだからって・・・そりゃ、驚くでしょ。西郷さんって、異国の人じゃ、ないよね・・・?

「ぬしが木戸殿でごあすか!?」

しかも声もでっかい!

バレちゃうってば!!!

あのっ、えっと・・・えぇっ!?

僕は薩摩藩邸に招かれて、大いに歓迎を受けた。それこそ毎日飲めや騒げやで、ご馳走三昧なんだけど・・・

あのぉー・・・

こう言う訳で、ここに居るわけじゃないんですけど。

僕は同盟の話がしたいと言う申し出を受けてここに来たはずなんだが、薩摩側からは一向にその話が出ない。

悪いけどこんな所で時間を潰しているほど暇じゃない。

長州側の言い分は初日にめいっぱい述べた。

薩摩に対する長州の恨みつらみ、そして前回すっぽかされた事、全部徹底的に言ってやった。最初が肝心だからね。狼狽えている者もいたけれど構うもんかって思いながら徹底的に批判してやった。

その上で西郷さんは荒ぶることもなく頭を下げた。

正直、大もめになる事は覚悟していたんだけどね・・・

斬り合いになる事も、覚悟してた。

そうならなかった事は良しとしても、それでも向こうから何も言ってこないのであれば、僕はここに長居するつもりはない。通じなかったと言う事だけだ。

「西郷さん、申し訳ないが我々は二十日にはここを出て一度長州に戻ります。」

「・・・わかり申した。」

これ以上は無意味だ、一度帰ろう。

そんな矢先、ひょいと坂本さんがやって来た。

本当に、ひょいって、やって来たんだよね・・・相変わらず身が軽いと言うか心が軽いと言うかなんというか、この人には藩とかそんな事は関係ないんだろうか?

大丈夫・・・?勝手に入って来てるんじゃない?

「おぉぉ!木戸さん!」

「あぁ、坂本さん・・・」

坂本さん、ぼかぁ、疲れてるんですよ・・・

「どうじゃ!契約は出来たんか!?」

そんな気分じゃないんです。

「・・・まだ、そこまで話は行ってませんよ。」

「はぁ!?なんと!!!」

ですよね・・・

「ここまで来て今日まで一体何しとんのじゃ!?」

怒んないでよ、僕が聞きたいんだから。

「一体何をしとるがじゃ!?わしらは天下を変えるためにここにおると言うのに!過去や体裁なんぞ気にしとらんではよ腹を割って話さんかっ!」

坂本さんが声を荒げるから、僕もイラッとしてきた!

僕は坂本さんを引っ張って開いている部屋に連れ込んだ。

「なんぞ!!?」

広い間に放り込まれた坂本さんはまた僕に投げられると思ったか柔術のごとく構えている。

「・・・ごもっともなんですが!長州の事は以前もお話ししたでしょ、我が藩は我が藩以外は皆敵なんです!それに引き替え薩摩は幕府とも朝廷とも自由に接触できる身分、長州側から薩摩に援助を願出れば薩摩の身も危うい事はわかるでしょ!?」

もうこうなったら止まらない!

ぶちまけてやる!

「例えどんなに我が藩が苦しい立場になっても、望んでもいない援助を買って出させて西郷さんや大久保さんは元より、薩摩の民を危険にさらす様な事は出来ない!我が長州はそこまで望んでない!僕は藩を代表してこの場に来ている、国で幕士を迎え撃たんとする仲間達の不安を思えばこそ、できる事なら早く協定を結んで帰りたいに決まってるでしょ!?でも、だからといってこちらから巻き込む様な事は出来ないんですっ!確かに体裁もある、でもそれよりももっと事は深くて大きいんです!!!!」

長州と手を組むと言う事はすなわち、幕府を敵に回すと言う事。

薩摩は元は佐幕、討幕に舵を切ったとはいえ内情の細かなところまでは計り知る事は出来ない。

こっちから助けてほしいなど、言えるわけがない。

坂本君の言っている事は最もだし僕もそう思う・・・でも、多くの者達の命が失われるのはもう嫌だ!

「薩摩が朝廷の為に尽くしてくれると言うのならば、我が長州は志半ばで倒れたとしても構わない。」

薩摩と同盟が結べなければ長州は必ず滅びる・・・

例えそうであったとしても、こちらから頭を下げるわけにはいかないんだ。

「・・・わかった。」

坂本さんは腕を組み、静かにそう言った。

「よしゃ!わしに任しちょき!」

・・・えぇぇ!?

またそんな感じになるの!?

「よーわかった!よぅわかったぜよ!ちぃと待っちょき!」

そう言って、坂本さんはバタバタと走って出て行ってしまった・・・

止めようと伸ばした手は坂本さんには届かずに、そのまま開いた戸の向こうにかざされている・・・

ねぇ、大丈夫?

ちゃんと、伝わってるのかな・・・?

薩摩が同盟を口にしない理由はわかる、この場合、口にした方が願いを乞う形になる。だとしたら薩摩側も長州から言い出させた方が立場としてはいいに決まっている。

しかし長州からしたら立場は出来るだけ対等でなければならない。上下が付く事だけは今後の事を思えば避けなければならない。

僕の一言で藩の運命が決まる・・・

姉さんの望む未来が決まるんだ・・・

姉さんの身の安全だけを思うなら僕は頭を下げたってかまわない、でも、それは僕個人の事で、藩の意向じゃない。

・・・・・で。

坂本さんの身が軽いせいか話術のせいかはたまた人柄か、僕達はこの日この時より急速に同盟の話を進めた。

「西郷さんも長州と木戸さんの想いを察してやってくれんか、ここはこれ以上長引かせても無意味ぜよ!木戸さんは自分たちが倒れても薩摩が志を継いでくれるのならそれでえぇとまで言うちょる、薩摩の事を信じちょー証拠じゃ!」

坂本さんの説得により、薩摩側から同盟の申し入れを受ける事が出来た。

これは実にでっかい出来事で、きっと後世の世にも残る話で・・・姉さんは知ってたのかな?

あぁあぁ、中岡君泣いちゃってるよ・・・

まぁねぇ、前回のすっぽかし事件はだいぶ痛い思いしただろうからねぇ・・・責任感じてたよね、切腹とかそんな事態にならなくって良かったよ、本当。

これって、坂本さんがいなかったら長州は滅んでるかもしれないんだよね・・・そう考えると、坂本さんって、すごいんだよね。感謝します、坂本さん。

・・・・・でもさぁ・・・・・?

・・・疑って、大っ変申し訳ないんだけど。

この同盟って口約束になっちゃわない?

一応、坂本さんがいるから、生き証人って形になってるけど・・・大丈夫かな?

これって、血判書みたいな感じで残さないとまずいよね。藩に話をするにあたっても証拠がないとまーたもめそうだし。でも、血判書ってのはあからさまに信じていない様な印象を与えるし・・・指、斬るの痛いし。

書面に、するか。

「申し入れ、長州を代表して有難くお礼申し上げる。しかし、過去の事を蒸し返す様で大変申し訳ないが我が長州は未だ薩摩に対し根深きものを抱えている。故に同盟の内容を書面として残しておきたい。その際には坂本さんに裏書をお願いしたいがよろしいかな。」

「おぉ!もちろんぜよ!」

あんなにだらだら長引いていた話が、あっさりとまとまった・・・とりあえず生きて長州に帰れそうだ。

はぁ、もう当分お酒はいらないよ・・・



【おリョウ】

薩長同盟が無事に済んだ事を聞かされた。

歴史の教科書ってすごいのね・・・もっと勉強しておけばよかった。それよりも何よりもその場にいるなんてこと自体うらやましがられる事でしょう。

その後、かの有名な寺田屋事件が起こり坂本龍馬は薩摩に逃げたと小五郎が教えてくれた。

空気は慌ただしくって小五郎の姿なんてもうだいぶ見ていないけれど・・・無事であることはいろんな方向から来る話で知る事は出来た。

毎朝、朝陽に小五郎の無事を願う事も日課になっている。

そして、たまに帰ってくる小五郎の愚痴を聞いて笑うのも日課になっていた。

とうとう、長州は幕府軍との戦を始めた。

内情や現状はわからないけれどかなり長引く戦になってしまい小五郎の安否どころか晋作や伊藤君の状況もわからない。長州内は比較的静かだけれど、男たちの数は減ったわね・・・

もう半年以上戦が続いている。

宗次郎と平助は、どうしているだろう・・・この争いに加わっているのだろうか。

あの子達に会いたい・・・

数か月ぶりに会った小五郎の話を聞いて、戦が落ち着いてきている事を知った。

停戦に向かって話し合いが進んでいるのだと。

それを聞いて私は腹をくくった。

私にできる事。

「ねぇ、小五郎、考えがあるの。」

私の問いに小五郎が首をかしげた。

「京に、帰ろうと思うの。」

「それはだめだよ!危ない!」

小五郎が半ば発狂して叫んでいるけれど、この子の私に対する想いは半端なく強いから、この発狂は予想通りでとりわけ大したことではない。

「私が行けば、京の情勢がつかめる。」

私は芸妓だから、私が三本木にいれば少なからず話が入って来るはずだ。

私がこの子を守る方法は、もうこれしかない。

「あなたが京を離れてだいぶ経つ、ならば私の存在なんてもはや忘れられているはずよ。一人でならば京に入る事が出来る。」

「そんな無茶苦茶な!」

「大丈夫、京には薩摩藩邸があるでしょ?何かあったら薩摩に逃げる。あなたの名前を出せば絶対に手荒な事はしない。私にしかできない事があると思うの、お願い、行かせて。」

「駄目だ駄目だ!行かせられないよ!」

「お母さんやあの子達に会いたいの、お願い。」

その言葉に、小五郎は黙った。

「私が京に家を持っていればいずれあなたの拠点にもなるはずだわ。新撰組の動きを把握していればあなたが京に来た時に守る事が出来る。」

小五郎が悩んでいるのがわかる。

京に拠点をもてない事は小五郎にとってはだいぶ不利な話、かと言って薩摩に出入りをしていては長州の桂小五郎だと言う事がばれてしまう。

「あなたは必ず京に戻る事になる、その時の為に、私は基盤を作っておく必要があると思うの。」

ここでじっとしているよりは、そのほうがいい。

「一晩、考えさせて・・・」

「えぇ、わかった。」



【桂小五郎】

姉さんの突然の申し立てに僕はどうしていいかなんて事よりも頭が真っ白になって否定の言葉しか出てこなかった。

姉さんが京に行く?

そんな事危ないに決まってる!

でも、姉さんは、正しい事を言っている。

幕府との停戦合意がなされれば僕達はきっと京に拠点を移すことになる。もとより僕がそう願っている。

そうなれば確かに活動の中心があった方が良い。

姉さんが先に京に入っていれば、僕は確かに入りやすい・・・

でも、身の安全はどうする?

いくら年月が過ぎているとは言え宗次郎と平助がいる京で、姉さんの顔はだいぶ知れてしまっている。

あの子達に会いたいと言う姉さんの想いはきっと誠の想いで、きっと、彦太郎と正次郎と暮らしている事で、余計に募った寂しさなのだろう。僕はここにはほとんど帰れない、ただ黙って安否を想う毎日はどれだけ辛いだろう。

だったらせめて、お母さんや友人のいる京に帰した方が良いのかもしれない。

散々思い悩んで、出る結論は、同じで・・・でもそれを口にする勇気は僕にはなかった。

ふらっと廊下を歩いて姉さんが寝ている部屋の戸を開けてみる。

生きているのかどうかさえ分からないほどに静かに寝ている姉さんの枕元には、クシが置かれていた。

・・・そうだよ・・・

僕は何度もこの人に助けられてきたじゃないか・・・

この人の賢さは誰よりも知っている。

そしてこの人の強さも、誰よりも知っている。

この人なら絶対に大丈夫だ・・・

この人なら、時代を変える事が出来る。

僕はこの人を疑った事なんてただの一遍もない、心の底から信じているんだ。

姉さんを、京に行かせよう。

僕はすぐに部屋へと戻り、何通もの文を書き姉さんの身辺を固める願いを書き綴った。

翌朝、久しぶりに昼過ぎまで寝ていてたら子供たちのにぎやかな声で目が覚めた。

寝起きの僕の目の前に飛び込んできた景色には、姉さんが二人の子供たちと楽しそうに笑い合って、水遊びをしている光景で、僕には眩しかった。

錯覚を起こさせるには十分すぎる眩しさで、僕は心の底から幸せだと思った。

僕に気が付いた姉さんは笑って手を振って。

僕もそれに答えて手を振ると、姉さんは子供たちに再び笑いかけてから僕の方へとやって来る。

姉さんはやっぱり美しいな・・・そんな事を思ってしまった。

「おはよう、お腹すいてない?」

「うん、すいてるね。」

「じゃ、ご飯にしましょうか。」

そう言って姉さんは笑って台所まで歩いて行った。

浴衣のまま縁側に座って大きくあくびをする僕に子供たち二人が寄ってくる、父親の記憶がほぼないこの二人にとって僕は一体どう見えているのかな・・・?

「おはよう、ってもうおはようじゃないかな?」

「こんにちは・・・?」

彦太郎が考えた様子でそう答えた。

「はい、こんにちは。」

「小五郎伯父様はお忙しいのですか?」

う~ん、もうこの伯父さんって言葉にも慣れたなぁ。

「そうだねぇ、忙しいねぇ。」

「何をなさってるんですか?」

「なんだろうねぇ、僕にもわからないよ。」

ほんと、わかんないよ。

「わからない事で忙しいのですか?」

「そうだねぇ、なんでだろうねぇ・・・」

何で忙しいのかな、僕・・・

こんなキラキラした瞳を向けられる事、いつぶりだろう。

「ねぇ、彦太郎、正次郎。君たち二人は大きくなったら何になりたいの?」

僕のこの問いかけに彦太郎が不思議そうな顔をした。

「武士の子は武士になるんです。」

まぁ、正解だよね。

「じゃぁ、武士にならなかったら、何になりたい?」

考えたこともなかったのか彦太郎はきょとんとしてしまった。

「僕漁師になる!」

僕の問いに元気よく答えてくれたのはまだ幼い正次郎だった。

「漁師か、いいねぇ。」

「正次郎、武士の子は武士になるんだよ?」

そうか、彦太郎ほどの年齢になっちゃうと、もうこういう思想になっちゃうんだ。

なんか、寂しいなぁ・・・

「正次郎はなんで漁師になりたいの?」

「漁師になっておっきなお魚を取って母様にあげるんです!」

「おっ、いいねぇ。んじゃ僕もお手伝いしようかな?」

「はい!白糸に船を引っ張ってもらうんです!」

「白糸に引っ張ってもらうの?白糸はすごいんだね。」

すごいなぁ、白糸は水陸両用なんだ。

そうだよ、子供の発想はこのくらい自由じゃないといけないんだ。

武士の子だから武士とか、そんな事は関係ないんだ。

・・・好きな事をすべきなんだ・・・

「僕もね、商人をやったことあるんだよ?」

「小五郎伯父様は武士なのに?」

「うん、そうだよ。上手だったんだから。」

「あら、何の話をしてるの?」

姉さんは笑いながら膳を持ってきた。

「さぁあなた達、手を洗ってお母さんの所へ行きなさい。握り飯が用意されているわ。」

「はい!行こう正次郎!」

「はい!」

子供たちは草履を放り投げて廊下を走って行った。

姉さんは僕に膳を渡して子供たちの草履をそろえている。

こんなにゆっくりと食事をするなんて何ヶ月ぶりだろう・・・陽の光を浴びて中庭を向いて食事なんて贅沢だよね。

「ねぇ、姉さん。」

「なぁに。」

「京にね、行ってもらおうかって、思ってます。」

「わかったわ。」

「僕は、姉さんを信じます。もちろん今まで一度だって姉さんを疑った事はないけれど。だから、お願いできますか?」

「もちろんよ、信じて。」

姉さんはそう言って笑った。

「方々に連絡を付けます、そして京で素性の知れていない護衛を二人付けます。なので発つのは三日後と言う事で、どうですか?」

「えぇ、わかったわ。」

夏の痛いほどの日差しはいつの間にか少しずつだけど秋めいている。

今日はとても気持ちのいい昼過ぎだ。

「あなたは今日発つの?それとも明日?」

「明日の陽が出た後に藩に向かうよ。」

「じゃ、今日はゆっくりね。」

「うん、久しぶりにゆっくりだね。」

僕の肩に姉さんが顔を寄せる。

「お疲れ様。」

そう呟いて、姉さんは目を閉じた。

何度も思う・・・この幸せがあるから、僕は頑張れるんだ。

絶対に生きて帰って来ようって思えるんだ。

この時間は僕にとって何にも代えがたいどんな贅沢よりも価値のある褒美なんだ。

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