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夢恋路 ~動乱編~14

【桂小五郎】

あれだけ長い時間を共に過ごし、弟の様にかわいがっていた直蔵との別れに少しばかり喪失感を覚えていた矢先、事態はコロコロと動くもので、伊藤君が僕の元に転がり込んできた!

何事!?

ってか、無事だったんだね、伊藤君。

「桂さん!ご無事でしたか!松さんも本当によくお帰り下さいました!」

伊藤君は目に涙を浮かべて僕との再会を喜んだ。

伊藤君こそ無事で何よりだよ・・・

伊藤君は必死で僕に現状を訴えた。

「自分を付け狙っている刺客団の中心は泉十郎と名乗っていて、前の名は野々村勘九郎。」

野々村勘九郎・・・?

あれ、すっごい聞いたことあるなぁ・・・

「江戸にいた時、斎藤弥九郎先生の所にいましたから、桂さんもご存知かと・・・」

「あぁぁ!知ってる!」

知ってる知ってる!

よく知ってるじゃん!

ってか、野々村何してんの!?

こりゃ・・・塾頭として灸を据えなきゃだよね・・・

「伊藤君。」

「はい!」

「野々村を大至急呼びなさい。」

「野々村を、ですか!?」

「そう、呼びなさい。」

僕の言葉に伊藤君がハッとした顔をする。

今の僕は練兵館塾頭の桂小五郎なので、だいぶ厳しい口調のはずだ。

姉さんの知らない僕の部分。

「僕が止めさせます、すぐに使いをやって呼んでください。」

伊藤君はすぐに使いの者を出して野々村を探させる、その間の伊藤君の身柄はもちろんこっちで保護。元より伊藤君を付け狙っていたわけだから、野々村はあっさり捕まって僕の前に放り込まれた。

「伊藤!貴様!」

野々村は僕の後ろに座っている伊藤君を見るやすかさず刀を抜こうとする。

甘いね!!

野々村が剣を抜くより先に、僕の方が刀に手をかけて、足を踏み込んでいた。

僕の刀は刃元が鞘よりすでに覗いている。野々村はまだ刀に手をかけたばかり。

この間合い、完全に僕がもらっている。

野々村もそれに気が付いている為に額に汗を浮かべて止まっていた。

「お前がそれを抜くならは、自分も抜かねばならない。今この間合いで斬り合ったらどちらが勝るか、剣技をたしなむ者ならわかるだろう。」

野々村はぐうの音も出すことができず、刀から手を離し、渋々座った。

部屋の隅で座っていた姉さんがそっと部屋を出る。

僕はそれを合図にして野々村を怒鳴りつけた。



【おリョウ】

小五郎の動きに驚いた。

あんなにのんびりした平和主義者でもあんなに速い動きが出来るのね。剣技なんてわからないけれど、この二人の場合、小五郎の方が完全に勝っている。あの、剣を抜いた瞬間の表情には、一瞬ぞっとしたわよ・・・

部屋を出た後に背後からした小五郎の怒鳴り声、初めて聞いたわ。それはだいぶ厳しいもので、上司が部下をしかり付けている様だった。

小五郎も怒鳴ることなんてあるんだ・・・

・・・・・ちょっと、見たい。

しばし時間を置いて、話が終盤に入りかけた時、私は何食わぬ顔してお茶を持って入った。

「お茶どす。」

全く空気読めませんと言う顔して三人にお茶を配ったら、伊藤君と野々村君がぽかんとして私を見た。

小五郎は、目を閉じて眉間にシワを寄せている。

「・・・松さん、」

「はい。」

「・・・お客様ではないので、お茶はいりません。」

「あら、そうなん?」

「今、取り込み中です。」

「そうどすか。ならうちがいただきましょ。」

私は小五郎の前に置いたお茶を横から取り上げて口にした。

伊藤君、野々村君、唖然。

うん、良い顔ね、面白い。

「・・・そう言う事じゃないんです、」

「お気になさらず。」

私はそう言って部屋の角に腰を下ろした。

   はぁ・・・。

私が面白がっている事に気が付いたのか諦めたのか、小五郎が深いため息を付いて再び野々村君に顔を向けた。

「今長州はひとつにならねばならぬ時、仲間内で首の取り合いなどもっての他!改めよ!!」

おーおー、厳しいねぇ小五郎先生。

「至急他の者達にも伝えよ、異論はこの桂が聞きうける。どうしても剣で話を付けたいとあらば道場で聞こう。」

「・・・申し訳、ありませんでした・・・」

野々村君は深く頭を下げた。

「伊藤殿、数々の無礼、この場を借りてお詫び申す・・・」

それから二・三言、野々村君は謝罪の言葉を述べてから私が差し出したお茶を一気に飲み干して去っていた。

あー面白かった。

ニコニコしている私をまず見たのは伊藤君、伊藤君はご機嫌な私に苦笑している。

「・・・おもしろかったですか?」

「えぇ、とっても。」

伊藤君に答えた私の言葉を聞いて、肩を落とした背中の小五郎先生。

「まったく・・・姉さんがいたら怒る事も出来ないじゃないですか。」

「あら、気にしないでって言ったわ。」

「そーじゃないでしょ・・・」

小五郎は再びがっくりと肩を落とした。

「初めて見たわ、あなたがあんなに怒るところ。」

「・・・僕だって怒りもするんです。」

「桂さん、怒ると結構怖いんですよ?」

「ちょっと伊藤君!?」

伊藤君の密告に反応して小五郎が向きを変えた。

「松さんはご存じないと思いますけど、剣を手にするとまるで人が変わるんです。恐ろしくって有名でしたよ?」

「・・・伊藤君、僕はこの告げ口に師範として文句を言ってもいいかな?」

「あっ!それはだめですよっ!怖いんで・・・」

伊藤君の狼狽え方を見て、本当に怖いんだってよくわかる。

「でも、剣を持った桂さんは一興です。上段に構えた時の迫力は本当にすごいですから。剣を置けば勉学に長け博学で争い事を好まないと来るのだから敵う者はいませんよ!」

「おっ、すごい持ち上げられ方ね小五郎先生。」

「やめて下さい・・・・・」

小五郎の肩はもはや落ちっぱなしね。

   はぁぁぁぁ~・・・

そんな小五郎は深いため息を一つ吐いて、顔を上げて笑う。

「門下の責任は師範の責任です、剣の道と精神とは追随する物と必ず教わります。どこに出しても恥ずかしくない様な門下にしなければその道場の名が傷つくだけ。人の上に立つ者は下の者のは罪を被れるぐらいでなければらないと僕は思います。」

そんな小五郎の言葉を聞いて、ふと懐かしい光景を思い出した。

「何年か前に同じような事を言った、かわいい師範がいたわね。」

私のつぶやきに小五郎がも気が付いた様だ。

「そうだね、立派に・・・なったのかな。」

きっと、立派よね。



【桂小五郎】

お茶を持って入ってきた姉さんを見て、やっぱりかって思った。

姉さんがこんなに空気の読めない事をするわけない。

・・・わざとだよ。

野々村が唖然としてる、きっと背後の伊藤君もだ。

「・・・松さん、」

「はい。」

「・・・お客様ではないので、お茶はいりません。」

「あら、そうなん?」

「今、取り込み中です。」

「そうどすか。ならうちがいただきましょ。」

僕の前に置かれたお茶をひょいと取り上げて部屋の隅に腰を下ろす姉さん・・・座敷童じゃあるまいし・・・

怒鳴っている所なんて、あまり聞かれたくないんだけどなぁ。

「お気になさらず。」

そう言う姉さんの声は、もう、楽しそうで・・・諦める事にした。

野々村が部屋を出て、伊藤君が声をかける。

「・・・おもしろかったですか?」

「えぇ、とっても。」

やっぱりね・・・

僕はがっくりと肩を落とし、それを見た姉さんはまた一層楽しそう。

伊藤君が僕の道場での事を言い撒いているけど・・・そんな事言ったら姉さんが余計に喜んじゃうでしょ!?

僕は師範なのだから、教え子の粗相は僕の責任です。それはどこにいたっていつの世だって一緒、そこの門下を名乗り、師範の名を語る以上はその名を汚さぬように責任を持たなければならない。

そんな話をしたら姉さんが急に優しい笑顔をした。

「何年か前に同じような事を言った、かわいい師範がいたわね。」

懐かしそうに目を細める姉さん。

宗次郎の事、思い出しているんだろうな。

僕はふと、宗次郎を最近見かけないと言った青木さんの言葉を思い出した。

宗次郎の先が短い事を姉さんは知っている。もしかしたら、姉さんがここにいる事で歴史が変わってしまって、もう、この世にはいないのかもしれない・・・

そうであれば姉さんは酷く悲しむだろう・・・

強く自分を責めるだろう・・・

やっぱり、言わないでおこう。

「そうだね、立派に・・・なったのかな。」



【おリョウ】

私達はしばらくは馬関に滞在していた。

小五郎の元には毎日ひっきりなしに何人かの人の出入りがあり、その都度長い話し合いが行われ文を書いたり・・まぁ忙しそうだ。みんながみんな小五郎が帰ってきた事を心から喜んでいる様で口調は明るい。

そんな男たちの中に中岡慎太郎という元気な小柄な青年がいて、と、言う事は、坂本龍馬がこの界隈をうろつき始めたと言う事か。

時代が、動いているんだなぁ・・・

どうでもいいんだけど私の坂本龍馬のイメージって、芸人なんだか俳優なんだかよくわからないあの北海道の怪物と

言われる男のイメージなのよね・・・なんでかしら。

私達は一年ばかり馬関にいて、春の半ばに萩の地へと帰った。

懐かしい地に懐かしい風・・・ここはもはや私の故郷と言っても過言じゃなかった。

「ハルちゃん!」

「お姉ちゃん!!」

私は実家に預けられて、ハルちゃんと再会をした。

「無事だったのね、お姉ちゃん!」

抱き合って再会を喜ぶ私達の後ろで、男の子が二人こっちを見ていた。

大きい方が彦太郎か・・・小さいのが忘れ形見の子ね。

私は二人の前にしゃがんで声をかけた。

「彦ちゃん、おばちゃんのこと覚えてる?」

彦太郎はぷるぷると顔を振った。

「ちょっとお姉ちゃん、おばちゃんはやめてよ。」

ハルちゃんが笑う。

「大きくなっていてうれしいわ。」

「二男は正次郎と言うの、やがて4つになるわ。」

「そっか・・・もうそんなになるのね。」

来原さんが亡くなってそんなになるんだ。

「そうよねぇ。まったく、作るだけ作って死んじゃうんだから、残されるこっちの身にもなって欲しいわよねぇ。」

・・・さすがハルちゃん。

私にその強さ、あるかな・・・

「お兄ちゃんは正次郎とこの前会ってるわよね。」

「そうだね、さすがに僕の事は覚えているよね?」

小五郎がそう言って笑う。

「お姉ちゃん聞いた!?この前お兄ちゃん帰って来た時にね!」

「わぁぁぁぁー!!!」

ハルちゃんが悪い顔して私に何かをチクりかけた途端に小五郎が発狂する。

何事!?

「そんな事言わなくっていいでしょ!!」

「あら、妻は旦那がどんな男か知る権利があるわよ?ねーっ。」

「そんなこと知らなくっていいってば!」

焦る小五郎とは対照的に悪い顔になるハルちゃん。

「ここに籠って駄々こねるお兄ちゃんを呼びに高杉様が来てね!」

「やめてやめて!!」

駄々をこねるって・・・

しかも晋作がなだめに来るって・・・

「京に行かせてくれなきゃ藩に帰りたくないってわがまま言うお兄ちゃんに、高杉様が京に帰ってお姉ちゃんに会いたきゃ毛利様張り倒すしかないでしょ!って発狂して、そりゃもう大騒ぎだったんだから。」

私の冷めた視線に小五郎がより慌ただしい。

「子供がいる前でそんな大人げない事してたの?あなたは・・・」

「違う違う!あれは仕方なかったんだって!」

私達三人のにぎやかなやり取りを後ろで子供二人がぽかんと見ている。

私は二人の前に再びしゃがんだ

「ごめんねー騒がしくって。私はあなた達のお母さんのお友達の松と言います、しばらく一緒に暮らすから仲良くしてね。」

「自分は彦太郎です!こっちは弟の正次郎です!よろしくお願いします!」

「正次郎です!」

二人は一生懸命返事してくれた。

もう、かわいいじゃないの!

「あら、お姉ちゃん今は松って名乗ってるの?」

「えぇ、そうなの。幾松って芸名で京で芸妓してるのよ。」

「・・・芸妓・・・?」

そう呟いて、ハルちゃんが小五郎を睨んだ。

あら、なんか変な事言った?

「お兄ちゃん!お姉ちゃんに芸妓なんてさせてるの!?」

「違うんだハル!これには理由がある!」

「あんたって人は・・・!」

「違うんだって!理由が!!!」

私の次はハルちゃんか、小五郎も忙しいわねぇ。

ハルちゃんに追い詰められていく小五郎、なーんか長くなりそう。

「彦太郎、正次郎、この話長くなりそうだから白糸の所に行って遊ぼう。」

二人が言い合ってる隙に、私は二人の手を取ってその場から逃げた。

家の外に出なきゃ安全よね。



【桂小五郎】

「ちょっと、お兄ちゃん!」

「はい・・・」

うぅぅぅぅ・・・怖いよぉ。

「あんた達、まだ夫婦になってないの!?」

「はい・・・」

それにもちょっと、理由が・・・

「しかもなんでお姉ちゃんが芸妓になってるのよ。」

それにも理由が・・・

「もぉ、私はてっきり子供の一人二人ぐらいはいると思ってたわよ・・・」

それは、痛いです。

「もぉ・・・あんなに子供好きなのに、なんで子供の一人ぐらい与えてあげてないのよ。」

ハルの視線の先には中庭で遊ぶ姉さんと二人の男の子と、白糸の姿があって・・・幸せそうだった。

ハルには後々、相談しないといけないって思っていた事だから、今、言っても良いかな・・・

「あのね、ハル、たぶん姉さんは、子が出来ないんだよ・・・」

僕達は中庭を見ながら、立ち話しをした。

「そうだったの・・・かわいそうね、あんなに子供を好いているのに・・・」

ハルは目を細めた。

「僕もね、姉さんとの子は欲しいと思っているんだけど、どうも、そう言う訳にもいかないみたいなんだ。」

「そう・・・」

「勝三郎もああいう形で死なせてしまったし、だから今はまだ、養子も考えてないんだ。」

「勝っちゃんのことは、お姉ちゃんは知ってるの?」

「いや、知らない。養子をとりたいとは話したけど、取ったとは言ってなかったんだ。しかも戦のさなかに自刀だなんて・・・言えないよ。」

そんな事、口が裂けても言えない。

「そうね、それでなくても刀で辛い想いしているんだからね、若い子供が自刀だなんて・・・伝えなくて正解だわ。」

次女姉さんの子を養子として迎えて、十七歳なんかで死なせてしまったなんて知ったら、きっと姉さんは今後養子をとることを許してはくれなくなる。

だから、言えないんだ・・・

「でも、お兄ちゃんの身の上だって安全とは言い切れないし、桂の家督の為にも養子は必要でしょ?」

そう。

もし僕の身に明日、何かあってしまったら桂の家は絶えてしまう。それは桂の両親にも申し訳ない事で、僕のわがままで家督を終える事は許されないんだ。

それより何より、姉さんを一人残して逝くことなど、考えたくもない。

だから、それを・・・ハルに相談しようと思っていた。

「ハル、その事で相談がある。」

「・・・正次郎ね。」

「あぁ・・・」

そう、正次郎を養子としてもらえないか、ハルには相談しなければと思っていた。

和田の家は次女姉さんの旦那さんが家督を継いで、その子共がまた継ぐことになっている。

来原家も後継者はいる。

だからという理由で子供をくれと言うのははなはだ虫のいい話ではあるけれど、血縁を考えるとハルに頼むしかなかった。

「いいわ、問題ない。」

ハルのこの男気には、今更ながら感謝しないといけない。

「でも、正次郎を渡すのはあなた達がちゃんと夫婦になってからよ。あの子はお兄ちゃんとお姉ちゃんの息子として渡すの。お姉ちゃんの寂しさを慰めるために渡すんじゃないわ。お兄ちゃんにはちゃんと正次郎の父親になってもらうのよ。」

ハルはちゃんと母親になっている。

この言葉は自分の息子の幸せを願う母親の言葉だ。

僕一人で養子を抱えたがために勝三郎を失うと言う失態を犯してしまった・・・姉さんがいてくれたのなら、起きなかったかもしれない事だ。

よりによって自刀させるなんて・・・僕が甘かったんだ。

この討幕の動きが終わらない限り、養子を設ける事はできない。

でも、子供たちと笑い合って遊んでいる姉さんを見ると、早く子供を与えてあげたいとも思う。

早く、新しい世にしなければ・・・

そのためにはまず晋作と井上君を呼び寄せなきゃなんだけど・・・あいつらは今、下手したら僕よりも人気者で・・・さて、どこにいるんだろうか?



【おリョウ】

小五郎はほとんど家には帰って来ないけれど、それは少し前まではいつもだった。

この間ずっと一緒にいたから少し寂しいだけ、今の私にはハルちゃんもいるし子供たちもいる、私が何か無謀な行動をとればここも怪しまれてしまう。

ハルちゃんや子供たちを危険な目に合すわけにはいかない。

だからこそ、私はここで大人しくしていないといけない。

坂本龍馬がもうきっと動き出している。

ならば必ず時代は動く。

明治の世まで、あと少しの辛抱だ。



【桂小五郎】

文が来た。

そこには薩摩とのことについて話したいから馬関に来てくれと書いてあって、とりわけ坂本さんと言う人が僕に会いたいと言っていると書いてある。

坂本さんについては中岡君から聞いている、晋作並みに派手な人・・・姉さんが言ってた、坂本さんだよね。

幕府の長州征伐の話が上がっている以上、薩摩がこれに反対の意思を示していると言うのは願ったりだ。

ただ、薩摩とはいろいろありすぎて裏を考えたくなる・・・

薩摩と話してくるから馬関に行かせてって言ったところで、藩から許可はおりないだろうなぁ・・・

薩摩に対する忌み嫌い方は半端じゃないからなぁ。

下駄の裏に書いて踏んでた人もいるぐらいだから・・・

藩の事を想えばこちらから頭を下げるなんて絶対にできない!

ならば、薩摩の手の内を知るにあたって坂本さん達の話を聞くのも一手。うまくすれば銃の調達方法も得られるかもしれない。

とりあえず藩の方に許可を求めてみたら・・・やっぱりね。

許可は下りたけどだいぶ慎重な意見が出た、っていうか、すっごい嫌そうな顔の人達もいたけど・・・

まぁ、関係ない。

会談するのは僕だ。

それに今回は坂本さん達と話すんであって薩摩と直接話す訳じゃない。

僕はすぐに坂本さんに文を反し行く旨を伝えて一度実家に戻った。

「ねぇ、姉さん、」

「なぁに?」

「明日からちょっと馬関まで行ってくるよ。」

「あら、大変ね。今度は誰と?」

「土佐の坂本さん。」

「あぁ、坂本龍馬ね。」

「あら、お姉ちゃんの知り合い?」

   ・・・・・。

そんな会話をしながら久しぶりに姉さんの手料理を食べているけれど・・・やっぱりだいぶおいしい。

中には見たことない様なものまで並んでいるけれど、ハルや子供たちは何の疑いもないのだろうか?

こいつらは毎日こんな感じの食事なんだろうか・・・

やだなぁ・・・馬関に行くの。

「ねぇ、姉さん?」

「なぁに?」

「この、大根にかかっている白くって酸っぱいやつ何これ?」

「あぁ、マヨネーズ?」

まよねーず・・・?

「酢と卵と油でできてるのよ、もうねぇ、この家だけならいろいろ変わっちゃってもいいかなって。」

笑う姉さん・・・もはやどーにでもなれって感じだね。

「口に合わなかった?」

「いや、馬関に行くの嫌だなーって、思った。」

「あら、それは大変だわ。」

「小五郎伯父さん子供みたいねー。」

そう言ってハルが笑う。

だって・・・

姉さんの料理、おいしいんだもん・・・

この時代さぁ、米に漬物が普通の時代だよ?姉さんとの食生活をずっと送ってると感覚がおかしくなっちゃう。

かといって贅をつくした食材ってわけでもないんだから家庭を預かる妻としては完璧で、すごいよね・・・

「帰ってきたらいくらでも作るわよ、早く帰ってらしゃい。」

絶対に早く帰ります!

さて、馬関に着いて通された部屋にいた男は、ゲラゲラと大きな声で笑いながら転がっていた。

・・・・・・・・?

そして、ポカンとして立っている僕に気が付いた。

「おぉぉぉ!木戸さん!こっちゃこっちゃ!」

男は人懐っこい笑顔で僕の手を引いて、僕は部屋の真ん中に座らされた。

「木戸さんの噂は聞いちょる!京ではえらい大変だったのぉ!」

「えぇ、まぁ・・・あの、坂本さん・・・で、よろしいんですよね?」

「おぉ!わしゃ土佐の坂本龍馬じゃ!」

聞けば、坂本さんと小田村さんという方々の様で。

大抵の個性は見てきたつもりだった。

姉さんの事もあるし、この先の人生早々驚くような人間には出会わないだろうと思っていたけれど・・・たった今、そんな考えは崩壊した気がした。

上には上がいるもんだ・・・

で、話は強烈な速さで進んで行き、わかった事は、この坂本龍馬と言うのはとてつもなく自由な発想をした男で、新しい考えをした新しい男だってこと。

確か、姉さんが以前に言ってた。

坂本龍馬は時代を変えるって。

僕も・・・そう思います・・・

「木戸さんは江戸におった時練兵館で塾頭やっちょったそうじゃの!噂は聞いとるぜよ!」

「そんなに大した噂ではないでしょう、」

「いやいや、大したもんぜよ!あの新撰組の近藤さんをもっても太刀打ちできなかったと聞いちょる!」

すっごい豪快に笑ってるけど・・・それは、近藤さんに悪いですよ・・・

「えっと、坂本さんも江戸に?」

「わしゃ千葉先生の所じゃ!」

「北辰一刀流ですね。」

「おぉ!だがわしゃ周作先生じゃなく弟の定吉先生の方じゃ!」

「そうでしたか、」

・・・ん?

なんか、思い出したような・・・

あれ?

平助と千葉先生の道場をお借りした時に確か・・・

「あぁ、あの坂本さんはあなたでしたか!」

「なんじゃ!わしを知っとるがか!」

うーん、何て言ったらいいかな・・・知らないんだけど。

「以前周作先生にお会いした時に、定吉先生の所に坂本と言う名の腕のいい男がいるとうかがいました。ただその時坂本さんは土佐に帰っていらした様でお会いする事は出来ませんでしたけど。」

「なんだ!そうだったか!」

豪快だなぁ、この人。

笑い方も話の仕方も、抱いている志も夢も・・・これから先に希望しかないように感じる、とっても楽しそうだ。

ここに来るまで僕はとんでもなく苦労してきたけど、この男ならきっともっと最短距離で事を動かしたんだろう。

「して、木戸さん、ぬしは急いじゃおらんじゃろ?」

・・・へっ?

どういう事!?

「今、中岡がの、薩摩の西郷さんがここに来るように手配しちょる、それまで待ってくれんか!?」

なんだってぇ!?

西郷さんが、ここに来る!?

それは、僕一人で話をしてもいい事なのかな・・・?

「西郷さんが、来るんですか・・・ここに!?」

ってか、本当に来るのか!?

薩摩がそんなに簡単に長州と接触してくるとは思えないんだけど・・・?

「十日には来るはずじゃき、ここに居とけ!なっ!なっ!」

あぁぁ、姉さんのご飯が食べたいのになぁ・・・

ここにいたら間違いなく毎日酒だよね・・・

「・・・わかりました、ただ、藩に報告はしないといけないので文を書かせてもらいます。」

文には建前上友好的にっては書けないから、ちょっと強い口調で書かないといけない。薩摩に会って京での責任を追及するとでも書いておけば、まぁ、大丈夫だろう。

・・・で、十日になりました。

藩から許可は下りたのに、姉さんに会いたいの我慢して待っていたのに・・・やって来たのは中岡君だけだった。

ほれ見た事か!

絶対に来ないと思ってた!

「木戸さん申し訳ありません!すべて自分の責任です!」

中岡君が床に頭を付けて叫んでいるけれど・・・僕はきっととってもでっかい溜息をついたと思う。

がっくりうな垂れました。

僕の方が床に転がりたいですよ・・・

「まぁ、薩摩に一杯食わされたって事で・・・もういいです、僕は帰ります。」

そう言って立ち上がり背を向けた途端、僕は羽交い絞めにされた!

何事ですか!?

「待ちなされ木戸さん!」

一体何っ!?

「木戸さん!落ち付いて下さい!!」

「中岡君!落ち付くのは坂本さんです!!」

ちょっとちょっと!

何!?

「ちぃと足を止めてくれんか木戸さん!」

「嫌です!僕は帰ります!!」

「そう言わんと!」

「藩に説明しないといけない事が多すぎます!」

これ、どんだけ大変な事だか脱藩した人になんかわかるもんか!

は~な~せぇぇぇぇ!!!

「木戸さんの顔は絶対に潰さん!絶対に薩摩を連れてくる!じゃきこっから先はわしらを信じて任せてもらえんか!!」

「お願いします木戸さん!!!!」

もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!

「だったらぁ!」

僕は背中にしがみ付いている坂本さんを背負い投げて振り払った。

身体がおっきいとこういう時に便利だよね。

「だったら!薩摩の方から使者を長州に入れてください!うちの藩が薩摩にどんだけ恨みを持っているか察してください!じゃないと絶対に受けられない!!」

すっぽかされたなんて言ってみろ!

不満なんて言葉じゃすまないぞ!?

絶対に爆発するんだから!!

絶対に抑えきれないんだからっ!!

「和解を申し入れるのは薩摩からっ!!いいですね!!!!?」

「わかった!そうさせる!!」

僕に飛ばされた坂本さんはひょいと起き上がって膝を付いて座っている。

「うちの藩がどんだけ敵だらけかわかってます!?征伐の動きがあるってのに武器を手に入れる事も出来ないんですよ!?もし薩摩が本当に和解を望むと言うのであれば薩摩名義で小銃を購入できるようにしてもらいたい!」

「わかった!かんなずそうさせる!」

もう僕は帰ります!!!

頭来たから藩に帰る前に家に寄ろっと!!



【ハル】

寒くなってきた長州の冬。

こんな時は鍋が食べたいね、お姉ちゃんに作ってもらおう。

調理場に立っているお姉ちゃんを見ていて、ふと、思った。

創る料理もほとんど見たことのない物ばかり、立ち振る舞いもどこか私達と違う・・・以前から思っていた事だけど、お姉ちゃんって、どこの人なんだろう・・・

「ねぇ、お姉ちゃん。」

「なぁに、ハルちゃん。」

「お姉ちゃんは、どこの国の人なの?」

私の問いに火の前にかがんでいたお姉ちゃんは時が止まったように手をぴたって止めて、ややあって気まずそうな笑顔を見せた。

「異国にいたの?」

「異国、そうね・・・異国ね・・・」

異国・・・

「ご両親も異国に?」

「えぇ、弟夫婦と甥っ子もいるのよ。」

「会ってないの?」

「まぁね、会える距離じゃないと言うか・・・」

そんなに遠いんだ・・・

それじゃ、寂しいわよね。

「日本人では、あるのよね?」

「えぇ、日本人よ。」

清とか朝鮮とかの民じゃないんだ・・・

「お兄ちゃんは全部知っているの?」

「えぇ、知っているわ。再会した時に全部話しているからね。」

時折感じる二人の会話の違和感はこのせいだったのか。

「ねぇ、お兄ちゃんとはいずれ夫婦になるんでしょ?」

「・・・そう、ね。」

なんだろう、何か煮え切らない答えだけど・・・夫婦になれないの?

「いつかは異国に帰るの?」

「・・・どうかしらね・・・」

これも煮え切らない返事、お姉ちゃんらしくない。

いつかは日本から出て行くのかな・・・昔みたいに、突然に。

今もし、お姉ちゃんがいなくなってしまったらきっと、お兄ちゃんは立ち直れない。とてもまともじゃいられない。

「ねぇ、お姉ちゃん。」

「なぁに?」

「お兄ちゃんの側に、いてあげて・・・」

私の言葉にお姉ちゃんはゆっくり立ち上がって、私を見た。

「お願い、どこにも行かないであげて。お兄ちゃんを支えてほしいの・・・お願い。」

「ハルちゃん・・・」

「お兄ちゃんはお姉ちゃんがいないときっとおかしくなるわ・・・お姉ちゃんが必要なの。」

「ありがとう、ハルちゃん。」

お姉ちゃんがそう言って笑った。

「私もできるだけあの子の側に居たいわ。離れるつもりはないから、心配しないで。」

どうしてどこか寂しそうなんだろう、お姉ちゃん・・・

いつもそう、昔から。

あの日、初めて会ったあの時から、いつも笑っているのにいつもどこか寂しそうだった。

大きな、逆らえない何かがお姉ちゃんにはあるのかもしれない。

神様がもし本当にいるのなら、どうかお姉ちゃんとお兄ちゃんを引き離さないでください。

私には子がいます。

だからこそ、良蔵さんが死んでも生きて行けました。

でも、二人には二人以外いないんです。

どうか、二人を引き離さないで下さい・・・

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