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夢恋路 ~動乱編~13

【宗次郎】

僕は山南さんの部屋の前に立っていた。池田屋の戦い以降山南さんは近藤さん達と話がうまくいかなくって、出て来なくなっちゃった。

「山南さん、入っていいですか・・・?」

「総司か、入れ。」

部屋に入ると、山南さんはただ座っていて、何をしているわけでもなかった。

「山南さん、どうしちゃたんですか・・・みんな、心配してるよ・・・?」

「心配?そうかな、」

そうだよ・・・

「本当に、どうしたんですか、」

山南さんはどこか上の空だ。

「総司、体調はいいのか?」

・・・・・・?

「・・・もぉ、いつの話をしているんですかぁ、この通り問題ないですよ。」

両手を広げて見せるけれど、山南さんはこっちを見てはくれない。

「総司、お前は最近隊務を抜けると聞く、それは何故か。」

それはー・・・

昔に戻ることができないんだって事を知って、やる気なくなったなんて、言えないよ。

「たまたまだよ、たまたま近所の子供達と遊ぶ約束をしてる日に隊務がかさなるだけ。」

そう笑って僕は答えた。

僕、変な風に笑ってないかな・・・

「志を違えているから、ではないのか?」

志は、そもそもないから、それはきっと違う。

「僕には難しいことはわかりません。でも、近藤さんや土方さんが望むなら、僕はそれに従うまでです。」

僕のこの言葉に、山南さんは振り向いて、こっちを見た。

「総司は攘夷をどうと思う?」

・・・えっ、攘夷?

「この隊は攘夷をもとに集った同志の隊のはずだ、それなのに今この隊は近藤さんの意思の元に幕府の命のみで動いている。これでは幕府の犬だ!当初の志を失っている!」

「・・・僕には難しいですね。」

よく、わからない・・・

あまり知りたくないって、ずっと思って来たから・・・

「僕には朝廷とか幕府とか、どうでもいいことです。京がどうなろうと興味もないしね。楽しければそれでいいんです。僕には剣の才しかないから、だから剣の世が終わることは少し困る。だから、近藤さんや土方さんがそんな世を守るために動くと言うのであれば、僕はそれに付いて行くだけですよ?」

「そうか、」

山南さん、寂しそう・・・

僕はわざと、茶化す様に笑って見せた。

「もぉ、山南さんは頭が良いから、いろいろ考えすぎるんですよきっと。」

笑う僕に、山南さんは目を落とした。

「・・・もう、一人にしてくれないか、」

「山南さん・・・」

山南さんは再び、顔を背けてしまった。

「頼む。」

部屋を、出るしかなかった。

「山南さん・・・変な気だけは、起こさないで下さいね・・・」

その夜、山南さんは隊を抜けた。

書き置きをして、黙って脱隊した。

僕は山南さんと仲が良かったから、土方さんに言われて、僕が捜索に出ることになった。

なんで、こうなったんだろう・・・山南さんはどこ?

ねぇ、山南さん・・・一緒に帰ろうよ・・・?

みんなで夜道を探し回って、山南さんは案外近くにいた。

夜道を歩いているところを見つけて、僕たちは山南さんを囲んだ。

「山南さん・・・」

「総司か、」

僕は新撰組一番隊組長として、言葉をかけた。

「山南さん、隊に戻ってもらいます。抵抗せず、従っていただけますか・・・?」

山南さんは穏やかな顔をしていて、抵抗せず、僕にしたがった。

土方さんが作った局中法度で、脱隊は重罪で、死罪だ・・・

山南さん、死罪になるの・・・?

帰ってきたら、門のところに何人かがいた。みんな心配そうに僕を見てから、山南さんを見た。みんなもこの後の事が気になってるんだ・・・

山南さんは処分が降りるまで部屋に入れられて、見張りが付けられた。

それから山南さんは一昼夜、ただ部屋の真ん中で座っていた。

そしてその日、近藤さんと土方さんが遅くまで話をしていたことを僕は知っている・・・

翌日、僕達は近藤さんの部屋に集まった。各隊の組長たちと近藤さんと土方さん、そして山南さん。

八番隊組長の平助君は江戸に行ってるから、ここにはいなかった。

「山南、法度違反はどうなるかわかってるな?」

土方さんの声に山南さんはおとなしく返事をした。

「ならば従ってもらう・・・特例はねぇ!」

「わかりました・・・ならば介錯人は、総司、お前に頼みたい。」

その瞬間、僕の心は凍ったんだと思う。

「本日夕刻に中庭にて行う、最後だ山南、武士の名に恥じぬよう支度しろ。」

僕にはわからないけど、山南さんはたぶん賭けをしたんだと思う。

自分が抜けることで一石を投じることができるのか・・・

だからこそ、書き置きをして、遠くには行かなかった。

だからこそ抵抗せずに付いて来たんだ・・・

でも、山南さんの想いは届かなかった。

僕には攘夷とかそんなのわからないけれど、でもそれは山南さんにとっては大切なことで、近藤さんと土方さんにとっては、大切ではないことなんだ。

みんなが僕が介錯をすることに対して驚いていた。

でも僕は、山南さんにそう言われたときに、だいぶ大きな何かが凍ってしまっていて、何も感じなくなってしまってるから、もうこれ以上心は揺れなかった。

でも、それでも僕は近藤さんと土方さんがどんな想いで山南さんに切腹を言い渡したのか知りたかったけど・・・

でも、結局聞けなかった。

・・・だって土方さん、山南さんと仲、良かったから。

真っ白い服を着て、山南さんは中庭の中心に座った。

正面には近藤さんと土方さん、周囲にはたくさんの隊士がいて、山南さんを見ていた。

山南さんはいつも通り穏やかな顔をしていて、これから何が起こるのかなんてわかっていない様だった。

僕は、刀を抜き、山南さんの横に立った。

「総司、煩わせてすまないな。」

「いいえ・・・」

「頼む」

そこから先は、よく、覚えてない。

僕は部屋にいて、誰にも会いたくなくて、何もしたくなかった。

人と話すのも嫌で、とにかく、山南さんがそうだったように、一人になりたかった。

後から聞いた話だけど、永倉さんや伊東さんが山南さんに再度脱走する様に促したらしい。

でも、山南さんは行かなかったらしい。

中庭であの時、土方さんが泣いてたって、聞いた。

僕達の隊務はこの京の治安を守る事で、幕府に背く悪い奴を捕える事。

悪い人を斬るのは大切な事。

でも、これって、仲間を斬るのも、大切な事なのかな・・・?



【平助】

江戸から帰って来て、隊に帰って驚いた。

場所が西本願寺になっているって事にも驚いたけど、風紀が随分違っている・・・隊の中が荒れていて、随分と質が悪くなってた。知らない奴が増えて、なんか、雑然としてる。

「永倉さん、総司の姿が見えないけど・・・?」

「あぁ、総司か・・・あいつならどっかその辺にいるよ。」

どういうこと・・・?

いくら総司とは言え、隊務を怠るのは法度に触れる。暗黙で、許されてしまっているって事・・・?

「なぁ、俺がいない間に、何があったんだよ・・・?」

永倉さんは答えてくれなくて、答えてくれたのは、伊東さんだった。

俺は驚いて、すぐに総司を探しに走った。

総司は裏の水路で、子供たちと遊んでいた。

「総司!!」

俺の声に反応して、こっちを見て笑う総司。

その姿を見て、俺は恐怖で、思わず足を止めてしまった・・・

・・・総司は、壊れてた・・・

「お帰り、平助君。」

「あ、あぁ・・・ただいま・・・」

総司は笑っているけれど、笑ってなかった。

あの幼くってかわいい総司特有の無邪気さはもう完全になくて、今の総司は、邪だ・・・

総司は鬼に、なってしまっていた・・・



【桂小五郎】

ほんのひと時でも、姉さんと二人で夫婦の様に暮らせて、僕はこのままでもいいかなって、思ってしまう。

それだけ今日この日までの逆境の勢いはすさまじくって、橋の下に潜んでいた時、姉さんが僕を見つけてくれなければきっと僕はここでこうして生きてはいない。

衰弱死しているか、縄についているか・・・自決だけは絶対にしないって決めているから、きっとどっちかだ。

拷問は嫌だから、衰弱死してたのかな・・・

こうして姉さんの作ったご飯を食べて、一緒に寝てる・・・

たったそれだけなのに、どうしてこんなに幸せなんだろう。料理がおいしいってのも、あるんだけどさ。

姉さんはよくすみちゃんを呼んではかわいがった。僕が長い事お世話になったからと言って食事を振る舞ったりしてくれる。すみちゃんも姉さんと一緒の時は年相応の可愛らしい顔をしていた。

姉さん、子供好きなんだろうな・・・

きっと子供欲しいんだろうな・・・

そう思うと・・・自分の、在りし日の行いをひどく悔います。

「すみちゃん大丈夫?この男に何もされなかった?」

「ちょっとちょっと!それどー言う事!?」

「たぶん・・・」

そう言ってすみちゃんは僕を見るけど!

やめてぇ!

誤解されるようなことはもう言わないでぇ!!

「ちょっとすみちゃん!何もしてないでしょ!!」

「はい、たぶん!」

やぁ~めぇ~てぇぇぇぇ!!!!

してないしてない!!!

すみちゃんにはしてない!

すみちゃんには・・・

お願いします、許して下さい!!!

もうしません!!

・・・たぶん。

笑い合って平和な毎日を過ごして、でも、ずっとこうしているわけにはいかなくて・・・こうしてたいんだけど。

長州を何とかしないと。

野村さんからの手紙に書いてあることが本当ならば、できるだけ早く長州に帰らないといけない。

でも、そのためには・・・

「ねぇ、姉さん。」

「なぁに?」

「甚助を、呼び寄せようと思うんだけど。」

「絶対いや!」

・・・だよね。

あぁぁぁぁ・・・甚助のバカ・・・

どうして五十両なんて大金、博打に使っちゃったんだよぉ・・・

これはー・・・直蔵に極秘裏に連れ帰って来てもらうしかないなぁ・・・

もぉ!

甚助の奴、姉さんにこんなことして!きっとすっごい高くつくぞ!?

姉さんと暮らし始めて半月ほどして、直蔵に連れられて甚助が帰って来た。

しかし甚助は僕達に会おうとせず逃げ回って雲隠れしていると直蔵から聞かされた。

まったく・・・困った奴だなぁ。

帰って来てもらって姉さんに許してもらわないと始まんないんだけど。

とりあえず引っ張って連れて来てくれと直蔵に頼んで、やって来たのはそれから数日後の夜。

甚助は僕達を見るなりいきなり土下座!

「旦那様、奥方様!申し訳ありませんでした!」

いや、僕はいいいんだけど・・・

むしろ、姉さんを連れて来てくれて感謝してるぐらいなんだけど・・・

ふと、姉さんを見てみれば・・・あぁぁぁぁ、完全にそっぽ向いてるよ。

「奥方様!その節は本当に申し訳ねぇ!」

「・・・・・」

あちゃ~・・・

僕と直蔵は顔を見合わせた。

こりゃ甚助、分が悪いな・・・

でも・・・

なぜだろう・・・

この光景、笑える。

   ぷっ。

完全にふくれている姉さんに、必死な甚助、その光景がだんだん面白くなってきて思わず吹き出してしまった。

吹き出した途端に姉さんと甚助が僕を見る。

だめだ、堪えられない。

僕は声を出して笑ってしまった。

「甚助、分が悪いよ~、よりによって姉さんを怒らせるなんて後が大変だよ?僕知らないよ?」

「本当に勘弁しておくんなせぇ!この通り!」

僕があんまりにも笑うもんだから直蔵が笑いだして、姉さんも笑った。

「もぉ、笑っちゃったら怒れなくなっちゃうじゃない。」

そう言うと姉さんは甚助の方に向き直る。

「甚助!」

「へぇっ!」

「この貸は高くつくわよ!?」

「へぇっ!なんなりと!!」

相変わらず姉さんはかっこいいなぁ~・・・

「そもそも小五郎が悪い!」

えぇぇぇぇ!?

うそぉ!?

僕!?

「賭博癖があるなら伝えておけばいのに!そしたらお金を持たす事なんてしなかったわ!」

えっ!えぇっ!?

僕は甚助を見たけど・・・甚助の奴笑ってるよ!!!

そんなのってないでしょぉ!?



【おリョウ】

甚助に対するお仕置きを考えてそっぽ向いてたら、小五郎があんまりにもおかしそうに笑うから思わず笑っちゃった。

必死に頭を下げている甚助君を見たらもういいかって思えた。

でも、これは貸しだからね!

「この貸は高くつくわよ!?」

その言葉に甚助君がひれ伏した。

さて、横でケタケタ笑う小五郎君、彼にもお仕置きしないといけないわね。

「そもそも小五郎が悪い!」

「えぇぇぇぇ!?」

部下の失態は上司の責任よ?

こんどは甚助が笑っている。

まぁ、いいか。

小五郎はこの数日後、弟の直蔵を先に京へ向かわせた。話すところによると対馬藩の内情を把握させるためだと言う。

何かあった時に対馬藩に助けを求められるかどうか。

私達は商人とその付き人としてこの地を離れた。

大阪で直蔵君と合流し、甚助君と直蔵君は小五郎の弟、私は女中と言う事で宿には話をして。

外回りは甚助と直蔵が担当、小五郎は顔が知れているし、私はお宿のお手伝いを買って出ながら大阪の状況を耳にしていた。できるだけ早く大阪で情報を集めて長州に向かいたいのだと小五郎は言う。

「ここを出る時はどうするの?歩いて?」

「いや、陸路はちょっと危険だよね。僕一人ならどうにでもなるけど・・・」

まぁ、そうよね。

私がいるからね・・・

「いろいろよりたい所もあるから、船の方が自由がきくと思うんだ。」

船かぁ・・・まーた時間かかるなぁ。

この時代に来て思い知った事は、人間の足と言うのは意外と速いと言う事。歩くって結構速い。

「長州かぁ・・・帰ったら白糸やハルちゃんにも会えるのよね・・・」

みんな、元気かな・・・

「ハルの所には来原さんの落とし子がいてね、二人目の男の子がいるんだよ。」

「そうなの!?」

「うん、もう三つぐらいになるかな。彦太郎とは違って大人しい感じの子。」

そうなんだ・・・

「・・・楽しみね。」

彦ちゃん、大きくなったのかな・・・

会いたいな・・・



【桂小五郎】

楽しみだと言う姉さんは、とっても優しい顔をしていた。

本当に楽しみなんだなって、思う。

子供かぁ・・・

姉さんと僕の子供。

いたらきっと、今よりももっと幸せなんだろう。

きっと、攘夷だとか開国だとか、幕府も朝廷も藩も全部捨ててでも、共に暮らす事を選ぶ。戦や争いなんかがない田舎の地で静かに暮らすんだ。白糸と一緒に田畑を耕して、空いた時間で本を読んだり子供たちと剣を交えたりして・・・

でも、神様は僕にそんな事をさせてはくれない様だ。

僕達に子が出来ないのはきっと、姉さんのせいなんかじゃない。

僕の心が弱い事を、神様は知っているんだ。

だから、僕に子を持たせないんだ。

・・・ごめんね、姉さん。

でも僕は、約束は守るから、人を傷つけない新しい世を必ず創ります。

数日宿で過ごしていたある日、直蔵が血相を変えて飛び込んできた。

「大変です!」

僕と姉さんは思わず立ち上がる。

「どうした!?」

「へぃ!甚助と歩いていましたら不運にも幕士の目に留まってしまいまして、自分は兄が尋問を受けている間に逃げてきました!」

「それで!甚助は!?」

「へぇ、連れて行かれました!」

なんてことだ!

「旦那!ここにいてはまずいです!」

すぐにここを出ないといけない!

もし万が一、甚助がここに連れて来られた時に自分たちがいては甚助の身も危ない!

「直蔵!対馬藩に青木さんはいるんだったな!?」

「へぇ!おります!」

「とりあえず青木さんに一晩お願いしよう、そして明日、ここを出る。」

「甚助君は!?」

「大丈夫、こういう時の為に口裏は合わせてある、必ず助け出す。心配しないで僕に従って。」

甚助は大丈夫、対馬藩にも頼んでおく。

姉さんは僕に頷いてくれた。

僕達はすぐに宿を引き払って対馬藩へと駆け込んだ。

「青木さん!」

「林さん!!!ご無事でしたか!!!」

そう、僕は対馬藩では林竹次郎になっている。

「今は広江です。」

青木さんは僕と旧知の仲、古い知り合いだ。

青木さんはすぐに僕達を中に入れてくれて、僕は姉さんを待たせ直蔵と青木さんと話をした。

「明日にはここを出て長州に向かいたい、今晩一晩だけ置かせてもらえないだろうか・・・?」

「もちろん構わないが、どうやってここを出るおつもりだ?」

「船で出たいのだが・・・」

「ならば淀川からがいい、あそこからなら関所は河口の一か所だ、そこさえ越えれば大丈夫だろう。」

「頼もしい、恩にきります。」

僕は頭を下げた。

「本当ならばもっと匿ってやれればいいのだが・・・なんせだいぶ取り締まりが厳しいからな。」

甚助が尋問されるぐらいなのだからそうなのだろう・・・

「新撰組が京を歩いている以上、広江さんは京には近づけまい。」

「あぁ、だが京を何とかしない事には何も進まないのも事実だ・・・」

そう、長州の内情が落ち着き次第すぐに京に発たないと。

「新撰組の一番隊と八番隊が歩いている時は注意した方が良い、一番隊の沖田は最近見かけないらしいが八番隊の藤堂は魁先生と言われるほどの斬り込み隊だ、藤堂は死に番を買って出て毎回好んで先陣を切って来るそうだ。なんでも池田屋の事件の時の刀は死闘で刃かけが酷かったとか。大きな男らしいと噂だ。」

大きな男、か・・・

平助の背丈が一・二年でそんなに伸びるわけがない。

きっとその勢いが故に大きく見えるのだろう。

あの時千葉先生の道場で、構えた僕に向かって来たのは覚悟と言う勢いだけだった。

確かに勢いはあった、その勢いに冷静な目が付けばもっと良くなるだろうと思った。

そうか、隊を仕切るだけの腕をつけたのか・・・魁先生、死に番を買って出るその腕、会ってみたいものだ。

それより、宗次郎は・・・どうしたのだろう?

見かけないって、何かあったんだろうか。

体調でも崩していないだろうか。

こんな事、聞くのは不自然だ・・・青木さんに宗次郎の事を聞けない事がもどかしい。

この事は、姉さんには伏せておこう・・・

「時に広江さん、随分と美しい女の方をお連れですがご夫婦で商いを始めたんですか?」

「・・・へっ!?」

青木さんがケラケラと笑っている。

考え事をしていた僕の想いを吹っ飛ばすその一言に思わず間の抜けた声を上げてしまった。

「ならば余計に、無事にここを出なければなりませんね。」

それは、そうではあるけれど!

青木さんは相変わらず笑っている。

「あれだけ美しい女を連れてこれだけ危険な目に合っているんだ、妻か妾のどちらかだろう?」

いや、妻は良いけど妾は・・・

「女を守りながらの道中は大変だぞ?」

そうだね、普通ならね・・・

でも姉さんは、いろいろと普通じゃないから・・・

「あぁ、その辺は大丈夫・・・なぁ、直蔵・・・?」

「へぇ、むしろ奥方がいらした方が・・・」

直蔵の言葉に青木さんは目を丸くした。

うん、確かに、姉さんがいるといろんな意味で安全だよね・・・

何より頼もしい・・・

男たちが寄ってたかってそう思ってしまうのだから情けないと言うかなんというか。

翌日、僕たちは淀川に向かい、商人と一行として船に乗り込んだ。一番難関の河口の関所、役人が二人立っている。「宮川町の商人、広江孝助と申しやす。」

役人たちは僕をじっと見て、直蔵と姉さんを見た。

不審な点は何一つないはずだ。

まぁ、あるとすれば僕のこの身の丈ぐらいかなぁ・・・

あれから日もだいぶ経ってるし・・・大丈夫、だよねぇ・・・

「よし、次!」

この言葉を聞いた瞬間、全部が終わったのだと思った。

もう大丈夫!

もう安全だ!

後ろを振り向いて誰も追手が来ていないことを確認して、僕は緊張から解放されて船の上に仰向けにひっくり返った。

真っ青な空はいつの間にか春めいている・・・

このまま長州へ急ごう。



【おリョウ】

馬関に着いて私たちは桶屋の久兵衛さんのお宅にお世話になる事になった。小五郎の元にはいろんな藩士がやってきてひっきりなしに情勢の話をしている。

その中でも小五郎が頭を抱えたのは、私が長州に保護されていた時に活躍していた三人の若者達の話。

「晋作と伊藤君と井上君が逃げ回っていて情報がつかめないんだ・・・」

「どうして、また何かやっちゃったの?」

またって言い方は晋作にしか当てはまらないか。

「伊藤君と井上君の留学については知っているんだよね?」

「えぇ、伊藤君に聞いたわ。」

そうそう、英語が話せるから大変な目に合ったって、愚痴ってたね。

「三人が開港論を唱えたことで反感を買ってしまったようだ。」

開港論?

聞くと、外国に港を自由に使ってもいいよって、事らしい。

そりゃ、このご時世怒られるね。ってか、晋作って攘夷じゃなかったの?

「で、晋作は大阪に逃げている様だ・・・芸妓の女の人と。」

「あぁ、おうのさんね。」

私の何気ないこの言葉に小五郎が固まった。

「なんで、姉さんが知ってんの!?」

・・・ん?

あれ、変な事言ったかしら?

「姉さん!その人の事知ってるの!?」

知ってるっていうか・・・聞いたって言うか。

「素直ないい子みたいよ、晋作曰く。すごい好きみたいね。」

小五郎がぽかんとしていた。

「以前この地で会った時にそんな話をしてくれたわ。」

そっか、そんなに大好きだったんだ・・・一丁前に男だなぁ、晋作も。

「そうだったんだ・・・それ以外、晋作は姉さんに何か言ってた?」

それ意外って、どの辺の事かしら?

「子供がもうじき産まれる事ぐらい・・・?」

もう、産まれてるでしょうに。

本当に梅之進にしたのかしらねぇ、あの子・・・

「えっ、本当!?」

「えぇ、本当だと思うけど・・・?」

何やら小五郎は、考え深げな顔をする。

・・・何、その顔。

「何を考えてるのよ・・・」

「いや・・・雅ちゃんって、今いくつだろうなって・・・」

そーいや、まだ子供じゃなかったっけ・・・

「子供が子供産んだって事?」

「いや・・・よく抱けたなって・・・」

そっちかい!!!

そう言えばすみちゃんも、十代よね・・・

「ねぇ、小五郎・・・まさか、あなた・・・すみちゃんに・・・」

「してない!!!」

速攻全力否定!

まぁ、よく抱けたなぁって感心しているぐらいだから、抱けないわよねぇ。

それにしてもちょっと狼狽えすぎじゃないの・・・?

翌日、甚助君が無事だと言う知らせが届いた。

良かった・・・

直蔵君はこれを期に甚助君のいる大阪に戻る事になった。

「甚助君に伝えて、これで貸し借りなしよって。」

「ありがとうございます。」

そう言って直蔵君は深々と頭を下げた。

「直蔵、この度は本当に世話になった、くれぐれも甚助やみんなに礼を頼むよ?」

小五郎は直蔵君にいくらか持たせたようだ。

「へぇ、あっしらでよければいつでもお声かけくだせぇ。お助けいたしやす。」

「ありがとう、道中気を付けて。」

「へぇ、旦那も奥方もどうかご無事で。」

直蔵君は深く頭を下げて陸路を進んで行った。

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