夢恋路 ~動乱編~12
【桂小五郎】
姉さんの元を離れて思い知ったことがある。
それは晋作が以前言っていたことで、そのときは何も思わなかったけれど、まさかこんな時に思い知るとは思わなかった事。
「すみちゃんいつもありがとうね。」
「いいえ、私など何のお役にもたっておりません。」
すみちゃんはとってもよくしてくれるんだけど、まだ十五にもならない子で、幼子に近い。
で、すみちゃんは食事なんかも準備してくれるんだけど・・・もちろん、まだ子供だから仕方ないんだけど、姉さんって、料理、上手だったのね。
離れて知ることって多いのね・・・
晋作が結婚した相手も確か十五だったっけ・・・こんな感じ、だったのかなぁ・・・
僕はちらりとすみちゃんを見たけれど、これ、間違っても抱けないでしょ・・・
こんな幼子に手なんて出したら、もはや切腹すら許されないんじゃなかろうか・・・
死するより辛い事って・・・何。
僕の視線に気がついてすみちゃんはにっこりと笑う。
うん、子供だ・・・
荒物屋となってるこの広江屋はなぜかとても繁盛していて、有りがたいことなんだけど、これはこれで目立っている気もする。客人のほとんどが女の人だけど、荒物屋ってそんなもんなの?
以前姉さんが商人より商売の上手い武士がいてもいいんだと言っていたけれど、まさにそれになっている。
僕、こっちの方が向いているのかな・・・?
毎日が平和に過ぎていくんだけど・・・やっぱり藩の事や京の事が気になって、とりわけ姉さんの事が気になって・・・甚助がこの地を離れると言う度に姉さんの事を探して見てきてほしいと頼む僕は女々しいだろうか?
京は今どうなっているのだろう・・・
そんな事をぐずぐず考え続けて、そんな事もいい加減飽きてきた。
「甚助、」
「へぇ、」
「長州に、行ってもらえないか?」
もう我慢ならない、長州や京は一体どうなってる?
姉さんや晋作はどうしてる?
「わかりやした、行って参りやす。」
甚助は本当に助かる、こんなに軽く動いてくれるのは甚助と弟の直蔵ぐらいなもんだ。
「寒い中申し訳ない、長州に着いたら村田蔵六さんと伊藤俊輔に会ってほしい。あの二人ならわかってくれるはずだ。」
「へぇ、承知しやした!」
「それと・・・」
これは、言っても良いんだろうか・・・
女々しいって思われないかな・・・
「へぇ、どうしやした。」
えぇぇぇぇい!言ってしまえ!!
「幾松さんに関する事、何でも良いから探って来てはもらえないだろうか・・・」
開けれも暮れても姉さんの事ばかり考えてしまっている僕は病気だ、姉さんの事がわからないとそれ以外に手を付けようと言う気になれない・・・
何でもいい、無事であると言う何かが欲しい・・・
「わかりました、探って参ります。」
「恩にきります・・・」
あぁぁ、姉さんに会いたい・・・
【伊藤博文】
「伊藤さん、出石より使者が来ております。」
広戸甚助と言う男が僕達を訪ねてきたのは二月の寒い時だった。
出石からの使者、誰だろう・・・?
それは高杉さんが大暴れして政権が変わり、比較的内情も落ち着いていた頃の吉報だった。
「じゃ、桂さんは出石に!?」
「へぇ、商人をしておりやす。」
良かった・・・至急帰国をしてもらわないと!
でも・・・
「・・・帰って、来ますかね・・・桂さん。」
僕のこの言葉に村田さんも眉間にしわを寄せた。
あの人、ここに帰って来るより京に行きたいって言うんじゃないかなぁ・・・藩外活動に重きを置いているから、帰って来ない恐れの方が高いよね。
どうやって呼ぼう・・・
「とりあえず、野村さんに相談しよう。」
僕達はその席に重役の野村さんを呼んで、桂さんをいかにして帰って来させるかを延々と話した。
高杉さんがしょちゅう桂さんを呼び戻せと喚いている事を考えると、高杉さんには言えない・・・
「高杉さんが知ったら桂小五郎奪還と称してたぶん暴動が起きるか挙兵する、ここは、黙っておくのが得策。」
野村さんの考えはごもっとも。
発狂した高杉さんを抑えるなんて、まず、無理。
それこそ桂さん以外にそんな事出来る人はいない・・・・・あっ、いる!
おリョウさんだ!!!
そう言えば、おリョウさんにはこの事を言わなければならない。
約束したんだ・・・それに。
「村田さん、野村さん、桂さんにはとりあえず文でこちらの内情を先に伝えておきましょう、その上で迎えを出します。」
「迎えと言っても、我々は出る事は出来んぞ?」
「自分に、絶対に帰って来る妙案が一つだけあります。この件、自分に預けて下さい。」
ここは、おリョウさんの力を借りるしかないでしょ。
村田さんと野村さんには至急文を書いてもらい桂さんに一足先に送ってもらった。
そして僕は、松さんと名乗っているおリョウさんの元へと向かった。
「松さん、旦那様の滞在先が判明しました。」
僕の言葉におリョウさんは何とも言えない安堵の表情を浮かべた。
「すぐに迎えに行きます、どこにいるのですか!?」
やっぱり、そう言うと思いました。
僕はおリョウさんと膝を付き合わせて座り、約束通り事の全てを話した。
おリョウさんは黙って聞いていた。
「今、桂さんの身の回りを世話している男がこちらに来ています。彼に旅費を持たせます、ぜひとも桂さんを長州に連れ帰っていただきたい。決して安全とは言い切れない道中ですが、お願いできますか?」
「必ず、連れ戻します。」
おリョウさんには何も躊躇いはなかった。その強くはっきりとした口調は、自らの意志でこの役目を引き受けたいと言っている様だった。
さすがだ・・・
僕は一度下がり、旅費の手配と野村さんからの文を預かり甚助を連れておリョウさんを再び訪ねる。
文をおリョウさんに渡し、金を甚助に渡し・・・
「どうかよろしくお願いします。」
「わかったわ、必ず連れ帰る。」
「道中のご無事、心よりお祈りいたします。」
僕はおリョウさんとハグをして、おリョウさんを見送った。
【おリョウ】
伊藤君は約束を守ってくれた。
きちんと私を信じてくれた。
結局忙しくって私の元に英語を教わりに来ることはなかったけれど、彼の為にも小五郎を無事に連れ帰らなければならない。今から小五郎の元へと行けると思うと道中など苦にはならなかった。
・・・でも、この甚助君って子・・・なんか、おどおどしてない?
大丈夫?
なんか、私に怯えてませんか・・・?
小五郎、何か言ったんじゃない?
もうじき大阪に入る、やっと近くなってきた。ちょっと遠回りした様な気はするけれどルートは甚助君に任せてあるからきっとこれが最善なんでしょう。
大阪かぁ・・・そう言えばお世話になったお姉さんが大阪にいたっけ。
少し、寄道できるかな?
「ねぇ、甚助君。」
「へぃ、何でやんしょ。」
「この地に知り合いのお姉さんがいて訪ねたいんだけど、二・三日良いかしら?」
「へぃ、わかりやした。したら自分も用足ししてきますんで宿で落ち合う事に致しやしょう。」
「ありがとう。」
大阪に着いて動きやすい所に宿を取って、私達はそれぞれで動いた。
私の方は久しぶりにお姉さんに会ってお茶をしてゆっくりとした時間が過ごせた。
追われたり隠れたりしていたここ一年余りの事が嘘のように楽しくって、俗にいうガールズトークに沸いた。
いつの時代も女が顔を合わせればそんなもんで、話ってのは尽きない物ね。
お雪やおばあさんともそうだったっけ・・・
女将は元気にしているかな・・・
長居してしまって夜になり、宿に戻るけれど甚助君はいなかった。
翌日も帰って来ないもんだから大阪の町を歩いてみたけど・・・帰って来ない。
その翌日も帰って来ない。
捕まった!?
斬られた!?
不安を抱えて三日を迎え、とうとう探し出さなければならないかと覚悟を決めた時、甚助の知人の知人だかなんだかって人が、文を持ってきた。
その男は文を渡すとスタスタと去って行き、私はぽつんと残された。
文を開いてみると・・・
【元より好きな博打に手を出してしまい、預かった五十両を全部使い込んでしまいました。何とかしようとも金策も思うようにいかず、奥方様には合わす顔がなく、旦那様に対しても申しわけなく、どうか探さないで下さいまし・・・】
ブチィ!!!!!
ちょい待てぇぇぇぇぇぃ!!!!!!!
五十両だぞ!五十両!!!
全部賭博で使っただとぉ!?
なーにを考えてるの!!!?
あの子の博打癖なんて誰も教えてくれなかったじゃない!!
そんな事分かってたらお金持たせなかったわよ!!!
「男を信じた私がバカだった・・・・」
現世で散々学習してきた事じゃないよ・・・何で今更こんな所で思い知らされてるの、私・・・
情けなくって呆れちゃう・・・
でも、そんな事を言ってる場合じゃないのよ!
この後、どうするの!?
小五郎の潜伏先が但馬の出石である事、広江屋の主として広江孝助と名乗っている事は聞いた。でもそもそもお金がないのにどうやってそこまでたどり着く事が出来る!?
ここの宿賃は!?
とりあえず、包み隠さずにお話しして、私の持ち合わせている物でお金に換えてもらえるか聞いて見なければ・・・
これ、拒否られたらどーすんのよぉ!!!
旅館の主に頭を下げて事の次第を全部話した。
慣れたもんなのか、主と女将はせっせと私の着物やら何やらを査定してくれて・・・
「その鼈甲のクシはどうしましょか?」
これは絶対にダメ!!!
「これだけはお渡しすることはできません、旦那様に頂きました大切な物なんどす・・・」
「ほなこれで、どうやろか。」
着物と帯が思いのほか良いものだったようだ・・・さすが、京一番の売れっ子芸妓だっただけあるわ。
下駄を草履に変えて、着物も女将さんの古い物と変えてもらって私はようやく大阪を出る事が出来た。
女の一人旅・・・それだけで目立つと言うのに、何よこの道!?
今自分がどこを歩いているのかも、どこに向かっているのかもわからないけれど出石に近づいている事は人々に道を聞いてわかっている。とりあえずそこに行かなければ小五郎には会えない!それだけを支えに何日も歩いた。
こっちに来たばかりの時は草履で歩いただけで足の皮がむけて大騒ぎだったけれど、人間なれる物ね。
現世の私はどうなっているのかしら、そもそもこんなに長い事こっちの世にいて、現世に私は存在しているのだろうか?
でも、もうこの際どうでもいい。
私は幾松になったのだから、幾松の寿命が尽きるまでは帰れないはずだ。
するとあと何十年かはこっちにいるわけで、小五郎と暮らす訳だ!
最後まで、幾松を演じきってやろうじゃないの!
きっと現世では幾松と言う女は賢くて根性があってこの時代には珍しい顔をしていたって書かれるんだ。
一人で山を越えて小五郎に会いに行くほど肝がいい女。
大きく歴史が歪みませんように・・・
いろんな人に道を聞いた、この時代、地図なんてものはないから、方言きつい方々の言葉を一生懸命理解して、何とか辿り着いたのは三月三日の節句の夜だった。
【桂小五郎】
今日もすみちゃんは食事の用意をしてくれている。
公には僕達は夫婦となっているからすみちゃんがここにいるのはあたり前なんだけど、若すぎるよね・・・どう考えたって。夫婦じゃなくって親子でも良いと思うんだけど・・・
コンコン
「どなたかいらっしゃいましたか?」
すみちゃんがすぐに顔を上げた。
こんな時間に・・・甚助か?
いや、甚助ならば戸を叩いたりなどしない。
誰だろう・・・もしかして、幕士か新撰組か・・・?
立ち上がって戸の方へ向かうすみちゃん、これは、もしかしたら危ないかもしれない。
僕はすみちゃんを座らせて、戸の向こうに気配を回す。
「御免下さいまし。」
・・・女の声?
誰だろう、お客かな・・・
でも、なんか、聞き覚えのある声の様な気が・・・
・・・・・・・・
戸を開けて、呆然としてしまった。
そこには・・・
そこには会いたくて会いたくてたまらなかった、姉さんが立っていた・・・
「・・・小五郎!!!!」
「姉さん!!!!!!」
僕達はそれこそ涙を流して抱き合った。
姉さんだ!
姉さんだ!!
姉さんだよ!!!
久しぶりに僕の腕の中に納まる姉さんは痩せていて、随分と苦労したことがわかった。
ってか、一人なの!?
甚助は!?
姉さんは僕の顔に両手を添えて額と額を付けて、言葉にならない喜びをかみしめていた。
「会いたかった!会いたくって会いたくって、本当に心配したわ!」
「僕も会いたくて、すぐにでも姉さんの所に行きたかった!本当に嬉しい!」
周りの事なんかすっかり忘れていて僕は姉さんに会えたことだけで完全に盲目だった。
そして、すみちゃんのことをすっかり忘れていたわけで・・・
「・・・小五郎、この子は?」
姉さんが後ろでポカンとしているすみちゃんに気が付いた。
「あぁ、おすみだよ、甚助の妹さんでここにいる間ずっと僕の面倒を見てくれていてね、」
「妻のすみです、よろしくお願いします。」
!!!!!!!!
すみちゃんのこの言葉に、感動の再会だったはずの空気が一瞬にして凍った。
・・・・・すみちゃん・・・・・今、なんて・・・・・?
そうだった・・・
人前では、夫婦だった・・・
この、僕達のこの様子を見てもその言葉が言えるって・・・すみちゃん、やっぱり子供だったんだね・・・
これは・・・・・・・
緊急事態だ!!!!
「・・・小五郎君・・・?」
「・・・はい・・・」
あの!ね、姉さん!?
「介錯人は、選ばせてあげるわ・・・」
きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
「違うんだ姉さん!!!」
「・・・京の芸妓の幾松どすぅ、広江様にはいつもよぅしていただいておりました。」
「やめてぇ姉さん!」
すみちゃんがぽかんとしている。
「すみちゃん、この人は以前話した僕の先を誓った人です!だからこの人の前では夫婦って言わなくって言いのっ!!!」
「あっ、そうだったんですか・・・」
すみちゃん気が付くの遅い!
大丈夫!この感じ!?
言い訳っぽくなっちゃってない!?
姉さんお願いだから信じてぇぇぇぇぇ!!!!!




