夢恋路 ~動乱編~11
【宗次郎】
「平助君平助君聞いて!」
僕は廊下を歩いていた平助君に後ろから飛び付いて捕まえた。
「いぃっ!?なんだよ総司!気持ち悪いぞ!」
やだなぁ、気持ち悪いなんて。
「あのね!三本木に幾松さんって言う芸妓さんがいるの!その人がね!おリョウさんによく似てるみたいなんだ!もしかしたらおリョウさんかもしれなくてねっ、」
「!!!!!総司ちょっと来い!」
平助君が突然僕の腕を引っ張って歩き出した。
「ねぇ、一緒に行こうよ!」
「・・・・・・」
あれ、聞こえないのかな?
あれ、なんか、怒ってる?
どうしたんだろう?
さっき飛び付いたから?
平助君は僕を中庭の角に連れ込んで、やっと僕の手を離した。
「もぉ、なに!?」
・・・あれ、平助君、怒ってる・・・?
平助君は下を向いていて、両の拳を握っていて・・・
「頼むから大人になってくれよ!!!」
突然、叫んだ。
・・・えっ、どうしたの?
僕、平助君に怒られたよ!?
「いいか総司!一回しか言わないからよく聞けよ!」
なに、どうしたの・・・?
平助君らしくないよ?
「今から言うことは、新撰組の藤堂平助じゃなくて!お前の友達の平助として言うことだからな!」
どっちも平助くんじゃないの・・・?
「いいか総司!その女には絶対に近づくな!」
「えっ、どうしてだよ!?」
なんで!どうして!?
平助君は会いたくないの!?
「いいか、その女がおリョウさんだったとして、それがバレたらどうなる!?小五郎さんの行方がわからない今、おリョウさんが捕まっちまうかもしんねーんだぞ!?」
えっ・・・?
「そんなことになってみろ!おリョウさんは何があっても絶対に小五郎さんの事は口にしない!そうなれば待っているのは土方さんの拷問だ!」
そんな・・・
「どんな凄惨な拷問を受けるかお前だって見てきただろ!相手が女だろうが土方さんは容赦しないぞ!?お前はそれを見てられるのかよ!?」
呆然としてしまって、ちょっと、よくわからない・・・
平助君は僕の肩をつかんで、強く引き寄せた。
・・・痛いよ、平助君・・・?
「俺たちはもう江戸にいた時の俺たちじゃないんだ!お前は試衛館の沖田宗次郎じゃなくて、新撰組一番隊組長の沖田総司なんだ!もうあの頃には戻れないんだよ!」
そんな・・・
「頼むから!頼むからもっと大人になってくれよ総司!」
平助君・・・痛いよ・・・・・
平助君は少し黙って、それから、僕から手を離した。
「どうするかはお前に任せる。よく、考えろ・・・」
平助君は行っちゃって、僕は呆然としていた。
そうなんだ・・・
もう、戻れないんだ・・・
僕はしばらくその場にしゃがみ込んで、空を見上げてた。
今のこのバタバタしたのが終われば、またみんなで暮らせるって思ってた。
そこには小五郎さんや晋作さんはいないかもしれないけど、おリョウさんはいるし、平助君もいて、また江戸川屋でお茶したりして、遊べるって思ってたのに・・・平助君は、それはできないって、言った。
幕府とか朝廷とか、そんなの僕には関係ないのに、僕たちは悪い奴等を捕まえるだけじゃないの?
僕は沖田宗次郎じゃなくって、沖田総司なんだって、どう言うこと・・・?
大人になるって、どう言うこと・・・?
僕は、夢を見ていたの・・・・・?
【平助】
総司には残酷だけど、あいつがフラついてる方が危ないんだってこと、わからないといけないんだ。
俺だって、できるならあの頃に戻りたいよ・・・
毎日でっかい夢を見て、酒飲んで、ただ剣術だけを磨いていて、バカばっかりしてた。
京に来て、最初は、そんな剣術の腕を試す実践の場だって思ってた。攘夷思想の下に悪い奴を捕まえるんだって、ちょっとわくわくしてた。
でも、実際は違う。
仲間も失っていく。
死にたくなければ強くならなきゃいけない。強くなきゃ、誰かを守ることもできない。
強くなきゃ、近藤さんや土方さんはもちろん、総司の事も守れないんだ・・・
強くなきゃ、小五郎さんの命を狙う資格さえ、ないんだ・・・
【おリョウ】
小五郎の居場所は未だつかめなくて、対馬藩士の人たちも誰も知らないと言う。
ただ、お母さんの話で小五郎は対馬藩の人と接触する事が出来、どうやら京を出たらしいことはわかった。
でも、どこに行ったのか・・・無事なのか・・・
私が完全にマークされているのはわかっている。
でも私は本当に知らないのよ?
何を言われたって拷問されようと知らないものは知らないのだから!
夜、いつものようにお座敷に上がる前に吉田屋の離れで一人三味線の調整をしてた。最近少し音がずれている気がするのよね・・・私三味線は得意じゃないから直しておかないと。
すると、数人の男が突然戸を開けて雪崩れ込んできた!なんつう無粋な!
とうとう来たか!
この姿は・・・新撰組だ!
「ご用改めだ!」
なんのご用だ!
そう言い返してやろうと思って男どもを見渡してやったら・・・・・・平助!?
まさか・・・こんな形で会うなんてね・・・
でも、小五郎と腹をくくったんだ!
近藤勇にも言われたんだ!
これは他人の空似・・・平助じゃない!
「何の用どす?うちは何もしとりまへんえ?」
冷たい視線を送ってやると、平助が一瞬だけたじろいだ。
「お前は幾松か!」
「ずいぶんと無礼なお侍さん達どすなぁ、せやけど、何か?」
「大罪人、長州藩士桂小五郎はどこにいる!」
大罪人・・・こりゃまたすっごい嫌われ様ねぇ。
「うちは何にも知りまへん。」
「とぼけるな!お前が桂小五郎と恋仲であることはもう調べ済みだ!どこに隠した!」
「知りまへん!まったく、うちが聞きたいくらいやわ!」
さてと、どうやってここを抜ける?
このまま連れて行かれれば拷問間違いなしだ。知らないんだから何言われても関係ないんだけど、体に傷を付けるわけにはいかないのよね、商品だから。
男は平助を含めて3人・・・1人崩せれば行けるか!?
とりあえず対馬藩に逃げ込めれば勝てる!
私はわざと足を組み替えて、着物の裾から足を除かせてみた。手前の男二人が私の足に目を落とす。
よし、釣れそう・・・って、ちょっと、平助まで、見てるよ。
「さっきから言うてますやろ、うちは何にも知らへんねや。さっさとお引き取りくださいまし、お客様が待っておりますさかい。」
私はぷいっと顔を背けて見せる。
その瞬間、男の足が一歩動いた!
「・・・しかし、噂通りの美しさだ・・・その足も・・・」
釣れた!
そう思った次の瞬間、男が私に飛びかかろうとした!
「木下さん!ダメ!」
平助の強い叫び声がする!
バキィィィ!!!
私は手にしていた三味線で力一杯男の顔を殴る。
三味線は激しい音をたてて柄が折れ、私はその折れた三味線を平助へと男に投げつけてやった。咄嗟に顔をおおった二人、それと同時に私は二人の横を走り抜け店を飛び出した!
すぐ隣には対馬藩邸がある!
じゃぁね、平助!
あなたなんかに捕まったりしないんだから!
【平助】
吉田屋に行くと決まって複雑な思いだった。
小五郎さんの妾の芸妓がいるって知ってはいたけど、もしかしたらそれがおリョウさんである可能性と、そうでないでほしいと言う思い。小五郎さんがおリョウさん以外の女の人を贔屓にしていると言う事なんて知りたくないし、おリョウさんだった場合・・・会いたいけど、会いたくない。
総司が言っていたことが本当だったのなら・・・
会ってしまったら、捕らえなければならなくなるから・・・
俺は組長だから、前を歩かなきゃいけないのに、他の二人を先にいかせて、そっと後ろにまわった。
幸い二人は俺よりも年が上だから、きっと俺の事なんか気にしないで回りの舞子さんなんかを見ているんだと思う。
奥の離れ、ここがいつも幾松と言う芸妓の支度部屋だってことは事前に知っていた。
二人が勢いよく戸を開けて、そこにいたのは三味線の調律をしていた美しい芸妓の・・・おリョウさんだった。
俺は、絶句して、立ち止まってしまった。
おリョウさんは俺を一目見て、さも気がつかないようなそぶりをして見せる。
「何の用どす?うちは何もしとりまへんえ?」
そう言い返すおリョウさんの視線は、ゾッとするほど冷たくって・・・初めて、見た。
しばらく隊士の二人と言い合って、ふいにおリョウさんが足を組み替えたとき、着物の裾から、おリョウさんの足が覗いた。キレイな足・・・思わず見とれてしまった、そのわずかな間に、隊士の一人がおリョウさんに襲いかかっちゃった!
「木下さん!ダメ!」
俺が叫んだと同時におリョウさんは手にしていた三味線で木下さんを殴り付け、折れた三味線を俺たちに向かって投げた!咄嗟に身構えた俺の横をおリョウさんはすり抜けて走っていく・・・
その瞬間、ほんの一瞬・・・俺はおリョウさんと目が合った。
おリョウさんは、笑っていた。
俺は去り行くおリョウさんを追うこともできず、その姿を見送ってしまった・・・どうか、逃げて・・・無事でいて。そう、思っていた。
俺はどうしようもなく悲しかった・・・
【おリョウ】
私はそのまま対馬藩に飛び込んだ。
「幾松と申します!多田荘蔵様にお会いしたく存じます!」
私の只ならに様子に番をしていた男たちはすぐに私を中へ入れてくれた。
そして、私が転がり込んできた事に多田さんは驚いて飛び出て来た。
「松殿!どうなさった!」
「新撰組に追われてきました!」
「新撰組!?」
その言葉に多田さんは驚いて一瞬周囲に気をはせた。
もう我慢ならない!小五郎はどこにいるの!?
「多田さん、旦那様はどこにいるんです!?お願いです!教えてください!」
懇願する私に、多田さんは首を小さく左右に振る。
「申し訳ないがお伝えする事は出来ない、あなたの事だ、場所を知ればすぐにでも向かうでしょう。すでに目を付けられているあなたが向かえば必ず新撰組につけられてしまう・・・」
正しい・・・
でもこれじゃ、小五郎を守る事はできない。
それでもなお諦めのつかない私に多田さんは何やら思いついたような顔をした。
「幾松さん、我々と一緒に長州へ行きましょう。」
「長州へ、そこにいるのですか?」
「いいえ、そこにはいません、ですがあなたが京にいるのはあまりに危険すぎます。今日はうまい事逃げる事が出来ましたが明日はどうなるかわからない。馬関に白石と言う男がいます。その男を頼ってしばし情勢を見ましょう。」
もう何でも良かった。
じっとはしていられなくって、例え長州に何もなくても、それでもここにいてただ待つよりずっといい。
「よろしくお願いします。」
すぐに頭を下げていた。
私の身は対馬藩によって保護された。
藩邸の中はいわゆる治外法権、幕府と言えども勝手に入る事は出来ない。私が吉田屋で追われた姿は何人もの人が見ているはず、きっと吉田屋の中はパニックだろう。そしてそんな騒動はやがてお母さんやみんなの耳にも入るはずだ。お母さんごめんなさい、どうか心配しないで・・・私は言伝を藩の人に頼んだ。
私は多田さんと、多田さんの愛妾の女性と・・・って、多田さん、妾、何人いるの!?
私も、そんな多田さんの妾の一人って事になってるのよね・・・
小五郎、夜所で悪さしてないかしら・・・
子供の一人二人とか、できてたりして・・・・・
長州に入った時は九月上旬だった。下関に入って私はそこの紅屋喜助さんと言う方の家にお世話になっていた。
多田さん曰く、対馬に行く予定だったらしいんだけど、対馬藩はすごくめんどくさい事になっている様で・・・
「叔父が、少々暴れていまして・・・」
「叔父さんって、何かお役目を受けてらっしゃる方?」
「叔父は藩主なんです。」
・・・藩主が暴れている?
それは、晋作みたいな感じなのか、それとも・・・
「叔父ら保守派が長州を贔屓に思っている者達を200余り、殺害してしまったようです。」
えぇ!?
ちょっとちょっとやりすぎじゃねーの叔父さん・・・対馬って親長州派じゃなかったの!?
かわいそうに、多田さん・・・落ち込んでるよ。
そりゃ、そうよね・・・
「今の対馬は無法地帯になっていて、もう窃盗やら婦女暴行やら無茶苦茶なのです、そんな中にあなたをお連れするわけにはいきません。」
・・・うん、行かない。
京より危なそうよ・・・?
「なのでもう少しここで辛抱してもらいたい。」
「わかりました。」
「ただ、ここ長州も今の世はあまり治安がいいとは言えません。なのであまり出歩かないでください。」
そうなのか・・・
「私は対馬に戻ります、あなたの事は伊藤さんに託します。後は彼らに従ってください。」
伊藤さんとは、伊藤君?
私は多田さんにお礼を言って、再会を誓って別れた。
そして私はそのまま喜助さん一家にお世話になりながら暮らしていた。何もしないわけにはいかないので家の事をお手伝いしながら伊藤君が来るのを待っていた。
そこそこ仲良くやっていたある日、私を訪ねる人がやってきたそうで。
呼ばれて部屋に入るとそこには・・・
「伊藤君!!!」
「ご無沙汰してます!」
私は思わず伊藤君に抱きついた。
「ちょ!?松さん!!!」
私は狼狽える伊藤君の頭をめいっぱい雑に撫でる。
伊藤君はだいぶ狼狽えているけど、笑って再会を喜んでくれた。
「ご無事で何よりです、よくいらっしゃいました!」
「えぇ、多田さんに連れて来てもらったのよ。」
「聞いています、対馬も今大変な様で・・・」
「らしいわねぇ・・・」
私達は思わず顔を見合わせてうな垂れた。
「伊藤君は、うちの者の行先は知ってるの?」
あえて名前は出さない、でも、伊藤君ならわかるはず。
「いいえ、知りません。」
即答する伊藤君・・・本当に?
本当に知らないの・・・?
伊藤君すら疑ってしまう私はだいぶ追いつめられているのかもしれない。
・・・あっ、そう言えば。
「ねぇ、晋作は?晋作は、何してんの?」
この言葉は、伊藤君にとって地雷だったようで・・・突如伊藤君は床にあぐらをかいて、何かが壊れたかのように不満を爆発させた!
えぇ!?ちょっとどうしちゃったの伊藤君!!!
・・・飲んで、ないよね・・・?
私は伊藤君の前に座って、と言うか、座らされて、話を聞いた。
伊藤君の愚痴を要約するに・・・
井上君と言う青年と伊藤君はイギリスに留学していたらしい。んで、帰ってきたら長州が外国軍団を襲って攘夷だのなんだのって騒いでいたらしい。二人はそれを必死に止めたにもかかわらず長州は外国勢に喧嘩を吹っ掛け、大敗。で、その始末を井上君にさせようと藩が言い出し、それを聞いた井上君がブチギレて切腹しようとしていたのを晋作が止める。で、んじゃ対外国相手に誰が度胸よく話せるかって事になった結果、晋作が行くことになったらしく・・・その通訳を伊藤君が務めたそうだ。
「もう大変だったんですよ!?高杉さんが「やれって言ったのは幕府だから賠償金は幕府から取れ」とか、むちゃくちゃなこと言うのを自分が訳さなきゃなんなくて、さすがにそこまで正確に話せないし、相手が彦島を領土にほしいと言うのを聞いた途端、古事記を突然延々と歌い始めるし・・・それも訳せって言うし・・・」
「古事記を訳す・・・」
それは現世の英語教師だって無理よ・・・
「そんなの無理に決まってるじゃないですか!」
「なんで、古事記を・・・?」
「もうわかりませんよ、でも、高杉さんが念仏のように古事記をずーっと何日も語っていたら、向こうが愛想尽かして彦島の件はうやむやになって消えたんですけどね。」
・・・おもしろいことするよね、やっぱり。
「そもそも萌木色の大紋に白袴着てカラス帽子かぶって仁王立ちして敗戦の弁を述べる奴なんて見たことないですよ!何様ですかあの男は!?」
私はゲラゲラと腹を抱えて笑った。
「はぁ、久しぶりに笑った気がするわ、ここの所あまりいい想いで日々を過ごしていなかったからね。」
伊藤君はお酒を煽る様にお茶を飲んで一息ついた。
「笑い事じゃないんですよ?」
伊藤君迷惑そう。
でも、私には晋作の気持ちがとってもよくわかるのよ。
「晋作はどうしても彦島って所を外国の手に渡したくなかったのよきっと。でも、立場上は負けている側だから拒否権はないと思ったんじゃない?だからこそ、相手から手を引かせるためにこんなことしたのよ。良い策だわ。」
やっぱり晋作、好きだなぁ。
「古事記なんて日本語がわからなければただの念仏にしか聞こえないはずだもの、きっとその席にいたみんなが晋作は頭おかしくなったと思ったでしょうね。伊藤君が訳せないのもわかっていたと思うわ。伊藤君、結構狼狽えたんじゃない?それを見た相手はこいつは仲間さえ理解できない様な奴なんだって思ったはずよ。で、これ以上こいつと話していても時間の無駄だと思ったはず。相手だって別に喉から手が出るほどに彦島が欲しいって訳じゃなかったでしょうし、こんな事に付き合って長い時間かけるつもりもなかったんじゃないかしら?」
伊藤君がぽかんとしてる。
「晋作は上海で、異国占領下の清の民がどんなひどい扱いを受けているかを見て来てるわ、だからこそどうしても他国に彦島を渡したくなかったのよ。きっとね。」
笑って話す私を見て、伊藤君が唖然としていた。
「・・・松さんって、すごいですね・・・」
「あら、なぜ?」
晋作を見ていたらこのくらいわかるわよ?
「自分は確かに狼狽えました。相手の通弁士も訳す事は出来ませんでしたし、ただどうしていいのか誰もわからず高杉さんを見てました・・・」
「晋作の事だもの、どーせ表情一つ変えずに自信満々で淡々と語ってたんでしょ?」
「はい、その通りです。」
「目に浮かぶわね。」
また、笑ってしまった。
伊藤君はそんな私をじっと見ている。
「松さん、まるで、その場にいた様ですね・・・」
「だって、私、晋作のこと大好きだもの。もちろんloveじゃなくってlikeよ?」
私のこの言葉に伊藤君は目を見開いて食らい付いてきた。
「松さん・・・あなたは、」
私は人差し指を口元に立てて他言しない様に示す、伊藤君はそれを見て言葉を飲んだ。
「内緒、ちょっとがわかる程度よ。この事は小五郎と晋作しか知らないわ。」
唖然とする伊藤君。
やっぱりすぐに気が付いたわね、ごめんね伊藤君、あなた、私にハメられたのよ・・・?
この長い不安定な情勢の中で私はだいぶ疑り深くなったんだと思うの。人にものを頼む前に、自分の弱みを見せなければ、信憑性の高い物は得られない。
・・・あなたは本当に、小五郎の事を知らないの・・・?
「以前異国にいた事がある、だから一般的な会話はきっとあなた達よりできるわ。もちろんこれは極秘中の極秘の話。あなたがこの事を他言しないと約束できるのなら私があなたの英語を見てあげる。」
「・・・本当、ですか・・・!?」
「えぇ、約束するわ。その代りこっちも頼みがあるの。」
「頼み、ですか?」
えぇ、そうよ・・・
「小五郎に、会わせて。」
その言葉に伊藤君が気まずそうな顔をした。
構うもんか、聞いてもらえるまでは訴え続けてやる。
「お願い、小五郎の場所を教えて?伊藤君本当は知ってるんじゃないの!?教えてくれるなら私は何でもするわ。」
「・・・さしずめ、交換条件と言ったところですか?」
「聞こえを悪くすればそうよ。Give and takeだわ。お願いよ伊藤君、小五郎に会わせて!」
伊藤君は困ったという様な顔をする。
そして、一歩私に近寄って小声で話をしてくれた。
「松さん大変申し訳ない、自分は本当に桂さんの居場所を知らないんです、たぶんこの藩の中でもほんの二・三人程度しか桂さんの居場所を知る者はいないと思います・・・いや、もしかしたら誰も知らないのかもしれない。」
・・・そう、知らないの・・・
だいぶ、心が折れそうだわ・・・
「僕達が桂さんの居場所がつかめないと言う事は、あの桂さんであっても動けないと言う事なんです。」
「それは、捕まったと言う事・・・?」
「いいえ、その様な話は聞いていません。多分どこかに隠れているんだと思います。」
それならばいいのだけれど・・・
「ごめんね伊藤君、疑って・・・」
「いいえ、松さんのお気持ちはよくわかります。他の者の事を信じられないのは当然です。でも、松さん、お約束します、自分が桂さんの居場所を知り得たのなら必ずあなたに伝えます。」
ありがとう伊藤君・・・
「あの子が心配なのよ、あの子を守れるのはきっと私だけ・・・・・あの子に、小五郎に会いたいの。」
「自分も、桂さんを守れるのは松さんだけだと思っています。京での事、伺いました。物乞いになって逃げていた桂さんを庇護してくださったのはあなただとうかがっています。あなたは囮にまでなって、お母上を使ってまで桂さんを対馬藩の者に繋いでくださったと聞いています。あなたならきっと桂さんをこの国に連れ帰ってくれると、信じています。」
伊藤君・・・
「ですから、必ずあなたに居場所は教えます。お辛いお気持ちは重々承知しております、ですがもう少しご辛抱ください、お約束します。」
「ありがとう伊藤君、あなたを信じるわ。」
「ありがとうございます。」
伊藤君はとても嬉しそうに笑ってくれた。
ではと言って立ち上がる伊藤君、私はそんな伊藤君を抱きしめて左右の頬に自分の頬を寄せた。
「な!な!!まっ、松さん!?」
「あら、留学中にハグぐらいしてたでしょ?」
あら、ちょっと刺激が強かったのかしら・・・?
「やっ、えっと!」
これは新しい反応ね、これもまたかわいらしい。
「交換条件は成立よ?だから私も約束通りあなたのイングリッシュを見てあげる、時間が許すのならば来たらいいわ。それと、晋作に会いに来てと伝えて?」
「ありがとうございます、高杉さんには必ずお伝えします。」
そう言って伊藤君は赤い顔のまま逃げる様に部屋を出て行った。
それから数日後、意外に早く晋作が飛び込んできた。
【晋作】
「おリョウさん!」
俺はおリョウさん飛びついて抱きついた。
「ここにいたんだ!心配してたんだよ!?」
「あら、私はちょいちょいあなたの武勇伝を聞いてたわ。」
誰、おリョウさんに告げ口してる奴・・・
俺はふと、おリョウさんの横に当然いるべき人がいない事に違和感を感じて・・・
「小五郎さんは・・・?」
わかってたけど、聞いちゃった・・・
「私もわからないのよ・・・」
やっぱりおリョウさんも知らないのか、不安だろうに・・・
「そうなんだ・・・でも、きっと無事だよ!」
そんなことしか言えない自分が情けないよ。もっとちゃんとした言葉でなぐさめてあげたいのに・・・
「そうだって信じてるわ、」
おリョウさんは笑ってくれた。
「でも、会いたいわね。」
そう、だよね・・・俺も、会いたいもん。
小五郎さんどこにいるんだよ・・・帰って来てくんないと長州がめちゃくちゃだよ。
しばらく他愛もない話をしていたらおリョウさんがふと何かを思い出したような顔をした。
「ねぇ晋作、雅ちゃんとはちゃんと会ってる?」
ん?雅?
「あっ、うん、もうじき子が産まれるんだよ。」
だったはず・・・
「あら!それはおめでとう!男の子?女の子?」
「産まれてないのにわかるわけないじゃん!」
「そっか、だったわねぇ・・・」
おリョウさんがなんか納得してる。
「もしかして、おリョウさんの時代はそんなこともわかるの!?」
「えぇ、わかるわよ。」
すごーい!でも、どうやってだろう?
「どうやってわかるの!?中覗くの!?」
「覗くって・・・」
おリョウさんがあきれた用な顔してるけど・・・あれ、変なこと言ったかな?
「まぁ、そういうからくりがあるのよ。」
すごいなぁ~!
「じゃぁ、生まれて来てからのお楽しみなのね。」
「あっ、でも雅は男じゃないかって言うんだよね!」
そう、雅はそう言うんだよね。
わかるもんなのかな、そう言うのって・・・?
「だったらそうだと思うわよ?母親がそう言うんだから、そうよ。」
「男の子か!」
へぇ!やっぱりわかるんだ!
女の人ってすごいなぁ~。
「晋作が父親なのかぁ~、雅ちゃんは大変ねぇ。」
「えっ!?どういう意味!?」
おリョウさんがケラケラと笑ってるけど・・・ちょっとぉ!
「ねぇ、名前ってあなたが決めるの?」
「うーん、そうだねぇ・・・大体男親が決めるよ?」
「へぇー、なんて名前になるのかしらね。」
僕達が話している最中、誰かが声をかけてきた。
「失礼します、松さん、届きましたよ。」
そういって女の人が戸を開けてきて、おリョウさんが立ち上がって歩み寄った。
「かわいー!ありがとうございます!」
女の人が手にしているのは、縮緬細工の白い花の形をしたもの。
「何それ、梅?」
「そう、いいでしょ?この前帯飾りを作ってくれるって方ってのが来てね、作って下さるって言うから梅の花の形でお願いしたのよ。」
おリョウさんはその可愛らしい梅の帯飾りを付けて見せた。
「私、紅梅より白梅が好きなのよ。満開になった白梅の木って、月明かりで見ると粉雪が舞い散ったようで美しいわ。」
そう言って笑いかけてくるおリョウさんは、いつまでたってもキレイだ。そんな姿を見るたびに、俺たちと時間の流れが違うんだなって、思い知らされる。
「梅の花か・・・」
梅・・・か、
「じゃ!梅之進にする!」
おリョウさんがぽかんと俺を見て、意味が分からないって顔をしてる。
「子供の名前、梅之進にする。今決めた。」
「はぁ!?」
おリョウさんが大きな声で叫んだ!
「ちょっ!そんな安易につけないでよ!」
「えっ、なんで?良いじゃん梅之進!」
「いや、晋作が良いんなら良いんだけど・・・名前ってそんな感じで決めるものなの・・・?」
「いいじゃん、俺も梅の花好きだし、おリョウさんも好きなんだし!」
おリョウさんはちょっと呆れてたような顔をしながら、笑う。
「ちょっとぉ、私が産む訳じゃないのよ・・・?」
「おリョウさんが俺の子生んだら・・・俺、切腹だね。」
「そぉねぇ・・・まぁ、5回ぐらいは切腹させられるんでしょうねぇ・・・」
・・・・・・・・
冗談なんだけど、たぶんそうなるだろうなって想像してしまって、ちょっと、血の気が引いた。
「でも、本当にそう名付けてくれるなら嬉しいわね。」
そんな顔して笑ってくれたら・・・そうしなきゃじゃん!
「ねぇ、おリョウさんと小五郎さんとこは子は作らないの?」
俺の何気ないこの言葉におリョウさんが気まずそうな顔をした、何だろう・・・何か、子が出来ない様な病でも抱えてたかな。おリョウさんは苦笑した。
「ほら、私はこの世の者じゃないから・・・、できないんじゃない?」
あぁぁぁ・・・そうだった・・・
まずい事を口走った・・・
こんな時、自分の頭の悪さを思い知るよね。
本っっっ当、ごめんなさい・・・
「欲しいとは思うけどね、無理なものは仕方ないわ。それに、小五郎はもう養子の子を取ってるんじゃないかしら?以前そんな事を言ってたから。」
そう、だったんだ。
小五郎さん、養子取ったんだ・・・でもそれって結構、辛かったよね、おリョウさん。だって、もう子は出来ないんだって、諦められているって事だから。
「好きな人がいれば、私はそれで十分よ。」
好きな人かぁ・・・あっ、そう言えば!
「ねぇ、おリョウさん。」
「なぁに?」
「らぶとらいくって、何?」
俺の言葉におリョウさんはきょとんとして数度瞬きをした。
「あら、伊藤君に聞いたのね。」
そうそう、伊藤が俺に笑って言ったんだよ。意味が知りたきゃおリョウさんに聞けって。
おリョウさんの少し寂しそうだった笑顔が、いつもの笑顔に戻った。
「そう、俺はらいくなんでしょ?」
「えぇ、そうよ?」
「ねぇねぇ、どういう意味?」
「両方とも、好きって意味よ。」
両方とも・・・?
「それって、どうやって使い分けるの?」
俺のその問いに、おリョウさんはう~んと何やら考え出した。
「簡単に言うと・・・私にとっては小五郎がloveで晋作や伊藤君がlikeかな。何となく伝わった?」
うん。
何となくわかった。
そう言う事か。
「覚えているかな、以前も少し話したと思うけど日本以外の国ではほとんどの物事ははっきりとした答えを求めるのよ。はいかいいえ、黒か白、勝ち負けや右左、たぶんとか、だいたいとかって言う様なあいまいな答えはないのよ。」
へぇ~、俺ははっきりしている方がいいなぁ!
藩の偉い人なんてみんなあいまいだよ?
「でも私は日本語が持つこのあいまいさが好きだったりするけどね。その意味を考える事に風情があるんだと思うわ。」
言葉遊びは賢い人の遊び、おリョウさんはやっぱり賢いんだなぁ・・・
「好きっていう言葉一つでもそうよね。私は小五郎も晋作君も伊藤君も、宗次郎も平助もみんな好きよ。」
宗次郎と平助・・・その言葉に俺は一瞬言葉を止めてしまった。
新撰組の二人・・・
俺や小五郎さん、おリョウさんの事を狙う二人だ。
そんな俺に気が付いたのか、おリョウさんは笑う。
「宗次郎や平助の事は難しい所だけど、あの子達を嫌いになる事は出来ないわ。私は今でも、あの子達の事は大好きよ?できる事ならまた一緒に暮らしたいと思ってるわ。」
「でも!あの二人は小五郎さんの命を狙ってるんだよ!?小五郎さんの為におリョウさんの事も狙ったじゃないか!そんな奴らの事も好きだって言うの!?」
「えぇ、大好きよ。」
信じらんないよ・・・
「そもそも、あんな子供たちに私が捕まるわけないでしょ?小五郎ももちろんだけど、あなたの事だって殺させはしないわ。」
でも・・・相手は新撰組だ。
どんな手を使ってだって俺達やおリョウさんを捕えに来る。
そんなこと・・・
そんなこと、できるわけがない・・・
でも、おリョウさんは笑っている。
「志が違うだけで殺し合うよなんて馬鹿げてる、命を奪う事に何も意味なんてない。もう少し時間はかかるともうけれど、いつかきっと、みんながその事に気が付くって信じてる。loveとlikeで分けるのならば小五郎はもちろん、晋作も宗次郎も平助も私にとってはloveなのよ?愛しているわ。あなた達の為なら私はどこにだって行くでしょうし命を投げる事だって出来るの。」
らぶとらいく・・・
誰かを好きになるって、そう言う意味なんだ・・・
だとしたら・・・
「ねぇ、おリョウさん。」
「なぁに?」
「俺ね、今たぶん、らぶって思える女がいる。」
「それは、雅ちゃん・・・じゃ、ないのね?」
「うん、おうのって、言う。幾松さんと一緒の芸妓だよ。」
誰にもおうのの話はしたことないけど、なんでかおリョウさんには口が勝手に動く。
気持ちが勝手に口から出てくる・・・
「雅の事は好きだけど、それはきっとらいくで、おリョウさんが前に言った様に情なんだと思う。でもおうのはきっとらぶなんだと思う。あいつはとっても素直で人が良くって、守ってやんなきゃって思うんだ。」
おうのは本当に度が過ぎるくらい人がいい娘、右を向けって言ったら何時間でも向いている様な奴。全く人を疑う事を知らない娘だ。身よりも何もないそんなおうのから、俺はどうしても、目が離せなくって、いつの間にかずっと贔屓にしてきた。
「そっか・・・」
おリョウさんは優しい顔で、そう言った。
もうじき子が生まれるってのに、俺は何やってんだよ。
命を追われてるってのに、何やってんだか・・・・・でも、おうのがいいんだ。
「難しいわね、人の気持ちって。」
おリョウさんは俺を叱責するわけでも正す訳でも諭すわけでもなく、そう言った。
「愛する人がいると言うのはいい事だと私は思う、自分を支えてくれる誰かは必ず必要だわ。でも、だからと言ってそのせいで誰かを泣かす事は許されないと、私は思うの。自分に関わった誰かが不幸になると言う事は耐えがたい事じゃない?」
そう、思う。
「雅ちゃんを泣かす事さえしなければ、私はあなたを咎めたりしないわ。一人の人間を幸せにすることだって難しいのよ?女二人ともが幸せになる方法を探すのは、かの有名な高杉晋作と言えども苦労しそうね。さて、そんな器、晋作にあるのかな?」
絶対に、してみせる!
男として、女を泣かせたりはしない。
「あなたは自由だからこそ価値があるんだと、私は思うの。そしてそんなあなたの価値はみんながわかっていると思うわ。もちろん雅ちゃんだってわかっているでしょう。あなたなりの愛し方があるでしょうし表現方法があるでしょうし、和解の方法があるでしょう。みんな、そんなあなたの事が好きなのだから、きっと女達だって受け入れるわ!」
俺なりの、方法・・・
「モテる男はつらいわね。」
そこでまたふと、再び疑問がわいた。
「ねぇ、もし小五郎さんが妾を取ったら、おリョウさんはどうするの?」
その問いにおリョウさんは即答。
「切腹させる。」
・・・・・・さすが、おリョウさんだよ・・・・・・
怖ぇぇぇ~・・・・・・




