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夢恋路 ~動乱編~8

【おリョウ】

座敷を終えて置屋に向かうのはいつも深夜、こんな夜中に歩いている人はいないわね。いるとしたら不審者・・・

あれから4日経つが小五郎の安否につながるような内容は一切入って来なかった。

まだ暗く皆寝静まった道、私は小夜ちゃんとお千代ちゃんと歩いていた。

戸を開けて二人を仲に入れて入ろうとしたとき・・・

   こつん、

・・・ん?

今何か、音がしたけれど?

そう思って振り返ってみたら・・・根付?

数歩後ろ辺りに根付が落ちている、二人のどちらかが落したのかしら?

根付まで歩んで拾ってみて、すぐに気が付いた!この根付は・・・小五郎のだ!

周囲を見渡して目を細めてみると屋敷の裏手の隅から、ほんの少しだけど、闇夜に紛れた青い着物の端が見える!

私はゆっくりとその場まで歩んで、壁に背を当てて、できるだけ小さな声をかけた。

「・・・旦那様・・・?」

すると壁越しににゅっと手が伸びて来て、私の腕を掴んで引っ張った!

私はその腕の持ち主の胸の中に抱え込まれて・・・この匂い、間違いない!顔を上げるや否や、私は大きな手で優しく口をふさがれた。

「良かった、無事で。」

小五郎はそう言うと優しく笑った。

それはこっちの台詞だよ・・・安堵から、体中の力が抜けそうになった。

小五郎は見慣れぬ着物を着ている、いつもの武士と言う姿ではなく、明らかに町人の格好だ。もちろん帯剣もしていない。これは、変装をしているんだ。

「お姉さん、どないしはりました?」

そう思っていた時、おりんちゃんの声が玄関でする。

私は小五郎の顔を見て小さく頷いて、声を上げた。

「根付を落としてしもうたみたいで探してたんや、今行くから先入っておいて。」

「お手伝いしましょか?」

「もう見つけたさかい、今行くわ。」

「ほな早ぅいらして下さいね。」

私は咄嗟に小五郎の手を掴み、屋敷の裏手に回る。そして裏口の戸の前に立たせた。

屋敷の裏手はかなり細い通路になっていて、しかもその通路に桶やら何やらいろんなものが置かれていて、人目に付かないなんてどころか灯がなければ当人たちでさえどうなっているかわからない状態だ。

「ここで待っていて、すぐ来るわ!」

私は小五郎をそこに隠してすぐに屋敷に戻った。

「根付は見つかりましたん?」

二人が心配そうな顔をしている。

「えぇすぐに、母さんは?」

「お台所にいらはると思いますよ?」

「ありがとう。」

私は二階に駆け上がってありえないぐらい雑に着物を脱いで着替え、顔を洗いお母さんを探す。

「お母さん、いはります?」

「ん?何や計ちゃん、どないしはったん?」

私はお母さんに耳打ちをして、事を簡潔に伝えた。

「ほんまなん!?」

「えぇ、そこに隠してます・・・」

「ほな、はよ入れたって!」

私は出来るだけ静かに戸を開けて・・・灯をかざした。

すると本当に一瞬で、小五郎が戸の隙間から入って来て、私は戸を閉めて鍵をした。

「桂様!よくご無事で!!」

「ご心配をおかけしました。」

小五郎はお母さんに笑った。

「はぁ・・・疲れたぁ、」

そう言って小五郎は土間に腰を下ろしてひっくり返ってしまった。

「お母さん、何か食べるものないですか?お腹がすいて死にそうです・・・」

「すぐに握り飯を用意いたします、計の部屋で待っておくれやす。」

私はすぐに小五郎を連れて部屋に入った。

そして改めて抱き合って再会を喜ぶ。

「無事でよかった・・・この数日、生きた心地がしなかったわよ。」

「姉さんも無事でよかった、何か面倒は起きていない?大丈夫?」

「私達は大丈夫よ、それよりその姿は・・・?」

改めて見たけれど・・・あんた、誰?

私のまじまじと見ている姿に苦笑する小五郎。

「僕今とっても人気者でね、こうでもしないと歩く事も出来ないんだ。この服は何かあった時の為に隠してあるのを小間使いの子に取って来てもらったんだよ。どうしても姉さんが心配だったから・・・」

きっと小五郎の言う人気者って言葉は、人気者なんて言葉で片付く様な事ではなく、手配犯に近い状態なのだろう。

「わざわざこんな危険を冒さなくても・・・伝言でも十分だったのに。」

そうよ、これで斬られでもしたら逃げた意味がないじゃない。

すると小五郎は笑った。

「あのね、どうしようかって考えた時に、姉さんや晋作ならどうするかなって考えたんだ。で、考えた結果、この二人なら間違いなく堂々と入るだろうなって、そう思ったら僕にもできる気がしたんだよね。」

「呆れた。でも、まぁ、正解ね。」

私達は笑った。

すぐにお母さんが握り飯とお茶を持ってきて、小五郎はよっぽどお腹がすいていたらしくあっという間に食べた。

「お母さんお騒がせしてます。」

「ご無事で何よりやわぁ、ほんま・・・京御所で何が起こってるんです?」

「詳しい事はお話しできないんです、みなさんに何かあっては困るので。でもまぁ、そのうち帰って来ますから計の事よろしくお願いします。」

「えぇ、まぁ・・・そりゃもちろんやけど・・・?」

私とお母さんは顔を見合わせた。

「もし万が一、僕達について聞かれても絶対に知らないと言って下さい。何を聞かれても言い切ってくださいね。」

「お約束いたします・・・」

お母さんが出て行って、私達は再び込み入った話を始めた。

「今回の騒動、私は良くわからないけれど・・・浪士組と言う剣客集団が動いたと聞いたわ。それってもしかして・・・」

そう、それはもしかして・・・

私と同じ気持ちだったのか、小五郎もどこか寂しそうに笑う。

「もうそんな話まで出てるんだね。浪士組は、近藤さん達試衛館の人達だよ。」

やっぱり・・・

「会津藩の抱えで動いている浪士たちがいる事は知っていたんだけど・・・実際に目にしたのはあの日が初めてだった。宗次郎と平助を、見かけたよ・・・」

思わず目を閉じ天を仰いで、深く息を吐いた。

とうとう始まってしまった。

平助もやはり、新撰組だったか・・・

私達はしばらく黙って、悲しみとも言い難い複雑な思いを噛み殺していた。

「・・・二人とも楽しそうでね、笑った顔は、あの時のままだったよ。」

あの子は自分が行っていることの意味をきちんと理解しているんだろうか・・・

ショックで言葉すら出ない私を小五郎がそっと抱きしめる。

「大丈夫、あの子達に斬られたりしないよ・・・親として、子供を罪人になんてしたくないからね。」

「私には、あの子達を守る事は出来ないのかしら・・・」

私には・・・どうにもできないと言う事は、わかっている。

それでも、身を挺してでもあの子達を守りたいと、助け出したいと思うのは間違った感情なのだろうか。

「姉さんは、忘れてしまった方が良いと思う・・・この先、もしかしたら僕の事であの子達が姉さんに接触をしてくるかもしれない。あの子達ならまだしも、他の者たちが接触してくるかもしれない。それを思えば、姉さんは、あの子達の事を忘れてしまった方が良い。覚えていればいるほど辛くなるだけだと思うから・・・」

そうかもしれない。

知らなければ、こんな想いはしなくて済むはずだ・・・忘れてしまった方がよっぽど楽。

でも、あの子達を、忘れるなんてことができるわけがない・・・

「僕達のよく知っている宗次郎と平助はきっと江戸にいて、京にはいない。浪士組にいる二人は他人の空似であって、全くの別人・・・そう、思おうね。」

「・・・うん・・・」

そう、割り切ろう・・・でなければ、こんな乱世の世など生き抜く事は出来ないんだ・・・

親子兄弟が一夜にして敵味方になり殺し合う、それがこの時代だ。これが理解できなければ・・・私はこの時代を生きられない!

「大丈夫!私が全員を守って見せる。あの子達も、あなたも・・・」

「ほんと、頼もしいよね。」

小五郎が笑って、再び強く私を抱きしめた。

ずっとこのままにしていたいけれどそうはいかない、子供達からこの男を守るためにも、早く別れなければ・・・

「さぁ、行って?陽が昇る前に。このままだと私も一緒に付いて行ってしまいそうだから。」

「ぜひ、そうしてもらいたいんだけどね・・・今回は諦めるよ。」

小五郎はそう言って苦笑する。

「一つだけ約束してほしい。」

「なに?」

「あなたの居場所を必ず教えて。」

私のこの言葉に小五郎は考えている。

「いや・・・でも、それを知ってしまえば姉さんを危険に巻き込むことになる。」

「見くびらないで?私がそんなに頭悪そうに見える?」

それでも小五郎は悩ましい顔をしている。

それはわかっている。でも、何もしないで待つことが、死するよりも辛いことだってあるのよ・・・?

「あなたの居場所を知らなければ私はあなたを守れない、この世であなたを助けられるのは私だけよ?」

私は、笑った。

「・・・僕達長州は京に滞在することを禁じられているんだけど、僕は新堀と名を変えて大黒屋にいる。」

小五郎の瞳は、覚悟を決めていた。

「わかった。姉さんには必ず所在を教える。約束する。」

「私が必ずあなたを助けてみせる・・・・・」

私達は再会を約束する口付けをして、小五郎は再び裏口から出て行った。



【桂小五郎】

僕は名前を新堀松輔と変えて、しばらくは大黒屋さんでお世話になっていたんだけど、久坂さん達がどうも目を付けられてしまったようで・・・う~ん、やっぱりもう出るべきなのかなぁ。

ここにいれば姉さんにも会えるんだけど、藩からも帰って来いってうるさいし・・・晋作が暴れているみたいだしなぁ、帰るの嫌だなぁ・・・

でも、京での長州の再建は必須だ。

水戸も福岡も話を聞いてくれているのに・・・薩摩と会津ってば!

まったく!

どうしてみんなそう過激なのかなぁ・・・

「松さん、」

「何どす?」

「僕達はここをいったん離れようと思うんです。」

その言葉に姉さんは黙って頷いた。

「たぶん、松さんも目を付けられていると思います。ここにこれ以上いては大黒屋さんにも迷惑がかかりますし、久坂さんや松さんがこれ以上疑われるのはまずい。一度大阪に行き、それから帰藩をしようと思います。」

僕の言葉に姉さんはすぐに口を開いた

「ならばうちは今日よりしばらく来る事はやめます。新堀様、帰藩はお早い方がよろしいかと。明日に出はることをお考えくださいませ。目を付けられたとこちら側が気付いたと言う事は少なからずそれよりも前には相手方に疑われ、知れている可能性があります。どれだけの時差があるかもわからぬ以上、追われる側に考える猶予などありまへんぇ?」

確かにだ。

悠長な考えは捨てるべきかもしれない。

姉さんのこの言葉は未練たらしい僕の迷いを一掃してくれた。

「早う準備なさいませ、うちは新堀様をお守りするのがお勤めどす。」

姉さんはそう言って、笑った。

それでもどうしても長州藩を復権したかったから、後ろ髪を引かれる思いはあったけれど、僕はまず大阪へ向かった。

後で聞いた話だったけど、僕達が大黒屋を出た数日後に奉行所が来たそうで、姉さんに感謝しないとだよ・・・

で、大阪で散々愚痴って船を出してもらい藩へと帰った。

藩に帰ると・・・

全くよくわからないが、僕はなぜが出世していた。

直目付奥番頭になれと言われた。

が、そんな気分にはなれないよ。京で長州の名誉復活もできずにそんな大役受けられない、少なからず落ち込んで帰って来ているのに出世なんてする気になれない!それに、そんなお役目を受けたら京に行けなくなる!

散々断ってんのになんで僕にそんな役職を押し付けるのかわからない!

僕はここで藩に勤めるよりも京に行って動きたいのに!

絶対に嫌だ!!!

徹底抗戦の構えで実家に籠ってたら晋作が派遣されてきた。

「小五郎さん頼むから出てきってってばー・・・」

「嫌だ!断る!僕は京に行きたいんだ!それを認めてもらうまではここを出るつもりはない!」

「もぉ、おリョウさんがいないと本当、どーしょーもないんだから・・・」

姉さんがいたってダメなものはダメ!

そもそも姉さんがここにいない事がダメなんだ!

「ちょっとぉ、ハルさんも何とか言ってやってよ・・・」

「ちょっと!なんでハルにふるのさっ!」

「う~ん、無理じゃない?変なところで頑固だからこの男。」

・・・さすが、わかってるね。

「こんなの扱えるのお姉ちゃんぐらいよ?」

・・・わかって、るなぁ。

「もーさぁ、藩の内情はぐちゃぐちゃだよ?誰が何言ってるかもわかんないし。俺も奇兵隊めんどくさくなって丸投げしちゃったしさ・・・」

それは、お前の都合だろ?

「ねぇねぇ、頼むからさぁ、一回帰ろうよ。ここにいたって何もできないっしょ?嘆願書いっぱい書いたってしょうがないって。」

・・・それは、そうだけど・・・

「それとも俺みたいに脱藩してみる?」

「晋作!お前また脱藩したの!?」

「まだしてないよ。」

まだって・・・

「とりあえず、僕は京に帰してもらえるまでは動かないから。」

ぷいっとそっぽを向いた僕に、晋作がとうとう発狂した・・・

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!もうっ!!!ここにいてもおリョウさんのいる京には帰れないのっ!京に帰っておリョウさんに会いたきゃ毛利様張り倒すしかないでしょ!!!!!」

短い髪を思いっきりかきむしって晋作が叫び出した。

ちょっとちょっと、暴言が・・・

「今から一緒に山口に行くっ!!!わかった!!!?」

「・・・・・はぃ。」

ちょっと身の危険を感じて、思わずはいって、言っちゃった・・・

僕は晋作に引きずられて藩に帰り、許しが出ないなら脱藩してでも上京してやるって言ってやった。

そしたら意外にもその場にいた全員が引いてしまって・・・あれ、ちょっと過激だったかな・・・?

でも、おかげで京行きの命が下りた。

僕は急いで大阪に行き情勢を聞いて、林竹次郎と言う対馬藩士を名乗って京の対馬藩邸に入った。

さてといよいよ長州再建をって思っていたのに・・・ちょっと目を放したすきに京はなんだかすっごい過激な事になっていて・・・結局これを鎮静させるのにすっごい苦労して、走り回る事になってしまった。

来島さん、お願いだから落ち着いてよ・・・

晋作も京に来ていると言う事を聞いた、が、逃亡したと苦情が来た。

もーまたぁ!?

忙しいのに問い合わせ殺到だけど!?

なんでも、来島さんの説得に来たのはいいけど大喧嘩したみたいで、腹いせに逃亡したらしく所在不明だと皆が言う。

そんな話を吉田屋で姉さんにしたら、姉さんはいつも通り大笑い。

どうしよう、僕、もう、笑えないかも・・・

「このままだと江戸の時みたいにどんな過激な事をやらかすのかさっぱりわからないよ・・・」

「高杉様らしゅうて、うちは好きやけどなぁ。」

「そんな事言わないでよ・・・次何かしたら投獄されちゃうよ・・・」

「大人しく投獄できるやろか?」

「もぉ、やめて・・・」

その後数日して、晋作は見つかった。

見つかったけど・・・酒浸って転がってた。

「・・・・・おーい。」

宿の人にも迷惑だよ?

こんな飲み方したらお酒がもったいないよ?

お酒大好きな姉さんに怒られるよ・・・?

「晋作ー、帰ろう?」

「嫌だ!」

・・・・・ついこの前まで、逆の立場じゃなかった?

「一体どーしたの、僕の所に苦情殺到だよ?来島さんと何したの?」

酔ってふて腐れるなんて子供じゃん。

「なんか、中岡君まで巻き込んだんだって?」

晋作はこっちに背中向けちゃって、あーあぁ、完全にふて腐れてるよ・・・

「ねぇ、来島さんに何言われたんだよってば。」

何度目かのこの言葉に突然晋作が飛び起きて!

僕の両肩をガシッと掴んで!

ガンガン体をゆすりながら喚き出した!!酒臭い!!!!

「あの野郎!俺は世子さんの親書もって、挙兵しない様に説得に行ったんだぞ!?」

う、うん、知ってる・・・

「今挙兵したら小五郎さん達が走り回っている意味がなくなるから思い留まる様にって!俺すっごい冷静に務めたんだ!」

そりゃ、がんばったね・・・

「なのにあの野郎!俺が奥番頭になったことを蒸し返してきやがって!俺だってやりたくなかったのに臆病風吹かせたとか買収されて飼いならされてるとか散々言いやがって!!」

あー・・・それは禁句だったね・・・

引き受けて自由を失った事を後悔している晋作にそんな風に言っちゃったら、そりゃ逃亡するわ。

「で、腹の虫が治まらないから中岡一緒に島津を暗殺しようとしたけどできなくて、」

あぁぁぁぁ、中岡君、島津さん、ごめんなさい・・・

「俺がこんなに頑張ってるのに長州じゃ命を背いて勝手なことやってるとか言ってるじゃないか!俺もう絶対に帰らないから!!」

嫌な予感がぴーんと走った。

「・・・晋作?」

「なに。」

「・・・脱藩、しちゃった?」

「した。」

あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・

「もぉ・・・僕の方が酒浸って全部投げたいよ・・・」

その後すぐに、藩から晋作召喚に二人の青年が来て、青年二人だけだと心もとないから、久坂さんに同行を頼んで、晋作の事と藩の方をお願いした。

晋作の暴走行為に手を焼いた藩は、何度目かの脱藩の罪で晋作を萩に投獄と言う名の監禁をした。

ちょっと頭を冷やすにはいいかもしれない。

死罪にならなかっただけ有難いと思ってよね!!!



【おリョウ】

情勢については小五郎から逐一話があったので何となく理解していた。

晋作が相変わらず無茶苦茶な事をしているのも小五郎の苦労話として聞いてきたけど、私はその都度笑った。

私まで真剣に悩んだところで仕方ないもの。彼を支えるのが私の役目で、藩を変え名を変えお尋ね者になりながらも私の所にやって来る彼を支えるのがこの時代で幾松と言う人間になった私の役目。

私はお座敷に上がり、いろんなお客様のお酒の相手をし、話を聞いて場合によっては小五郎に伝えていた。

まぁ、スパイよね。

この時代だと間者、間の者とはよく言ったものよ。

と言ってもプロ意識はあるからめったやたらに告げ口はしない、小五郎の安全に関する事だけ、それが耳に入った時に伝えている。

小五郎が幼き日々、まさかこんな事になるとは思っていなかった。

今は、彼が試されている期間で、その後、あの有名な池田屋事件が起きた後は・・・私が試される番になる。

ある日の日中、家の土間で漬物用の野菜を仕込んでいた最中、突然小五郎が飛び込んできた!

小五郎は声をあげそうな私に声をあげない様にと指示をする。

「ごめん!隠して!」

追われているんだ!

私は咄嗟に足元の漬物を保存しておく、まぁ、地面に掘られた穴よね、そこの板を剥がして小五郎を匿った。

そしてすぐに上から板を乗せ、漬物壺を置いて何事もなかったように野菜を剥きはじめる。

間一髪、飛び込んできたのは・・・新撰組だ!

「御用改めだ!」

男二人だった。

「一体何の御用どす?うちは何もしとりまへんえ?」

やれやれ・・・随分と頭が悪そうな男達だ事。

こんなやからになんて追われないでよね。

「ここに男が逃げ込んだはずだ!屋敷を改めさせてもらう!」

まったく、何て勝手な話だ。

まぁ、実際匿ってるんだけどさ・・・

こんな時は中途半端に拒否しても怪しいし、どうぞと言うのも怪しい。

売られた喧嘩は、買うしかないでしょ!

「よろしいおす、戸袋だろうが布団の下だろうがお調べになったらよろしいですやんか。その代り、全部ひっくり返してもなんも出んかったそん時は、責任とってもらえるんでっしゃろな?」

「何だと!?」

食い下がらない私に男たちは声を荒げた。

「御用改めやなんかは知りまへんけど、女の家を漁るんやから、それなりの覚悟をお持ちなんですやろな?」

男達が黙った。

「家探しじゃあるまいし、御用改めとおっしゃるんやったら、もし何も出ぇへんかったその時は、責任とって切腹でもしてもらえるんでっしゃろなぁ!?」 

「何だと!!」

頭の悪い男達が更に声を荒げた。

何と言われようと小五郎は絶対に渡さないから!

「・・・もういい、その女の言う通りだ。」

その声に驚いて、男たちはもちろん私も思わず息をのんでしまった。

聞き覚えのある落ち着いたその声、やって来たのは・・・近藤勇!

近藤勇はじっと私を見つめ、私も睨み返す。

「わざわざ恋仲の女の元に逃げ込むほど頭が悪いい男ではないだろう、裏に抜けた可能性もある。他を当るぞ。」

近藤勇は振り向き背を向けるその時まで、私から決して目を放さなかった。

間違いない・・・

あの男、わざと逃がした・・・

あの目は、次はないと、そう言ってるんだ・・・

そっと立ち上がり、玄関から外を覗いて、誰もいない事を確認して、戸を閉めて鍵をかけた。

そして静かに壺をどかして床板を剥がす。

「行ったわよ・・・」

ひょいと出てきた小五郎はたくわん齧ってるよ・・・

「のんきねぇ・・・」

失笑よ、失笑。音漏れたらどーすんの。

「近藤さんの声だったね。」

「えぇ、まさかここで会うとはね・・・」

これは、借りだわ・・・悔しいが完全に負けた。

「相変わらず度胸がいいねぇ姉さんは。」

あのねぇ・・・

今日はたまたま無事だったけれど、次回はどうかわからないってーの。

「これ、おいしいからもらって行くね。助かったよ、今ちょっと急いでるからまたお座敷でね!」

小五郎は裏口からひょいと出て行った。

・・・何だったんだ、今の・・・?

あいつ、結構重要なお尋ね者だったよね・・・?

あんな感じでいいのかしら・・・?

この話はやっぱりこれで終わらなくて、その夜に持ち越した。

今、私の座敷にいるのは・・・近藤勇だ。

一人でやって来て、私を指名した。ふ~ん、お金有るじゃない。私高いのよ?

ここは長州びいきの店、長州の内情に正通している人間もいるから、もし今このタイミングで小五郎がこの店に来たとしてもきっとすぐに追い返されるはず。

だから、絶対に鉢合わせる事はない!

ここは、私と近藤勇の、二度目の一騎打ちだ。

だったら、覚悟を決めるか!

「大変申し訳ないが、しばし幾松殿と二人きりで話がしたい、席を外していただけるかな。」

近藤勇の申し立てに舞妓の二人が不安そうに顔を見合わせる。

「お客様のお申し立てやさかい、よろしいやろか?」

私の視線に何となく意味を感じたのか、二人はお姉さんと出て行った。

・・・さて、改めて二人っきり。私は再度、近藤に頭を下げた。

「素晴らしい舞であった、名が知れているだけはある。」

「おおきに。」

えぇ、今日は特別緊張しましたからね。最近は小五郎やその取り巻きの前でしか踊っていないから・・・

近藤勇はじっと私を見ているのだろう、私は頭を下げたまま、そんな視線を感じていた。

「時に幾松とやら、その髪に飾ってあるクシはお前の物か?」

「はい、そうどす。」

顔を上げ、近藤勇を見つめ、微笑む。

「それは自身で用意した物か?」

「いいえ、これはお客様に頂いたものどす。」

「そうか。わしは以前、それと全く同じものを持った女を江戸で見かけたがな。」

認めるものですか。

「お客様の事はお座敷の場を共にする時間意外何も知りまへん。どこでどなたに同じものを差し上げていようがこうていようが、うちには関係のない事どす。せやったらこれは、江戸からの流れ物、かも知れまへんなぁ。」

「なるほど・・・流れ者か。」

誰に何を言われ様が、私は小五郎を知らないし京生まれの京女、嘘だろうがなんだろうがどんな手を使っても小五郎の事は守って見せる。

「うちは京生まれの京育ち、江戸には行った事がないんでわかりまへんなぁ。」

そう言いきって笑ってやると近藤勇も笑う。

「今日はわしも宵を楽しむために来た客だ、そんなにいきりなさんな。」

そう言って杯を差し出す近藤に、私は酒を注いだ。

「時に幾松とやら、お主はいくつかな?」

えっ?

えーっと・・・いくつだっけ?

「・・・嫌やわ、女に歳を聞くなんて。二十を超えた頃とでもお伝えしておきましょか。」

その言葉に近藤勇は目を丸くして、笑った。

「そりゃ随分と若いものだ、あの踊りを見る限りそんなに若いとは思えなかったがな。」

「お褒めの言葉としてお受け取りしときやす。」

こんにゃろー・・・・・

ってかこの攻防戦、いつまで続ける気だ。これじゃこっちがイライラする・・・仕方がない、こちらから、攻めるか。

「お侍様?わざわざ人払いまでさせて、うちに何や聞きたい事でもあるんじゃおまへんの?うちは焦らされるのは得意じゃおまへんのや。」

「随分と歳に似合わない事を言うものだ、ならば聞こう。」

私は酌をしている手を下ろし、覚悟する。

「桂小五郎と言う男を知っているな。」

きた!

「桂小五郎がお前を贔屓にし、この吉田屋に通っている事はすでに調べ済みである、異論はないな。」

「えぇ、吉田屋の大切なお客様どす。それが何か。」

私のとは言わないわ。

「この者には幕府より拿捕の命が下りているが故、居場所を探している。知らぬか。」

「存じません。」

ぴしゃりと即答し、口調を強める私に近藤勇は口角を上げた。

「隠し立てをするのならお前も同罪として処罰する、もう一度聞く、居場所を知らぬか。」

「存じません。」

本当に知らないんだから。

「お疑いならば屯所でもどこでも連れて行って尋問でも拷問でもしたらよろし、知らへんものは知らへんし、何を問われようとお答えできる様な事は何も持ち合わせておりません。確かに桂様にはうちの旦那を受けて下さっております、ですがそれはこの座敷の上での事、それ以外の事は何も存じません。」

「誠であろうな?」

「えぇ、うちはただの芸妓どす。芸を披露し宵や宴に花を添えるだけ。」

近藤勇は未だに疑いを持った目をしている・・・

「そもそも、」

私はそんな近藤勇の目をじっと強く見つめた。

「お座敷でのお客様との話を他の者に漏らし告げるなど、ただの素人小娘のする事、そんなはしたない事どんな芸妓がいたしましょうか。例え桂様の居場所を存じていたとて、例え桂様が罪人とて、他のお座敷での話題の種にする様な事、うちはこの身に変えてもいたしません。もちろん、あなた様の事も。」

そう、今日の事も、小五郎には言うつもりはない。

言えばきっと心配の種を増やすだけだから。

「相変わらず、抜け目のない。」

「相変わらずなどとはおかしな話や、うちは今日初めて、お侍様にお会いしたと言うのに。」

「そうだったか?」

「えぇ、そうどす。」

近藤勇は立ち上がった。

「知らぬのならば仕方がない、今日の所は帰ろう。」

去りゆこうとする近藤勇の姿を見て、どうしてもと言う想いが急に増した。

聞いてはいけないとわかっている。

いけないとわかっているのに、私は思わず近藤勇の背に、三つ指を付いて平伏して、縋る様に声をかけていた。

「お侍様、一つだけ、お伺いしたい事がございます。」

「なんだ。」

わかっているのに・・・

「うちには、贔屓にしていた子が二人おります・・・」

わかって、いるのに・・・

「いつかは、いつかはその子達を養子に迎えたい、ずっとそう思うてはりました。」

近藤勇は、だまって背を向けたまま立っていた。

「あの子達がどうしていはるのか、元気にしていはるのか、笑っているのか・・・開けても暮れてもそればかりが気になります。お侍様?お侍様は何か、ご存じではありまへんやろか・・・?」

どうしても・・・どうしても・・・宗次郎と平助の事が忘れられないの。

これを聞いたらあきらめるから・・・

お願い、教えて・・・

私の訴えを聞き終えて、やや間をおいて、それからふっと、近藤勇は息を吐いた。

「その二人だがな、元気でやっている、と、聞いたことがある。」

・・・よかった・・・

「剣の腕も良いらしく、毎日何が楽しいのか仲間たちと笑い合って過ごしている・・・と、聞いたことがある。」

「そう、でしたか・・・」

・・・良かった・・・

「お前は忘れた方が良い、すべて忘れてしまえば心を痛める事もないし思い悩む事もない。わしが聞いたその二人の姿は江戸での事、この京の地にはいないだろう。今日ここでお前と会った事をあの二人は知る事もない、お前もここにはいない、わしもここには来ていない。」

小五郎と同じ事を言うのね・・・さすが、できた男。

「承知いたしました・・・」

私は頭を下げた。

「今日この日この時よりわしらは本気で桂小五郎を追う、お前にかける情けも今日この時まで、明日からは今日のような事はない。次会う時はお前を取り調べる時だ。覚悟してもらおう。」

「承知いたしました。」

明日からは追う側と追われる側・・・

私は再び深々と頭を下げる。

「二人の事、よろしくお願いいたします・・・」

「承知した。」

そう言って、近藤勇は静かに出て行った。



【近藤勇】

あの女は例えどんな拷問を加えても決して桂殿の事を口にはしないだろう。

それどころか、未だ宗次と平助の事を常に想っている。

きっとあの女は二人になら喜んで斬られるだろう・・・

昼の事と言い今夜の事と言い、わしらしくないのは十分にわかっている。

あれだけの器量であれだけの賢さ、そしてあれだけの愛情を持ち得たたった一人の女、そのたった一人の女をたった一人の男が抱えきれるものだろうか。

世の五万といる男達があの女に引かれないわけがない、それだけのものをあの女は持っている。

やれ、妻がツネで良かったと今しがた心から思った・・・あんな女、わしには到底扱いきれん。



【おリョウ】

こうして私と小五郎は本格的にお尋ね者になったわけで・・・

「お母さん、少し、お話しええやろか?」

「どないしはったん、計ちゃん。」

お母さんには一言いておかなければならない。

私が幾松を襲名できたのはここに養女として入ったおかげで、お母さんが受け入れてくれなければ叶わなかった。

そして、幾松になったからには、もう現世に帰る事はきっとできない。

小夜ちゃんとお千代ちゃんがお稽古に行っている間、私はお母さんを呼んで座った。

お母さんも何かを察して、私の前に座る。

「折り入って、お頼み事がございます。」

「どないしたん、何かあったん?」

あるのはきっと、これからです・・・

「京言葉じゃなくなることをお許しくださいまし。」

私はそう前置きして、頭を下げて話し始めた。

「お母さんもご存じの通り、今の京の地は荒れており、私が長い事身を置かせていただきました長州は今や朝敵とされ京に入る事すら許されない状況にあります。我が旦那である桂も当然その一人、以前こちらに顔見世に来た後しばらくは京に潜伏こそしておりましたがその後はお国と京を往復し、もはや罪人のごとく追われる身です。」

お母さんは黙って聞いていた。

「この先きっと、長州の事情はますます悪くなり桂の身はますます危うくなります。私は、桂を失う事を考えたくはありません。桂の身に何かあれば私は桂の元へ行きます。場合によってはこの地を離れる事も辞さないつもりでいます。そのご理解とお許しを得たく今このお時間をちょうだいいたしました。」

彼を救う事が出来るのは私だけ・・・私はしっかりと頭を下げて、許しを乞う。

私はこの置屋で一番の稼ぎ頭で、三本木で最も値が付く芸妓。私がお座敷に上がらなければその分の稼ぎはここに入らなくなる。それを、理解していただかなければならない。

「うちにもなんやできる事はあらへんやろか。」

お母さんはそう言った。

「桂様は瀧中にとって恩人や、あんさんを連れて来てくれはったおかげでこの置屋は潰れんで済んどるし、あんさんのおかげで抱える舞妓の数も増えた。毎月きちんとお家賃をいただいているおかげで経済的にも随分楽させてもろうてます。すべては、あんさんを連れて来はった桂様のおかげや。その桂様の為とあらば御上に背くことなど何や問題あらしませんわ。」

お母さんはケラケラと笑いながらそう言った。

「ええか計、あんたの旦那は桂様や。元はと言えばあんさんは桂様の連れ子、子って言うのもおかしな話かもしらへんけど、あんさんは元より桂様の女や、惚れた男の為に尽くすのが女の定め。好きな様におし?」

「ありがとうございます。」

私は頭を下げた。

「せやけど計、あんさんもう目ぇ付けられてるんと違うの?」

・・・そうなのよね、たぶん。

近藤勇だけじゃない。小五郎と一緒の所を見ている人間は大勢いる、ましてや私を追い回す側には私がかわいがっていた子達や・・・殴った奴もいて、私も小五郎に負けず劣らずの顔の広い人間の一人なわけで。

苦笑した。

「あんだが動きにくい時はうちや舞妓の子たちを動かすから言うてや?」

えぇぇ!

それは危ないってば・・・

そんな私の思いとは関係なく、お母さんもやる気だ・・・

「長州はお得意様や!おらん様になったら三本木の迷惑や。早う帰って来てもらわなぁ!」

そういってお母さんはまたケラケラと笑った。

「ええか計、絶対に体に傷付けるんやないで?そないな事になったら許さへんからな?」

「その時は桂様に賠償請求しておくんなまし。」

「いい女やなぁ計は、」

そう言ってお母さんは私の頭を抱えてくれた。

これで、私は堂々と歴史の表に出る事ができる。

この先、小五郎を生かすも殺すも私次第・・・だったら絶対に生かして見せる。

何があっても小五郎を探し出し、守り続けてみせるんだ。

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