夢恋路 ~動乱編~4
【桂小五郎】
幾松と言うすごい芸妓がいると、三本木ではたちまち有名で、笛と踊りがとても上手いと言う。それより何より天女のごとく美しいと評判だった。
僕はまだ会いに行けてなくて、噂だけが耳に入ってその都度そわそわしてしまう。
早く会いに行きたいのに・・・
女将には姉さんの身請け話はすべて断ってほしいと頼んでいるけど、誰か贔屓が付いてしまってはないだろうか?
晋作の事もあるってのに最近はそっちばかりが気になる。これは早めに会いに行かないと仕事にまで支障をきたしていけないね。
思い切って、お願いしてみよう・・・かな。
「伊藤くん、ちょっと頼みがあるんだけど・・・」
「はい、何でしょうか。」
気が引けるけど、伊藤くんならわかってくれるかな・・・
「探してほしい人がいるんだ、」
こんなこと、頼んでいいのかなぁ・・・
「三本木の幾松と言う芸妓さん、知ってるかな?」
「えぇ、美しくて芸がたつと有名ですよね。」
「その幾松さん、どこのお座敷に上がっているのかを調べてほしいんだけど。」
「いいですけど、どうしてです?」
う~ん・・・どうして。
「いや、僕もお会いしてみたいなぁって、思って、ね・・・」
その言葉に伊藤くんは目を丸くしている。
「桂さんもそういう遊びをされるんですね、新しい発見をした感じです。」
うぅぅ・・・そんな風に言わないでよ・・・
「いや、実はその幾松さん、知り合いかも知れなくて・・・それで、お会いしておこうかと・・・」
「なんだ、そうでしたか!いいですよ、調べておきます。」
「忙しいのに悪いね、お願いします。」
あぁぁ、伊藤くんでよかった・・・
「そのかわり、お座敷に行くときは僕も一緒させてくださいね。僕もお会いしてみたいと思っていたので。」
「じゃ、その時は一緒に行こう。」
伊藤くんなら、いいかな・・・?
伊藤くんの仕事が早いのか、幾松さんが有名すぎるのか・・・吉田屋と言う店の名前がつかめた。
でも、幾松さんはとっても売れっ子で、お座敷の予定が先までつまっていて・・・それを伊藤くんがお金で解決してきちゃって・・・僕たちは報告が入ったその日の夜に、吉田屋に向かった。
何と言うか、こういうところは初めてじゃないけれど、華々しいと言うか豪華と言うか、とても明るくて賑わっていて、まさに夜の世界だ。
客間に通されると吉田屋の女将さんが頭を下げに来て・・・
えーっと、伊藤くん、いくら払っちゃったのかな?
そのお金、藩のお金だよね・・・きっと。
「今しばらくお待ち下さいまし。」
そう言って女将さんは出ていき・・・やがて障子戸の外から聞きなれた、でも初めて聞く声がした。
「失礼いたします。」
そこには三人の芸妓さんがいて、中央の女が声を発している。
「この度はようこそ吉田屋にお越しいただきました。芸妓の幾松どす、どうぞご贔屓に。」
きれいにお化粧した姉さんがそこにはいた。髪には鼈甲のクシ・・・京言葉を完全に使いこなした芸妓幾松は、目を引くほどに美しかった。
「噂通り美しいですね。」
いや、噂以上だ。
酒を飲みながら幾松の踊りを見て、呆然としている僕に幾松は微笑みかけてきた。
【おリョウ】
お座敷のお客さんの名前が伊藤だと聞いていたから・・・小五郎を見たときには声が出そうなほどに嬉しかった。
でも、今の私はプロの芸妓、幾松と言う名で仕事をしている。せっかくここまで来たんだ・・・潰しちゃいけない!
いつもとくらべてどうだったかはわからないけれど、いつものように踊りながら、ふと小五郎を見た。
小五郎は呆然とした顔で私を見ている。
あなたがずっと近くにいてくれたことは知っている。
あの日も、黙って私を救ってくれたのはあなただった・・・何年も共に生きてきたのに、今また初めましてから始めなければならないことが、涙が出そうなほどに辛かった。
砂川屋での再会の様に、抱き合って喜べたらどれだけいいか・・・
舞子の子達がお酌をしている、私は踊り終えて二人の前で頭を下げた。
「ようこそお越し下さいました。改めまして、幾松と申します。この度はわざわざお呼び下さいましたようで、ありがとうございます。」
伊藤様って、伊藤くんだったのね。立派になっちゃって・・・
「自分は長州藩士伊藤俊輔と申します、こちらは桂小五郎殿だ。」
「幾松どす。」
私は小五郎に再び頭を下げる。
「桂です。」
小五郎はそう言って、嬉しそうに笑う。
「桂様と幾松さんがお知り合いだとお伺いしたのですが、それは誠ですか?」
伊藤くんのこの言葉に私は小五郎を見つめる、すると小五郎は急にあたふたして・・・もぅ、相変わらずなんだから。
度胸が足りんよ度胸が!
私は思わずクスリと笑ってしまった。
「はい、お逢いしとります。」
私の言葉に一番驚いた顔をしているのは小五郎で、私はにっこりと笑って見せた。
「無言詣りの最中に酔うてはる殿方に絡まれたことがありまして、助けていただいたことがございます。その節はお礼も申し上げず、無言参りの最中とは言え堪忍しとくれやす。」
「なんだ!そうだったんですか!」
「えぇ、まさかこうしてお座敷でお会いできるとは夢にも思うておりませんでした。これもまた無言詣りのご利益やろか。」
私は微笑んで、小五郎を見つめた。
「願いは、叶いましたか?」
小五郎がそう問いかけてくる。
「はい、それはもう。」
たった今、叶いました。
あなたに会えることだけを祈っていたのだから。
その時、ドタドタと足音が聞こえ、吉田屋の女将さんがその足音を止める声が聞こえた。
そして、不躾にもその足音は私達の部屋の戸をめいっぱい荒く開けて、仁王立ちしていた。
「山科様堪忍おす、」
「どういう事だ幾松!」
出たな大富豪親父!
驚いた顔をしている小五郎とは対照的に、しくじったとばかりの顔をした伊藤君。
は~ん、伊藤君が金で私を買ったか。
ここは、両方の顔を立てなければならないわね。
「山科様、ご機嫌よろしゅう。」
「幾松!お前は今日は私が買ったはずだ!」
「嫌やわぁ、買ったなどお口がお悪い。うちは芸妓、遊女ちゃいますよ?」
「一体お前にいくら貢いでいると思っている!お前はわしの物だ!さぁ来るんだ!」
「山科様!おやめ下さいまし!」
女将の叫びとは裏腹に親父タヌキは私の腕を掴んで強引に連れ出そうとする、それを見た伊藤君が咄嗟に刀に手をかけて立ち上がろうとしてる!
もう!タヌキと子供の喧嘩なんて興味ないわよ!
私はビシッと親父タヌキの手を払って、悪い顔で笑った。
「山科様、そんな器の小さなことおやめおくれやす。」
「なんだと!?」
私は勢い良く裾を払い両手を付いてこの親父タヌキに頭を下げる。そして左の手を後ろにそっと下げて伊藤君に手のひらを見せて落ち着く様に制止をした。
立ち上がっていた伊藤君が腰を落とすのが着物の擦れる音でわかる、私はそれを確認してから頭を上げた。
「山科様、ここは宵を楽しむ場所どす、宵を楽しむのに女が必要とあらばお呼び下さいませばお伺いし、私どもはお呼び下さいましたお客様の為におもてなしをさせていただきます。もしもそれを山科様がおっしゃる様に『買う』と表現をなさるのであれば、うちはより高く買うてくださいますお客様にお付きいたしたいと思います。」
「なんだと!?」
私、お化粧してなければとんでもなく悪い顔してるわね。
「うちら芸妓も舞妓もお客様の為に血のにじむような稽古をし、より多くの芸を習い、日々技を磨いております。せやったら、うちらはうちらの芸に高い値段を付けてくれはるお客様の元へお伺いする、そうでっしゃろ?山科様?」
「むむむ・・・・」
よし!黙った!!!
「今宵はこちらにおられますお客様が、私により高い値を付けて下さった。せやからうちはこちらのお座敷におるんです。何やうちは人気者みたいやさかい、また山科様のお呼び立てがあります事、心よりお待ち申しております。」
してやったり。
私は再び頭を下げる。
「ささ、山科様!お部屋に!」
女将が富豪タヌキを連れて部屋を出て行った。
一息ついて振り返ると、舞妓ちゃん達が怯えちゃってる・・・
「おこうちゃん、おりんちゃん、あなた達は今日は下がっていいわ。先に支度部屋に戻りなさい。」
あんな顔をしていちゃ、お酌なんてできないわ。
私は小五郎に視線を投げ同意を求める、小五郎はすぐに理解し微笑んだ。
「二人とも下がっていいよ、またお願いね。」
「おおきに。」
二人は頭を下げて部屋を出る。
「お姉さんもお部屋に戻られてくださいまし、二人をお願いします。」
三味線を弾いて下さっていた先輩芸妓の姉さんに頭を下げ、二人を頼む。幾分歳の行った芸妓なだけあって、すぐに空気を読んでくれて退室してくれるお姉さん。ありがたい・・・
私は改めて向き直し、伊藤君と小五郎に頭を下げる。
「どうか今宵の事は私の顔に免じて、堪忍しておくれやす。」
「利発と伺っていましたがさすがですね。」
伊藤君が安堵の声を上げた。
「そないなことおまへん、買い被るのはおやめくださいまし。」
私は顔を上げて笑う。
「いや、相変わらず大した度胸だ。」
小五郎が笑っている。
大方、土方を殴った時の事でも思い出しているんだろう・・・
「でも、そうなると、今後幾松さんに来ていただくのは少々高くつきそうですね。」
「そうだね。」
「粋な大人のお姿、楽しみにしております。」
私は、小五郎に微笑んだ。
【桂小五郎】
姉さんは、姉さんだ・・・
土方を殴った時もきっと、こんな感じだったんだろう。
刀に手をかけた伊藤君の姿を見て咄嗟にそれを止めたどころか、相手の口の悪さを利用してぐうの音も出ないほどに完璧に黙らせた。
・・・これは、美しすぎる!!
怯えきってしまった舞妓の子達を出したのも正解、そして先輩芸妓の人を出したのも、正解だ。
多分ここから先の会話で僕がぼろを出すと読んでいるんだと思う。
種明かし、しちゃった方が良いのかな・・・じゃないと伊藤君に今後の事頼めないよぉ。
「どうだろう幾松さん、ここらでちょっと砕けた昔話をしたいのだが・・・今後、幾松さんをお座敷に呼ぶにあたってその方が僕としては心強いんだけれど。」
伊藤君が不思議そうに見ている。
僕としてはめいっぱい、どちらに転んでもいいような言葉にしてみたんだけど。
・・・どうかな。
姉さんはクスッと笑って、微笑んだ。
「せやったら、伊藤様には前置きが必要どすなぁ。あまり大きな声では言えまへんよって。」
「桂さん、何のお話ですか・・・?」
「伊藤君、今から昔話をするんだけど、どんなにその話が楽しくても大きな声を出さないと約束できるかな?お隣のお座敷やお通りの方々にご迷惑だからね。」
「えぇ・・・はい、お約束します。」
「ほんなら、こちらへ。」
姉さんは伊藤君を僕の近くに座らせて、お膳を寄せて僕達を並べる。
そして、再び僕達の前に膝を付き頭を下げた。
「伊藤君、わかる?」
「・・・何が、ですか?」
「わからないんだ、やっぱり。」
「何が、でしょう・・・・・」
伊藤君が全く分からないと言う顔をして首を傾げ、不安そうにしている。
そんな伊藤君を見て姉さんが微笑んだ。
「だめよ小五郎、子供をいじめないであげて。」
そう言った姉さんは中指を口の前に立ててしーっと伊藤君にして見せた。
「わかった?」
「・・・・・・・・・・・」
伊藤君、絶句してる。
そりゃ、そうだよね。
「嫌やわぁ伊藤様、そない鯉みたいに口を開けて。」
姉さんが笑っている。
「改めまして、幾松どす。今この場ではそうお呼びくださいませ。」
こくこくとうなずいている伊藤君、ごめんね伊藤君、笑いが止まらないよ。
姉さんはお酌をして伊藤君に薦める、伊藤君はそれを一気に煽って深い息を吐いた。
「やっとわかりましたよ・・・」
伊藤君が苦笑した。
「もぉ~・・・おかしいと思ったんですよ!桂さんが芸妓さんに会いたいだなんて・・・」
更にお酒を煽る伊藤君。
伊藤君、お願いだから悪酔いしないでね・・・
「そりゃ、かの有名な幾松さんだからね、京にいる以上お目にかからないわけにはいかないじゃない?」
「おおきに。」
「おリョウさんにバレでもしたら何て言い訳しようかって考えましたよ・・・」
「姉さんは江戸にいるんだから、大丈夫だと思うよ?」
僕は姉さんに微笑む。
「うちは京の女どす、生まれてこの方京の町を出たことあらしません。京にお越しの際にはどうぞご贔屓に。」
完全に使い分けている姉さんを見て、伊藤君が感心している。
「利発ですよね、本当に。それでこれだけ美しくて芸他者なら文句の言いようがないですよ。」
「まぁ、伊藤様はお口が達者どすわぁ。」
そう言って笑う姉さんが、やっぱり一番賢い。
この度胸に賢さ、何度も思うが女にしておくのはもったいない・・・
でも、女の人じゃないと僕は困ってしまうわけで・・・複雑だなぁ。
ひとしきり話したけど、姉さんはボロが出る様な事は一切言わなかった。誰に聞かれてもどうにでも取れる様な受け答え、だけど僕達には言っている事がきちんと解る様に・・・何て言うか、妖艶さが増した気がする。
いくらか談笑して、ふと伊藤君が立ち上がった。
「少し飲み過ぎた様です。」
・・・ん?
そんなに飲んだ?
どっちかというと話が盛り上がりすぎてあまり飲めていない様な・・・?
「なので厠に行った後少し宵を覚ましてから帰って来ますから、少々お二人共待っていてくださいね。」
「・・・・・そう?」
そうなんだ、大丈夫かな伊藤君。
ふと見ると・・・あれ、姉さんが笑ってる。
・・・伊藤君も、笑ってる。
「足元にお気を付けやす。」
そうだよね、酔っているなら気を付けないと・・・
伊藤君、余計に笑ってるけど・・・大丈夫かな。
「いつも通りですね。」
いつも通りって・・・?
そう言った後に伊藤君が姉さんを見た。
「幾松さん、桂さんはお解りじゃなさそうなので後はお任せしますね。」
「承知いたしました。」
そう言って姉さんは頭を下げ・・・そして伊藤君は笑いながら部屋を出て行った。
【おリョウ】
小五郎がぽかんと取り残されている。
伊藤君は小五郎を完璧に扱いきれているって事ね、頼もしい。
「あの、幾松さん?」
「なんどす、小五郎はん?」
「あの、伊藤君、どうしたの・・・かな?」
やっぱりね・・・数か月じゃ大人になりきれないか。まぁ、急に大人になっちゃっても面白くないけれど。
「お分かりになりまへんの?」
「はい・・・」
思わず笑っちゃった。
「気を使ったのよ、私達に。」
そう言ってやると、小五郎は急に顔を赤くして目を丸くした。
「まだまだどすなぁ、小五郎はんも。」
笑っていると急に小五郎が私の手を引いて、私は小五郎に倒れ込むような形になる。
小五郎は無言で私をしっかりと抱きしめる。
「・・・会いたかったわ・・・とっても・・・」
小五郎の肩に顔を乗せそうつぶやくと、思わず涙が溢れそうになる。
いけない、お化粧が落ちてしまう。
「僕も、会いたかった・・・ずっと・・・」
「あなたが近くにいてくれてた事、ちゃんとわかっていたわ。だからこそあの日、無言参りの時も助けてくれた。」
「あの日、姉さんを見かけて、どうしても会いたくて追いかけたんだ。自分で会わないと決めたのに、姉さんにはあんなに厳しい枷を与えているのに会いたいなんて言えなくて、後姿を見る事しかできなかった。でもまさか、本当に数か月でこんなにすごい芸妓さんになっているなんて!」
私達は抱き合っていた体を離して額を付けて話す。
「これで、歴史通りどすな。」
そう、これで歴史通り・・・
これで私たちは晴れて、永遠が与えられる・・・
ただ、そこに至るまでの道のりは到底想像の範疇ではなくて・・・それを乗り越えなければならない。
「ねぇ、みんなは?みんなはどうしているの・・・」
離れたみんなは・・・
小五郎が少し悩ましい顔をした。
「宗次郎と平助についてはわからない、でもきっと元気だと思うよ。」
そうよね、やがて京に来るんだから・・・
「晋作は?あの子はもう帰って来てるの?」
「晋作・・・ねぇ、」
ん?
何、この渋り方は・・・
あーあぁ、頭抱えてるけど・・・何やってんのあの子?
「実は、帰って来てはいるんだけど・・・より一層いろんなものが増して帰って来ちゃって、ちょっと手を焼いてるんだよね・・・」
ありゃ・・・上海は晋作には刺激が強すぎちゃったかな。
「もしかしたら、晋作にお灸を据えてもらわなきゃならなくなるかもしれないんだけど・・・その時はお願いできるかなぁ。」
こりゃ、とんでもない事になっているのね。
ジタバタと暴れている晋作の襟を掴んでいる小五郎の姿が想像できて、おかしくて笑ってしまった。
「よろしぃおす、桂様のお頼みとあれば喜んで。」
「ありがとう、恩にきります。」
小五郎が苦笑した。
さて、そろそろ坊やを入れてあげないと。
私は立ち上がり戸へと向かう、小五郎が意味がわからないと言った顔をしてこちらを見ているけれど・・・
「ご気分は良うなりましたか?」
戸を開けると、その横に伊藤君は立っていて、多分部屋の見張りをしてくれていたんだと思う。
驚いた顔をしている伊藤君に微笑んで、私は伊藤君の手を引いて部屋に入れた。
「伊藤君!?」
もぉ、気が付いてなかったの!?
武士なんだからしっかりしてよね・・・
「おかげさまで。」
そう言う伊藤君は笑っている。
その後私達はひとしきり思い出話をして夜を楽しんだ。
そしてこの日から山科のタヌキ親父と小五郎が私にお金をつぎ込むと言う取り合いが始まり、これが三本木では結構な騒ぎになってしまって、ちょっと有名な奪い合いになってしまった。
長州藩士の羽振りがいいのは知っていたけれど、こんなにお金使って大丈夫・・・?
いい加減、この争いを終えてもらわないと・・・
今日あたり、小五郎に相談しようかしら・・・そんな事を思っていたら、案外終わりがあっさり来た。
「幾松!!幾松!!!どこにいる!!!!」
・・・今日も張り合ったのか。
私はちらりと小五郎を見ると、小五郎は苦笑している。
伊藤君に至っては・・・なんかピリピリしてるけど?
同じ日に来なきゃいいのに・・・
「山科様!もう堪忍しとくれやす!!」
こりゃ、私が出ない訳に行かないわね・・・
一息ついて、二人に頭を下げて私は立ち上がって戸を開けた。すると大タヌキが私の元へとやって来て強引に私の腕を引いた。
きゃっ!!!?
私はおもいっきり倒れてしまう。
それを見た小五郎が血相変えて、伊藤君の目が・・・やばい!
「お前の旦那はわしだ!どれだけ面倒を見てやったと思っている!」
もう!勝手に私に金払っただけでしょ!?何を偉そうに!!!
小五郎が耐えているのがわかる、お願い、耐えてね!
・・・って伊藤君!!!
伊藤君が膝たちで立ち上がり、腰から刀を抜いた!
まってぇぇぇぇ!!!!
そしてその刀を・・・
ドスッ!
畳に刺した!!!!
そんな伊藤君の行為に、空気が一瞬にして凍る・・・
「山科殿!」
伊藤君・・・ちょっと、しっかり・・・
「ここにいる長州藩士桂殿が幾松殿の身請けを申し出ておられる!山科殿も男なら潔く身を引かれよ!」
あぁぁぁぁぁ・・・やっちゃった。
目が座ってるよ・・・
小五郎も、やっちゃったと言わんばかりの顔をしている・・・
ただ、刀を手にしている伊藤君の迫力はとんでもなくて、山科のタヌキは驚いたのか、そのまま黙って女将と去って行った・・・
おこうちゃん、おりんが・・・またドン引いてる・・・
私の元に小五郎がやって来て、私に手を差し出し、私はその手を掴んで立ち上がる。
「大丈夫でしたか?」
「えぇ、うちは大丈夫どす。お恥ずかしい物をお見せいたしました。」
本当は走って来たかったでしょうけど、落ち着いた成りは大人でした。
私はその場に膝を付き小五郎と伊藤君に頭を下げ、笑ってしまった。
「ずいぶんと肝がよろしいおすなぁ、伊藤様は。」
「まったく!幾松さんが高すぎていい加減藩費がもたなくなるところでした!これで安心ですね。」
私と小五郎はケラケラと笑った。
酔っている伊藤君は良くわかっていない顔をしている。
「本当だよ、これは伊藤君に感謝しないと。」
「うちは値を付けていただいた方が芸妓冥利に尽きるんやけど?」
でも、何はともあれこれで私の奪い合いなんて馬鹿げた話はなくなるわけで、伊藤くんには感謝しないといけないわね。そんな事を思っていたら、伊藤君が愚痴りだしたよ・・・
「最近交際費が高いって会計係の人に言われてたんですよ!?これでやっと文句を聞かなくてすみます。」
そう言ってぐいっとお酒を煽る伊藤くん、こりゃ伊藤くんもなかなか大変だ。
しかし伊藤君、酒癖が悪くなきゃいいんだけど・・・
「うちの使用料なんぞ桂様にお付けしたらよろしいやんか、桂様直々の個人的なご指名ですやろ?」
「ちょっ、ちょっとぉ、」
ちょっとからかってやれば小五郎はいつも通り慌てだす。
「そうですよ!まったく、陽が暮れ始めると三本木やら吉田屋やらってしか口にしなくなって!幾松さん!躾が悪いですよ!?」
もぉ、みんなして私に言うんだから。
「ちょっと伊藤くん!?」
「あら、うちはそない無粋な躾してまへんわぁ。」
「伊藤くん!幾松さんも!」
立場や名前は違えどこうしてまた会って話すことができる。それがどれだけ今の私の希望になっているか・・・
この一件があり、私幾松の旦那は長州藩の桂小五郎となった。
旦那とは俗にいうパトロンの事、私のすべてを援助し面倒を見る男の事。そうなればお座敷以外でも堂々と会うことができる。
でも、お化粧してない私が出歩けば新撰組たちに見つかる可能性があるわけで・・・表だってデートって訳にはいかないか。まだまだしばらくはお座敷の上だけ、ね。




