夢恋路 ~動乱編~3
【おリョウ】
それから数日後、私達は女将に深く頭を下げて、京へ向かった。
道中は二人きりではなく、男の人が二人付いて来て、私達の荷物を持ってくれるんだけど、なんだか申し訳なくって・・・
部屋は私と小五郎が同じ部屋になるけれど、小五郎は連れの二人としょっちゅう話し合いの時間を取っているから、以前の様な旅にはならずに、私はただ付いて歩いているだけの様な感じだった。
小五郎は遅くまで話し込んでいて、私は先に寝ている事も多くて、わかっていても心細かった。そんな時はあの子達の事を考えてしまって、余計に辛い・・・
その日の朝も、いつものように陽が登る前に目が覚めて、ふと横を見ると小五郎が寝ていた。
私達の様に旅をしている者達はもう皆起きて準備をしていると言うのに、今日に限ってなぜこの男は起きないのか・・・?
昨日、遅かったのかな・・・
「ねぇ小五郎、もう起きないと・・・」
「・・・・・・・・」
おい。
起きないけど・・・?
「小五郎?」
「・・・・・・・・」
えっ、ちょっと・・・
死んでないよね・・・?
じっと見つめてみれば、もちろん呼吸していて。
どうしよう・・・一緒の人達に、先に行ってもらおうかなぁ・・・
何気なく顔を近づけて、寝顔をのぞき込んだその時!
「隙有!」
「えぇぇぇ!?」
小五郎が私の体を捕まえて自分の元へ抱き寄せた。
私は思いっきりバランスを崩してその上に倒れ込む、一体どうなってるの!?
「今日はゆっくり出るから、大丈夫。」
どういう事!?
「二人は先に行かせたから・・・、後で落ち合う事になってる・・・」
眠たそうに目を細めて笑う小五郎に、意味がわからない。
「寂しい思いをさせているのは、わかってる・・・だから、今日はもう少し、一緒にいよ?」
「・・・小五郎・・・?」
「京に着いたら・・・きっと・・・もっと・・・忙しいから・・・・・・」
そう言いながら、私を抱えたまま眠ってしまった小五郎。
おーい。
この体勢で、私にどうしろと言うのかな?小五郎君は。
やれやれ。
じゃ、お言葉に甘えてこのまま寝直しますか。
後で腕がしびれたって言っても知らないからね?
「・・・あのね、姉さん・・・」
「なぁに、小五郎君。」
「腕がね・・・」
「腕が?」
「腕がね、ずっと怠いんだけど・・・」
「期待を裏切らない子ねぇ、あなたは。」
「どうしてなのか、ご存じなのですね・・・?」
「えぇ、よく。小五郎君が私を抱えたまま寝直したから悪いのよ?私のせいじゃないわ。」
「・・・なるほど、理解しました。」
私達は春の旅路を二人で歩いていた。
「ねぇ、本当に良かったの?」
「なにが?」
私の心配をよそに小五郎がニコニコと答えた。
その表情はまるで、息をするだけでも嬉しいと言わんばかりの顔。
初めての春に喜んでいる子犬の様。
「連れの子達よ、先に行かせちゃって・・・」
しかも荷物まで持たせちゃって・・・
小五郎はう~んと少しばかり考えた表情をして、その後笑った。
「だって、そうでもしないと姉さんとの時間が作れないじゃない?」
まぁ、そうだけどさぁ・・・
「ねぇ、姉さん。」
「なぁに?」
「ずっと、何考えてたの?」
それは、どのことだろう・・・
「いっつもずっと、一人の時は何か考えている様な顔してたから・・・何か、思い悩む事でもあるのかなって。」
まぁね。
いろいろ考えていたけど・・・
「一番は、あの子達よね・・・」
「だと、思ってたけどね。」
苦笑する私に小五郎が優しく笑ってくれる。
「あなたにあの子達を会わせてしまった事を悔いてるわ。あの子達にあなたを会わせた事も悔いている。あなたにとってもあの子達にとっても、双方に最悪な事だったと思ってる・・・」
出会わない者達には、出会わない理由がある。
知らなければ、これから先の未来で、心を痛めなくてすむ・・・小五郎も、あの子達も。
追う側も、追われる側も・・・
小五郎は、私の不安を払拭するかのように、私の手を握った。
「僕はこの先に何が起こるかは知らないけど、人と人が出会う事に間違いってのはないんだと思う。そりゃもちろん、喧嘩して二度と会いたくないって人もいるけど、その喧嘩もその人としかできないわけで、その人とじゃなきゃそんな感情を抱く事もなかったわけで、だから、例えその出会いの先に辛く悲しい事が起きるとしても、それは、その人としか得られない感情で、それは唯一で貴重なんだと思う・・・な~んて、お手本過ぎるかな。」
この子のこういう考え方が好きだ。
マイナスの要素が全くなくって、前を向いていて、謙虚で、思いやりがある・・・
聞いているこっちまで優しい気持ちになれる。
「出家してたらいい僧になれたと思うわ?」
「今からじゃ遅いかなぁ。」
「今からだと明らかに曰く付きよね。」
久しぶりに話しをした気がした。
この旅ではほとんど相槌ぐらいしか打っていない気がした。
私の方も小五郎に依存しすぎているのかもしれない。距離を置かないといけないのかもしれない・・・
「ねぇ、京に着いたら、私はどうしたらいいの?」
いきなり幾松になる事なんてできないし、もしかしたらもう幾松さんは存在しているかもしれないし・・・
「それなんだけどね、僕と一緒に置屋に行くよ。僕が十代の姉さんを連れて行くことになっているから。」
「十代・・・」
失笑しか出てこないんだけど、大丈夫なの?
「ねぇ、自信ないんだけど・・・」
私の言葉に小五郎が急にバタつく。
「ダメだよダメ!姉さんが幾松になってくれないとダメだよ!姉さんががんばってくれなきゃダメなんだよ!!」
自信ないけど・・・この姿を見ちゃうとね、思わずがんばるって言っちゃうよね。
【桂小五郎】
「じゃぁ、荷物はお願いします。僕はちょっと出てくるので、帰るのは明日になると思いますから。」
「承知しました。」
「じゃ、行こうか、姉さん。」
「えぇ・・・」
僕は姉さんを連れて京の町へと出た。
姉さんと京の街を歩くのは初めてだ、以前京に滞在した時は・・・僕が酔いつぶれていたから。
「ねぇ、このまま、向かうの・・・?」
姉さんが不安そうに僕を見上げてる。
まさかぁ、いきなり売るようなことはしないよ。
「今日は宿を取ってね、三本木辺りを歩いてみようと思って。」
「三本木?」
「そう、三本木。ここは夜の町なんだ。多分姉さんはほとんどの時間をここで過ごすことになると思う・・・だから、見ておいた方が良いと思って。」
僕達はきっと、今後ここでしか会うことができなくて、僕は客で、姉さんは芸妓さん・・・
夜の町で姉さんを働かせる・・・ハルが聞いたらきっと、僕は切腹させられるよね。さもなきゃ打ち首だ。
父さんが生きていたら・・・何て言うかな。
恐ろしくって、絶対に言えないよ・・・
「そうね、もうこうやって二人で歩く事も当分なくなるでしょうね。」
そうやって言われると、寂しいよね。
また離れ離れになるんだから。
以前子供だった時は姉さんはこの世界からいなくなって、探してもどこにもいなくて、それに比べたら近くにるんだからまだいいのかもしれないけれど、でも、すぐ近くにいるのに会いに行く事が出来ないって方が辛いのかもしれない。しかも、他人行儀だ。
子供の時の僕なら周囲がどうとかそんなこと考えずに会いに行っていたと思う、でも今はそうもいかないのが現実で、いろいろな物を背負ってしまった代償をこんな所で痛感するとは思ってなかった。でも、今のこの立場だからこそこれから先のことができるわけで・・・難しいね。
早めに宿を取って姉さんの輿入れ用の荷物や着物を置いて、僕たちは黙っていた。
きっと、何を話していいのかがわからなくって、一緒になれるかもしれない期待よりも不安の方が強くて、自分たちが正しい事をしているのかさえ分からなくって、何を口にしていいかわからないんだ。
姉さんが窓から外を見ている、眼下には人通りの多い通り。
夜とは違って華やかさはないけれどたくさんの人たちが往来していて、やがて来る夜の準備をしている。
「ねぇ、この町では女は金で男に買われたりするの・・・?」
姉さんのつぶやきに驚いて僕は姉さんを後ろから抱きしめた。
金で買われると言う事は、体を売ると言う事を言っているんだろうか・・・そんなことさせない。
「三本木ではそんなことはないよ、ここはお酒やその場を楽しむだけの場所だからね。そもそも、姉さんにそんな事絶対にさせないよ。」
「そう、よかったわ。」
姉さんはクスッと笑う。
「姉さんが言う様な、その、女の人をお金で買って・・・その、一夜を楽しむような場所は花街って言ってね、ここから少し離れたところにあるんだ。僕たち長州は主にここ三本木を使っていて、会合や接待などで舞妓さんや芸妓さんをお願いするんだ。女の人がいた方が話がまとまる事も多いからね。」
「大人の世界なのね。」
そう、ここは大人の世界だ。
色鮮やかで眩しくて、金と権力が舞う町。
「姉さんには気位の高い一流の芸妓さんになってほしい、男になんて買われないような、男を選んで遊ぶような芸妓。男たちがどんなに金を積んでも手に入らない様な三本木で最も高い美しい芸妓さん。花街に花魁がいるのなら、三本木には幾松と言われるような、有名な芸妓になってほしい。でも、姉さんならすぐにそうなっちゃいそうだけどね。」
「あら、そしたら小五郎とはなかなか会えなそうね。」
「そうだね~、藩費を増やしてもらわないと姉さんを呼べなそうだね。」
【おリョウ】
私の知る夜の町と言うとキャバクラや風俗ってイメージだけど、その中でもここは高級クラブに近いのかな。
ルールがあって品があって、お金が舞う世界。
お持ち帰り禁止の和製ホステスね。
花街ってのが遊郭と呼ばれる場所なわけで、良かった・・・そっちじゃなくって。
まぁ、いくらなんでも小五郎がそんな所に私を売るとは思えないけど。
しんみりしていたって仕方ないか!
僅かでも光が射しているなら、その光を目指して歩くしかないわけで!
私は私を背から抱きしめている小五郎に向き直る。
「外に遊びに行こうよ!」
私の言葉に目を丸くする小五郎。
「せっかく京に来てるんだもの!どっかでご飯食べてお酒飲んでさ!それから三本木を歩いてかわいい娘さん達見てみよう!実際の芸妓さん達見ないとみんながどんな着物を着ていて髪飾りをしているかわからないでしょ?何たって私は何もわからないんだから勉強しておかないと!」
「さすが姉さんだね。」
そう言って小五郎が笑う。
芸妓って、舞妓のお姉さんよね?
って事は着物や飾りもちょと大人なのかな・・・?
これから先の世がどうなるかなんてさっぱりわからない、教科書や書物で見聞きしてきた事が実際に起こって、その渦中に私がいる。私は、歴史が指示する通りに動く事が出来るのだろうか・・・
小五郎を、守りきる事が出来るのだろうか。
それらは全て、私にかかっている・・・
【桂小五郎】
僕達は華やかな三本木を歩いて、僕は改めてその空気感を知った気がした。
いままではただ酒を飲んで話をして、女の人達がいて、そのくらいにしか思わなかったけれど・・・この中に姉さんが加わるとなると話は別だ。
たくさんの男たちが出入りする夜の町に、姉さんは身を置く事になる。
酒に酔った男たちがお客さんで、例え何があっても嫌な顔せずお客を持て成すのが姉さんで、何も起こらなければいいんだけど・・・
きっと姉さんは評判になる。この賢さと美しさだ、あっという間に名が知れて売れっ子になるはずだ。
きっと会話や男たちの扱いもうまいだろう。
そうなるときっとすぐに身請けの話が上がって来るはずだ、三本木では特に金に余裕のある者が多くいる。
瀧中の女将さんに話を付けて、姉さんの身請けは全部断ってもらわないと・・・
そうなると、女将さんにもいくらか包まないといけない・・・
こりゃ、姉さんの維持費は大変だなぁ。
本当に、お金がないと姉さんに会う事も出来なそうだ。覚悟しておこう・・・
【おリョウ】
翌日、私はお雪の形見のピンクの着物を着た。
いつもの物だとちょっと大人っぽくって、若さが足りないのよね。なんたって十代にならないといけないんだから・・・
「どうかしら・・・」
「似合うよ。」
そう言って小五郎は笑うけれど・・・本当かなぁ。
お雪と私じゃ年齢差が・・・ねぇ。
「こんな可愛らしい着物、成人式でも着なかったわよ・・・」
「成人式?」
そうか、こっちでは成人式なんてないわよね。
「成人式て言うのはね、20歳になった人たちを祝う行事なの。私達の時代では20歳で大人と言われるようになるの。お酒を飲むのは20歳を過ぎてからじゃないといけないのよ?」
「そうなんだ!」
小五郎がとても驚いているけれど、すごく興味ありげな顔で食いついてくる。
「結婚は女が16、男が18にならないと法的には認められないし、煙草・・・この時代だと何て言うのかしら?きせるかな、も20から。いろいろと年齢でわけられているのよ。その中でも成人式って言うのは日本全土でお祝いをする日なの。」
「姉さんもそんなお祝いしたの?」
「私?私はねぇ・・・あんまり団体行動が好きじゃなくてね、式には参加してないの。」
思わず苦笑しちゃう。
式に参加もしてない奴が成人式を説明ってどうなのよ。
「姉さんらしい。」
そう言って小五郎が笑っている。
「でも振袖は持っているわ、黒と臙脂を基調とした綺麗なものよ。まぁ、同じ歳の子達に比べたら大人っぽいかしらね。」
「見てみたいな、その着物。現代の着物ってどんなものだろう・・・」
「そうね、今の着物よりは色合いも鮮やかで派手よ。見せてあげられないのが残念だわ・・・」
なんだかもう、この時代の人間になってしまっているけれど、現世の私はどうなっているんだろう?
生きてはいるんだよね・・・たぶん。
「ねぇ、姉さん。」
「なぁに?」
「名前、どうする?」
・・・名前?
どうするとは・・・?
「瀧中さんには、おリョウって紹介してもいいの?」
おっと、そうだった・・・それはちょっとまずいな。
おリョウだと、江戸川屋のおリョウがそのままになってしまう。素性もばれやすくなるし、素性がばれれば小五郎に行きついてしまう。
何より、宗次郎と平助にばれてしまう・・・
「名前、変えないといけないわね。」
う~ん・・・でも、何て名前にしよう。
そう思ってふと窓から外を見て・・・
「ねぇ、すっごい安直な感じでも良いかな?」
「ん?何?」
私は小五郎を呼んで窓から外を見せる。
「なに、・・・秤屋さん?」
ちょうど眼下にあったのは計りもの屋さん、いろんな物の重さや長さを量ってくれるお店で・・・
「計か斗、どうよ?」
言った本人はもちろんだけど、言われた小五郎も大笑いした。
「いいじゃん!んじゃ計と書いてカズにしようか!斗でもいいけど計の方が何となく合ってる気がする。」
計、いいんじゃない?
どうせ幾松を襲名したら名前が変わるんだし、その間だけだしね。
「姉さんのその突飛で自由な発想、見習わないとだ!」
「あら、計って名前が決まった以上もう姉さんじゃないでしょ?私は十代なんだから。」
「・・・そう、だね。」
小五郎が寂しそうに笑う。
「ねぇ、計・・・さん?」
「なぁに?」
「瀧中に行くのは夕刻なんだ、今の時間はみんな寝てるか支度中だから。」
「そうね、夜の商売だからまだ時間はあるわよね。」
「だから、急いで宿を出る必要はないんだ。」
・・・まぁ、ねぇ。
「だからね・・・」
そう言って小五郎が私を強く抱きしめる。
「だから、最後に、最後にもう一度・・・姉さんを抱きたい。」
あらあら。
陽が登ったばかりだと言うのにこの子は。
そうね・・・この先もしかしたら何年という単位で小五郎と朝を迎える事なんてないかもしれない。
ならば、いいかな。
「じゃぁ、午後に響かない様にゆっくり遊びましょう?」
「うん・・・」
着物、着たばっかりなんだけどな・・・
「御免下さい、桂と申します。」
小五郎が一軒の戸をたたいて中に声をかけている、ここに、幾松さんがいる・・・そう思うと途端に逃げたくなった。
もし若い幾松さんが出てきたら、私はどうするべきだろう・・・そう思っていた私の前に現れたのは、50過ぎの女性だった。
「はい、」
品のいい女性、その女性は小五郎を見上げた。
「お久しぶりです、桂です。」
「まぁ、桂様!ご無沙汰しております。さぁ、中へ。」
女性はちらりと私を見たけれど気がつかないと言うような素振り、私たちは長屋の中に入った。
二階建て長屋の一階、私たちは通された部屋で座った。
あの、すっごい緊張するんですけど・・・
スッゴい見られているし・・・
「桂様よういらはりました、これからは京に?」
「はい、そうなります。」
「そうどすか、お勤めご苦労さんどす。」
そう言って頭を下げる幾松さん、そして・・・おもむろに私を見た!
うぅぅ・・・こわい・・・
「桂様・・・お連れさんは、どなたでしょ。」
そりゃ、そーよね・・・
私と小五郎は思わず見あってしまう。
そして、苦笑。
「あのですね、この前お話しさせてもらった身請けの娘、です・・・」
「・・・・・。」
ですよね。
私、苦笑するしかないんですけど。
「えっと、桂様、たしか十代後半やとお聞きしておりましたが・・・」
「見えない、ですかね?」
小五郎の言葉に一同、苦笑。
「無理、ですよね。」
私の言葉に女将さん、苦笑。
「十代は、あかんわ。」
「ですよね。」
再び一同、苦笑。
ほら、言ったこっちゃない・・・
「お願いします難波さん、この者の身請けをお願いできないでしょうか・・・、この者は訳有りで身元がありません、ですが迷惑がかかるような訳有りではありません。才はあります!そちらは保証します!」
小五郎が頭を下げた。
私も一緒に、頭を下げる。
「せやけど・・・ねぇ、」
困惑する女将さん。
「三か月で使い物にならなければ捨てて構いません!」
えぇぇぇぇぇぇ!?
おいっ!!!!
捨てるたぁ何事だ!!!
「三か月で何も芽が出なければ自分の眼が間違っていたのでしょう。しかしもし、この者に才があり、お目に叶う様であれば、芸妓として立つことが出来たのならば、この者が所属する置屋の地代は自分が持たせていただきます。お願いできませんか?」
地代を持つと言うのは、家賃を出すと言う事かな・・・
「・・・ほんまに三月で才がないと判断したときはお断りしてもよろしぃおすか?」
「はい、いいよね、計?」
「はい。」
様は試用期間というやつか・・・
「せやったらよろしおす。三月経ってこちらがほしいと思ったときに改めて養子縁組はいたしましょ。計さんとやらそれでよろしいおすか?」
「はい、よろしくお願いします。」
「せやったら今日から入ってもらいまひょ、よろしゅう。」
「ご期待に応えられます様、精進いたします。」
ここで小五郎とは別れることになるのだけれど、これはもうわかっていたこと、次会えるのは何ヵ月後かはたまた何年後か・・・
すると女将さんが不意に立ち上がる。
「ほなうちの人と計さんの部屋の準備をして来ますさかい、少しばかり待っておくれやす。桂様、少々お時間を要しますよって、計さんとお待ちになっておくんなまし。」
女将さんはそう言って立ち上がり、戸を開ける。
「ほな。」
・・・たぶん、女将さんは私たちに時間をくれたんだ。別れを交わすだけの時間。
「売られたって、思われたかしら。」
「たぶん・・・」
「気を、使わせちゃったかしらね・・・」
それはそれで、有りがたいと言うか何と言うか。
「次に会うのはいつかしらね・・・」
「きっと、お座敷の上だろうね・・・」
「数ヶ月は先の話ね。」
「そうだね・・・」
三か月程度で人前に出られる芸を習得できるほど甘い世界じゃないのはテレビなんかで散々見てきた、私が座敷に上がるのなんて到底先の話で、何より寝る時間があるのかも気になる。芸の世界は一生勉強、これはとんでもないことになりそうだよ・・・落ち込みそう。
そんなことを思って溜め息を漏らしたら、突然小五郎か私を強く引き寄せて、私は小五郎の胸に倒れ込む形になる。
「いつでも近くにいるから、何かあったら呼んでいいから、もし、姉さんが芸妓になれなくても、幾松じゃなくても、僕は姉さんから放れたりしないから・・・」
「大丈夫よ、私を誰だと思ってるの?あなたは何も心配しなくていいわ。」
私たちは深く口づけをした。
別れを惜しんで口付けをするなんてドラマみたい。
大丈夫、私は絶対に幾松になって見せる。必ずこの男と再び会える。
だから、寂しくなんてないんだ・・・




