夢恋路 ~動乱編~2
【おリョウ】
話もだいぶ煮詰まったその日、私と小五郎は女将さんの前に座って、京へ行く事をあいさつした。
「そう、京へ行くのね。」
「はい。」
女将はしばらく黙っていて、私達は女将の言葉を黙って待った。
「京では、夫婦として暮すの?」
私達は顔を見合わせ、言いにくそうな顔をする小五郎に変わって私が答える。
「いいえ、当分は別になります。」
「そう・・・」
女将は目を閉じて小さくため息をついた。
「おリョウちゃん、桂様・・・ごめんなさい。以前あなた達の会話を立ち聞いてしまって、少しばかり事情を知ってしまったわ。」
その言葉に私達は目を丸くしてしまった。
「無粋な事をしてしまって本当にごめんなさい、細かい理由はわからないけれど、あなた達がとても辛い距離だったと言う事はその時に知ったわ。」
辛い距離・・・それは、結ばれることがないと言う事だろう。
「でも、京に行けば、結ばれる可能性があるんでしょ?」
「はい。」
答えたのは小五郎。
「ならば、行くべきよ?おリョウちゃん。」
女将はそう言って、優しく笑ってくれた。
「何も考えずに付いて行きなさい、桂様なら絶対に大丈夫よ!何も心配いらないわ。女なら惚れた男に一生添い遂げて支えるべき、殿方の方が必要として下さっているなんて女冥利に尽きるじゃない!?行ってらっしゃい。」
「女将・・・・」
私は深く頭を下げ、横に座っていた小五郎も頭を下げた。
「ここはあなたの実家。いつでも帰ってくればいいし、立ち寄ってくれればいい。困ったことがあればいつでも力になる。だから安心してちょうだい。」
本当に、粋な人だ・・・
「おリョウちゃん、あなたお雪ちゃんのお墓に頻繁に行ってるみたいね。」
そうだ・・・京に行ったら、お雪の墓には行けなくなる。
「お雪の墓は私が見るから、心配いらないわ。」
本当に、私はこの人に出会えて良かったと、心から思った。
女将は静かに立ち上がり、奥の戸を開けると和紙に包まれた着物を出してきた。
「これ、なんだかわかるかしら。」
そう言って女将が開けた包みには・・・淡いピンク色の着物が入っていた。
忘れるわけがない・・・
これは・・・
「お雪の・・・着物・・・」
事件のあの日は違う物を着ていたけれど、お雪が気に入ってよく着ていた、淡いピンクの、春らしい着物。
「砂川屋のおばあさんから、あなたへの形見分けとして預かったの。」
「私に・・・」
「えぇ、本当はかんざしをね、渡そうかと思ったみたい。あなたが以前お雪に贈ったかんざし。でも、それはあまりにもお雪が大切にしていたから、あなたの想いと一緒に、お雪と一緒に国に持ち帰る事にしたそうよ。でもどうしてもおリョウちゃんにお雪の形見分けをしてあげたくて、お雪の一番気に入っていた着物で、あなたに初めて出会った時の着物を、もらってほしいって置いて行ったわ。」
お雪の事で泣くのはやめようって、長州で誓った。
私が泣けば、周りのみんなが困る事になるから。
でも、涙は止まらなくて・・・止められなかった。
「あなたの事をとても心配していたわ。きっととても気に病んでいるだろうって。「お雪は幸せでした。」そう、伝えてほしいと・・・」
泣くなと言う方が無理だよ。私は小五郎の胸の中で声を殺して泣いた。
「確かに、お受け致します。」
小五郎の声が、直接私の中に響いた。
「京に行く前に一度ゆっくり二人だけで話しましょ。大人の女二人で、ね。」
私はうなずくしかなく、そんな私に変わって小五郎が返事をしてくれた。
【女将】
翌日の夜、私の元へやって来たおリョウちゃんは戸を開けるなり膝を付いて頭を下げた。
相変わらずこんな所はきちんとしている。
でも今日はそんなおリョウちゃんに会いたいわけじゃないわ。
「ちょっとやめてよ、今日は女二人で飲むのにそんなことしないの。さぁ、入って。」
おリョウちゃんはにっこり笑って部屋に入る。
「今日はおリョウちゃんを酔わせていろんな事を聞くって決めてるんだから!」
私は一升ととっくりを出して見せた。
「やめたほうがいいですよ?お酒がもったいないから。」
えぇ、知ってる。
でも、ほとんどのお酒は薄いけど、これは原酒!これならおリョウちゃんを倒せるんじゃない?
お気に入りの焼き物に注いで、真ん中にお酒を置いた。
良い香り、それだけで私は酔ってしまいそうなのにね。
笑ってこちらを見ているおリョウちゃんを見てると、あの時を思い出してしまう。
「おリョウちゃんに初めて会ったときね、あなたから異国の香りを感じたのよ。何て言うかしら、まるで私の知っている日本人じゃなかったの。これは絶対に楽しいことが起こるんだって思ったわ。」
「で、どうでした?」
「私の読みは完璧ね!さすがだわ!」
お雪とは対照的な異国の香りのする娘だった。
着物こそ着ていたけれどどこか似合ってなくって、初めて着ましたって感じで。
何よりもその容姿が異様だった。小さな顔に細い体、長い手足、大きな瞳に長い睫毛、ふわふわした髪・・・それはまるで、お客様に一度だけ見せてもらった事のある西洋のお人形の様だったの。
【おリョウ】
「おリョウちゃん、あなた、記憶がないってのは嘘よね。」
女将の言葉に、私はもう全てを隠すのを、止めた。
「はい、すみません。」
結果的には女将を騙し続けていた。
私はどうやって事を伝えたらいいのかがわからなくて、柄にもなく狼狽えてしまったんだと思う。
女将が先に口をを開いてくれた。
「私、あなた達の会話を立ち聞いてしまったと言ったわよね、」
「はい、」
「正直、私の聞いた話はおとぎ話みたいでよくわからないわ。あなたが、この時代の人間じゃないと言う、その意味が私にはわからない。でも、そのせいで、あなた達二人がこんなにも愛し合っていて、傍目からもうらやましいほどに想い合っているのに夫婦になる事ができないとわかった時、正直とっても辛かったわ。あなた達の為に私にできる事はないのかって、とっても考えたの。」
騙していたと言われてもおかしくないこの状況で、女将は私達の事を想ってくれていた。
やはりこの人には、すべて話すべきだ・・・
「女将、全部お話しします。ただ、私が言う事は到底理解できない事だと思います。その結果私の事を信じる事が出来なくるかもしれない、それでも、もうこれ以上、私は女将に黙っている事はしたくありません。」
「大丈夫よ、おリョウちゃんの事は信じているわ!何か力になれるかもしれない・・・話して?」
全てを話した。
お雪と出会った時から今までの事、私が未来を知りうる人間である事、小五郎との過去、晋作も素性を知っている事、小五郎と宗次郎の事・・・今現在の現世の私の事も全て。
女将は黙って、聞いてくれていた・・・
「・・・神様の悪戯ね。」
そう言って女将は笑った。
神の悪戯ねぇ・・・ちょっと度が過ぎるんじゃないの?
「私もね、桂様と同じよ。おリョウちゃんがここに来たことには何か意味があるんじゃないかと思うわ。きっとあなたが桂様を引っ張って行かなければ歴史は動かないんだと思うわ。時代の陰に女あり、決して表に出る事はなくとも、誰も知らなくても、あなたの存在は必要なのよ。」
女将にそう言ってもらえるととても心強い。
この人は信じるべき人・・・
この人になら、歴史の片棒を担いでもらえるかもしれない・・・
「女将、折り入ってお願いがあります。」
「何でも言って!」
なんか、楽しそうなのが・・・気になる。
「私に宛てる文を、こちらから転送してもらえないでしょうか。」
「ん?どういう事?」
「私が表の世界に出る事が出来ないのは先ほど話した通りです、そのせいで、私は何個もの名前を使ってこの時代に隠れています。今回、うまくいけば堂々と表に出る事が出来る事になるかもしれないけれど、それでも私はいくつかの歴史的タブーを犯してます。」
「タブーって?」
「決して犯してはいけない罪の事です。」
その中でも、新撰組との接触は大罪だよ・・・
「おリョウと幾松は別の人間でなければなりません。でなければ歴史がおかしなことになってしまいます。この事実を知っている人はごく限られた人だけ。おリョウはおリョウで歴史の動きとは無縁で存在しておかなければなりません。そんな架空の存在であるおリョウ宛てに来る文を、その宛名を書き換えて京の私の所に送りなおしてもらいたいんです。おリョウ宛てに来る文はすべて江戸川屋宛にするようにします。女将に、京への転送をお願いしたいんです。」
「おリョウちゃんと言う名宛てに来た物を、宛名を書き換えて送り主を私の名にして転送し直せばいい、それでいいのね?」
「はい、その都度私がいる場所と私が使っている源氏名は女将に逐一報告します。なのでその名宛に、女将名義でお願いしたいんです。女将から宛てた文であれば、例え誰かに見られてしまったとしても問題はありません。」
「なるほどねぇ、どこに行っても大変なのねぇ、おリョウちゃんは・・・」
そう言って女将が笑う。
私に当ててくる文なんて、宗次郎からぐらいだと思うから・・・
「ところでおリョウちゃん。」
「はい、何でしょ?」
「あなた、名前なんて言うの。」
でしたね。
「白石流華と言います。」
「あら、素敵な名前。」
・・・ん?
じゃぁ、女将の名前って、何?
「ってか、私も女将の名前知らないんですけど。」
「あら、そうだった?」
「はい・・・」
「私は市川藤子よ。」
女将らしい大人の名前だ。
「で、私は今後何て呼んだらいいのかしら?」
「おリョウって呼んでください、京での名前は、また後日。ちなみに、長州ではお市でした。」
「名前を使い分けて生きるんなってかっこいいわね!すてき!」
「そうかしら。」
【女将】
酒も入って会話も弾んで、私達女二人は夜更けまで話し続けた。
「そうよ!宗次郎君たちには何て言うの!?あなたがまたいなくなるって知ったら、また悲しむんじゃない?」
そうよ!
あの子達はおリョウちゃんが京に行ったらきっとまた大騒ぎになる。宗次郎君だけでも大騒ぎなのに今は平助君もいる、二人とも大変だわ!
「大丈夫です、あの子達とは京で再開することになるんです・・・」
それは一緒に連れて行くって事?
「それはそう約束をするの?」
「いいえ、歴史が、そう決まっているんです・・・」
なぜかしら、おリョウちゃんの顔が悲しそう。
何となく、よくない事が起こる気がする。
「京で、何が起きるの?」
「詳しくは言えないんです・・・」
おリョウちゃんは、悲しい顔だわ。
「・・・あの子達とはいずれ京で、袂を分かつ事になるんです。これは決まっている事なんです。あの子達と小五郎は、志が違いすぎるんです。」
「そんな・・・」
袂を分かつですって!?
こんなに、慕っているのに・・・
「後にあの子達は、本気で小五郎や私の命を奪いに来ます。」
「うそでしょ!?」
あの子達がこの二人を殺す!?
何でそんな事に!?
「それじゃ、桂様やおリョウちゃんは!?」
二人は殺されてしまうの!?
私の顔を見て、苦笑するおリョウちゃん。
「歴史的には大丈夫です、でも、私がここにいる事で歴史が変わってしまっていたとしたらわからないけれど。」
そんな・・・
「それがわかっていて、おリョウちゃんは・・・・」
避けられない流れ、背けたい現実、変える事の出来ない未来へと続く歴史。それら全てをわかっていて、おリョウちゃんはあの子達を受け入れたと言うの?
いずれ自分たちの命を狙いに来る子供たちを、あんなにかわいがって面倒見てきたと言うの?
何て残酷な運命なの・・・
「平助については何もわからないけど、宗次郎に関しては、間違いなく小五郎の首を狙います。でも、女将もわかる通り、宗次郎に悪意がわくとは思えない。多分あの子は何も悪気なく、小五郎や私に刀を向けます。あの子にとっては全てが遊びの延長・・・」
「でも!そんな事ってあるかしら!?もうあの子達も大人なのよ!?」
そうよ、子供ならわかるけれど、大人よ!?
善悪はつくじゃない!
「宗次郎には、それがないんです。」
そんな・・・
なんてこと・・・
「だから、もし、女将の前にあの子達が再び現れたその時は、今までと同じように振る舞ってあげてください。今まで通りお茶をしたり、話をしたり。そして、私達の事を聞かれても・・・知らないと。」
呆然としている私に、おリョウちゃんが笑った。
「大丈夫!あんな子共に斬られたりしない!かわいいかわいい私の子達にそんな大罪を犯させるものですか!」
おリョウちゃんならきっと大丈夫・・・
みんなが傷つかない方法を絶対に持っている・・・そう信じているわ。
親子兄弟が袂を分かつこんな世なら、早く終わってしまえばいい・・・こんなに思いあった者たちが命を奪い合うのやんて、きっとまともな世なんかじゃないんだから。
「明日、あの子達の所に行って来ようって思ってます。時間をいただけませんか?」
それはいいんだけど・・・
「そんな事して、大丈夫?だって、あの子達の総本山に乗り込む様なものでしょ?」
私の心配なんて気にもしないで、おリョウちゃんは笑った。
「長州に帰る時、ちゃんと伝えきれなかったせいであの子にあんなに悲しい思いをさせた、だから今回はちゃんと私が伝えます。それに、今のうちに相手の総本山を見ておくのも、悪くないと思いません?」
「さっすが私のおリョウちゃんだわ!」
私は思わずおリョウちゃんに抱きついた。
おリョウちゃん、桂様、高杉様、宗次郎君、平助君、私の知りうる全ての子供たちがみな、幸せでありますように・・・
【おリョウ】
一度二人を送って歩いているから難なく試衛館に着いた。
中から聞こえる男たちの大きな声は遙か外まで聞こえてその熱気を感じ取ることができる。
試衛館・・・
新撰組の発生場所・・・
ここにいる者達は皆京へと昇り、幕府に仕え、その刀で京の町に多くの血を流す事となる。
さて、どうやってあの二人を呼んでもらおうかしら。
そう思って門の前で立っていると、一人の男が通りかかった。
男は立っている私に気が付き・・・
なんて人の好さそうな顔をしているんだろうか、この男は・・・?
こんな奴、新撰組にいるの?
「どなたかお訪ねですか?」
と、向こうの方から私に声をかけてきた。
ちょうどいいや、この男に頼もう。
私は頭を下げ、できるだけ畏まって頼んだ。
「こちらで沖田宗次郎と藤堂平助と言う若い青年が剣技に励んでいるとうかがってます、面会は可能ですか?」
「はい、呼んできますよ。失礼ですがお名前をうかがえますか?」
すっごいしっかりした男だ・・・誰だろう?
「江戸川屋という旅館で女中をしております、おリョウと申します。」
「・・・あぁ、あなたがあの・・・・・」
・・・・・・・なに。
今、何か気になる事言いましたね?
あのって、何?
「今しばらくお待ちください。」
そう言って男は仏の様な微笑を浮かべながら歩いて行った。
ってか、お前誰!?
ってか、あのって何!?
そんな事を考えていると・・・
ダダダダダダダダダダダダダ!!!!!!
二人分の激しい足音が聞こえてきて・・・急ブレーキ
「おリョウさん何でいるの!!?」
宗次郎が私を見るなり叫んだ。
「真面目にやってる?」
「真面目も何も、ボロボロだよ。」
平助が嘆くように叫んだ。
「お菓子持ってきたから、後でみんなで食べてね。」
お菓子の包みをもらった宗次郎は嬉しそう。
「で、おリョウさんどうしたの?急ぎの用事?」
平助がいると話が進むのが速くて助かるわ。
私は縁側に腰を掛け、宗次郎と平助もその横に座る。
「うん、そうなの・・・あのね、私ね、近いうちに小五郎と京へ行く事になったの。」
「京へ?」
二人は私の顔をのぞき込む。
「えぇ、そうよ。当分はあっちで暮らすことになるの。だから、ちゃんとあなた達に伝えようと思って。」
二人は何故かとても不思議そうな顔で見合っている。
・・・何?
どうした!?
「すごいな、宗次。」
「うん、すごいね。」
・・・・・何!?
二人はじっと、私を見て、再び顔を見合っている。
「何かあったの?」
私の方が耐えきれなくて、聞いてしまった。
「あのね、俺達も京へ行くんだ。」
・・・えぇぇ!?
もう!?
そんなにナイスタイミングなの!?
「うん、僕達は年明けだけど。僕達も来年には京に行くんだ。」
・・・・出来過ぎですよ、神様。
「あら!そうなの?」
しらを切るのが大変です・・・
「すごいな!俺達も今朝言われたばっかりだよな?」
「そう!今朝近藤さんがそう言ってた!」
でも・・・
と、言う事は・・・
この笑顔に会えるのは、今日で最後かもしれないんだ・・・
「京でもまたみんな一緒だね!」
宗次郎のこの笑顔、胸が痛い・・・
もう、一緒じゃないんだよ・・・?
今日が、今生の別れかも、知れないんだよ・・・?
そうか、平助も京へ上るんだ・・・
平助も、新撰組なんだね・・・
これが現実なんだ。
そんな事を想いながら二人が楽しそうに話している姿をじっと見ていた。
今目に焼き付けておかないと、もう二度と出会う事はないかもしれない。
次に会うときは、生きていないのかもしれない・・・
ダメだ・・・
こんな所で泣いたって・・・仕方がないんだ。
「客人をこんな所でもてなすとは、ずいぶんと失礼だなお前達は。」
私達は思わずその声の主を見上げた。
立っていたのは近藤勇、宗次郎と平助はすぐに立ち上がる。
私も立ち上がり、庭側に降りて一礼をした。
「山南から来客だと聞いた。中に通しなさい。」
山南・・・山南敬助か。
山南敬助って、噂通りの人柄なのね。
「おリョウさん中に行こ!」
宗次郎が楽しそうに私の笑顔を向ける。
ごめんね、宗次郎・・・私、もう帰るね・・・
これ以上いたら、泣いてしまう。
「いいのよ宗次郎、私もう帰らないと。」
「えー、帰るの?」
「えぇ・・・、江戸にいる間にもう一度、逢えたら良いわね。」
「でも京で会えるよね!」
その宗次郎の言葉に、近藤勇が反応した。
【近藤勇】
「宗次郎と平助が見えないが?」
あいつら、また逃げたのか?
歳がうるさくなりそうだな・・・わしのつぶやきに反応したのは珍しい奴だ。
「先ほど、二人にお客さんがお見えでしたよ?」
「客?」
あの二人に共通する客と言うと、数人しか思い浮かばないが・・・
「綺麗な女の人でしたが、あの方が宗次の慕う宿の方ですか?」
やはり、おリョウか。
何しに来たんだ・・・?
「あぁ、そうだ。」
「随分と年上の様な感じがしますが・・・?」
「まぁ、そうだな。聞くところだとわしよりずっと上らしいな。」
「えっ!?」
山南が珍しい顔をしているが、そもそもあの女は、いくつだ・・・?
わざわざここに来るとはどういうことだ?
しかも一人で・・・?
桂様の使いか?
長州が討幕に動いている今、幕府から要請のかかっている我々が討幕派の人間と親しくするのは褒められることではない。おリョウがどこまで加担しているかは見当も付かないが、あの賢さだ、桂様や長州としても手放すつもりはないだろう。
奴らにはかわいそうだが・・・引き離すしかあるまい。
京に行けばきっと、江戸での事も忘れるだろう。
「近藤さん、どちらへ?」
「客人に挨拶だ、いつもあいつらが世話になっているからな。」
山南が不思議そうに見ているが、まぁ、いちいち説明する事でもあるまい。
・・・こいつは歳と違って賢いからな。
廊下に出て見れば、まるで雀の様に並んで座っている三人が見えた。
この歳になってもまだあんな顔で話すのか、あいつら二人はまだまだ子供なのだな・・・
おリョウも老ける気配がないが、あの女は本当にいくつなのだ?
「客人をこんな所でもてなすとは、ずいぶんと失礼だなお前達は。」
わしのため息交じりの言葉に三人が一斉にこちらに向いた。
二人はすぐに立ち上がり廊下に上がり、おリョウは廊下から降りて外に立ちわしに頭を下げた。
相変わらず非の打ちどころがないな・・・
しかし、なぜだ、なぜこんなに悲しげな顔をしている・・・?
「山南から来客だと聞いた。中に通しなさい。」
「おリョウさん中に行こ!」
相変わらず宗次郎はべったりだな・・・
「いいのよ宗次郎、私もう帰らないと。」
「えー、帰るの?」
平助も残念そうな顔をしている。
それよりも気になるのはおリョウの方だ、今日はいつもと違う。
いつもの自信に満ちた強い気配ではなく、まるで今生の別れをしに来たような、そんな寂しげな空気だ。
「えぇ、江戸にいる間にもう一度、逢えたら良いわね。」
「でも京で会えるよね!」
京で・・・?
思わず眉間にしわが寄った。
そんなわしの気配の変化におリョウは気が付いている・・・おリョウは改まってわしの方へと向いた。
「近いうちに京へ移動することになりました、本日はそのご挨拶に伺った次第でございます。」
「それは、お連れさんと一緒かな?」
「えぇ、そうなるかと。」
「そうか。」
「皆さんも京へ上られるとうかがいましたが・・・」
「あぁ、年が明けた頃にだ。」
「そうですか・・・・・いよいよですね。」
「また、会う事になりそうだな。」
「そうならない事を、望んでおります。」
当たりだ。
この女、全て知っている。
長州の内情も、こちらの内情も把握している。
この二人にはまだ何も話していない、こいつらから漏れるはずはない。だとしたら、幕府側に内通者がいると言う事か?長州は尊王派だ、幕府に間者を送っていたとしてもおかしくはない。
だが、そんな内々の話をこんな旅館の下働きである女にするものか?
桂様は逐一この女に話しているのか?・・・いや、考えにくい。
だとすれば、この女が内通者であると言う事だ。
もしくは、こちら側の誰かが内通しているか・・・
「詮索はお止しになって?私は何も知らないのですから。」
「・・・ねぇ、近藤さんとおリョウさん、何話してるの?」
宗次郎が不思議がっている。
そんな宗次郎におリョウはおいでと笑って手招きをした。そして平助の事も呼んでいる。
二人は嬉しそうにおリョウの元へと飛び降りた。
おリョウは二人の頭に手をまわして、しっかりと抱き寄せる・・・
なるほど、あの気配はこのためか・・・
おリョウはこの二人と、もう二度と会えないだろうことを悟っているのか・・・
「・・・どうしたのおリョウさん、何かあったの?」
並んだ二人の顔にそのまま手を添えて、じっと見つめるその姿はまるで母親だ。
母親が子供を手放す、そんな光景だ。
何もわからずニコニコしている宗次郎とは対照的に、不安そうな顔をしている平助。
「何でもないわ、元気でね!二人とも!!」
「京に着いたらすぐに文をちょうだいね!僕達も京に着いたらすぐに会いに行くから!ねっ、平助君!」
「うん!」
「・・・ありがとう、嬉しいわ。」
約束は、しないか・・・できないのか。
名残惜しそうにおリョウは数歩後ろに下がり、そして深くゆっくりと頭を下げた。
「おリョウさんまたね!」
手を振っている宗次郎にはわからんのか・・・
それに引き替え、平助は何かを感じている。
同じ歳で同じ環境にいるはずなのに全く違う性格なのだな。それ故に仲が良いのかもしれんが・・・
おリョウが京へ上がったことが確認できるまで、こいつら二人は厳重な外出禁止令だ。
かわいそうだが仕方あるまい。
おリョウももう、この者達と会わない方が良いだろう・・・
【宗次郎】
「さぁ中に入れ!稽古だ。」
近藤さんの声が背後からして、宗次がぴょんと廊下に上って。
・・・おリョウさん、泣いていた・・・?
いや、そんな事はなかったと思う。
だって、笑ってたし。
京で会おうって、約束した。
さっき、俺達を抱きしめてくれたあの時、なんでだかもう二度と会えない気がして、離れたくないって、思った。
母親に抱きしめられている、そんな気がして、離れがたかったのかな・・・?
「平助君行こう!」
「あぁ!」
きっとすぐ会えるよね!
【おリョウ】
現世にいた時はこんなに泣かなかった。
感動的な映画を見ても、周りが泣いているのに私だけ泣かなかったなんて常で、付き合った男達にさえ冷めた言葉をもらった事もあったっけ・・・
きっとそれは私だけじゃなくて、もはや現代病みたいなもので、感情を表に出す事が許されない現代人たちの心はどんどん押し固められて表に出す方法すらわからなくなって、ある時突然壊れてしまう。精神を病んだり、危害を加えたり、自ら命を絶ったり・・・私もその手の人間だったのかもしれない。
職場と家との往復で、家族ともさほど連絡を取らず、いつ切ってもいいような友達たちと浅い付き合いをし、異性さえ特別必要と思わず、付き合っても将来までは考えない。付けっぱなしのテレビからは毎日大量の情報が流れ出ていてどれが自分に必要なのかもわからないのに全てを受け入れて、耳からは音が入り、目からは文字が入る。たとえ一人でいてもボタン一つで誰とでも会話できてしまう、孤独なのに孤独を感じない現世・・・
今生の別れなんて、死別意外に存在しない。
そんな世界に生きていた私は、この世界に来て心をえぐられるような悲しみや表現しえない様な喜びに一喜一憂している。
今もまた、あの子達との永遠の別れに・・・涙が止まらない。
一人でよかった・・・
ここに小五郎がいたらきっと、泣き崩れている。
その強さだけが、強がりだけが私の現世からの遺産かもしれない。




