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夢恋路 ~青年編~28

【おリョウ】

「おリョーさーん!!!」

ん?

この声は・・・・

夕刻、玄関前で掃き掃除をしていたら平助君が走って来た。

「あら、一人なの?」

「うん、ちょっとお使いって言って出てきたんだ!」

どういう事だい・・・?

「俺急いでるんだ!」

だから、どういう事だい・・・?

「これ!小五郎さんに渡してくれる!?」

そう言って平助は折られた紙を私につき出す。

これは・・・

「果たし状?」

そう言って、笑ってしまった。

「えぇぇ!違うよ!!!」

平助君の狼狽え方に思わず思いっきり笑ってしまった。

「はぁ、笑った笑った。大丈夫よ、そんな風に思ってないから。渡せばいいのね?」

「もぉ!!お願いします!」

ちょっと膨れて、でも笑って平助君はそう言った。

「今日中にお願いしますね!」

・・・えっ?

今日会えるとは、限らないんですけど・・・

「じゃぁね!!!」

そう言って、平助君はまた走って行った。

これってたぶん、稽古の事よねぇ。

う~ん・・・どうしようか。

待っていても小五郎が来るとは思えないし、長州藩まで配達に行くか。

女将さんに封筒を一枚もらって封をして、私は長州藩まで歩いた。

一日宿内で過ごすこともあるからあまり思わなかったけれど、随分と寒くなったなぁ。

長州での冬に比べれば風も強くはないけれど、やはりこの時代の冬は寒い。

冬ってどうしてこんなに静かな気持ちになるんだろう。静かすぎて、いろいろ考えてしまう・・・

ふと見上げた空はだいぶ高くて、白糸、元気かな・・・

長州藩邸に着いて、その大きな建物に改めて驚いた。でっかい屋敷だこと。そういえば、ちゃんと来たのは初めてかもしれないなぁ・・・あの時は、よくわかってなかったから・・・

門に立つ警備の人に訳を話すと、ここで待つようにと言われ、中から人を連れて来てくれた。

・・・ん?

あれは・・・

「伊藤君!」

「おいち・・・おリョウさん、ご無沙汰してます。」

そうそう、ここではお市じゃなくておリョウね。

おりこうさん。

「久しぶりね、元気にしてた。」

「はい、桂様には良くしてもらってます。」

「そう、良かったわ。」

笑う私に伊藤君も優しく笑った。

「あのね、これ、頼まれ物なんだけど小五郎に渡してもらえる?」

「文、ですか?」

「えぇ、多分ね。」

そうとしか言えないの、本当にわからないから。

「お願いできるかしら。」

「えぇ、もちろんですが、直接お渡しにならなくていいんですか?あと数刻ほどで帰っていらっしゃると思いますが・・・」

う~ん、そう言う選択肢はなかったなぁ。

「私も仕事の途中だからこのまま帰るわ。」

私は伊藤君に頭を下げて、長州藩を後にした。

何か伊藤君、大人になっちゃったなぁ・・・さすがは大人の世界。

さて、後は小五郎先生の力量次第ね。

がんばってね~。



【桂小五郎】

「桂さん、失礼します。」

他所での話し合いから帰って来て部屋に着くと誰かが呼だ。

この声は・・・

戸が静かに開いて、伊藤君が顔をのぞかせた。

「伊藤君?どうかした?」

僕は戸の方まで足を向ける、伊藤君は静かに立っていた。

「夕刻、おリョウさんがいらっしゃいまして、文をお預かりしました。」

「姉さんから?」

「はい、」

・・・何だろう?

ふと、封を裏に返してみると・・・

げっ。

平助って、書いてある・・・

しかも、姉さんの字だ。

「ありがとう、確かに。」

僕がそう言うと伊藤君は静かに去って行った。

伊藤君って、普段は陽気なのに少しでも仕事が絡んでくると真面目だなぁ・・・

晋作にも見習ってほしいなぁ・・・

文、開けるの怖いなぁ・・・

しばらく床に置いた文を見つめて、覚悟を決めて開封して。

ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

僕の絶叫は一体どこまで届いただろう・・・

文の日付を見て、卒倒しそうになった。明日の朝って・・・なんでそんなに唐突なの!?

まって、まって、まって!?

明日の朝の僕の予定は!?必死に思い出すが、頭の中が真っ白になって何も出てこない!

とりあえず僕は部屋を出て伊藤君を探した。

「伊藤君!伊藤君どこ!!」

「なっ、何ですか桂さん!?」

走って叫ぶ僕に驚いて飛び出てきた伊藤君を捕まえて、とりあえず聞かないと!

「ねぇ!明日何か会議入っていたっけ!?」

「明日ですか!?」

「そう!明日!!何か入ってた!?」

「明日は・・・ないと思いますよ?」

・・・よかった・・・

がっくりと力が抜けた・・・

「明日、何かご予定でも?」

そうだよ、ご予定だよ・・・

寿命が縮まりそうなご予定が、今しがた入ったんです・・・

「明日、朝から出てもいいかな?」

「大丈夫だと思いますが・・・?」

なんだろう・・・何も予定がないってのに、嬉しくない。

僕は伊藤君に礼を言って部屋に戻った。今夜、寝れるだろうか・・・

翌朝

・・・だいぶ早く目が覚めてしまった・・・

ちょっと、はずかしい。

何、緊張してるんだろう・・・

稽古付けるの、久しぶりだなぁ・・・

しかも、他道場で、試衛館で、玄武館で、平助君・・・この状況をどうしたらいいのだろう?

稽古をするのか、手合せをするのか、はて・・・困った。どちらを言ってくるんだろう?

僕が千葉先生の所に遅れて行く訳にはいかないし、早いけど、菓子でも買いながらのんびり向かおうかなぁ・・・じっとしている方がおかしくなりそうだよ。

・・・情けないなぁ。

稽古用の袴に着替えて、ふらりとそのまま藩を出た。

さてと、千葉先生は何が好きだろうか。みんなに聞く訳にもいかないから困ったよ・・・とりあえずまんじゅうでも買って行こう。こんな時女将にお使いを頼まれていたことが役に立つ。江戸川屋はこの辺でも由緒ある旅館、あそこで出されている物であれば間違いないだろう。

出来れば逃げてしまいたい思いを抱えたまま、少しばかり早めに玄武館に着いてみたけど・・・すっごい静か。

あれ?

誰もいないの・・・?

これは、どういう事だろう?

平助君も、いない?

恐る恐る門をくぐって中を歩いてみるけれど・・・やっぱり誰もいない。

これはー・・・何かの間違いかな?

日は、今日だったよね・・・?

右往左往して、とりあえず一度外に出ようかと思ていた時、背後から声がかかった。

「お主が平助のお客かな?」

千葉先生の声だ!

僕はあわてて振り向いて頭を下げた。

「なんだ!誰かと思ったら練兵館の桂さんじゃないか!」

あぁぁぁ、やっぱりばれちゃうよね・・・

僕は観念して、苦笑しながら頭を上げた。

「なるほど、平助があんなに必死になる訳だ。」

平助君、何かしちゃいました!?

千葉先生は笑っているけれど・・・失礼なかったかな!?

「平助がご無理を言って申し訳ありません、失礼はありませんでしたでしょうか・・・?」

「あいつはいつも失礼だ、気にするな。」

・・・・・・・・。

大丈夫、これ。

僕、とっても笑えないんですけど。

「さて、なぜ試衛館の平助と練兵館の師範である桂さんが稽古をすることになったのかな?」

そう、ですよね・・・ごもっともです。

「はい、共通の知人がおりまして、それゆえにこのような事になりました。」

「なるほど、桂さんが試衛館に行くことはできない、かと言って平助が練兵館に行くこともできない。なら、こうなるわな。」

「本当にご無礼申しまして・・・・・時に先生、今日は門下の方々はどちらに?」

人っ子一人いませんが・・・まさか、この為に人払いさせてないよね。

「今日はな、弟の道場へ出稽古に行っている。だからここは空いているんだ。」

「そうでしたか、」

なるほど・・・

「桂さんも平助にかかっては一大事ですな。」

「えぇ・・・はい。」

苦笑しかできない。

「おはよーございまーす!!!」

平助君のでっかい声がして、僕と先生はその声の方を見た。

「あっ、小五郎さんもう来てたんですか!?じいさんもおはようございます!」

・・・・・じいさん!!!!!!!?

「ほらな、失礼だろ?」

千葉先生、笑ってるよ・・・

「じいさん今日はありがとな!」

「ほぉ、礼が言えるようになったか平助。」

「あのなぁ、どういう目で俺の事見てんだよ!?」

「お前はいつも失礼だと、話していたところだ。」

「はぁ!?」

・・・・・・う~ん。

これは、これでいいんだよね、きっと。

平助君がバタバタと入って行っちゃって、僕は状況が理解できず、ぽつんと、残されて・・・

「さぁ、桂さんも中へ入られよ。」

「はい、」

道場へ、入った。

「じゃ、わしも拝見させてもらおうかな。」

そう言って千葉先生は腰を下ろした。

平助はすぐに竹刀を取って、一本を僕に渡す。

本当にやるわけね・・・ならば、ちゃんとやりますか!

「では、平助!」

「はいっ!!」

「手合せは一度きりだ。」

「えっ!?」

「その一度で何もつかめなければ、お前には才がない。私が言っている意味が、わかるな。」

「はい!」

「己の全てを出して、どんな手段を取っても構わない。私の命を奪うつもりで、全力で来なさい。」

「はい!!!!」

始め!!!

千葉先生の一言で、始まった。



【平助】

竹刀を持った途端に小五郎さんの雰囲気が変わった。

優しくてふわふわしているいつもの感じから、急に締まった感じだ。

空気感が違う・・・なんか、急に、男って感じだ。

手合せはたった一度。

ならば、全力で行く以外他にはない!

じいさんが開始の声をかけて、俺は竹刀を構えて・・・・

これが・・・

これが練兵館桂小五郎の、上段の構え・・・・・

うそ、だろ・・・・

こんなに胴が開いているのに・・・

・・・・動けない・・・・

どこにも隙がない!

どこを打っても返される!

手に汗がにじみ出て来て、息もできないぐらいの迫力だ。

「どうした、打てないか、」

・・・・・・っ、打てない・・・

「ならば、こちらから行こうか、」

いや!

向こうから来られたら、負ける!!!

俺は、意を決して、めいっぱいに踏み込んだ・・・・

そこまでっ!!!!!

散々あたって飛ばされた俺の目の前には、小五郎さんの竹刀の切っ先が突き付けられていた。

俺は、すっごい息を切らしているのに、小五郎さんは全く息を切らしていない・・・

鋭い目で、俺を見ていた。

「さて、お疲れ様でした。」

小五郎さんは竹刀を下ろしてにっこり笑って、俺に手を差し出した。

・・・もう、いつもの小五郎さんだ・・・

俺は、呆気にとられていて、何も考えずに小五郎さんの手を掴んで、引き上げてもらって。

俺達は再び道場の中心に立って、礼をした。

「お粗末様でした。」

そう言って小五郎さんは笑う。

お粗末さまでしたって・・・そう言わなきゃなんないのはきっと俺の方だ。

でも・・・声すら出ない・・・

俺はその場にひっくり返って手足を投げた。

疲れたぁ~!!!!

殺されるんじゃないかってずっと思っていた!

うそだろぉ~、まるで歯が立たない!

そんな事ってある!?

小五郎さんが振り下ろした剣の重さが受け止めた手にまだ残っていて、これだったら宗次に追い回されている方がよっぽど楽だ!

小五郎さんはニコニコ笑ってじいさんの所へ歩んで、頭を下げている。

「さすが桂さん、良いものを見せていただきました。」

「いえいえ、噂なんてのは誇張されるものです。大層な事はないですよ。」

勘弁してよ・・・誇張じゃねぇよ、むしろ噂以上だよ。

「平助で相手になったかな?」

「平助君いいですね、久しぶりに楽しかったですよ。」

それはちょっと、嬉しいけど・・・さ。

「試衛館でだいぶ揉まれていると見た、ここにいた時よりよっぽどいい。」

じいさんが笑ってるよ。

揉まれているよ、いろんな意味でね・・・

「じゃ、お茶にでもするかな。」

「でしたら僕がやりますよ。お茶請けをお持ちしましたので、お口に合えば。」

「そりゃありがたい、おい平助!起きろ!お前は桂さんにお茶を入れさせる気か!!!」

そんな事言ったってぇ~!!!

「いいですよ、お台所、お借りします。」

「すまんなぁ、うちは女手がなくて。子供は皆息子なのだよ。」

「お気になさらず、お借りしているのは僕達ですから。」

小五郎さんはその場を離れた。

「おい!お前はいつまで伸びているつもりだ!!!」

「だってぇぇぇ~・・・・・」

「っとに、大口切って貸してくれと言ったくせに、一回も当らなかったなんてもんじゃないじゃないか。」

「想像以上だよ~」

「まったく・・・」

勘弁してよ~、あれは無理だよ~

「しかし、本当に良いものを見せてもらった。見ている方が楽しいわい。」

そう言ってじいさんが笑っている。

「それの剣は瞬速、心、気、力の一致」

「もう耳にタコができてるってば・・・」

「お前はまだまだだな。」

「じゃ、小五郎さんは・・・?」

「馬鹿者!お前が一番よくわかるだろが!」

つまり、完璧って事だ。

「じいさんは勝てるのかよ・・・?」

「まさか、このジジィが勝てるわけがない。伊藤先生の剣は『力』だ、まず同じだけの力がなければ太刀打ちはできない。技も位もある桂さんに勝てる者ははたしているのかな?」

「一人三大道場じゃんかよ!!!」

そんな奴にかなうわけないじゃん!!!

「お待たせしました、ほら、平助君もおいで。」

小五郎さんに呼ばれて起き上がって、ふらふらになって歩いて、あっ、まんじゅうだ!

うん、おいしいね~

「こりゃまた桂さんは茶の入れ方がうまいな!」

うん、そう思う。

「近くに手厳しい者がいますので。」

あぁ、納得・・・

「なるほど、平助も教わっておいた方が良いぞ?」

「う~ん・・・考えとく。」

俺の言葉にじいさんと小五郎さんが笑った。

「小五郎さんっていつから剣をやってるの?」

俺の問いに小五郎さんはいつも通り優しく笑う。

「僕が剣を手にしたのはきっと平助君なんかよりずっと遅かったと思うよ?ちゃんと道場に通う様になったのはちょうど今の平助君ぐらいじゃなかったかなぁ・・・」

うそでしょ!?

剣持って生まれてきたぐらいの事じゃないの!?

「僕ね、もとは武士の家じゃないんだよ。桂の家に養子に出て、それで武家になったんだよ。」

・・・えぇぇぇ!?

「でも桂の両親が亡くなってからは生家の和田で暮らしていてね、父は藩医なんだ。」

「お医者さんの家なの!?」

「そうそう。」

いやいや、笑い事じゃない!

俺はてっきり武士の家で、ちっちゃい時から剣を持っていたんだと・・・

「和田の父がよくね、もとが武士でない以上、人一倍武士になるよう粉骨精進せねばならぬって言ってたんだよね。だからまぁ、人よりは多く練習したのかもね。」

それで、こうなっちゃったの・・・?

じゃぁもはや才以外の何者でもないじゃんか!!!

「練兵館に来たのは19の時だから・・・7年前?かな?」

・・・・・・・。

絶句です。

唖然としている俺の頭をじいさんが叩く。

「お前の方が長く剣を握っておろう!修行が足らん!!!」

じいさん、ごもっともです・・・

俺、まだまだ甘いです・・・

「いやいや、僕なんてまだまだですよ。」

やめて~!!!!

「いやしかし、桂さんは剣を握るとお人が変わる。まさかこんなに穏やかな人だとは思わなかったわ!」

うんうん!そう!それね!!!

「そう、ですかね・・・」

何か小五郎さん、照れてる。

「ほんと!全然違う!「平助!」って呼ばれたときなんてほんと師範て感じだった!」

「えっ、そんな感じに言ったっけ・・・」

「そうだよ!なんか男っぽくってかっこよかった!」

「それは・・・普段はどうなんだよ、」

小五郎さんの困った顔、こっちの方が見慣れてるんだけどやっぱり剣を持ってる姿がかっこいい!

「俺!練兵館に行こうかな!」

「えぇ!?それはやめてよ!近藤さんに怒られちゃう!」

「はっはっは~」

じいさんが大笑いしている。

そう、これがいつもの小五郎さん。

優しくて、温和で、どこかちょっと頼りなくって、いっつも笑顔の小五郎さん。

さっきまでの小五郎さんはもうここにはいなかった。



【桂小五郎】

それまでっ!!!!!

千葉先生の声で僕は足と手を止めた。

さて、終わりだね。

う~ん、よく頑張った方じゃないかな?

やっぱりなかなか腕が立つね。勢いはとってもいいから、もう少し落ち着いた目が付いたらいいんじゃないかな?

まぁ、少しでも何かに気づく切欠になってもらえたら僕としてはそれでいいんだけど。

試衛館は将来有望だね。

三人でのんびりお茶をして若干の質問攻めにあって、うん、こうしている方が僕には合ってる。

剣を握るのは確かに楽しいけど、昔みたいにがむしゃらにってのは今はもうなくって、今の僕には今日みたいに道場内だけで十分だ。

こうやって若い子や子供に稽古付ける方が、僕は好きだな。

平助君が興味ありげにずっと僕を見てるけど・・・そんなに見ないでよ~、たかだか剣を持って十年ちょっとなんだから・・・

「僕より渡辺さんの方がすごいと思うよ?」

「それは渡辺昇殿かな?」

「はいそうです。渡辺さん、試衛館によく行くんじゃない?近藤さんと仲が良かったと思うけど。」

平助がハッとした顔をしてる、忘れないであげてってば・・・

僕よりよっぽど真面目に師範してるんだからさぁ・・・

僕が江戸にいない間、渡辺さんが一人で師範してたんだからさぁ・・・

「そう言えば平助君、今日は何て言って休みを取って来たの?」

まさか逃走してないよね・・・!?

「今日?千葉先生の所に顔を出すって言って来た。」

思わずお茶を噴きそうになった・・・

「嘘言ってないよ?」

言ってはないけれど・・・

「それで、近藤さんは・・・?」

「千葉先生によろしくって。」

・・・近藤さんの器の大きさには感嘆するよ。

近藤さんからしたら平助君はきっとまだまだ子供なんだろうなぁ・・・

あの落着き様、見習わないといけないなぁ・・・

「ところで平助、桂さんと組んでどうだ。何か見つかったか?」

「そんなの教えないに決まってんじゃん!」

平助がそう言って笑う。

「それは次にまたやる時に試すんだから!」

えぇ!?またやんの!?

これっきりって言ったじゃん!

もうやだよ~!

さてと、ひとしきり話したし、あまり長居はできないね。何たってお邪魔している身分だし。

それよりなにより平助を帰さないと、遅くなっちゃったら顔出しじゃなくなっちゃう!

「さて、平助君そろそろおいとましようか。」

「えっ!?もう!?」

ここでぐずってもダメ。

「君は昼前には道場に帰りなさい、僕も午後には仕事があるからね。」

たぶん、仕事はないけど。

ちょっとがっかりしている顔をする平助を立たせて、僕達は千葉先生に深く頭を下げる。

「いや、今日はいい物を見せてもらったよ。うちの門下たちにも見せてやりたかったわ。」

「いやいや、そんな。」

「弟の所にな、坂本と言う腕の立つ面白い奴がいてな、奴が江戸にいたのならぜひ手合せ願いたいんだがあいにく奴は今土佐に帰っていておらんのだ。」

・・・それは、お帰り頂いていて助かります。

そう思ってふと、何かを思い出したような気がした。

土佐の坂本さん?

あれ、何だろう・・・どっかで聞いたことがある様な・・・?

思い出せない・・・まぁいいや。

僕達は道場に頭を下げる。千葉先生は特にまた来なさいとか誘うような言葉を言わず静かに僕達を見送ってくれた。

ここにいる全員の所属道場が違うんだ、また来なさいと言う言葉はとても言えない。

僕達は道場の門の外に出る。

「こんな感じでよかったかな?」

「はい!ありがとうございました!」

平助は僕に深く頭を下げる。

「何にでも向上しようと言う意識を持つのはいい事、頑張ってね。」

「ありがとうございます!!!」

さて、宗次郎が手合わせをする相手に困っているんじゃないかな?

「さっ、早く帰らないと宗次郎が不思議がるでしょ、帰ろう?」

何気ない僕のこの言葉に平助は再び僕をじっと見つめた。

なに、僕何か言った!?

「ねぇ小五郎さん、俺前から疑問に思ってたんだけど、近藤さんも小五郎さんもどうしてそんなに宗次に気を遣うの?」

・・・ごもっともだ。

同じ歳で、いっつもじゃれ合っている平助からしたら、その意味は解らないだろう。この感覚は、どう表せば伝わるだろうか・・・

言い方を間違えば、間違った印象を植えつかねない。

「そうだね、僕たちは気を使い過ぎなのかもしれないね・・・」

僕は笑う。

そしてふと、青い空を見上げた。

「僕は宗次郎とは剣を交えた事がないからわからないけれど、宗次郎からはね、儚さしか感じないんだよ。」

脆い(もろい)とか危ういとか、か弱いとか、そんな言葉じゃなくって・・・彼からは儚さしか感じないんだ。

あの子はきっと、すごく狭い世界しか見た事がない、そしてその世界に強く依存している。その世界が崩壊してしまったらきっと自らも支えがなくなって崩壊しかねない。あの子には、そんな儚さがある。

それは、姉さんからあの子の行く末を聞く前から感じていた。

僕の背中で小さな寝息を立てて寝ていた時には、感じていた事で・・・

平助は納得する答えを求めてじっと僕を見上げている。

「儚いなんて言ったらきっと怒るだろうね、本人はそんな気はないだろうから。でも、宗次郎の世界はきっとすごく狭いと思うんだ。」

「近藤さんも言ってた、宗次は井の中の蛙だって。」

井の中の蛙、か・・・

近藤さんも同じ事を感じてるのか。

だから、遊び歩くことを黙認しているって訳か。

実際に宗次郎の剣を見ている近藤さんが言うのだから、まず間違いない。

「平助君はこうやって少しでも外に出ようとしている、いろんな人に会って、今日みたいに自分がやりたいと思う事を実際にやっている。僕はそんな平助君が好きだし、君ぐらいの年齢の子はそうじゃなければならないと思う、僕もそうだったしね。」

「小五郎さんも・・・?」

「僕だって遊び回っていた時代があるんだよ?姉さんに言わせるととんでもない悪童だったみたいだけどね。」

「小五郎さんが悪童だって!?」

もう、笑うしかないんだけどね・・・

お願いだから、姉さんに聞かないでね・・・喜んで話しちゃうから。

「宗次郎には自ら動こうって意志が感じられないんだ、受け身で、言われたから従う、でも自分が嫌な事はしない、もともとそう言う性格なのかもしれないけれどね。ちょっと投げやりな感じを受けるんだ、どうでも良いって言う様なね。」

「・・・・・」

平助が少し考えたような顔をする、たぶん、思い当たるんだと思う。

「あの子が唯一意志を示してでも会いたいと思う相手が姉さんなんだよ、感情を出してわがままを言う唯一の場所。近藤さんもそんな宗次郎の変化に気が付いているから、脱走を黙認しているんだと思うよ?」

「うん、そう言ってた・・・」

「かわいそうなんて同情めいた言葉は使わないけれど、少なくとも彼の心は空っぽで、まだ何も入っていない状態なんだと思う。幼い時に何があったかは知らないけれど、彼はきっと、何かを隠すために笑ってるんじゃないかと、僕は思うけどね。」

不真面目な態度は寂しさを隠すためだと思う。

本当の宗次郎の姿を見た事があるのは、きっと姉さんだけ。

あの子の心は真っ白で、年齢に釣り合わないほど幼く、邪気や邪心がない。下手をしたら善悪の判断すらあやしい。

僕にはそんな宗次郎を受け止めるだけの力量もなければ器もない、だからせめて、あの子の縋る世界だけでも壊さずにいてやりたいと思うのは・・・お門違いだろうか。

僕は平助の頭に手を置いた。

「どうするかは君に任せる。話しても良いし話さなくてもいい、君は宗次郎が唯一持った同年代の友達だ。君の方が、宗次郎の事は良くわかるかもしれないからね。」



【平助】

小五郎さんは俺の頭に手を置いて、笑った。

俺にはわからない宗次の世界を、近藤さんも小五郎さんも感じ取ってるんだ。

俺にはただ、悪ふざけの過ぎるわがままな奴にしか見えないのに、この二人は違う。土方さんやおリョウさんも、そんな風に感じてるのかな・・・おリョウさんはきっと、感じているよね。

土方さんは・・・わからないけど。

尊敬するみんなが守ろうとしている宗次の世界、だったら俺も、その世界を守るよ。

「わかった、俺、言わない。」

何より近藤さんと小五郎さんがそう望むなら、俺は絶対言わない。

でも・・・・・

「でもさぁ、俺、頭悪いから・・・どっかで言っちゃうかも・・・」

そうなんだよなぁ、俺、頭悪いからなぁ・・・ぽろって、言っちゃいそうなんだよなぁ・・・

それがなぁ・・・・・

そんな俺に小五郎さんが笑った。

「その時はその時だよ!みんなで笑っちゃえばいいさ。ほらだって、当の本人は相当お気楽なんだし。」

そうだよなぁ、宗次はだいぶお気楽なんだよなぁ。

「平助君は今まで通りでいいんだよ?友達でいてあげてね。」

「宗次とは友達だよ!」

宗次とは友達だ、ちょっと、変な奴だけどね・・・

あっ。

そうだ。

小五郎さんにちょっと聞いてみたい事があったんだ!

「ねぇ、小五郎さん。」

「うん?」

「俺と宗次って、逆な感じかな?」

「・・・ん?まぁ、そうだねぇ、随分逆だと思うよ?・・・なんで?」

「ふーん、じゃぁさぁ・・・、小五郎さんは俺と宗次、どっちが好き?」

「えぇぇ!?」

予想通りの小五郎さんの反応、剣を持ってないと本当にオロオロしてるよね・・・

「えっと、どっちが好きって、どういうことかな・・・?」

うん?

なんか変なこと言った?俺。ただ、聞きたかっただけなんだけど。

「いや、別に。小五郎さんならどっちが好きかなって。」

「好きって・・・・」

小五郎さんはしばし悩んで、それから諦めたように笑う。

「もちろん二人とも好きだよ?それぞれ全く違う個性で、僕も姉さんも君たち二人が養子で入ってくれたらいいのにねって話をしたぐらいだからね。そうだねぇ・・・僕は平助君みたいにいっつも楽しそうにしている子の方が好きかな?昔の自分を見ている様でね。」

そう言う小五郎さんはちょっと照れていて、俺の頭をぐしゃぐしゃと雑に撫でた。

「さっ!帰ろう!平助君はまっすぐでしょ?僕はこっちだから、また、江戸川屋でね。」

「はい!」

俺は大きく返事をして、小五郎さんに向き直って頭を下げた。

「今日はありがとうございました!」

「はい、お疲れ様。」

小五郎さんのいつも通りの笑顔を見て、俺は走って帰った。



【桂小五郎】

着替えてから残りの今日一日何もない事を伊藤君と確認して、僕は江戸川屋に向かっていた。

今日の事、姉さんと話したくて。

江戸川屋の玄関を入って姉さんを探していたら女将と鉢合わせた。

「あら、桂様。おリョウちゃん?」

「はい、午後姉さんをお借りできないですかね?」

う~ん、と女将は何やら考えてる。

あれ、今日は忙しいのかな?

「おリョウちゃんに聞いてみたら?」

・・・ん?

姉さんに聞くの?

「おリョウちゃんがいいって言うなら借りてっていいわよ。」

どういう事だろう・・・?

「おリョウちゃんは中庭にいるから、行って聞いてごらんなさい。」

「はい・・・?」

女将はそう言ってパタパタと去って行ってしまった。

どういう事かな、姉さんがいいと言えばいいって・・・?

姉さん、何してんの?

中庭に近づくにつれて、賑やかな声がした。

「お姉ちゃんまたダメだー!」

「おかしいわねぇ、ねぇねぇ教えてってばぁ。」

「教えなーい!!」

姉さんの声と、子供の声・・・?

ひょいと覗いた中庭では、姉さんが二人の子供と駒回しをしている。

上手に回す子供に比べて、姉さんはちっともできない様子で、それを子供たちが笑っていた。

駒回しか・・・懐かしいなぁ。

そっか、もうじき年も変わっちゃうもんね。

それにしても、姉さんは駒回しをやった事ないのかなぁ?

姉さんにもできないものがあるんだって思えたら急に面白くなって、僕は中庭に飛び降りていた。

「あら、小五郎。」

「あっ、お侍さんだー!」

子供たちは僕を見るなり目を丸くした。

見る感じ裕福な商人か何かの子供、お客さんの子供なのかな?

「お姉ちゃんへたっぴだね。」

僕は子供たちにそう言って笑って、姉さんの駒を受け取る。そして子供たちの前に投げて回した。

「お侍さん上手だね!!」

「すごーい!!!」

「でしょ?」

得意気に笑う僕に姉さんが何か企んでいる。

「よし!桔平君!庄平君!お兄さんの駒にぶつけちゃえ!」

「えぇ!?姉さんそっちに着くの!?」

子供たちと四人できゃっきゃと遊んで・・・・・やっぱり僕はこっちの方がいいや。

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