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夢恋路 ~青年編~22

【おリョウ】

ここの家の炊事場に立つ者は常に数人分の食事の用意をしなければならない事を今朝、知った。

よく聞くといつもはハルちゃんもいないから、若いお弟子さんが交代で作っているらしい。それってどうなの?この時代だとそんな物なのかな・・・?

定期的にやって来る通いのトミさんというおばさんがいるらしいんだけど、その人も結構適当な様子。主にお掃除や洗濯をしてくれるらしい。とりあえずいつもの癖で日の出前には起きたけど・・・昨日あれだけ飲んでいるんだもん、誰も起きるわけないわよね。

元気なのは相変わらずハルちゃんだけ。

二人で炊事場に立ちながら昨日の話をし続ける。ここはやはり女同士、話は尽きない。

「男たちはまだ起きそうにないわね~、」

「そうねぇ。」

言ってふと思い出してみた。

「そう言えば、小五郎は藩に行くって言ってなかった?」

いのかしらあの子、寝かせといて・・・?

「あぁ、大丈夫よ。」

ハルちゃんは彦太郎をおぶって歩きながら、何も問題ないと言わん気に言う。

「どうせ帰ってきた事言ってないんだし、今日だろうが明日だろうが変わらないわよ。昼過ぎにでも行けば大丈夫なんじゃない?」

そんなもんなんだ・・・

「良蔵さんもそんな感じだったし。」

良蔵さん?それは、ハルちゃんの旦那で、(くる)(はら)さんという人かな?

「あぁ、良蔵さんは私の旦那さんよ。お兄ちゃんの元相棒って言うのかしら。一時期はずっと一緒にいたの。」

「それでお会いしたの?」

「えぇ、面白い人よ。」

この時代って女性が男性を選ぶのではなく、男性が女性を選ぶのよね確か。その場合・・・ハルちゃんは来原さんを愛しているのかな?こんな事、聞いていいのかなぁ・・・?

「早く帰って来ないかなぁ~、いっぱい話があるのに!そっか、お兄ちゃんに藩で捕まえてもらえばいいのか!」

大丈夫そうね。

良かった・・・

本当に愛し合って、夫婦になるのが私の時代では普通だから、この世界の女性たちも皆、そうであってほしい・・・

相手が私じゃなくても、小五郎は、その女性を愛するだろうか・・・

幾松さんでも、ちゃんと愛するんだろうか・・・

お雪は、誰かに愛されたんだろうか・・・・

「お市お姉ちゃん・・・どうかした?」

ハルちゃんが、不安そうな顔をしている・・・?

「何でもないわよ?」

私、顔に出しちゃったかな・・・いけないいけない、子供に心配かけちゃいけないわ。

「ねぇ、前の馬に使っていた馬具ってまだある?」

「あるわよ、夏まで使っていたから。」

って事は本当に最近亡くなったんだ、その馬。そりゃ確かにタイミング良かったわねぇ。

「じゃぁ春までに白糸はその馬具に慣らしておかないとね。白糸に合うように調整もしないといけないし。」

「そうねぇ、春には畑をやらないといけないから・・・でも、本当に良いの?」

ん?何がいいのだろう?

不思議そうな私の顔を見て、ハルちゃんが続ける。

「白糸って、お姉ちゃんの馬なんでしょ・・・?」

「えぇ、そうよ・・・?」

「あんなにきれいにしてるのに、馬具なんてつけて、畑仕事させていいの?」

そうね、まぁ、私たちの娘として・・・共にここまで旅をしてきたけれど、白糸とは始めから、ここに連れて行くって言うだけの約束だったから、ここから先は白糸の自由。

「それは、白糸が決める事かも。何たってあの子、暴れ馬だから。」

あの子が嫌と言うならば仕方ない、荷引き程度で活躍してもらって、もう一頭馬を探さないといけない。とりあえず、ここに残るからには白糸に頑張ってもらわないと。



【ハル】

お市お姉ちゃんの表情が、さっきからずっと曇っていて、元気そうに笑っているんだけど、なんだか寂しそう。

妹さんの事とか、思い出してるのかな・・・

話せなくて、抱え込んで辛いと言った顔してる。

きっとお姉ちゃんは一人でいっぱいの事を抱えているんだ。

「白糸が暴れ馬だなんて信じられないわね、だってあんなにおとなしくて、懐いてるのに。」

白糸の会話で、何か話してくれるかな・・・

「白糸と出会った時の私はちょっと、まともじゃなくってね、」

あぁ・・・妹さん亡くして、壊れちゃっていた時の事ね。

本当に、最近の話なんだ・・・

「小五郎がそんな私の為に長州に帰る事を決めてくれて、私、歩くの不得意だから、私の為にって馬を選ぶために馬場に連れて行ってくれたのよ。たくさんの馬がいた中で、一番奥の人目に付かない所にいた馬が私を呼んで。ボロボロで手入れもされてなくてね・・・それが白糸で、ここから出してほしいって、私に言って来たのよ。」

・・・えっと、この会話は普通に流してもいいのかな?

突っ込むところはたくさんあるんだけど、とりあえずお姉ちゃんは馬と、話ができるの?

「白糸が、言ったの・・・?」

私の問いにお市お姉ちゃんは何も問題ないと言わん気に話を続ける。

「そう。前足で馬小屋の策を壊そうと必死だった。白糸が出してほしいと言うから、ならば私達と長州に行くと言うことが条件だと伝えたわ。初めは私しか触れなかったけどね、晋作君も小五郎も触れるようになったから、連れて来たの。」

「お兄ちゃんも話すの?白糸と・・・」

「少しは話せるようになったんじゃないかしらね、道中私たちのかわいい娘だったから。」

その言葉に、愛を感じた。

もしここに他の人たちがいたらきっと、今私が感じるのと同じ感じを得ると思うの。お兄ちゃんが一方的にお姉ちゃんを好いているのかと思ったけれど、お姉ちゃんもなんだって、今分かった。

旅の道中、二人は白糸を自分たちの娘として大切にして、愛したんだと思うの。

たぶん、もしかしたらその光景は傍から見たら不自然かもしれないぐらいで、だからこそ暴れ馬と言われた白糸は二人にこれほどまでに懐いているんだ。

「そんなにかわいがっている白糸、ここに置いて行くなんて言っていいの!?」

そうよ!

連れて帰るべきよ!

馬なんて他にいくらでもいるんだから!

お兄ちゃんがお金払うんだし!

「白糸はね、他の馬や見知らぬ人を見てしまうととても不機嫌になってしまうの。京の町でもずっと不機嫌で、何度か馬子の人を殺すところだったのよね。」

「・・・・・・。」

ちょっと。

あっさり、言わないでよ。

「だから、人の多い町には連れて行けない。あの子はここで暮らした方が良いわ。もちろん、馴染めればね。」

そう言ってお市お姉ちゃんは笑うけれど、やっぱりどこか寂しそう。

その理由も意味がわからなくて、ますますお市お姉ちゃんが気になってしまう。

なんだろう、とっても魅力的なの、お市お姉ちゃんって。

女の私がそう感じるのだから、お兄ちゃんなんてとんでもない事になってるんでしょうね・・・

きっと、十四年前から、お市お姉ちゃんの事しか見ていなかったんでしょうね・・・



【桂小五郎】

「おはよう、姉さん、ハル。」

背後からかかった声に答えたのはハルちゃん。

「おはようお兄ちゃん。」

「あら、今日は二日酔いは?」

わざと言って見せると小五郎がちょっと得意げな表情になる。

「これでも学習能力はあるほうだよ?」

小五郎が答えて笑った。

「お兄ちゃん、良蔵さん探してきてよね!いるなら連れ帰ってきてほしいんだけど!」

「わかったよ、聞いてみるね。」

来原さんって人、相当自由なわけね。ハルちゃんも大変だこりゃ。

「姉さんは今日は何するの?」

私?何しようかなぁ、

「そうねぇ、白糸に馬具を付ける練習でもしようかしらね、サイズも合わせないとだし、」

「さいず?」

・・・やばっ。

ハルちゃんが不思議そうな顔してる!

「あっ、寸法ね。いろんな所にいたからいろんな方言が出ちゃうわね。」

作ろって笑う私を小五郎がじっと見つめてる、危ないって思ったかな。

「あと、お姉ちゃんの冬物も準備しないといけないわね。」

「やることはいっぱいね。」

ご飯の支度に家の事もだから、これは江戸より忙しいかな。そもそも、白糸を構う暇はあるかしら。

「ねえ、ハルちゃん小五郎、日中だけで構わないんだけと白糸を中庭に繋いで出しておいても良いかしら、早く人馴れさせたいし、ずっと馬小屋ってのはちょっと・・・」

ずっと馬小屋ってのは、出会った時を思い出しちゃって、心苦しい・・・自由に旅をしてきた娘を繋ぎっぱなしってのは、すごく嫌なの。

「いいんじゃない?自由にしてあげたら?」

ハルちゃんがあっさりと答える。

「門から外にさえ出なければいいんじゃない?ずっとそうやって来たんだからそうさせてあげるべきよ。」

ハルちゃんはきっと、私達と白糸の関係を理解してくれている、私たちの時代のペットと呼ばれる伴侶動物たちがそうであるように、白糸を馬としてじゃなく、家族として扱ってくれている。

私は小五郎を見上げた。

「僕も良いと思うよ、どうせ白糸は姉さんの近くにしかいないだろうからね。」

小五郎が優しく笑う。

「あっ!でも裏庭の盆栽には近づけない方が良いわ!さすがにあれをやられたらお父さん怒るかも・・・」

怒るって・・・お父さんが怒るなんて事・・・あるんだ。

これは覚えておかなければなるまい。

「わかったわ、よく言って聞かせる。」

さてと、料理はそろったし、さっさと済ませてしまいましょうかね。

「さぁて、今朝は何人が無事に起きてきているかしらね。」

そう笑って昨夜の間に行けば、みんな揃ってるじゃないの。二日酔いっぽそうな人もいるけれど、さすがに皆さんお強いこと。私たち和田家の四人は別の部屋で朝食、私は思わず横で朝食を食べている小五郎を見ておかしくて笑ってしまった。

「何!?」

「いや、本当に二日酔いじゃないんだなぁって。」

我慢してない?って聞きたくなる。

「なんだ、いつも二日酔いなのか小五郎は。」

お父さんが呆れている。

「たまたまだよ!たまたま姉さんがいるときに・・・二日酔いだっただけで、」

小五郎の弁解にハルちゃんが笑っている。ハルちゃんはわかっているみたいね。

   はっはっはっ!!!

そんな時、突然大きな声でお父さんが笑いだした。私達三人は思わずお父さんを見てしまう。

「思い出した!お市、お前の酒の強さは普通じゃあかったな。」

おっと、そうきたかお父さん。

「あら、そうでした?」

前回、そんなに飲んだのかな・・・覚えてないんですけど。

「お前らは子供やったけ知らんだろうが、あげに水みたいに飲まれたら酒がもったいない。」

お父さんが心底笑っている・・・飲んだらしいね、私は苦笑しかできないけど。

朝からわいわいとしているのがなつかしくて、それだけで込み上げるものがあって・・・

自分の家族とこんな風に食事をしたのがいつだったか思い出せないのに、この家族との一年間ならすべて思い出せる、不思議ね・・・

「姉さん?」

少しボーッとしていたのか、小五郎が私を見つめている。

「どうしたの?」

「あぁ、ごめんごめん。前にもこんな時間があったんだなぁって、思い出してたのよ。」

「あの頃は私もお兄ちゃんも小さかったわね。」

「えぇ本当、かわいかったわねぇ。」

私は思わず二人を見て笑ってしまう、二人は顔を見合わせて少し赤くなった。

「もう、お姉ちゃんったら・・・。あの時は母さんと姉さんもいたのよね。」

「本当ね・・・」

そう、数年前はここにもう二人、いたのよ。

「ねぇ、お姉ちゃん、今日一緒にお墓参りに行く?」

ハルちゃんがそう提案してくれて、私がその提案に乗ろうとした瞬間

「ダメだよハル!」

ハルちゃんの誘いを小五郎が巻末入れずすぐに制止したけど、どうした?

「墓参りには僕と行くんだから!」

・・・あらまぁ。

私はちらりとハルちゃんを見る、あーあぁ、ハルちゃんがしてやったりって顔しちゃってる。

「朝からごちそうさまね。」

そう言ってハルちゃんがクスクス笑った。

ほ~らね。

「えっ、」

急に顔を赤くして箸を持っていた手を止める小五郎。

女に口で勝てるわけないじゃないの、仕方ないなぁ、助けてあげるか。

「ごめんねハルちゃん、そうみたいたから。」

私はあえて笑って小五郎に同意を求める。

「いやっ、そういう意味じゃなくて!?」

「あら、そう言う意味でしょ?」

ねーっと私とハルちゃんは顔を見合わせて同意を取った。

「女にゃかなわんど、」

お父さんがまた笑った。

食事を済ませて支度をして、小五郎が藩邸へ向かうのを玄関で見送った。最後まで自分も白糸の馬具の調整をしたいとぶつぶつ言っていたけれど、そこはハルちゃんの一括で追い出されてしまった。



【ハル】

「馬具の調整、僕もやるよ。」

「ちょっと!お兄ちゃん!?」

もぉ!何を言ってるのよこの男は!ついさっき私が言った事忘れたの!?

「お兄ちゃんは良蔵さん捕まえて来るんでしょ!」

「でも、」

あぁぁぁぁっ!

もうっ!

どうしてお市お姉ちゃんの事になるとこんなに子供っぽいのかしら!

お姉ちゃんも笑ってる場合じゃないわよ!

「もぉ、お姉ちゃんが甘やかすから。」

「あら、とばっちりだわ。」

もう!本当にお似合いなんだからこの二人はっ!!

「馬具の調整なんていつでも手伝えるでしょ!藩に行ってきて!」

ちゃんと良蔵さんを見つけて来てよね!

「・・・姉さん一人で大丈夫?」

「大丈夫よ、無理そうなら小五郎がいる時にやるから。」

「ほらっ!行った行った!!!」

あぁもう!未練ったらしい!

陽が落ちる頃には帰って来るでしょ!!!

私はお兄ちゃんの背を押して門から外に追いやる、お姉ちゃんは笑いながら私の横に立って二人でお兄ちゃんを見送った。

「もぉ!お兄ちゃんが骨抜きじゃないの!」

「あらそう?酢にでも浸かったのかしらね~。」

きゃはっ!

思わず笑っちゃった。

お姉ちゃんも笑っている。

「さぁて、片付けして、冬物の支度をして、次の春に向けてのんびり白糸の調教でもしようかな。ねー彦ちゃん。」

そう言ってお姉ちゃんは私に手を引かれている彦太郎の頬をつまんでいる。

何て言うか、この悪戯っぽい感じ、私達子供にもそうだけど優しくべったり甘やかすんじゃなくって、でも突き放すんじゃなくって、ちょっとだけちょっかいをかけてフッと背を向ける感じ、とっても追いかけたくなるの。

まるで猫の様で、すり寄って来たかと思えば塀の上から見下ろして笑っている・・・彦太郎もきっとすぐにお姉ちゃんを追い回し始めるでしょうねぇ。

もし、私達に何かあったら、この子はお兄ちゃんとお姉ちゃんにお願いしよう・・・

きっと、立派に育ててくれる・・・

ってか、その前に良蔵さん帰って来てってば!!!



【桂小五郎】

ハルに追い出されるようにして家を出たけど・・・藩に顔を出すのなんて明日でも良かったのに。

どうせ帰る事なんて誰にも言ってないんだし、来原さんの事だからきっと藩になんていないよ。

とりあえず、毛利様には帰郷の旨を伝えて、それから来原さんを探そう。

城内に入るなり・・・・僕ってこんなに顔が広かったっけって思うほどにいろんな人が声をかけて来て・・・文字通りもみくちゃにされた。これは、毛利様にお会いする前にボロボロになってはいないだろうか?

「ちょ、ちょっと待ってくださいって!毛利様にご挨拶してから来ますから!!!」

そんなに人気者だったかなぁ・・・?

とりあえず何とか帰国の説明をして、やっと落ち着いたよ。

早く来原さんの情報を得て今日は帰ろう、誰に聞いたらいいかなぁ?

・・・なんて、思っていたら・・・

   ドタドタドタドタドタドタ!!!!

晋作以外でこんなに騒がしくやって来る人と言えば・・・

「おぉぉぉ!桂さん!!!!」

来たっ!!!!

いたのっ!!?

来原さんは、廊下の向こうから僕をめがけて走って来て、僕の両肩をがっしり掴んだ。

「いつ帰って来たんだ!!」

「昨日ですっ、」

「そうかそうか!じゃぁ今日は飲むぞ!!!」

いやっ、昨日の今日でそれをやったら確実に倒れる・・・

それにハルに連れ帰る様に言われてるから、出歩いて僕だけ帰るわけにはいかないよ・・・

「来原さん、今日は和田の家に行きませんか?」

「和田の家にか!?」

そうそう、あなたの嫁の実家です!

「父も会いたがっていますし、何よりハルに連れ帰る様きつく言われてるんですよ。」

苦笑する僕に来原さんはポカンとして、それから再び大きく笑った。

「そうかそうか!そんなに顔を出してなかったか!!じゃぁ今夜は和田の家で飲むとしよう!!」

そう言う話じゃないんだけど・・・連れ帰れば、怒られないよね・・・?

来原さんはバンバンと僕の背中をたたき「また!」と言って去って行った。

いつもながら・・・派手な人だなぁ。

溜め息と同時に自然と笑みがこぼれてきた。なんかちょっと懐かしくって、笑えてくる。

夕刻少し早めに城を出て、来原さんと家まで歩いた。

で、その間も来原さんはずっとしゃべっているわけで・・・

「実はもうじき長崎に向かう事になっているのだ!」

相変わらずの来原さん。

「それはいつですか?」

「数日のうちだ!」

えぇぇぇ!?

それって、すぐじゃん!

「それは・・・お会いできてよかったですよ。」

「おぉ!わしも桂さんには会いたいと思っとった!会えて良かったわい!」

   ばしばしばし!

「本当に・・・、」

これよりもハルの方が強いんだから、僕が敵うわけがないよ・・・

姉さん、びっくりするだろうな。

「しっかし桂さんもお人が悪い!帰って来るなら文の一つでもよこしてくれたらええに!」

「いや、それは・・・急だったもので。」

毛利様には身内の都合と言ったけど、身内である来原さんにそんな事言ったって、見え見えだよね・・・

どうせいずれはそうなるんだし、言ってもおかしくないよね・・・

「・・・実は、連れと帰って来てるんです。」

その言葉に来原さんは余計に僕を叩きながら大声を上げる。

痛い・・・

「桂さんも隅に置けん!いつの間に祝言を上げたのだ!」

「いや、まだ、いずれはそうしたいなと・・・」

もしかして、言わない方が、よかったかな・・・

「よし!祝言じゃ!!!」

いやっ、あのっ、それはまだ姉さんには言わないで・・・

「あのっ、来原さん、そのっ・・・」

柄にもなくどもってしまい来原さんが不思議そうに僕を見ていた。

「なんだ!訳ありの女か!」

えぇ!?

訳あり女!?・・・でも、そういう事に、しておいた方が無難なのかな・・・?

「・・・えっと、はい、そうなんです、だから・・・そのぉ、」

来原さんはまた大きな声で笑う。

「よしわかった!わしにまかしちょき!」

・・・・何を・・・・?

妙にやる気になってしまった来原さんを連れて僕は家に向かう。手ぶらでは失礼だと途中来原さんは鶏を一羽買うと騒ぎ出し、もちろん頭を落としてもらって持ち帰る。

その行為に来原さんは今日何度目かの表情をするが、僕は苦笑するしかない。僕と姉さんにとって普通の事はこの世界では普通ではないと言う事がこの顔を見るとすぐにわかる。

でも、来原さんが今日一番の表情をしたのは和田の家の門をくぐった時だった。

「ただいま~。」

門をくぐって僕が一声あげると、白糸がにゅっと顔を出した。そうだったね、白糸が自由にしてたっけ。

「おぉぉ!!!」

来原さんが声を上げて足を止めた。そして今日一番の驚いた表情。

そしてその声に白糸が耳を倒し怪訝そうな顔をする。僕は思わず白糸の首を撫でた。

「白糸、そんな顔をしないで。この人は僕の友人でハルの旦那さんなんだよ?」

白糸が尾を大きく振っている、大丈夫かなぁ・・・

「なんと!桂さんの連れとは馬だったか!?」

「・・・いえ、まぁ、連れと言えば連れですけど・・・」

ちょっと、大丈夫?この流れ・・・

「桂さんも変わっちょるとは思っとったがまさか馬とは!」

「いやっ!まって来原さん!」

やっぱり!!!

「いやぁ白糸殿!きれいなお姿よのぉ!」

そう言う来原さんは白糸をばしばし叩き出した・・・白糸が耳をパタパタと振って・・・何と言うか、迷惑そう。

「あのね、来原さん、白糸は・・・」

「あら、お帰りなさい。」

姉さんの声がして僕はその声の方を向いた。廊下で立っている姉さんが僕に気が付いて声をかけた様だ。

「白糸、お父さんが困っているわ、こっちにいらっしゃい。」

姉さんの方から来原さんが見えていないのか、全く気にする様子もなく白糸を呼んだ。白糸はゆっくりと向きを変え姉さんの方に歩く、それと同時に来原さんが見えたのか姉さんは目を丸くして驚いた顔をした。

「あら、お客様がいらしたのですね。失礼いたしました。」

姉さんは躾良く丁寧に頭を下げた。

「桂さん、あのお方は?」

「お市と申しまして・・・僕の連れです。」

「おぉぉ!」

言うなり走って行く来原さん、姉さんがビックリして身を固くして動けなくなっている。

僕はあわてて追いかけたが一歩遅く、来原さんはぴょんと廊下に飛び乗ると姉さんの手を両手でがっしりと掴んだ。



【おリョウ】

白糸に隠れていて見えなかったけど、誰かいた。

小五郎の同僚かな?これはご挨拶が必要ね。

「あら、お客様がいらしたのですね。失礼いたしました。」

私を見ていた男はぱっと私に向かって駆けてきた、小五郎が慌てた顔して追ってきたけど・・・何っ!?

男は廊下に飛び乗ってきて私の前に立つと、おもむろに私の手を両手でつかんで振りだして、これは、シェイクハンドですか?

・・・なんだろう、熱すぎる!!

「お市どの!」

「はいっ!」

なに!?何!?なに!!?

「いやぁこん程にきれいなお人とは!桂さんも角に置けんのぉ!」

「ちょっ、来原さん!」

来原・・・・・・ハルちゃんの旦那ぁぁぁ!?

「いやぁ、訳あり女言うちょったから、どんな人か思ったら、江戸から遊女か花魁でもこうてきたか!」

遊女か花魁・・・

私は小五郎に流し目を送る。小五郎は慌てて来間さんの手を取って弁解開始。

「姉さんはこの地の人だよ!」

かわいそうなくらい慌てている小五郎、あぁかわいい。

「はい、和田の家には昔からお世話になっております。」

「おぉ!それは失礼申した!許せ!」

なんか、こんな感じの人、テレビにいる。元テニスプレーヤーの熱い人、あの人に似てるよ・・・

「良蔵さん!!」

「おぉ!ハル!」

ハルちゃんが彦太郎をひょいと放って走って・・・っておい。

彦ちゃん、ポカンとしてるけど。

私はさりげなく彦ちゃんの方へと逃げて、小五郎も逃げてきた。

夫婦の再会はいいんだけど、彦太郎がお利口で良かったよ・・・

私は彦ちゃんを抱き上げてとりあえず小五郎に無言で視線を投げかけてみる。小五郎も苦笑している・・・まぁ、そうよね。

「良蔵さん今回はしばらくいるのよね!」

「いや、近々長崎に行くぞ!」

「えぇぇ!?またぁ!?」

   ・・・・・。

私と小五郎は無言。白糸に至っては微妙な距離を保っている。

この人、豪快すぎる・・・

お似合いと言えば、お似合いだわ、この二人・・・

「お姉ちゃん紹介するね、こちらは来原良蔵さん。私の旦那様よ。」

「おぉ!お市と言う名前に聞き覚えがあると思ったら、お市殿はハルが子供の時にこの家に住み込んでいたと言うお人か!?」

「えぇ、だいぶ昔の話ですけれど。」

「それか!じゃぁ今夜は桂さんの帰りも祝って宴だ!!!」

「だめです!」

   ・・・・・。

来原さんを、ぴしゃりと止めたのはハルちゃんだった。

「なにっ!ハル!どういう事だ!!」

「ダメです!良蔵さんは帰るんです!!」

   ・・・・・。

「せっかく桂さんが帰って来たのに宴は必要だ!」

「それは昨晩やりました!!!」

「わしは参加しとらんぞ!」

「良蔵さんが帰って来ないのが悪いんです!!!」

「いやっ!しかしだな!!!」

「帰ります!!!!!!」

「いやっ!しかしだなっ!?」

「お兄ちゃんとはお城で毎日会えるでしょ!ハルとはいったいいつぶりですか!!帰るんです!!!!」

そう言い倒すと、ハルちゃんは私の所に来て彦太郎を受け取り・・・

「じゃ、お姉ちゃん明日の朝また来るね~!」

そう、言って、来原さんを連れて帰って行った・・・

   ・・・・・・。

その場に残された私と小五郎は、しばしポカンと・・・ただ、立っていた。

「姉さん、驚いた・・・?」

「えぇ、まぁ・・・いつも、あんな感じなの・・・?」

「うん、あんな感じ・・・」

「そう・・・」

   ・・・・・・・・。

「なんか、良蔵君の声がしたが?」

お父さんがそう言ってやって来た。

「はい、今ハルに連れて行かれました・・・」

「そうか、じゃ、今日は静かだな。」

そう言ってお父さんは部屋へと帰って行った。

来原さんが持ってきた鶏をさばいて、三人での夕飯は静かで、と、言うか落ち着いていた。

その後私は下宿の子達の片付けもして、部屋に戻るなり、今日の事を思い出して笑ってしまった。

「来原さんもすごかったけど、ハルちゃんもすごかったわね!」

「驚いたでしょ?」

「そりゃぁもう、驚いたわよ。」

「僕より四歳年上なんだけどね、ハルの旦那さんだから義理の弟になっちゃうんだよね。」

「あれで弟!?でもハルちゃんが強すぎるから、ちょうどいいんじゃない?」

私達は笑う事しかできなかった。

「久しぶりに遊女って言われたわね、誰がなんて吹き込んだのかしら?」

しれっと流し目で小五郎を見てやると小五郎が狼狽え始める。

「僕はそんな事言ってないよ!ただ、ちょっと、訳ありってだけ言った・・・」

「ふ~ん、」

「ちょっとぉ!信じてないでしょ!?」

笑いが止まらない。

「誰以来かしらね、遊女なんて言ってくれたの。」

「土方さん以来だね。」

「みんな、元気かしらね・・・」

江戸のみんな、女将や宗次郎君、何より晋作君はどうしているかな・・・

「晋作は間違いなく元気だと思うよ?」

小五郎がそう言って優しく笑ってくれた。

「そうね、それは間違いないわね。」

宗次郎は、どうしているだろう・・・

友達、できたかな・・・

あの子の時間の短さを思えば、本当ならばできるだけ近くにいてやりたい。でも、それはこの小五郎の首を差し出すことになり兼ねない・・・沖田総司と桂小五郎は相対する人間、本来なら、接点などある訳がなく、私が歪めてしまったものの一つに数えられる。

あの子が死する時、側にいたいと言ったけれど、小五郎は理解してくれたけど、その時にどういう状況かによっては二度と会えないかもしれない。

晋作君は?晋作君はどうなんだろう・・・

明治維新の志士に、名前がなかった気がする・・・

あの子も、若くして死んでしまうの・・・?

何で?

また刀で・・・死んでしまうの・・・?

「・・・ぇさん?・・・姉さん?」

ふと気が付くと、小五郎が私の事を呼んでいる。やだ、気が付かなかったんだ・・・

「あっ、ごめん、何?」

「どうしたの?大丈夫・・・?疲れちゃってる?」

また、こんな顔させちゃったよ。

「ごめんごめん!大丈夫よ!」

私は笑うけれど、きっと何か考えていた事ぐらいバレているよね・・・この子はそう言う子だから。

「外にでも行こうか。」

小五郎が笑って言った。

「お庭に?」

「いや、家の外だよ。」

でも、外は真っ暗よ・・・?

「家の中だと、話しにくい事もあるでしょ?」

あぁ、そうか・・・気を使ってくれてるんだね。

「じゃ、出ようか。」

私達は羽織を羽織って家の近くの河原へと向かった。

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