夢恋路 ~青年編~21
【おリョウ】
ハルちゃんの元気良さに小五郎はだいぶ手を焼いているってわけね、これは、賑やかな毎日になりそうだ。
ハルちゃんの家はすぐ近くだし、あの性格じゃ毎日来そうだよ・・・
それはそれで、楽しいんだけどね。
お雪とも、こうやって・・・暮らしたかったな・・・
「せっかくだから着替えようかな。」
炊事もするみたいだし、ハルちゃんが貸してくれた着物に着替えようか、確かにこんなにしっかり着付けていたら動きにくいよね。
立ち上がって帯を外そうとすると急に小五郎が狼狽え出す。
あら、なんで?
「あのっ、姉さん!?」
「なぁに?」
「ここで、着替えるの!?」
「・・・そうよ、なんで?」
「なんでって、」
まさか、今さら恥ずかしいのかしら?
ちょっと、いじめてみようかな。
「あら、見慣れてるでしょ?」
「見慣れてるって!?」
かわいいかわいい、大人の男への道のりはまだまだ長いかな。
「何をそんなに焦ってるのよ、裸になる訳じゃあるまいし。」
ちゃんと長じゅばんも着ているのに、何をそんなに焦る必要があるのかしらねぇ。笑いながら帯をほどいて着物を脱ぐけれど、一応小五郎には背を向けて、ね。
まったく、どんな顔してるやら。思わず笑っちゃう。
袖を通して気がついたけど、これ、お母さんのだ。
「懐かしいわね、この着物・・・」
帯を締めて振り返って。なんとなく、お母さんの匂いがする気がして、切なくなる。
見ず知らずの私を和田家に連れて来てくれたのは、お母さんだったから。
「母さんより細いから、だいぶ印象が変わるね。」
小五郎が目を細めて私を見ている。
「お母さんにちゃんとお礼を言いたかった、またここに来れるとわかっていたら、もっと早く来たかった・・・」
「一緒に墓参りに行こう、藩務があるからちょっと先になるけど、必ず。」
「えぇ、必ず。」
「でも、」
小五郎が急に立ち上がり私の前に立つ。
「もっと前に帰って来てたらダメでしょ!?」
「・・・ん?あら、どうして?」
急にモジモジする小五郎君。
「だって、そしたら僕は、姉さんの恋路の対象にはなれないでしょ?」
「・・・・・・」
あははははははは!
久しぶりに面白いこと言ったな!そうだね!
「笑わないでよ!」
「ごめんごめん!そうだね!うん、そう!」
笑いが収まらない、困った。
そんな私の口を、小五郎の口が、ふさいだ。突然、どー言う事、かな?
「さっきハルに邪魔されたから。」
小五郎が二カッと歯を見せて笑った。
懐かしい調理場に立ってみて、ドカンと出されたおっきな・・・鯛ですが。
これを刺身にしろとハルちゃんは言っている・・・
お母さんもそうだったけれど、何たる無謀な。こんな鯛、一般の市民が食っていいの?
で、彦ちゃんを担いでいるハルちゃんができる事はご飯を炊く事ぐらいで・・・まぁ、結局それ以外は私の仕事って訳ね。
しかし、この材料・・・がんばります。
刺身、煮つけ、和え物、汁物、ハルちゃんは横で大喜びしているが・・・これ、何人分!?
鯛の刺身だけでいったい何人分・・・?
良くわからないんだけど、これってお殿様と化が食べる様な献立じゃないの!?漁師町だから、いいのかな・・・?
「ねぇ、ハルちゃん・・・これ、食べきるの?」
「う~ん、四人じゃ無理ね。」
「そうよね・・・」
ハルちゃんが小首を傾げる。
「煮つけや汁物はいいとして、刺身は何日も日持ちしないでしょ?」
「そうねぇ、う~ん。」
ぽん。
ハルちゃんが手を打つ。
「住み込んでいるお弟子さん達も全員呼んじゃいましょ!うん!そうしましょ!」
・・・それは、今度は足りるのか心配ですが。
結局、夕飯は小五郎の帰路を祝うバタバタとした大宴会になってしまい・・・私はずっと走る事になってしまった。
でも、その方がいいと思った。
バタバタしながら忙しくしている方がきっと、余計な事は考えないでいいから。
なんて考えたのが甘かったと思い知るのは明日からだろうね。
【桂父】
今日着いたばかりだと言うのにお市はまるで何年もここに住んでいるかのように炊事からすべてをこなしてくれている。ハルが動けない分助かると言えば助かるのだが・・・これでいいのだろうか?
お市は心を病んでここに来ているはずなのだが、そんな娘をこんなに働かせて、悪くはないだろうか?
小五郎は酔っていてもうわからないだろう・・・
お市の酒の強いのは相変わらずだ。小五郎が情けなく見えてしまう。清子の着物を着てこうも働かれてはもはや他人様ではあるまい、本より、他人として扱った事はないのだか。
しかし、不思議なくらい美しい娘だ、あの時のまま、まるで変わっていない。
二十八と聞いていた歳も十八だと言ったが、それは本当だろうか・・・
「・・・四十二?そらぁあらんわ。」
「ん?何か言いました?」
ふと横に酌に来たお市を見てつぶやいてしまい、お市が私を見て笑った。
「いや、時にお市、今日着いたばかりで働かせて悪いな。」
「いいえ、家の女がやるのが当然ですよ?」
・・・ハルは座って動かないんだがなぁ・・・
「お前が小五郎に嫁いでくれるとありがたいんだがな。」
「さぁ、それはどうかしら?」
お市はクスリと笑って席を外した。
これでは小五郎は勝てまい。
きっと住み込んでいる若い弟子たちもすぐにお市に魅了されていくのだろう・・・困った事にならなければ良いのだが・・・
良蔵君もここにいたらいいのだが・・・彼は今どこにいるんだ?
あぁあぁ、彦太郎が転がっている・・・
清子に怖いくらいそっくりだな、ハルは・・・
【おリョウ】
うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~!
おっと、彦ちゃんが泣き出しちゃった。
・・・で、ハルちゃんは全然気にしないのね。さすがにお酒の席で子供が泣くってのは、場を壊しちゃわないかしら?
えーっと、とりあえず、ハルちゃんは泣き止ます気配はないから、私が連れ出しましょうか・・・
「ハルちゃん、彦ちゃん連れ出すわね。」
「あっ、いいよお姉ちゃん、そのうち疲れて寝るから。」
やっぱり、そんな感じなんだ・・・
「お酒の席だから、寝かし付けたら戻って来るわ。ハルちゃんは座ってて。」
私は転がっている彦太郎を抱き上げて、静かに部屋を出た。
さっきトイレは済ませてたから夜泣きだろうね、とりあえず白糸の所に行きますか・・・
ぎゃん泣きしている彦ちゃん、いくらなんでも酒の席に放っては置けないでしょ。まだ1歳なんだし・・・
泣き騒いでいる彦太郎を見て白糸が迷惑そうな顔をしている、耳を伏せて、目を逸らした。
「そんな顔しないで手伝ってよ~。」
柵に寄りかかって彦ちゃんの背を叩いてあやす私に白糸が渋々と言った感じで寄って来た。
「彦ちゃん落ち着いて~、ほら、白糸も心配してるよ~。」
白糸は彦太郎に鼻先をくっつける、わんわん泣く彦ちゃん、だんだんと笑えてくるから私も酔ってるのだろう。
おろおろと柵の前を行ったり来たりの白糸・・・困らせちゃったかな。
白糸が幾度目か鼻先を彦太郎にくっつけたとき、はたと彦太郎は何かに気が付いたように泣くのを止めた。
「おっ、泣き止んだ。」
もぞもぞと動き出した彦太郎、このまま黙って寝てくれるかと思いきや手を伸ばして・・・白糸の前髪を掴んだぁ!
や~め~てぇ~!!!
びっくりの白糸が固まっている。
頼む!頑張れ白糸!!
【桂小五郎】
「あれ、ハル。彦太郎は?」
ふとハルの横を見れば、芋虫の様に転がっていたはずの彦太郎がいない。自分で歩き回るほどではないと思うけど・・・
「大泣きしてたから、お姉ちゃんが連れてったよ。」
連れてったよって、なんでお前が座っていて姉さんが子守りしてんの!
ってか、泣いてたっけ・・・?
「どこに連れてったの?」
「さぁ、寝かせて来るって言っていたわ。」
何でこいつはこんなに他人事なんだ!母さんそっくり!!
「大丈夫よ、寝つきいい子だから。」
そう言う問題じゃないと思う・・・、姉さん、子育ての経験ってあるのかな?
困ってないかな・・・
「お兄ちゃんどこに行くの?」
立ち上がった僕にハルが声をかける。
「・・・厠。」
【ハル】
お市お姉ちゃんが彦を連れて行ったけど、まぁお市お姉ちゃんなら大丈夫よね。
どーせみんな酔ってるから彦が泣いていても気が付かないでしょうに。さすが、気が利くと言うか。私は助かっちゃうんだけどね。彦は寝つきのいい子だからすぐに寝て帰って来るでしょ。
それより・・・
「あれ、ハル。彦太郎は?」
ほら、気が付いた。
「大泣きしてたから、お姉ちゃんが連れてったよ。」
ほら、この顔。
驚いてる。
どうせ彦が泣いている事なんて気が付かなかったでしょ。それに、どーせ彦の事じゃなくてお市お姉ちゃんの事が気になってるんでしょうに。
もう。大丈夫だって言ってるのに、厠だなんて見え見えな事言って。
これは、お兄ちゃんの方が圧倒的に追っかけているのね。
昔から、お市お姉ちゃんの事、大好きだったからねお兄ちゃん。いなくなってどれだけ大騒ぎしてたか、私も子供だったけど、よく覚えてる。毎日毎日走り回ってそれこそボロボロになるまで探していたっけ・・・
そんなお市お姉ちゃんが再び現れたんだから、そりゃお兄ちゃんとしてはひと時も離れたくないでしょうね。
お市お姉ちゃんもこれじゃ大変だわ、この二人、ちゃんとうまくいくかしら。
・・・でも、お市お姉ちゃん、あの時、何でいなくなったのかしら・・・?
お市お姉ちゃんの性格なら、そんなことしないと思うんだけど・・・
【おリョウ】
「白糸、がんばるね~。」
白糸は彦太郎に前髪を掴まれたまま、そして、彦太郎は白糸の前髪を掴んだまま、寝てる。
白糸は私の背後で、私からは顔が見えないけれどきっとすごく困っているんでしょうね。
これはー・・・私一人じゃ取れないぞ?
ちょっと前に動いてみるが・・・結構がっちりつかんでますね、これ。
「もぅ、勘弁してよー。」
こんな予定じゃなかったんだけど!
何だか前にも、こんな事なかった!?
かさっ、かさっ、
・・・ん?
誰か歩いてきたのかな、草履が擦れる音がする。
こんな時間に馬小屋に何の用だろう・・・まぁ、ちょうどいい、助けてもらおう!
「やっぱりここだったか!」
おっ、この声は!
「ここで何して」
しぃぃぃぃぃー!!!!
私は咄嗟に小五郎の方を向いて立てた中指を自分の口に当てる。
小五郎が思わず立ち止まった。
一応、せっかく寝てるんだから、起こさないでほしいんだけど・・・あの子酔ってるんだよね。
空気、読めるかな・・・
小五郎は静かな足取りで近づいてくる。
「いい所に来たわね、ちょっと助けてもらえる?」
「・・・助ける?」
小五郎が小首を傾げてこっちを見ている、小五郎にはきっとよく見えていないんだろう。
「白糸を助けてやってほしいんだけど・・・」
「白糸を?」
「そう、私は動けないの。こっちに来て?」
大方、白糸が私にぴったりくっついて甘えている様にでも見えているかな?
小五郎の足取りはちょっとおぼつかないけれど、私の方に回って来て、吹き出した。
ぷっ。
「よく我慢してるね、白糸。」
「でしょ?」
私も思わず笑ってしまう。
迷惑そうな白糸は、耳をパタパタと動かしている。
「わかったわかった、今助けてあげるね。」
小五郎がそっと彦太郎の手を取って指を開かせた。
「はい、どーぞ。」
ぶるぶるぶる!!!
白糸は勢いよく頭を振って数歩下がった。
「ごめんねー白糸、お疲れ様。」
白糸に向き直して鼻筋を撫でる、白糸は耳をしきりに振っていた。
「はぁ!疲れた!こんなつもりじゃなかったのよ?」
思わず笑ってしまう。
小五郎も笑っている。
「災難だったね、姉さんも白糸も。」
「本当よ。」
そう言って小五郎が彦太郎を抱き上げてくれて、私は両手を天に伸ばして思わず一息つく。
そして、ふと横にいる小五郎を見て、思い出した。
「前にも、こんな事があったわね。」
「えっ?」
抱きかかえている生物の大きさこそ違うけれど、こんな事、あったね。
「ほら、宗次郎君。」
「あぁ!そうだね!」
「あの時も寝た子に手を焼いたわね。」
「そうだったね、あの時の姉さんの無謀さと言ったら、全部を知った今思うと恐ろしいよ。」
「そうね。」
そんなに遠い昔の話じゃないのに、すごく、懐かしい。
宗次郎君と初めて出会って、後の沖田総司であることを知った日・・・
小五郎と、始めて歩いた日・・・
「元気かな・・・」
何だろう、この寂しさは。
忘れていた大切な事を、思い出したような気がする。
みんなは、元気だろうか・・・
「きっと、元気だよ。」
笑ってくれる小五郎、気遣ってくれているんだよね。
私はじっと小五郎を見つめてみた。
この男には、やらなければならない事がある・・・私はそれを忘れてはいけないんだ。
今が幸せで、楽しくて、忘れてしまいがちだけれど、それは許されない。例えどんなに強引な手段を使ったとしてもこの男には明治の世を創ってもらわなければならない・・・この男は、木戸孝允なのだから。
「主役のあなたがいなければみんなが困るでしょ?さっ、早く帰りましょ?」
私は小五郎から彦太郎を受け取る。
完全に寝てる、本当、手のかからないいい子だわこの子は。
「姉さんは子供の扱いに慣れているの?」
・・・ん?
そう見えるのかしら?
「いいえ、甥っ子がいるけど会った事ないし、こんな小さな子抱いたこともほとんどないわよ。」
私の言葉に小首を傾げる小五郎、なんか変な事言った?
「でも、上手だよね・・・随分慣れている感じだよ。」
そうかしら?
でもまぁ、そうだったかもね。
「まぁ、子供には、好かれるのよね。」
そう言ってやると小五郎が目を丸くした。
「それってどー言う事!」
あら、やっぱり気になった?
ちょっとわざと笑って、私は小五郎を置いて歩き出す。
「さぁ、どー言う事かしらね。」
「ちょっと!姉さん!」
もぉ、大きな声を出さないでよね。
彦太郎がお利口さんでよかったわ・・・だって、私も笑いが止まらないんだから。
【ハル】
あっ、やっと帰って来た。
戸を開けて立っている二人はとってもお似合い。並んだ時の大きさもちょうどいい。
お市お姉ちゃんはさすがね、彦太郎が完全に寝入っている。抱き方も慣れたものだわ。
ちょっと、からかっちゃおうかな。
「あらお似合い、そうやって子供抱いて並ぶとまるで夫婦ね。」
私の声に周囲の男たちが話を止めて一斉に二人を見る。
二人は顔を見合わせて、お兄ちゃんは急に赤い顔になった。
「そうかしら?」
「ちょっ!姉さん!?」
お市お姉ちゃんは彦太郎を抱えたままお兄ちゃんにわざとぴったりとくっついて笑って見せる、さすがお姉ちゃん!
それに引き替え狼狽えるお兄ちゃん・・・おもしろすぎるじゃないの。
「おぉ!夫婦じゃ夫婦じゃ!」
「祝言はいつかいな?」
みんなが口々に茶化し始める、お姉ちゃんは笑いながら私の所にやって来てしゃがんだ。
「隣の部屋に布団を敷くから、彦ちゃんはそこに寝かせるわね。」
さっすがー、そこまでしてくれるのね!
「今夜は遅いから、泊まって行くようにと小五郎に言われたわ。ハルちゃんそうして行って?」
これは嘘、そう提案したのはきっとお市お姉ちゃんね。
お兄ちゃんがそんな事、気付くわけないもの。
「ありがとう、そうさせてもらうわね!」
まぁ、ここにはおしめの替えはいっぱいあるから、泊まって行く気満々だったんだけどね!
しかしこの二人、一体どんな関係なのかしら?
お父さんはあまり聞くなと言うけれど、これから少しずつ聞いて行こう!




