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夢恋路 ~青年編~20

【おリョウ】

懐かしくて泣きそうだった。

ハルちゃんがパワーアップしていたのには驚いたけれど、あの時の可愛らしさはそのままで、子供のいるお母さんになっている。

14年と言う月日はこうも皆成長するものなのか・・・現代の子達に比べるとさすがに大人だ。

私が4年間で成長した事って、何かあるかな・・・

白糸が思いのほか受け入れが早くて驚いた。たぶん、多分だけど、小五郎と同じ匂いを感じているんだろう。ハルちゃんには大分驚いていたけれど、泣いている彦太郎に顔を寄せてくれる姿はまるであやしてくれている様だった。

これだったら大丈夫、白糸は、ずっとここで暮らしていける・・・

藩医である和田のお父さんはほぼ隠居に近いらしい、藩からの役職をもらっているせいか昔から大きなお屋敷で。私たちは和田のお父さんの家にお世話になるのかな・・・?

と、言うか、お父さんはここで一人で暮らしているの?

そう思ってちょっと心配しながら家に入って見たら・・・人が多い事なんの。

「ねぇ、なんでこんなに人が多いの・・・?」

思わず本音がポロリ。

若い男が多い事・・・全員兄弟じゃあるまい?

「あぁ、お弟子さんだよ。医学を勉強に来ているんだ。」

あぁ、納得。

「お帰りなさいませ、おハルさん!」

口々に言う男達、なんだか、どこかのメイドカフェ的な感じねぇ・・・執事カフェ?

「お父さんいる?」

「奥の間においでです。」

「ありがと!」

とりあえず白糸は玄関前につながせてもらって、周囲の子達には触らない様に伝えて、私たちは中に入る。

あの時、4年前に東京に帰って来た時はまたこの家に来れるなんて思ってもいなかった・・・

あんなにかわいがってもらったのに、私は何も言わずにこの家を後にした。

再びここに来ても良いのだろうか・・・私は思わず、小五郎の袖を掴む。

「・・・・・・?」

小五郎が黙って私を見る、私はきっと、泣きそうな顔で小五郎を見上げている。

胸がね、いっぱいなんだよ・・・

小五郎は私に微笑んで、黙って手を握ってくれた。

お父さんに会ったら、泣いちゃわないかな・・・?



【桂小五郎】

「お父さんただいまー!」

ハルが大きな声で戸を開く、父さんは書物に目を通していた。

「なんだ、また帰って来たか。」

呆れ声でハルを見上げる父さん、そして横に立つ僕に気が付いた。

「おぉ!小五郎!いつ帰って来た?」

「ご無沙汰してます、先日萩に入りました。」

「そうか!・・・・ん?」

僕を見ていた父さんの視線が僕の後ろに移動する、僕も思わずその視線を追った。

その視線の先には姉さんがいて、姉さんは敷居をまたぐことなく、廊下側に立っていた。

「・・・お市・・・か?」

姉さんはゆっくりとその場に両膝を付け、頭を床に付けんばかりに、土下座した。

「姉さん!?」

「やだ!ちょっとお市お姉ちゃん!」

僕達は思わず声を上げる、しかし姉さんは頭をあげない。

「・・・ご無沙汰しております、お市でございます・・・・14年前、見ず知らずの素性も知れぬ私をあれほどまでに、家族同様として面倒を見ていただいたにもかかわらず、一言も告げることなく、あの時あの場を去らなければならなかった無礼、今更ではございますがお詫び申し上げます。恩をあだで返すとはまさにこの事、誠に申し訳ございませんでした・・・・・」

「姉さん・・・」

姉さんは体を小さく震わせていて、頭をあげなかった。

姉さんが悪いわけじゃない事、僕は知っている・・・でも、父さんもハルも、もちろんその当時の僕も誰も、姉さんが消えてしまった理由を知らない。

まるで神隠しにあったように消えた姉さんはきっと、複雑な想いで頭を下げているのだろう・・・

僕が姉さんに歩み寄ろうとしたとき、父さんが立ち上がり、姉さんの元へと足を向けた。そして、敷居をまたげないでいる姉さんの前にしゃがみ込み、肩に手を置いて・・・

「お帰り。」

そう言う父さんは優しく笑っていた。

姉さんはゆっくり顔を上げて、そして父さんに抱きついた。

「よぅ帰って来たな、お市。」

姉さんはきっと泣いていたと思う。

父さんはしばらく、姉さんの背をさすって、本当の娘の様に姉さんを抱きしめていた。

「・・・・・で、なんで、ハルが泣くんだよ。」

ふと横を見ればなぜかハルが泣いている・・・

「だって!感動的な場面じゃない!お市お姉ちゃんが帰って来てくれたのよ!?」

   ぐすっ・・・

彦太郎はおとなしく寝ていると言うのに、この母親は・・・

父さんを囲むようにして僕達は座って昔話で盛り上がった。父さんも姉さんが帰ってきた事をとても喜んでいるようで、いつもよりもニコニコしている気がする。

「いやぁ、偶然ってのはあるもんだ。広いお江戸で小五郎とお市が再開するなんてなぁ。」

「僕達も驚きましたよ、ねぇ姉さん。」

「本当、まさかこんなに立派になっているとは思わなかったわ。言われなきゃ気が付かないわよ。」

「そうよね、私たちがお市お姉ちゃんといた時はまだ子供だったんだから。」

「しかし、お市は変わらないなぁ・・・」

父さんの言葉に僕と姉さんは思わず顔を見合わせた。

「本当、きれいで若いまま!」

これは、どうやって言い訳をしたらいいんだろう・・・僕が思うより先に、姉さんは会話の流れを全く止めず口を開いている。

「私、あの時いくつって言ったかしら?」

「えっ?えーっと確か二十八歳じゃなかったかしら?」

「たぶん、18歳の間違いよ。」

僕は、会話に入れない・・・入ったらぼろが出そうだ。

「えっ!?十八!?」

ハルが声を上げて父さんを見た、父さんも驚いている。

「どこでどうして28歳になっちゃったかはわからないけど、28だと私は計算上42になちゃうのよ。」

「確かに、四十二には見えんな。」

「小五郎にも同じこと言われたわ、ねぇ?」

「・・・うっ、うん。」

会話に加わるのが恐ろしいです・・・

「私は今32ですよ。」

姉さんがにっこりと笑う。

いったいいつ、こんな策を練っていたのか・・・やはり姉さんの賢さはとんでもない。

「そうよね!三十二だったら納得するわ!」

ハルが大きな声を上げる。

「しかし、よく連れ帰った小五郎。母さんと八重子も会いたがっていたから、喜ぶだろう。」

姉さんが目を伏せる。

きっと姉さんも、母さんや次女姉さんに会いたかったんだろう・・・

「墓参りにもね、行こうと思ってるんだよ。」

「そうね、きっと喜ぶわ!」

ハルはとっても嬉しそうで、その口は止まりそうにない。

「でね!お父さん聞いて!お兄ちゃんね、お市お姉ちゃんだけじゃなくって馬まで買って来てくれたのよ!」

・・・馬を、買ってくる?

「ほぉ、馬まで。それはありがたい。」

馬まで・・・ありがたい?

「・・・・ん?」

僕は思わず声を上げて首を傾げてしまった。

「・・・・ん?」

ハルも首をかしげる。

父さんも首を傾げ、姉さんも首を傾げ僕を見る。

四人が、不思議な顔をして黙った。

「ん?お兄ちゃん、馬を買ってきてくれたんじゃないの?」

「買ったと言うか、もらったと言うか・・・?」

   ??????

何だろう、なんだか話が、かみ合っていないと言うか・・・?

「まさかお兄ちゃん達!馬引いて江戸から来たの!?」

「そうだよ・・・?」

「馬子付けないで!?」

「うん、自分たちで引いたけど・・・?」

「ちょっと!武士なんだから!」

ハルが驚いて叫んでいる、まぁ、珍しいかもしれないけど、そんなに驚くことじゃないと思うんだけどなぁ・・・

「じゃぁ、白糸は荷積みの馬なの!?」

「まぁ、そうねぇ・・・?」

さすがの姉さんも、会話の行方がわかっていない様子。

「なんだー、うちの馬が死んだから、それで連れて来てくれたのかと思ったわ!」

あぁ、そう言う事だったのか・・・

確かに馬は高いし、性格をよく見ないと買っても使えないなんてこともあるからね・・・そうか、前の馬は死んだのか。これは、僕が買ってやらないといけないのかな?

「そう、だったらちょうどいいから白糸を使えば?」

悩んでいた僕の横で姉さんがあっけらかんと言った。

「えっ!?」

姉さんの言葉に僕は驚いてしまう。

「まぁ、農耕馬じゃないから馬具を付ける所からの訓練だけど、たぶん大丈夫よ。」

姉さんは僕に笑った。

「でも、白糸は・・・」

白糸は、僕と姉さんの娘で、神経質で気が荒くって・・・何より姉さんがとてもかわいがっている馬。

姉さんは僕の言葉を遮る様に笑った。

「じゃぁ、白糸はここの馬小屋に置かせてもらってもいいのかしら?」

「あぁ、置かぁええ。ちょうど開いとるでな。」

「よかった、ありがとうお父さん。」

姉さんが嬉しそうに微笑む。

「すごくきれいで大人しい馬なのよ、見たらみんなが驚くわ!」

綺麗なのはきれいだが・・・大人しくはないんだけど。

「ハルちゃん、お父さん、実はあの馬、暴れ馬なの。」

「えっ!?だってさっきあんなにおとなしくしてたじゃない!?」

「きっとハルちゃんと彦太郎の事を気に入ったんじゃないのかしら、もとは馬場で捨て置かれていた馬だから何も躾はされてないの。だから、面倒は当分私と小五郎で見るから、私たちがいないときは気を付けてね。」

「僕は明日から藩へ顔を出さなければならないから、父さん、ハル、姉さんをよろしくお願いします。」

「やったぁ!!お市お姉ちゃんあんみつ食べに行こう!!」

「いいわね!」

姉さんが楽しそうに笑っている。

連れて来て良かった・・・ハルにはちゃんと伝えておこう。

「さて、お前達はここに泊まって行くんかな?」

「そうしたいんだけど、部屋あるかな?」

「お前の部屋はそのままある、お市の部屋は・・・」

「あっ、一緒で良いわ。ねぇ。」

そそそそそそそうだけどっ!僕は思わず顔を赤くしてしまった。

「あら。」

「・・・・・ほぅか。」

ハルが、悪い顔をして、父さんが、見たことない顔をしている・・・

「宿もずっと同じ部屋だったから問題ないわ、ねぇ。」

「・・・うん、」

「・・・・・ほぅか・・・ほぅか・・・」

ハルの悪い顔も気になるが、どちらかと言うと父さんの顔の方が気になる・・・

「・・・まぁ、ならば荷物は男達に運ばさぁえぇ、旅の疲れもあるだろう、今日はゆっくりしなさい。」

「お世話になります。」

姉さんはそう言って、父さんに頭を下げて笑った。

「・・・・・ほぅか、ほぅか・・・・・・」

父さんはまたポツリと、つぶやいた。

えっと、父さん・・・?

「じゃ、今日はみんなで夕食ね!」

なんだかハルが一番喜んでいる。

「お前はしょっちゅう来とるだろ!」

父さんがあきれた声をあげ、みんなで笑った。

なんと白糸は父さんの弟子をしている男達に、黙って荷下ろしをさせている!これはどういう心境の変化だ・・・?

下ろした荷物を部屋まで運んでもらい、僕たちはしばし二人きりになった。

「姉さん疲れてない?」

騒がしくって、疲れてないかな・・・

きっといろいろ想う事もあるだろうし、疲れちゃうよね。

「あら、小五郎の方がずっと疲れたんじゃないの?」

姉さんはそう言って笑う。

・・・まったくだよ、僕はため息をついて苦笑した。

「僕ちょっと父さんとハルと話があるから、待っていてくれるかな?」

姉さんの事、江戸での事、ちゃんと話しておかないといけない・・・

「じゃぁ私は荷ほどきををしているから、ゆっくりしてきて。」

「荷ほどきは僕も一緒にやるから、姉さんはゆっくりしていていいよ?」

「ありがとう。じゃあ、そうするわ。」

姉さんはにっこり笑って僕を見送った。

僕は父さんのいる部屋に向かう、ハルはまだいるかな・・・?

まぁ、いるよね・・・

「父さん、ハル、いますか?失礼します。」

戸を開けると父さんとハルが向かい合って話していて、彦太郎が横に転がされていた・・・

「あら、お市お姉ちゃんは?」

ハルが僕の後ろを探すような視線を向ける。

「・・・その姉さんの事で、父さんとハルに話があるんだ。」

「お市お姉ちゃんの事で?」

ハルが首をかしげた。

これから言わなければならない事を思うと・・・苦しくて、怖い。

「・・・実は、今回帰ってきたのは藩命じゃないんだ。」

「えっ、どういう事?」

そうだよね、藩命じゃないなんて普通はあまりないことだ。

「どうしても、姉さんを長州に連れ帰らなければならない理由があったんだ・・・」

「理由って、」

言うのが、つらい・・・

「姉さんは、心を病んでしまっているんだ・・・・」

「心を病む?」

医師である父がここで声をあげた。

僕はまっすぐ父さんの方を向いて話す。

「はい、今でこそああやってにこやかな表情をしていますが、一時は表情もなく、心も壊れ、自ら命を絶とうとするほどに・・・苦しんでいました。」

「なにがあったの、お市お姉ちゃん・・・」

ハルが辛そうな顔をしている・・・

「・・・僕の、不徳で・・・・姉さんは実の妹のように可愛がっていた娘さんを、失ってしまったんだ・・・」

できれば、忘れてしまいたい事実・・・

「僕が大人になりきれなかったばかりに、姉さんの大切な妹を、夜道で辻斬りに合わせてしまった・・・しかも、姉さんの目の前で。それで、姉さんは壊れてしまって、長州に帰ってきたら、少しはいいんじゃないかと思って・・・」

「お兄ちゃん、」

「・・・?」

ぱんっ!

呼ばれて向いた僕の頬をハルの平手が叩いた。ハルの手が、僕の襟を掴んだ。

「最低!お兄ちゃん武士でしょ!?道場でも師範の位をもらってるんでしょ!?なのに!お市お姉ちゃんの妹さんさえ守れなかったの!?」

この罪の責めはどれだけでも受けるつもりだ。

ハルの言うことは正しい、僕は武士で、刀を持つ身分なのに、姉さんの大切なお雪さえ、守れなかったんだ。

いや、もっと悪い。

だって、殺してしまったんだから・・・

「ハル、やめなさい。」

勢いよく僕をまくし立てるハルを、父さんが制止した。膝立で僕の胸ぐらを掴んで怒鳴っていたハルは、父の一言で腰を下ろす。

「理由はわかった、お市の事は気にしておく。お前は藩務に精進しなさい。」

僕は頭を下げた。

「相変わらず、お市の身の上は不憫だな、容姿と一緒で昔のままだ。」

父さんは苦笑した。

「今回の事でお前は、大切な者を失って知った己のいたらなさと無力さがあったはずだ。今後自分が何をすべきかをよく考え、努力を怠らない事がお前の自分に課せている責の償いにもなろう。お市の事は、安心せぇ、ハルも彦もおるけぇな。」

「ありがとうございます。」

僕は頭を下げた。

「昔からそうだったよね、お市お姉ちゃんってどっか寂しそうで、時々遠い目をしていたって、覚えてるの。記憶がないって言っていたけれど、そんな目をしているときは、何か思い出しているのかなって、いつも思ってたわ。」

僕は、そんなこと気付かなかった。

ただ、毎日が楽しくて、笑っている姉さんの顔しか見ていなかった。

「お姉ちゃんはいつまでここに?」

「一年ぐらいはと思っているよ、早いか遅いかはその時によると思うけど、」

「大丈夫よ、ここにいればお母さんやお姉ちゃん達も見ていてくれるわ。それに、春になったら忙しくってそれ所じゃなくなるわよ!!」

・・・それは、ハルの代わりに畑仕事をすると言うことなのか、それとも子守りと言うことなのか。

「あまりこき使わないでくれよ?」

江戸川屋より忙しくならなきゃいいけど。

「お前は心配しなくて良いから、安心しなさい。」

「ありがとうございます。」

「早くお市の所に戻ってやりなさい、今のお市をあまり一人にすべきじゃない。」

医師としての父の助言に僕は素直に従う事にした。

僕は何度目か頭を下げて部屋をあとにした。



【桂父】

小五郎にとってお市が特別な存在であることは話をしていてわかる、年上女房か、小五郎らしいじゃないか。

「お父さん、お兄ちゃんってお市お姉さんと夫婦なのかしら?」

ハルはこのての話が好きだなぁ、ハルと言わず女は皆そうか。

「さて、どがかな。」

次期にそうなるだろうなぁ・・・

「ハル、そがにお市にとやかく聞かぁで?お市には時間が必要やけなぁ。」

「わかってるわよ。」

「どがかなぁ・・・」

心の病はそう簡単に治せない、落ち着いては何かの拍子に思い出してしまうと言う事を繰り返す。それは発作様だったり、衝動的な事だったり。自決を思うほどならばよっぽどだ。

お市は賢くて優しく、非の打ち所がない娘だ、だが、人間完璧であればあるほど壊れた時の傷は計り知れないほど大きく出る。癒えるのに時間がかかる。

お市の現状は、あまり良くはないのだろう。常に誰かが見ていなければ危険だ。きっと小五郎はその自責からずっと一人でお市を見てきたのだろう、どんなに好いた相手であれ、そろそろ疲れてくるはずだ。

まぁ、ハルがいるから大丈夫かな。

「今夜のお夕飯は何にしましょうかね~、ねー彦太郎。」

お市は子供の相手も上手いから、ハルはだいぶ助かるだろうなぁ・・・



【おリョウ】

小五郎が部屋を出ていって、一人になったとたんに急に江戸での事が思い出された。

自分が江戸に迷い混んで数ヵ月で、だいぶ歴史が歪んでしまった。お雪ちゃんが今後何かを行った可能性は少ないけれど、少なからず幾松さんがどうなるのかが気になる。

・・・私と、小五郎は、どうなるんたろう。

不安ばかりがわいてきて、こんなの、私らしくない。いつもなんとかなるって、ポジティブだったはずだ。

小五郎は荷別けを一緒にやるって言った、だったら小五郎を待とう。

だって、一緒が良いんだもん・・・

私は、いつまで小五郎といられるんだろうか?

「もうじき、雪が降るなぁ・・・」

ひんやりとした空気が、今は何故か心地良いと思えた。



【桂小五郎】

「姉さんお待たせ、」

姉さんは、窓に持たれて寝ていた。

待ちくたびれちゃったかな。

ちょっと顔を覗き込んでみたら、なんか、悲しそうな顔、してる。どうしたのかな・・・

本当は起こさない方が親切なのかもしれないけど、このままだと体が冷えちゃうし、ちょっと表情の理由が気になって、声、かけちゃった。

「姉さん、」

「・・・・・ぅん、」

なんだろうか、切な気な表情で目を開ける姉さんは、艶っぽくて、ちょっとドキドキしてしまう。

そうか、いつも姉さんは僕より早起きだから、僕は姉さんの寝起きをあまり見たことがないんだ。

「あっ、ごめん、」

あれ、さっきまでの雰囲気が消えてる・・・?

「いや、起こさない方が良かったかとも思ったんだけど・・・」

「いいのよ。さっ、片付けちゃいましょうか。」

そう言って姉さんは荷ほどきをして着物を干し始めた。なんだか、誤魔化された気がするのは気のせいだろうか。

片付けをしている最中、ハルが母と姉の着物を持ってきてくれた。江戸城下で生活していたような着物ではこっちでは堅苦しいからと笑いながら置いて行った。

確かに、姉さんは気にせず着物を汚してしまうけれど、いつも着ている訪問着では畑仕事なんかにはもったいない。訪問着よりは薄着になるから寒いかもしれないけど、こちの方が白糸との事を考えるとずっと動きやすい。

・・・・・そうだ!白糸だよ!!!

「ねぇ、姉さん?」

「なぁに?」

「白糸・・・・」

僕は、何となく何て言っていいかわからなくって言葉に詰まった。

「白糸ははじめから、長州に置いて行くつもりだったのよ。」

えっ!?聞いてないけど!?

「置いて行くって!?手放すの!?」

「えぇ、そうよ。もちろん白糸が私たち以外の人間と接触が可能だったらね。今の感じだと大丈夫そうだし・・・置いて行くわ。」

「でも!白糸は姉さんと僕の・・・」

「江戸や京で暮らす事は、白糸によくないと思わない?」

それは・・・確かに。

確かにここ数日白糸の表情はとても落ち着いている。ハルや彦太郎に見せた態度なんて最もだ。

でも・・・白糸は・・・

「娘はいつか嫁に出るものよ、娘の幸せを願わない親がいると思う?」

世の娘を持つ親たちってのは大変なんだなぁ・・・・・ん?そう言えば。

「ねぇ、姉さん?」

「なぁに?」

「姉さんにも、未来に家族っているんだよね・・・?」

「いるわよ?どうしたの突然。」

姉さんが笑う。

「いや、聞いたことなかった気がしたから。」

何だか照れる・・・

姉さんは僕に優しく笑いながら教えてくれた。

「ずっと一人暮らしだからだいぶ会ってはいないけれど、両親と弟がいるわ。あと、弟のお嫁さんと息子がいる。私は弟の子供には会った事ないけれど、きっと彦ちゃんぐらいじゃないかな。」

「未来でも一度家を出ると、帰るのは大変なの?」

「今の世に比べれば格段に楽よ、いろんな乗り物があるからどんなに遠くても1日はかからないもの。そうねぇ・・・江戸からここまでだと二刻かからないかな?」

「うそぉ!?」

そんなに!?

じゃぁ、姉さんが僕と歩いた時間って・・・姉さんには途方もない時間だったんだ。

「姉さん、よく歩けたね・・・」

「まぁね。」

姉さんは浴衣をたたみながら笑った。

「一人じゃ絶対に歩けないわ、小五郎や白糸がいたから、歩けたのよ。」

それはちょっと嬉しい・・・

「未来ではね、家族の形は大きく分けて二つあるの。一つはまるで兄弟姉妹の様に親が子供に近づいた親子。まるで同じ歳の友達同士みたいに何でも話して何でも一緒って言う関係、もう一つは親子兄弟との仲が希薄で互いに干渉もしなければ滅多に会いもしない独立した関係。うちは後者の方、両親も私に気を向ける事もなく、私もない。互いが無事であればそれでいいって言う感じね。連絡こそ取るけれど両親にはもう何年も会ってはいないわ。」

「連絡って、文とか?」

「私の携帯電話、覚えてる?あれでね、遠くの人ともいつでもどこでも話ができるの。だから、会わなくても生存確認ぐらいならできてしまうのよ。」

そうか、会えないから会いたいと思うわけで、いつでも会えると思うとそれほど思ったりしないのか。

親と友達同士ってのも変だけど、干渉しないってのも妙な話だ。

「この時代の方がずっと豊かだと思う事があるわ、もちろん物質的には未来の方が豊かだけれど、人の心に関してはこっちの世の方が遥に豊かで、幸福だと思う・・・変ね、小五郎には未来を創れと言っているのに、その未来を良く言わないなんて。」

姉さんが複雑そうな顔をしていた。

「こんな事を言うのはおかしい事だけど、私は未来の世よりも、この江戸の世の方が好きよ。もちろん刀で命を奪ったり、身分や人々の不平等さとか、そんな理不尽な事は好きではないけれど、今この世で生きている方がずっと楽しい。もし、また、いつこの世界を離れるかわからないけれど・・・それでも私はきっと、またここに戻りたいと願うでしょう・・・あなたがいるから、私はこの世界で生きていけるのよ。」

寝起きの時の様な、切ない笑顔だった。

僕は思わず姉さんを抱きしめていて、ちょっと強く、抱きしめすぎていたかもしれない。

「大丈夫、絶対に未来になんて帰さないから。僕はずっと側にいるし、絶対に一人になんてしない。」

僕達は、しばらく見つめ合って・・・どちらとも言わず唇を重ねようとしたその時!

「お市お姉ちゃーん!」

   ぴしゃーん!

!!!!!!!

突然開いた戸の音に僕と姉さんは飛び跳ねる様に身を放した。

ハルのばかぁ!!!!!

こんなにハルの事を恨めしいと思ったのはいつぶりだろう!!!

「ハルちゃん、何か御用?」

姉さんはいつも通りにこにこ笑ってハルを見ている。



【ハル】

「・・・あら?」

いくらなんでも昼間っからくっついているとは思わなかったわよ、次からこの部屋に入るときは許可が必要そうね、お父さんにもちゃ~んと言っておかないと。

大人って結構積極的なのね。

いかにもって感じで顔を赤くしてそっぽを向いているお兄ちゃんと、まるで何もなかったかのように平然として私に向いているお市お姉ちゃん。

さすがだわ・・・年上の、大人の女ってかっこいい!

私も見習わないと!

やっぱり、お兄ちゃんには年上女がお似合いね。

「ハルちゃん、何か御用?」

おっと、そうだった。

「お夕飯作りを手伝ってもらおうと思って誘いに来たの。どうかしら?」

「私で大丈夫かしら・・・?」

お市お姉ちゃんが苦笑するけど、以前散々やってたんだから大丈夫じゃないの?

「大丈夫よ!お願い!ねっ!?」

「ハル!姉さんは来たばかりで疲れてるだろ!?」

「大丈夫よ、私でよければお手伝いするわ。ここを片付けてからでも大丈夫かしら?」

「じゃぁ材料だけ準備しておくわね!」

この時期はお魚ね!お父さんの若い衆たちに買いに行かせよっと!今日は大奮発だわ!!

じゃ、私はおいとましましょうかね~

「じゃ、お姉ちゃん後で。お邪魔いたしました。続きをどうぞ~」

「ハルーっ!!!」

   ぴしゃん!

お兄ちゃんって、やっぱり面白い!

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