夢恋路 ~青年編~15
【桂小五郎】
「あれ、姉さんと・・・お雪ちゃん?」
僕がちょうど江戸川屋の前にさしかかるとき、向かい側から二人が歩いてくるのが見えた。だいぶ遠いけれど、姉さんだ。
でも・・・なんだかちょっと二人の空気感が違う気がするのは、なぜだろう・・・?
何となく、僕から声をかけた方がいい気がする。こんな時晋作がいてくれたらいいんだけど・・・
「お帰りなさい、姉さん、お雪ちゃん。」
「ただいま、小五郎も今帰り?」
「・・・こんにちわ。」
お雪ちゃんはいつも通り顔を伏せてしまう。お雪はきっととっても人見知りで恥ずかしがりなんだろう。
「今日は砂川屋さんへお使い?」
「おばあさんがお出かけって言うから、遊びに行っていたのよ。」
「そうだんだ。」
僕と姉さんはいつも通り話をして、姉さんは時折お雪ちゃんに話を振るけれど、お雪ちゃんは相槌ぐらいしか打てない・・・う~ん、僕は嫌われているのかな?
僕、帰った方がいいかな・・・?
小首を傾げてお雪を見ていたら、姉さんがふと声を上げた。
「あっ、女将に帰ってきた事を伝えないといけなかったわ。ちょっと待っててね、行ってくるから。」
えっ、置いて行かれるの・・・!?
そう思った時には姉さんはもう中に走って行ってしまった。
お雪ちゃんと二人・・・残されてしまった。
ちょっと・・・困っちゃうんだよね。
そんな事を思っていたら驚くことにお雪が声をかけてきた。
「あの、桂様・・・」
「はい、何でしょう。」
お雪は相変わらず視線を逸らせたまま、不意に懐から封を出した。
はて、何だろう。
「あの、これ・・」
白い封筒、誰かに渡してほしいのかな?
「これは?」
「あの、文を、読んではいただけませんか・・・」
・・・文?
・・・誰に?
「これは、僕に?」
「はい・・・」
僕は差し出された文を、受け取った・・・
僕に文?
お雪ちゃんが?
・・・何だろう?
「あのっ、お返事はなくても結構です!失礼します!」
「えっ、ちょ!お雪ちゃん!?」
お雪ちゃんはそうって、走って帰ってしまった・・・
これじゃまるで恋文じゃないか、妙なお雪ちゃん・・・
しかしお雪ちゃん帰っちゃって・・・僕、姉さんに怒られないかなぁ。
「あれ、お雪ちゃんは?」
ほらぁ~・・・
姉さんがやって来た時には当然お雪の姿はどこにもなくて、姉さんはあたりをきょろきょろしている。
「なんかねぇ、帰っちゃったよ?」
「帰っちゃったの?」
「うん、なんか文をね、渡された。」
「あらそう、ならば読んでお返事しないとねぇ。」
う~ん・・・
「僕に、何の文だろう・・・?」
「それは読んでみたらわかるんじゃないの?」
それはまぁ、そうなんだけど・・・
「お雪ちゃん、いろいろあるみたいよ・・・」
そう言う姉さんの顔がちょっとさみしげで、僕は不安を覚えた。
何かあったのかな、お雪ちゃん・・・その、相談なのかな。
「わかった、帰ったら読んでみるよ。」
「えぇ、そうしてあげて・・・」
僕は姉さんと二三言葉を交わして藩へと戻った。
藩に帰ると晋作たちが遊んでいて、僕もなぜか巻き込まれてしまった。そうして文の事なんてすっかり忘れて・・・気が付いた時は夜だった。
「小五郎さん、それ何?」
「えっ?」
晋作が僕の懐を指さす、ふと見ると、紙の端が・・・?
「あぁ!そうだった!」
思わず声を上げてしまって、
「何!何!?」
余計に晋作が絡んできたよ。
こうなっちゃうと面倒臭いんだよなぁ・・・
「お雪ちゃんからね、文を預かったんだ。」
「えぇ!?恋文!?」
「なんでそうなるんだよ、そんなわけないだろ・・・」
始まったか・・・
「見せて見せて!!」
いくらなんでも、いただいた文を他人と見るのは失礼だろ、まったく晋作は・・・
僕は晋作を押しのけて、文を開いた。
お雪ちゃん、字が書けるんだ、しかもきれいな字・・・・・ん?
なんだろう・・・この違和感。
この字・・・どっかで見た事が・・・・???
「この字!」
「何!字がどうしたの!?」
僕はあわてて口を閉じる、これ以上晋作を刺激しては大変だ・・・
この字は、姉さんの字だ・・・
間違いない、筆で書かれていて書体が崩してあるからはっきりしないけれど、姉さんの字だ。
そうか、お雪は姉さんに代筆を頼んだんだ。だから二人で帰って来たんだ。
僕はすり寄って来る晋作を片手で押しのけ、文に目を通した・・・
「・・・・・・・・・・・・」
恋文、だった。
姉さんの字で書かれた、お雪の恋文・・・
なんで・・・
何で、姉さんが、お雪の恋文を書くの・・・?
僕の気持ちを知っていて・・・なんで?
「おーい、小五郎さん?」
晋作が声をかけているけれど、僕には聞こえていなかった。
感情が複雑すぎて、表現できないけれど・・・一番強い感情は憤りだった。
こんなに強い憤り、ここ最近では経験したことがない気がした。
僕は手紙を握りつぶして立ち上がる。
「ちょ、小五郎さん!?」
いても経ってもいられずに、部屋を飛び出した。
「どこ行くの!!?」
「姉さん所!!」
僕はそれだけ叫ぶと、藩邸を飛び出して江戸川屋に走った。
頭の中には「どうして?」と「なぜ?」しか浮かんでいない、姉さんは一体どんな気持ちでこの文を書いたの!?
どうしても姉さんに確認しないと気が治まらなくて、僕は夜道をひたすらに走った。
【お雪】
お店に帰って、今日の事を思い出してみた。
桂様に文を渡したってだけで胸が壊れそうなほど早く打っている。
これで心の整理もついた、ここを畳んで奉公へ行っても心残りはない。
江戸からはだいぶ離れてしまうけれど、私はおリョウさんや江戸川屋の女将さんの様な粋でかっこいい女になるの。
このご時世十七と言えば嫁いでいる人も多いでしょうけれど、私にはもう少しやりたい事がある。
せっかくいいお話をいただいたのだから精進しよう。
「あれ?・・・これは、」
おリョウさんの帯飾りが部屋の脇に転がっている。銀の小さな羽?の帯飾り。
でも、帯飾りとはちょっと違う様な・・・何だろう、帯に挟む部分が曲がっていて引っ掻けるようになっていて、かなり細くて小さい・・・?
「始めて見た・・・」
やっぱりおリョウさんは不思議な物を持っている。
きっとこれ、探しているわよね・・・
さっきは恥ずかしくて思わず帰ってしまって、ちゃんとお礼も言ってない。
「お雪!こんな時間にどこに行くの?」
おばあさんが私を見て声をかけてくる。
「おリョウさんのところ!」
「今出て行ったら帰りが遅くなるでしょ、今日はもう遅いから明日になさい。」
「今日おリョウさんにお世話になったの!だから、今日行ってくるわ!」
私はおばあさんの止めるのを払って店を出た。
そうよ、今日言わなきゃ。
【桂小五郎】
ガラガラガラ!!
「御免!!」
僕はそのまま旅館の中へと入って行く。
「姉さん!姉さん!!!!」
いつもだったらこんなに荒々しい事はしない、でも、今の僕はどうかしている。
憤りに任せて大きな声を上げて廊下を走った。
「姉さん!!姉さん!!!!!」
「ちょ!?小五郎!!!?」
驚いた顔の姉さんが僕の前に飛び出してきた。
「姉さん!これはどういう事!!!」
僕は握りつぶした文を姉さんに突き付けて叫ぶ。
姉さんはあわてた様子で僕の事を掴んだ。
周囲に女中の女の子達が集まって来たけれど、僕には見えていなかった。
「ちょ、小五郎!落ち着いて!!」
「落ち着いてなんていられないでしょ!これはどういう事なの!?」
「とりあえず、ここだとお客様に迷惑だから、表に出ましょ!ねっ!!」
姉さんは僕を押して表に追い出す、僕は押されるままにバタバタと表へと追いやられた。店の前に出されて、僕は灯の陰に連れて行かれた。
憤っている僕とは対照的にとても静かな姉さん、それが余計に僕を煽った。
「姉さん!この文はどういう事!!」
「どう言う事って、お雪の文でしょ?」
「そうじゃない!姉さんが書いたんでしょ!?」
「えぇ、そうよ。頼まれてね。それが?」
「それがって!!」
僕は余計に声を荒げる。
「姉さんは僕の気持ちを知っていて!どうしてお雪の手紙の代筆なんてするの!どうしてそんな残酷なことするんだよ!!僕の事嫌いなの!?」
「嫌いなわけないでしょ!落ち着いてって!?」
これが落ち着いていられるわけがない!
姉さんは僕を売ったんだ!
「落ち着けるわけないでしょ!何でこんなことしたの!」
「落ち着きなさい小五郎!私はただ代筆をしただけでしょ!?お雪にも気持ちを伝える権利はあるわ!」
「だからって姉さんが代筆する必要なないでしょ!?」
「私じゃなきゃ誰が代筆するの!?」
「誰だってできる!」
「落ち着いてよ小五郎、なんでそんなに荒立てるの!?」
「姉さんは!僕がお雪と夫婦になってもいいの!?」
「ちょっと!どうしてそんなに飛躍するの!?お雪が好きならなったらいいじゃない!」
「違う違う!!!どうしてお雪が文を書くときにちゃんと言ってくれなかったの!?僕の気持ちは知っているでしょ!」
「知っているわよ!」
「じゃぁどうして!!」
「お雪の想いを私が止める事は出来ないでしょ!?」
「姉さんは僕を売るんだね!?」
心無い言葉がどんどん出てくる・・・
「どうしてそう言う発想になるの!?恋文をもらったら夫婦にならなきゃいけないわけではないでしょ!!あなたがきちんと返事をすればいいだけよ!お雪には気持ちを告げる権利があるし!あなたにはそれに答える義務がある!それらを止める権利は私にはないわ!!」
「どうして!?共に夜を明かしたのに!僕は、遊びだったの!?」
「だからどうしてそうなるの!そんなわけないでしょ!?」
「じゃぁどうしてこんな残酷なことするの!!!僕にどうしろって言うの!!!」
「私だって辛かったわよ!!!」
姉さんの大きな声に僕はふと我に返った気がした・・・
「私だって辛かった!でも!奉公に出るって言うお雪の気持ちを聞いて断れるわけがない!自分の愛する妹が自分の愛する男に当てた恋文を代筆する私の気持ちなんてあんたには一生わかんないわよ!!お雪ちゃんの、あなたを愛しいと想う気持ちを私が文に込めるのよ!?その気持ちがあなたにわかる!?あなたの事は愛している!誰にも渡したくない!でもお雪は私のかわいい妹よ!お雪の事も愛しているの!あなたがお雪を選ぶと言うなら私は喜んで身を引くわよ!私は所詮この世界の人間じゃないんだから!!!」
カチャ・・・
!!!!!!!?
比較的近くで鳴ったその音に、僕と姉さんは音の方を見た。
そこには・・・お雪ちゃんが・・・・・
「お雪ちゃん!!!」
姉さんが叫ぶ。
暗闇の中、お雪は震えている様だった・・・
「あの、私・・・・」
「違うのお雪ちゃん!!!」
「あの!ごめんなさい!!!」
そう言ったお雪は真っ暗な道へと走り去る。
「待って!お雪ちゃん!!!」
駆けだしそうな姉さんの手を僕は咄嗟に捕まえた。
「放して!!!!お雪ちゃん待って!!!」
「姉さん待って!!!」
「放してっ!!!!!」
姉さんは僕の手を力いっぱい振りほどいてお雪を追って走り出した。僕はあまりの事態の速さにしばし足が動かずに出遅れてしまう。
こんな夜道、女の人一人なんて絶対に危ない!
僕はもつれる足で姉さんを追いかける様に走った。
【お雪】
どうしよう・・・
私、おリョウさんにとんでもない事させたんだ・・・
おリョウさんに、あんな想いをさせていたんだ・・・
おリョウさんと桂様は・・・夜を共にするほどに、愛し合っている・・・
なんて、残酷な事をさせたんだろう・・・
おリョウさんの事、大好きなのに・・・
大切な、お姉さんなのに・・・
桂様よりも、おリョウさんの方がずっとずっと・・・大事であるはずなのに・・・
どうしよう・・・
どうしよう・・・・・
脇目も振らずに夜道を走った、目からは涙がこぼれて来て、自分がどこを走っているかなんてわからなくなってた。
握っている帯飾り、返さないといけないのに・・・
ドン!
「!?」
今、誰かにぶつかった・・・?
その瞬間、全身の力が抜けて、何だろう・・・体が前に倒れてしまう・・・
何だろう・・・
身体からどんどん、力が抜けていく・・・
おかしいなぁ・・・・・体が・・・・・動かない・・・・・?
【桂小五郎】
キャァァァァァァァァァァ!!!!!
姉さんの叫び声がして僕は全身が凍るような思いがした。
その叫び方は、尋常じゃなくて、何かがあったことがすぐ分かった・・・
遠くの地面に、二人の女の人が見えた。
一人は錯乱状態で叫んでいて、一人は、抱えられている・・・月明りでかすかに見えるその地面は、鈍く光っていた・・・
「お雪ちゃん!!お雪ちゃん!!!!!」
僕が見た光景は、絶望と言う言葉そのものだった・・・
真っ赤な血の海で横たわっているお雪、そして、そんなお雪に叫び続ける姉さん・・・
すぐにわかった・・・
これはもう・・・
助からないと、言う事・・・・・
「お雪ちゃん!お雪ちゃん!!!起きてお雪ちゃん!!!!」
「姉さん!!!」
手を伸ばした僕にまるで気が付かないとばかりに発狂して、錯乱して、姉さんはお雪を抱え上げている。
姉さんの着物は・・・お雪の血で真っ赤だ・・・
僕は周囲に気配を回した、しかし周囲にはそれらしい気配はない。
辻斬りだろうか・・・
姉さんの大きな声を聞いて周囲の家に明かりが灯り始めた。
「・・・お姉さん・・・」
か細いお雪の声が聞こえて、僕はあわてて姉さんの横に屈んだ。
姉さんはお雪の頭を支えている。
正面から斬られたらしく、腹からはおびただしい血が流れ続けている。
「何!何お雪ちゃん!今お医者さんに行くからね!!」
無理だ・・・・・そう言ってやれない僕に、文の事なんかで姉さんを責める権利は全くない。
「これ・・・・」
お雪が震える手で差し出したそれは、姉さんの帯飾り。
姉さんがその手を握る、お雪の目が・・・徐々に閉じていく。
「お雪ちゃんしっかりして!目を閉じないで!!!お雪ちゃん!!!」
周囲がざわついてきて、人が集まり出している。
「お姉さん・・・?」
「何!!何!!何!!!」
「お姉さんが、大好き・・・・・」
「お雪ちゃん!!!!!!!!」
お雪はそのまま・・・息を引き取った。
駆け付けた者の中に医師がいた様で、その男はすぐにお雪に駆け寄ったが姉さんがお雪を抱えているために手が出せない。
「姉さん!」
僕は、姉さんを背後から強く抱きしめる。そんな僕に抵抗して姉さんは酷く暴れた。
医師の男と協力して姉さんをお雪から放すと姉さんは手を伸ばして泣き叫びお雪の名を大声で呼んで暴れた。
僕は・・・いまいち事態が呑み込めていなかったんだと思う・・・
あまりに目まぐるしく、あまりにあっけなく事が進んでしまって今目の前がどうなっているのかさえ分からない。何でお雪が斬られているのかも、何で姉さんが発狂しているのかも、まだわかっていないんだと思う。
ただ、錯乱している姉さんを止めないといけないって事だけわかっていて・・・
僕は必死で姉さんを抱き留めた。
どうしてこうなったんだろう・・・・
誰が、こうしたの・・・?
僕が・・・いけないんだ・・・・
「自分は医師をやっている高松権平と言います。ここは私が引き受けます、あなたはそちらの女の方を連れてお帰りになった方がいい。奉行所には私が連絡しますから・・・」
「ありがとうございます。自分は長州藩士の桂小五郎と申します、何かありましたらご一報を。明日明後日には必ずお伺いします。」
「わかりました。」
僕は暴れる姉さんを引いて道を戻る。
道中ずっと暴れている姉さんを力ずくで引っ張った。お雪の所に戻ろうとする姉さんは何度もよろけて地面に倒れる、その度に僕は姉さんを起こしてまた引いて歩いた。
いっそ抱えてしまった方がいいのだろうけれどこれだけ暴れられたらそれもできない。
「やめてぇ!!!放してぇぇぇ!!!!」
江戸川屋の正面に来た時、姉さんの大声に驚いた女中たちが表に出てきた。
そして、姉さんの上から下まで真っ赤に染まったその姿を見て・・・絶句した。
ばっ!!!
「姉さん!!!」
油断したその瞬間、姉さんは僕の手を振りほどいて屋敷の中へと走って行った。女中の女の子の悲鳴が上がり僕はその声を頼りに必死で姉さんの後を追った。
きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
そして、より一層大きな悲鳴が上がった。
「おリョウちゃん!!!」
女将の叫ぶ声がして、松の間へ入って見ると・・・
姉さんは、床の間に飾ってあった日本刀を自分の首に押し当てていた。
その光景を見た僕には、この世の終わりさえ見えた気がした・・・
「おリョウちゃん!何しているの!!」
女将が叫んでいる。
姉さんは完全に我を失った表情をして、床の間の角に背を付けてこちらを向いて立っている。
その目は明らかに常軌を逸していて、刀を押し付けている首からは、真新しい血が垂れていた・・・
「来ないで!!!」
錯乱した姉さんが叫んでいる。
「桂様!これはどういう事なの!?おリョウちゃん何で血まみれなの!?」
女将が僕に問いかけるが、今はそれに答えてはいられない。
姉さんから刀を取る方が先だ・・・
僕は、一歩前に出た。
「ねぇ姉さん・・・、その刀、僕にちょうだい?」
「嫌!!!」
「ね、いい子だから、」
「嫌!!お雪の所に行く!!!」
お願い、それだけはやめて・・・
「姉さん、お願いだから、その刀を僕にちょうだい・・・」
「嫌ぁぁ!!」
これ以上、首に刀を突きつけたら・・・間違いなく首が落ちる・・・
「何で私じゃないの!?私が死ぬべきだったの!私のせいで!私が死ぬべきだった!!!」
「姉さん、ごめんね・・・」
ガツッ・・・
僕は一瞬の隙を見て、姉さんの懐に正面から飛び込み、姉さんの刀を払いのけ、柄で姉さんの後頭部を叩いた。
床に落ちた刀の上に崩れそうになる姉さんを受け止め、落ちた刀を足で払う。
「おリョウちゃん!おリョウちゃん!!」
「女将、落ち着いて。姉さんは大丈夫です・・・」
お雪に姉さんがやったように、姉さんに縋る女将、僕は女将に、事の全てを説明した・・・
「そんな・・・お雪ちゃんが・・・・」
女将はその場に崩れ落ちてしまった。
おサチが横で泣いている・・・
今、気が付いた。
僕は、何て非情な事をしたんだろう・・・
僕が姉さんを信じなかったために・・・
僕の器が小さかったがために、こんなにたくさんの人を傷つけ、壊して、失ってしまった・・・
これは僕のせいだ・・・
「全て、僕の責任です・・・・」
僕は女将につぶやいた。
顔にお雪の血を付けて、体を真っ赤に染めて、頬に幾筋もの涙のあとを付けて意識を失っている姉さん・・・
その姿だけを見たら、もう二度と、あの大きくて綺麗な瞳を開けてはくれない気がした。
姉さんは、死んでしまっているかの様にさえ思えた。
季節はもう晩秋、少し肌寒い風が姉さんの乱れた髪を揺らした・・・
「女将、姉さんは連れて行きます。」
「・・・えぇ、そうして頂戴、ここでまた同じ事が起こったら、私達じゃ止める事は出来ないわ・・・」
「ご迷惑をおかけします、お部屋まで汚してしまって・・・」
「それはいいのよ・・・それより、おリョウちゃんが心配だわ・・・」
「申し訳、ありません・・・」
僕は女将に頭を下げた。
「おリョウちゃんの事、よろしくね、砂川屋さんの方は・・・私に任せて。」
「申し訳ありません・・・・・」
この言葉しか、僕には言えなかった。
夜道を、姉さんを抱えて、歩いて藩邸を目指した。
夜道が暗くて良かったと思ったのは今日が初めてだ、明るければ真っ赤に染まった姉さんが目立ってしまうから・・・
姉さん、息、してるの・・・?
藩邸に着いたら晋作や数人の藩士たちがやって来た。
「小五郎さん!辻斬りが出たって・・・っておリョウさん!!!!!」
晋作と、そこに居合わせた藩士たちが僕の姿を見て絶句していた。
滴る程に真っ赤に染まった姉さんと、その血を付ける僕・・・白い袴はまるで牡丹の花びらを散らしたようだ。
「小五郎さん!まさかおリョウさんが!?」
「姉さんは大丈夫だ・・・斬られたのは、砂川屋のお雪ちゃんだ。」
「砂川屋のお雪ちゃん!!!?」
藩士達はざわついた。
「それで・・・お雪ちゃんは・・・」
「・・・・・・・・・」
口を結んだ僕に晋作がその目を伏せた。
「その血は、お雪ちゃんの・・・」
「・・・あぁ。晋作、部屋を用意できないかな。姉さんを寝かせてやりたい・・・」
「わかった!医者は必要?」
「あぁ、自分で首を切ってる、頼む・・・」
「わかった!」
白い布団に寝かせた姉さんは、その異様な赤さが目立った。
首の傷は深くはなく、痕も目立たないだろうと医師は言った。首には包帯が巻かれているが出血が治まっているなら明日には外しても構わないと言われた。
桶に湯を張って手ぬぐいを絞って・・・僕は姉さんの着物を脱がせた。
素肌にまでべったり染み付いてしまったお雪の血、拭っても拭っても体の中にまで浸みこんでしまっていて落ちない気さえした。赤い血の色が姉さんの中からどんどんと染み出てくる錯覚さえ覚える。
それでも何とか身体をきれいに拭いて僕の浴衣を着せ・・・その時やっと、僕の身体が震えだした。
それは自分の身体が支えられないほどの強い震えで、僕は、寝ている姉さんの肩に崩れる様にしがみ付いた。
取り返しのつかない事が起こってしまった・・・
全部僕のせいだ・・・
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・」
僕は泣きながら、そう呟くしか出来なかった・・・
意識がなくなるまで、僕は謝り続けていた・・・




