夢恋路 ~青年編~14
【おリョウ】
「おリョウちゃーん!お使い~!」
「はぁーい!」
女将に呼ばれて前掛けを外す。
「砂川屋さんでお大福買ってきてもらえる?」
「はい、行ってきます。」
私はいつもの通り、女将のお使いに出かける。
最近は道も覚えているので困る事もないし、ましてやお雪ちゃんの所となれば迷子になる訳もない。
女将はいつも、砂川屋さんにお使いに行くときは急がなくていいと言ってくれる、こんな時はその粋さがかっこよく見えるわね。
「おゆ~きちゃん?」
「おリョウさん!」
お盆を持ったお雪が叫び、お客の女性が驚いている。
「忙しいかな?」
私は苦笑しその女性に軽く会釈した。
「おリョウさん中で待ってて!」
お雪は私の手を引いて中に引きずり込む、お雪ちゃんってこんなに強引だったかな・・・?
「おや、おリョウさんいらっしゃい。」
「おじゃまします。」
「お雪ちゃん、私女将さんにお大福を頼まれているの。」
「わかりました、用意しますから待ってくださいね。」
「急がないでいいって言われてるから大丈夫よ。」
私はそう言って奥の畳間に腰を下ろした。
今日は比較的お客さんが多めでお雪ちゃんもおばあさんもパタパタしている。長椅子は四組、仕方がない、手伝うかな。私はお盆を持っておばあさんが用意した団子とお茶をのせる。
「おばあさん、これはどちらの方?」
「おリョウさんいいわよ!お雪がやるから、」
「いいわ、気にしないで。配膳すればいいのよね?」
「申し訳ないねぇ、左端の女性二人組にお願いできるかね?」
「わかりました。」
お店の外に出て左端、あぁ、あの二人組ね。
「お待たせしました、どうぞ。」
私は二人のきれいな身なりをしていてちょっと気ぐらいの高そうな女性の前に屈んで膝をつきお茶と団子を出した。
女二人はそんな私に目を丸くする。
・・・あれ、なんかおかしな事したかな?
「新しいお方?」
「いえいえ、ちょっとお手伝いです。」
「あなた、砂川屋さんのご親族?」
「おリョウさん!?」
私に驚くお雪に、私は笑う。
「はい、雪の姉です。」
お雪は何やら恥ずかしそう、それとも嬉しいのかな?
「あら、お姉さんだったのね?」
「えぇ、いつもは他所に奉公に出ているんです。」
「そうなの、そこは大層躾に厳しいのね。」
「そこでは女相手にも膝を付くの?」
おっとそうか、これは紳士的すぎたかな?
「無意識に行ったことです、お気になさらず。」
私は笑ってその場を立ち去る。
やれやれ、そんな事も気にしなきゃならないか。
未だにその時代の社会常識を身に付けるのは難しいものね。
お店の中に帰って来た私にお雪ちゃんが駆け寄ってくる。
「おリョウさんすみんません!」
「気にしないで、私でよければお手伝いするわ。」
笑う私に何やら焦っているお雪ちゃん、どうしたかね?
「おリョウさん、あの二人と随分お話しされていましたけど・・・何か言われました?」
・・・はて、何をかねぇ。
言われたと言えば言われたけれど。
「何か言われたと言うか、少しお話をしたのよ。」
「あの、どんな・・・?」
・・・ん?
何でお雪はあの二人を気にするのかな?
「いや、ここの人かって聞かれたから、今日はお手伝いで、普段は余所に奉公に出ていますって。」
「それだけ・・・?」
「えぇ、私が配膳の時に膝を付いてお出ししちゃったもんだから、奉公先の躾は厳しいのかって・・・どうかしたの?」
何だ何だ?
あの二人は実は殺人犯とか?
お雪が胸を撫で下ろして一息ついている。
「そうでしたか・・・良かった。さすがおリョウさんです。」
「・・・あの二人、どうかしたの?」
まぁ、お世辞にも善人って顔じゃなかったけど・・・
「あのお二人、何かとご不満を口にされる方達で、ちょっと困ったお客さんなんです。」
「あぁ、そう言う事だったの。」
どこにでもいるのね、クレーマーって。
「おリョウさんが何か言われたんじゃないかって、ちょっと気になって・・・」
かわいいわねぇ、私があんなのに負ける訳ないのにね。
「ありがとう、私は大丈夫よ。ああいう人達は立ててあげるとご機嫌がよくなると思うから、他のお客様よりも少し低い位置でもてなしてあげると良いかもね。」
「ならば屈んで差し上げた方がいいですかね・・・?」
「屈む必要はないと思うわよ、そこまで特別扱いしちゃうと他のお客さんが見てあからさまに変でしょ?それに屈み方を間違えると子ども扱いになっちゃって余計にご機嫌を損ねちゃうから、少しでいいと思うの。別に低い位置って言うのは屈んだり腰を曲げたりって事じゃなくてもいいのよ、一言添えるとか態度や口調で十分じゃないかしら。」
「わかりました、ありがとうございます!」
「お代を受ける時に気にしてみたらいいわ。」
「はい!」
【お雪】
おリョウさんと私じゃ経験の数が全然違うと痛感した。おリョウさんのこの賢さと物腰の優雅さ、言葉の選び方、どれをとっても完成されていて美しい。
何て素敵なお姉さんなのかしら・・・
私は話を聞きながら見とれてしまった。
それに、おリョウさん、あの二人に身元を聞かれた時・・・
「あの、おリョウさん、」
「なぁに?」
「さっき、あのお二人に、身元を聞かれませんでした?」
「えぇ、聞かれたわ。だからお雪ちゃんの姉だって答えたわ。いけなかった?」
そんな!いけないだなんて!
私は嬉しかったのに!
「いいえ!あの、嬉しかったんです・・・」
そんな私の顔を見て、おリョウさんはクスッと笑う。
「だって、ここにに初めて来たとき、そう約束したでしょ?」
うれしい!
あんな事、忘れちゃっていると思っていた・・・やっぱり私はおリョウさんの事がとても好きです。
・・・好きと言えば、もうお一人・・・
最近お見かけない方・・・
「あの、おリョウさん、」
「なぁに?」
「あの、おリョウさんは今日、お一人ですか・・・?」
【おリョウ】
お雪の問いに一瞬意味がわからず数度瞬きをする。
一人?
あれ、いつも一人じゃなかった?
そう思ってふと思い当たる人物の顔が思い浮かんだ。
・・・ちょっと、しらを言ってみるかな。
「一人って、一人よ?誰かと一緒そうに見える?」
「あのっ、」
どうしよう・・・
お雪がとってもかわいいんだけど。
「もしかして、小五郎の事かしら?」
「・・・はい、」
そうだよね・・・
お雪は、小五郎の事、好きなんだもんね・・・
「今日はお宿のお使いだから私一人よ、小五郎は今頃道場じゃないかしら。」
「あのっ、そうですよね・・・・」
ちょっと、残念そうなお雪・・・
どうしたらいいのかな、本当の事、言った方がいいのかな・・・
女将は、教えてあげるのも優しさだって言ったけれど、そんな、横取りするようなまね・・・できないよ・・・
「小五郎に会いたかった?」
「いえっ!そういうわけじゃ!!」
焦らないで、わかっているから・・・私は、ズルい女ね・・・
「すみませーん!お代!」
不意に表から声がかかり、驚いたお雪の背が伸びる。
「ほら、お仕事よ?」
私の言葉にお雪がぺこりと頭を下げて走って行った。
【お雪】
呼んだのはあの二人組だわ。
私で、大丈夫かしら・・・
ちょっと、怖い・・・
おリョウさんと比べられて、また何か言われないかしら・・・
「ううん、大丈夫。きっと大丈夫・・・」
そう自分に言い聞かせた。
「ありがとうございました。」
私はいつもよりゆっくり丁寧に頭を下げて、全力で微笑んでみた。
「いつもご贔屓にありがとうございます。」
そして、いつもは言わない一言を付けたして・・・
「さっきの方、お姉さんなんですって?」
「はい、リョウと申します。」
「お姉さん、とてもいい躾を受けているわね。」
おリョウさんがほめられた。
何だか私まで、ちょっとうれしくなってしまった。
「はい。自慢の姉ですから。」
「素敵なお姉さんね、うらやましいわ。」
「ありがとうございます!」
「あなたも精進なさい、姉妹ですもの、きっとああなれるわ。」
「お釣りはいいわ、取って置いて。」
二人は実に上機嫌に、結構なお金を置いて帰って行った。
これって、もらっちゃっていいのかしら・・・
あの二人、とってもおリョウさんの事誉めてた・・・やっぱり、おリョウさんってすごい人なんだ。
【おリョウ】
「大丈夫だった?」
お雪の顔を見ればわかるけれど、一応聞いてみる。
「はい!おリョウさんの事、とっても誉めてました!」
「あら、私は何もしてないけど?」
お雪がとても嬉しそうで、ちょっと微笑ましい。
「なんだか嬉しそうね。」
「おリョウさんの事誉められたのが、嬉しくて・・・」
あぁぁぁぁ、何て純粋な・・・
私の時代にはこんな子、きっと存在しないよね・・・
「あっ!あの、おリョウさん、あの方たちがお代をこんなに・・・」
あら、随分チップを奮発して・・・
「あれ!お返しせんと!!」
他のお客さんの片づけをしていたおばあさんがやって来て驚いて声を上げた。
「お釣りはいらないって・・・いただいてもいいのかしら?」
「いいと思うわよ?」
「でも、こんなにたくさん・・・」
おばあさんも困惑している。
「それはあくまで持て成しに対する礼だから、もらっても大丈夫よ。粋な方たちね。」
さすがは金持ち。
「だったらこれはおリョウさんがもらう物です、」
い~らない。
だって私お金使わないもん。
「それは砂川屋さんがもらう物よ、ちゃんと受け取っておきなさい。」
「でも・・・」
「いい事?このお礼には次回いらしたときに、同じ持て成しができるかどうかが入っているのよ?だから、もらったからにはきちんと同じ持て成しをしないとね。」
「はい!」
お客さんの流れが落ち着いて私たちはお茶を飲んでいた。その途中でお客さんが来て、おばあさんが気を使って出て行く。
「あの、おリョウさん、」
「なぁに?」
今日のお雪は今までになくよくしゃべる・・・
多分、原因はあいつだ。
「おリョウさんと桂様って、その、どういったご関係なんですか・・・?」
ほらきた。
どうしましょう、記憶喪失って事になっているし、本当の事は言えないし・・・
「同郷、って事になってるわよね、私はよく覚えていないんだけどね。」
「覚えていないんですか・・・?」
さすがに不自然かなぁ~・・・
「小五郎かどうかは覚えていないけれど、確かに私は長州にいたとは思うの。で、そこで小五郎が言う様な事があったと思う、でも、それは確証も何もないわ。」
これで、どうかな・・・?
「あの、その、お二人は、その・・・伴侶とかに、なられるんですか・・・?」
痛いなぁ・・・お雪ちゃん。
数日前、共に夜を過ごした後にこの問いはきついよ・・・
小五郎・・・ごめんね・・・
私には、お雪に、本当の事は言えない・・・
「さぁ、どうかしら。でも、私はだいぶ年上だし、ならないと思うわよ・・・」
「そう、ですか・・・」
ちょっとの間沈黙が続いてしまった。
「ねぇ、お雪ちゃん?」
「はい?」
「お雪ちゃん、小五郎が好きなんでしょ?」
「えっ!?」
「だったら、黙っていたって仕方がないわ。」
「・・・・・・・、」
私のこの言葉に、お雪は何やら考えている様だ・・・思いつめていると言うか、そんな表情。
「あの、おリョウさんは、文字が書けますか・・・?」
「字?」
書けると思う、なんとか。
あまりにこの時代の字体と違うけど、書けるって言ってもいいのかな・・・?
「たぶん、結構書けるわよ・・・?」
「あのっ、だったら、その・・・お願いがあるんですけど・・・・」
お願い?
何だろうか・・・?
私に字を書けと?
「何かしら、お雪ちゃんのお願いなら何でも聞くけど。」
「もし、もし、よろしければ・・・」
何でしょ。
「文を、代筆願えないでしょうか・・・?」
文・・・それはもしや・・・・・
「あのっ、桂様に・・・・・」
やっぱり、あいつにか。
さすがにこれは、どうしよう・・・
でも、私に、お雪の気持ちを止める権利はないわけで・・・・
お雪には気持ちを告げる権利があるし、小五郎にはそれに答える義務がある。
そうよ、決めるのは、小五郎・・・
私には、邪魔する権利はない・・・
「いいわよ。」
「えっ!本当ですか!?」
お雪が急にキラキラした眼差しになる。
いいわね・・・若いって、何にも気兼ねすることなく、己の気持ちをストレートに表現する先に希望がある。
今のお雪は宗次郎君と同じ瞳をしている。
それは歳を重ねるほどに失われる輝きで、特に私にはない気がした・・・
「えぇ、そうしたら二・三日のうちに時間を作って来るから、それまでに想いをまとめておいてね。お望みとあらば配達もしてあげるから。」
「あっ!ありがとうございます!!」
こんな恋愛、したことあるかな・・・
でも、私はどこかで、お雪に申し訳ないと思っている。
私は、小五郎と・・・・・
私は、悪魔だろうか・・・・・
大福を買っての帰り道、足取りは重かった。
お雪の想いと小五郎の想いと、私の想いがだいぶ交差している。
女将は教えてあげるべきだと言うけれど、私はそう思わない。自分の想いを他人に言われて片付けるなんて、それはあまりにかわいそうだと思う。告げる権利さえ、奪われるなんて・・・
告げたところで叶う物ではないとはいえ、たとえ相手に妻子がいたとしても、告げる事は自由のはず。
はぁ・・・
溜め息ももう何度目かわからない。
お雪と小五郎を天秤にかけるなんて、私には出来ない。
とりあえず、小五郎にだけは気が付かれないようにしないといけない・・・それは大人として絶対だ。
「ねぇ、姉さん?」
「・・・なぁに?」
「何かあった?」
・・・何だよ、こいつ。
何で開口一番でそう言えるのかわからない・・・
とりあえず、この会話はごまかして消してしまいましょうか。
「あらぁ、そんなに私の事が好き?」
「えぇっ!?」
私の逃げた言葉に小五郎が慌てる、その横にいる晋作君がケラケラ笑っていた。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ?」
私は両手で小五郎の頬をはさむようにして軽くたたく。晋作君の前でそんな事をされてうろたえる小五郎ちゃん、かわいいかわいい。
「おリョウさん俺も好きだよ~。」
「あら、晋作君も?しょうがないわねぇ。」
そう言って晋作君にちょっかいを掛けようとする私の手を小五郎が無言で止める。
「あら。」
私と晋作君が笑った。
ふぅ・・・
この日はこれ以上追及せずに帰ってくれたけれど、この先の事を思うとちょっと気が滅入る。今日より明日の方が、明日より明後日の方がもっと複雑な顔をしているだろうから。あの子なら、それを敏感に感じるでしょうし、今日は晋作君がいたからごまかせたけれど、二人きりだったら自信ないなぁ・・・
翌日の夕方も何とかやり込めた。もしかしたら小五郎は気づいていて、それで何も言わないのかもしれない。もし、そうだとしたら、申し訳ない・・・
でも、私には、どうする事もできないから・・・
夜に一人で考えた。
明日、午後から休みをもらってお雪のところに代筆屋をしに行くんだけれど・・・私、ちゃんと書けるかな。
お雪の気持ちを代わりに込めてあげられるかな・・・
途中で変な気持にならないかな・・・
お雪は、当然だけれど何も悪くないし、小五郎も悪くはない。悪いとすればこの時代に来てしまった私なわけで、お雪の想いが成就するかもしれなかった可能性を私が横から奪ったようなもので・・・
せめて、告げる事だけでもさせてあげたいと思うのは、小五郎が私を想っている事がわかっているからの、上から目線の感情なのだろうか・・・
でもどうしても、私から小五郎の気持ちをお雪に言うわけにはいかない。
本人の気持ちは本人しか口にはできない。
今日は、寝れそうにないな・・・
翌日。
昼過ぎに私は砂川屋さんに向かった。
そもそも筆で字が書けるのかなぁと思うけれど、そこは、大丈夫よね。むしろ筆だから、私の代筆ってばれない・・・よね?
気持ちが重い、でも、そんなことを感じていてはいけない。何とか気持ちを奮い立たせて、砂川屋を目指した。
「おリョウさん!」
私が声をかけるよりも先に、お雪が私を見つけて手を振る。
私の笑顔、ぎこちなくないかな・・・
お雪はいつも通りの笑顔で、私を招いてくれる。
今日の私は恋文屋で、彼女の想いを字にしなければいけない。
・・・こんな気持ちじゃいけないんだ・・・
「中で待っていてください、今日、おばあさんが出かけているんでもうじき閉めますから。」
「急がなくていいからね。」
微笑む私にお雪が微笑み返す。こんなにいい子、他にはいないのに・・・
私は用意された硯で墨を研ぐ、小学生の時に習字した以来筆なんて持っていないかもしれない、中学校で筆って持ったかな・・・?現代の世じゃ習字なんて粋な大人の趣味だものね、普通はやらないよ。
使い込まれた硯はきっとおばあさんのものね、お雪は親を亡くしてここで働いているから、字なんて覚える余裕はなかったんでしょう・・・
私が、書いてあげなければ誰も書けないはず・・・
墨の質感は、少し薄めにした。
あまり濃いと強すぎる気がして、何よりお雪の印象にそぐわない。用意されている和紙はたぶん、比較的良いものじゃないかと思う。私はこの時代の紙事情までは分からないけれど多分これはいい紙だ。
数枚用意されているけれど、一枚で完成させよう・・・
・・・・落ち着いて。
お雪の為よ・・・大丈夫、できるわ。
やがてお雪は片付けを終えて暖簾を下ろし、私の前にやって来る。
私の前に座り、少しもじもじして・・・
お雪は想いを口にした・・・
それは、とてもこの時代らしく、控えめで、つつましくて、美しい言葉のまわし方だった。
小鳥が愛をさえずるような可愛らしいその様子に、私は徐々に想いを重ねる。できるだけ書体を崩して、できるだけ仮名を使い・・・心を込めて書いた。
字体は強い印象を与えないように、女性らしいように、淡い想いを表現できるように・・・
「・・・できた・・・?」
「はい!ありがとうございます!!!」
私は思わず筆をおいて仰向けに倒れた、とんでもなく疲れた・・・
代筆屋なんて、これは、仕事にできないよ・・・
墨が乾くまで、私たちは向かい合っていた。
文字にはした。
これは、お雪の想いだ。
私の想いでもないし、ここにある字も私の物ではない。
これを渡せば小五郎にお雪の想いは届く・・・
しかし、届いたからと言って・・・成就するとは限らない・・・
それが・・・切なくて、痛い・・・
「あのね、お雪ちゃん・・・」
私は思わず、口を開いていた。
それはきっと、お雪が受けるだろう傷を少しでも軽くしたいと言う想いから、口を付いてしまったんだと思う。
「あのね、文をね、渡すわけだけど・・・その、もし渡しても、」
返事が来ないかもしれない・・・
想いとは、違う答えが来るかもしれない・・・
傷つくかもしれない・・・・・・・
告げた方が良いと言ったのは、私なのに・・・
私はきっと、目を伏せたんだと思う。
お雪はそれに、気が付いたんだと思う・・・
「いいんです、返事が来なくても。」
「えっ。」
私は思わず聞き返してしまう。
「いいんですよおリョウさん、お返事がいただけなくても、想いが、成されなくても。」
私は、お雪の笑顔を、見つめていた。
「私、近いうちに奉公に出るんです・・・」
「えっ!?」
お雪の言葉に私は目が覚めた気がした。
今、なんて・・・・?
「来月には、茜屋という呉服店に奉公に行くんです。」
そんなの・・・聞いてない・・・・・
「お、お店は!?」
「ここは・・・閉めます。おばあさんも高齢ですし、私にはここを引き受けるだけの器量はありませんし、」
「えっ!?やっ、そんな・・・」
私は頭の中身が片付かず、狼狽えた。
お雪の顔は、とっても笑顔だった・・・
「茜屋さんはおばあさんの古いご友人のお店で、とても優しいご夫婦がやっているんです。私も、着物は好きですし、」
「でも、」
「近くにおばあさんと暮らして、通わせてもらう予定なんです。」
「・・・・・・・」
「だから、その前に、桂様に想いを告げておきたかったんです・・・」
書き直したいと思った。
もっと、もっともっとお雪の想いを込めてあげたいと思った。
こんなに切なくて、儚い想いだったなんて・・・
「私、おリョウさんみたいになりたいんです!」
「えっ!?」
自責の念を抱いていた私に、お雪は嬉々とした声をかけてきた。
「私、おリョウさんみたいになりたくて・・・おリョウさんのお着物とか、とてもきれいなんです。色使いも帯の模様の選びも飾りの使い方も全て、私が見てきたどんな着こなしよりも美しくて、」
それは、この時代の人の感性とは違うと言う事だろうか・・・?
お雪の目は、とても輝いている。
それはまるでこれからの人生に希望しかない様だ。
「ここを離れる事は寂しいです、私はここで生まれ育ちましたから・・・でも、おばあさんには申し訳ないけれど、私は縫製や服飾が好きだったので、嬉しいんです。おリョウさんの様に身なりもしぐさも美しい、賢い女の人になりたいんです!」
「・・・・・・・」
唖然としてしまった。
これはきっと、私のせいだ・・・
私が歪めてしまった歴史の一つだ・・・
私に出会わなければ、砂川屋は閉める事もなかったはずだ・・・
「おリョウさん、」
「・・・えっ!?何!?」
私はお雪の言葉に我に返る。
「この文、私が渡しても、いいですか・・・?」
「もちろん!その方がいいと思うわ・・・」
その方がいい・・・
私が渡すことになったら、もしかしたら、渡せないかもしれない・・・・・
「今から江戸川屋に行ったら小五郎の帰宅時間に間に合うかもしれないわ・・・行く?」
会わせてあげたい・・・でも・・・会わせたくない・・・・・
辛いよ・・・
私たちは、江戸川屋へと足を向ける。
今日のお雪は淡い黄色の着物で、かわいらしかった。髪には私があげたかんざしが飾ってある。若いと言う事がどれだけ輝いているかを訴えるにはちょうど良い姿だった。
これか先に行う事に対しての緊張からか、お雪はいつにもまして言葉数が少ない。うつむいて足元を見ていて、そわそわしていて。相手が小五郎じゃなければ、私もこんな複雑な気持ちにはならなかったのに。
もぉ!なんで晋作君じゃないのよ!?
晋作君の方が歳も近いのに!
・・・あれ。
そうか、私と小五郎の年齢差と、お雪と小五郎の年齢差は、一緒か。
上か下か、だけか・・・
私が男だったら、下を取るよなぁ・・・
なんだか凹んできた・・・




