返事
駕籠で運ばれてから二三日、家で安静にしていると体調もだいぶよくなった。
一刻も早く英之助に会いたかった。会って元気な姿を見てほしい。
さっそく英之助を訪ねることにした。
玄関で待っていると、籐七が現れて膝を突いた。
「籐七……」
「久しぶりだな」
「うん……、悪いが、英之助を呼んでもらえないか」
「柴山」
「うん?」
「若さまの件だが、伝えてくれたか」
小三郎は籐七の発言に驚いて息を呑んだ。
籐七の顔つきは真剣そのもので、彼自身、悩んでいるのだろう、こわもての顔がげっそりしている。
まさかここでその話が出るとは思っていなかったので、小三郎はなんと答えればよいか分からなかった。
「今……その返事をしなければいけないのか」
たまらなくなってそう言うと、
「籐七、誰と話をしている」
と、奥から英之助の声がした。
小三郎はびくりとしてそちらを見た。籐七は動じもせず、小三郎をじっと見つめている。声が出なかった。
英之助が現れると、籐七は頭を下げて立ち去った。
「小三郎ではないか」
「やあ」
緊張のとけた小三郎は背中に汗をかいていた。
ぎこちなく笑うと、英之助は首をかしげて、
「体調はいいのか?」
と、訊ねた。
「うん、このとおりだ」
「それはよかった。上がってくれ」
小三郎は息を呑む。屋敷にいると籐七の目が光っているような気がした。
「どうした? 上がらないか?」
「お邪魔するよ」
小三郎は一瞬ためらったが、上がり框に足をかけた。
英之助の居間に入るなり、若さまと呼ぶ声がして、小三郎はびくりと肩を震わせた。
籐七の声だった。
「なんだ?」
「お茶をお持ちいたしました」
「入れ」
襖が開いて籐七が入ってくる。茶菓子を置くと、小三郎の顔をちらと見て出て行った。
「小三郎」
足音が遠ざかると、英之助が寄って来て、手を握った。
「顔色が悪い。体調がまだ悪いんじゃないか?」
心配そうに顔をのぞきこむ。なにも知らない英之助を見ると黙っていることが辛く、思わず目を逸らした。
「小三郎?」
「なんでもないよ」
頭がぐらぐらする。自分はどうすればいいのか。
籐七がここまで追いつめてくるとは思ってもいなかった。どこかで聞き耳をたてているような気にもなってくる。
英之助は、小三郎の肩をそっと抱き寄せた。首筋に唇を這わせる。
「会いたかった」
首筋に英之助の息がかかって、ぞくぞくする。
英之助の手はだいたんになり、着物の裾を割って太腿を這った。
「駄目だ…、それ以上しないでくれ」
小三郎が懇願したが、
「もう遅い」
と、切羽詰った声に抵抗できなかった。
こんなに激しい英之助は初めてである。小三郎はけだるさにぐったりしていたが、早急すぎる英之助の手を払った。
「やめてくれ……」
英之助は戸惑って手を緩めた。
「すまない。我慢ができなくて…」
手が離れ、着物の乱れを正してくれる英之助の姿をぼんやりと眺めていた。そのとき、
「若さま」
と、不意打ちに籐七の声がした。英之助は不機嫌に顔をしかめた。
「なんだ」
「お客さまがいらしております」
「待たせておけ」
「お約束されていました、安川さまでございます」
「ああ……」
英之助は思い出したように、目を動かすと立ち上がった。
ぐったりとした小三郎を見下ろして、
「すまないが、少し待っていてくれ」
と、だけ言って出て行った。