めまい
「小三郎、気分はどうだ?」
布団に横になっていると、いつの間にか寝入っていたらしい。英之助の声に目が覚めた。
最近、寝不足が続いていた。夜寝ようとすると、籐七の言葉を思い出してはっと目が覚める。そのため、昼間にうとうとすることがあった。
小三郎は頭を軽く振って目頭をそっと押さえた。
「すまない、眠っていたみたいだ」
体を起こすと、英之助が胸を貸してくれた。
英之助の胸にもたれかかると、心配そうに顔を覗き込んだ。
「目の下が黒い。寝不足だな」
「そうだろうか」
「俺のせいか」
「え?」
心配そうに顔を寄せる男を愛しいと感じた。首を振って、たいしたことないと伝える。
「英之助」
首に腕をまわしてしがみついた。
「どうした、やけに甘えてくるな」
猫が甘えるように、英之助の首すじにしがみついた。
よしの屋の座敷から前庭を眺める。先ほどまでの小雨が大粒に変わり、濡縁を濡らしていた。庭へと続く踏み石を雨が沁み込んでいく。片隅には開いたばかりの桔梗が雨に打たれて頭をもたげていた。
「いつ降りだしたのだろう」
小三郎がぼんやりと呟くと、英之助が強く抱きしめた。
「小三郎」
「うん」
「こうしている時間が俺は一番しあわせだ」
「俺もだ」
顔を見合わせお互いの唇を吸う。
布団に寝かされ、英之助の手が袴の紐をほどけにかかった。いよいよか。小三郎は固く目をつむって英之助にすべてを委ねた。
ところが、どうしたことか目を閉じているのに、天井がぐらぐらと揺れ出し回転しはじめた。あまりにひどいめまいに小三郎は頭を押さえた。
「おい…っ」
英之助が気づいて小三郎を揺する。額には汗が滲み吐き気がしてたまらなかった。
「医者を呼んでくるっ」
英之助が立ち上がるけはいがして、小三郎は慌てて着物の裾をつかんだ。
「呼ばなくていいっ」
「顔が真っ白だぞ」
英之助はしゃがんで顔を覗き込んだ。こんな場面を医者になど見られたくない。不安がこみ上げてきて、英之助にしがみついた。
「頼む、そばにいてくれ」
「小三郎……」
「俺は平気だから、頼む」
英之助のなにか言いたそうな顔が見えた。だが、顔を振ると、
「駕籠を呼んでもらう」
とだけ言って立ち上がった。
「英之助……」
呼び止める声も空しく、英之助は振り向きもせず襖を開けて出て行ってしまった。