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無限の檻  作者: 内藤晴夢
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17/20

17.神代の本当の目的

「世界を分けたのは、私ではない。次郎、お前だ」


次郎は写真を机に置いた。


「神代さん。あなたは、何か知っているんじゃないですか?」


神代はすぐには答えなかった。


「知っていることもある。だが、確信しているわけではない」


「それでも構いません。聞かせてください」


神代は窓の外を眺めた。


「私は、玲奈を探すために白砂研究所の研究を続けてきた」


「それは分かっています」


「いや、君たちはまだ分かっていない。私が探していたのは、単に彼女の居場所ではない」


神代は机の引き出しから、一冊のノートを取り出した。


「1988年の実験で、玲奈が姿を消した。その後、私は何年も彼女を探した。だが、彼女に関する記録は、少しずつ変わっていった」


「変わる?」


「最初の記録では、玲奈は実験中に行方不明になったことになっていた。ところが数年後、彼女は実験室から退室したという記録が見つかった。さらに別の資料には、実験に参加していなかったと書かれていた」


次郎は首をかしげた。


「記録がバラバラですね」


「そうだ。私はそれを、誰かが意図的に改ざんしたのだと思っていた」


「違うんですか?」


「今は、そうとは言い切れない」


神代はノートを開いた。


そこには、玲奈の写真が何枚も貼られていた。


ある写真では、彼女は研究所の職員として写っている。


別の写真では、学生のような服装をしていた。


さらに一枚には、次郎の父・正一と並んで立つ玲奈が写っていた。


「玲奈は、私が知っている彼女とは違う姿でも記録されている。まるで、いくつもの人生を生きていたように」


美鈴が尋ねた。


「それで、あなたは何をしようとしていたんですか?」


神代は美鈴を見た。


「玲奈を一つの記録に戻そうとしていた」


「一つの記録?」


「彼女がどこにいて、何歳で、何をしていたのか。それを一つに決めようとした」


次郎は苦笑した。


「神代さんらしいですね。数学者らしいというか」


「そうだ。私は、矛盾をなくせば真実にたどり着けると思っていた」


神代は少しだけ視線を落とした。


「しかし、玲奈は違うことを言っていた。人間の記憶は、必ずしも一つにまとまる必要はないと」


「それで、今は何を目的にしているんですか?」


次郎が尋ねた。


神代は答えた。


「君を調べたい」


「僕を?」


「正確には、君と君の父親の関係だ」


神代は一枚の紙を差し出した。


それは1988年の実験記録の写しだった。


『被験者21 琴葉正一』

『被験者22 琴葉次郎』


その下には、見慣れない欄があった。


『記憶の継承者 琴葉次郎』


次郎は眉を寄せた。


「継承者って何です?」


「正一は、実験の途中で一つの選択をしたらしい」


「どんな選択ですか?」


「自分の記憶を、君に残すことだ」


「僕はまだ生まれていなかった」


「だから問題なのだ」


神代は静かに言った。


「君が生まれる前に、君の記憶が記録されていた。しかも、その記録には、君が経験したことのない出来事が含まれている」


美鈴が口を挟んだ。


「でも、それだけで記憶が引き継がれたとは言えません。記録された情報を、本人の記憶と混同している可能性もあります」


「その通りだ。だからこそ、確かめたい」


神代は次郎を見た。


「君が父親の記憶を持っているのか。それとも、父親が君の未来を知っていたのか」


次郎は頭を抱えた。


「どっちにしても、ややこしいですね」


「君の父親も、そう言っていた」


「父が?」


「正一は、私にこう言った。『次郎は、私の記憶を持つかもしれない。しかし、それでも私にはならない』と」


次郎は黙った。


そのとき、美鈴が神代のノートを指さした。


「この写真を見てください」


それは1988年の研究所で撮影された集合写真だった。


正一、神代、玲奈、そして時守。


その後ろに、もう一人の人物が立っている。


顔ははっきり写っていない。


だが、服装には見覚えがあった。


次郎が着ているものとよく似た、濃い色のジャケットだった。


「これ、誰です?」


神代は首を横に振った。


「分からない。写真が見つかったときから、ずっと気になっていた」


美鈴は写真を近づけた。


「待って……この人、手に何か持っています」


拡大すると、小さな紙片のようなものが見えた。


次郎は目を凝らした。


そこには、短い文字が書かれていた。


『実験を止めろ』


「これを書いたのは誰だ?」


次郎が尋ねる。


神代は答えた。


「正一だと思っていた。だが、筆跡が違う」


美鈴が写真の裏を確認した。


そこには、別の文字があった。


『被験者22が来る前に、すべてを終わらせること』


次郎は背筋が寒くなった。


「被験者22……僕ですね」


「そうだ」


神代はうなずいた。


「私が本当に知りたいのは、君が何者なのかではない」


「では、何です?」


「なぜ、君が1988年の実験に参加する必要があったのか。それを知りたい」


夜になった。


次郎と美鈴は研究所を出て、駅まで歩いていた。


次郎はずっと黙っていた。


「怒っているの?」


美鈴が尋ねた。


「いや。少し考えている」


「何を?」


「父さんは、僕を守ろうとしていたんだろう。でも、そのために僕の記憶に何かを残した。神代さんは、それを調べようとしている」


「そうね」


「じゃあ、美鈴はどうなんだ?」


「私?」


「君は、1988年の記録にも名前があった。玲奈さんの手紙にも名前があった。君は何を覚えている?」


美鈴は歩みを止めた。


「一つだけ、思い出したことがある」


「何?」


「白い部屋で、あなたと会ったこと」


「僕と?」


「そう。あなたは私に、こう言った」


美鈴は少し恥ずかしそうに笑った。


「『僕が何を忘れても、君だけは覚えていてほしい』って」


次郎は驚いた。


「そんなことを言ったのか、僕は」


「ええ。だから私は覚えている」


「でも、僕は覚えていない」


「それでいいのよ」


美鈴は前を向いた。


「全部を同じように覚えている必要なんてないでしょう」


次郎は彼女の横顔を見た。


「それは、なかなかいい考えだな」


「あなたに言われると、褒められた気がしないわ」


「どうして?」


「いつも余計なことを言うから」


二人は小さく笑った。


その夜、次郎のスマートフォンに一通のメールが届いた。


差出人は、登録されていないアドレスだった。


件名はない。


本文には、たった一行。


『琴葉次郎。明日の10時42分、父親の記憶を返しに来なさい』


添付ファイルが一つあった。


開くと、白い部屋の写真が表示された。


中央には椅子が二つ。


その片方に、若い頃の琴葉正一が座っている。


もう片方には、次郎が座っていた。


そして、写真の奥には美鈴が立っていた。


次郎は画面を見つめた。


写真の撮影日を確認する。


1988年11月1日。


次郎はすぐに美鈴へ電話をかけた。


「美鈴、起きてるか?」


「何よ、こんな時間に」


「見てほしい写真がある」


「また変なもの?」


「今度は、僕が写っている」


電話の向こうで、美鈴の声が止まった。


「……次郎。それ、誰から届いたの?」


「分からない」


「絶対に一人で行かないで」


「分かってる」


次郎は写真をもう一度見た。


椅子に座る自分の表情は、今の自分とまったく同じだった。


ただ一つ違うのは、写真の中の次郎が、こちらを見て笑っていることだった。


その笑顔は、まるで次郎が何をするのか、すべて知っているかのようだった。

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