表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

『悪魔』

悪魔は夢を見ない。

これは、ただの追憶だ。


あいつがまだ生きていた頃。

俺は呼び出された。

目の前には小綺麗な格好をした女がいる。

俺を呼ぶのは決まってそういう人間だ。


「俺を呼んだのはお前か? 願い事を言え。魂と引き換えに叶えてやろう」


下らない望みなら、この場で殺す。

そのつもりだった。

だが、目の前の女の願いはあまりに馬鹿馬鹿しかった。


「私とお友達になってくださらない?」


殺す気も起きなかった。

俺は契約を結んだ。

それから、女は一人になるたび、俺に話しかけた。


「あなたのお名前は?」

「…………」

「私の名前は――ですわ」

「…………」


俺が無視しても、女は話し続けた。

契約どおり、姿は見せてやっている。それ以上のことをする義理はなかった。

俺の目的は、こいつの魂だ。

こいつの魂は、これまで見てきたどの人間より白くて旨そうだった。

歪な形をしていたが、その時は気にも留めなかった。


姿を消したまま女の側に居続けるうち、奇妙に思うようになった。

こいつは、いつも同じ顔をしていた。

人間とは、欲望のままに生きる愚かな生き物だ。

それなのに、こいつはまったく感情を見せない。

異常だ。


「悪魔様は普段何をしていますの?」

「悪魔様の好きな食べ物はありますか?」

「悪魔様は本は読まれますか?」


女は変わらず俺に話しかける。


「アモンだ」

「アモンと呼べ」


ただの気の迷い。

奇妙な人間に興味が湧いただけだ。

それなのに、この女は馬鹿みたいに顔をほころばせる。

俺は気が向けば返事くらいしてやることにした。


だが、それでこいつの日々が変わったわけでもない。

こいつを取り巻く環境は歪んだままだ。

寝る前のひととき。昼食の最中。廊下を歩く間。

そんなわずかな時間が、俺とこいつの話をする時間だった。

毎日毎日、女はどうでもいい話を語って聞かせる。

そして、俺のつまらない話にも真剣な顔で耳を傾ける。

退屈な日々だった。


だが、いつからか女の話す言葉が少なくなった。

ある日、気がつくとこいつの魂の歪みがひどくなっていた。

下らない噂が広まっているようだった。

こいつは日に日にやつれていく。

俺の前で暗い顔を見せるようになった。


「殺してやろうか? お前が命じれば、すべて終わらせられるぞ」


契約にはないが、それくらいならしてやってもかまわなかった。


「いいの。これは私がどうにかするべきことだもの」


こんな状況でさえ、こいつは白いままだった。


「それに、お友達にそんなこと頼めないわ」


俺を友達だと、本気で思っているらしい。

この女はやはり異常だった。


それからも、噂は消えない。

こいつに向けられる醜悪な視線は増えていくばかり。

なのに、こいつは俺を使わない。

馬鹿だ。馬鹿にもほどがある。

しかし、一度契約してしまえば、悪魔は契約者の意思に反することができない。

俺はこいつが、義務とやらを諦めるのを待った。


その時はすぐにやってきた。

だが、こいつが捨てたのは義務だけではなかった。

その日、こいつは自室に戻っても俺に話しかけなかった。

淡々と何かを用意し始める。


「おい、何をしている」

「やめろ」

「そんなことをして何になる」


こいつは黙ったまま、縄を結ぶ。


「命令しろ」

「あいつらを殺せと!ここから逃がせと!」


悪魔は契約者の意思に反せない。

俺にはこいつを止められない。


「なぜだ!」

「お前が死ぬ必要がどこにある!」


俺がどれだけ叫ぼうとこいつは止まらない。

椅子の上に立って、一度だけ俺を見た。


「ごめんなさい。もう、うまく笑えないの」


その顔はあまりにも悲痛で苦しげだった。


「お友達になってくれてありがとう、アモン。お礼に私の魂をあげるわね」


一方的に言葉を並べて、こいつは縄を手にする。


「そんなものいらない!」


「だから生きろ、レティシア!!」


俺の声は、もう届いていなかった。

契約が切れた。

こいつの魂が、俺の手元に浮かんだ。

触れれば壊れそうなほど傷つき、それでも真っ白な魂。


それを仕舞い込み、縄を切ってこいつの身体を横たえる。

もう目覚めることのないこいつの顔を、俺は見続けた。


人間は愚かだ。

自分の都合で他者を傷つけ、それに気付きすらしない。

そして、傷つき果てれば自ら命を捨てる。

耐える必要などなかったのだ。

殺せなくとも、逃げればよかった。

そんな簡単なことさえわからなくなる。

人間は、本当に愚かだ。


こいつは死んだ。

だが、周りにいた人間は明日も同じように生きていくのだろう。

自分たちは何も悪くないという顔で。

それが、どうしようもなく気に入らなかった。


だから、見せてやることにした。

こいつが何を見て、何を聞き、どのように生きてきたのか。


そうすれば、少しくらいは気が晴れるかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
夢を見せられたクズども。中でも毒両親と、ボンクラ王子と、元凶のクソ女。こいつらが首吊り自殺で死ぬまで悪夢を見させ続けて欲しかった。 寝ても悪夢で休めなかったら、一月持たないで狂うでしょ。令嬢の絶望と苦…
素晴らしい因果応報
特定の夢を見させる能力いいな 人を殺した者に 人を犯した者に 人を重症たらしめた者に 被害者の夢を見せたい。毎晩
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ