『終』
目を開ける。
部屋には、相変わらず何もない。
もういい。
これ以上悪夢を見せたところで、不愉快なだけだ。
あいつの苦しみは、十分に刻みつけた。
あとは死ぬまで、勝手に苦しめばいい。
俺は陣を開き、地獄へと帰った。
荒んだ空気と爛れた大地を飛び、屋敷へと戻る。
最奥の部屋の扉を開け、中央に置かれた小瓶を確認する。
中に入った魂は、相変わらず傷だらけだが完全に壊れてはいない。
「こんなものを寄越されても迷惑なだけだ」
「あんなので契約が完了したなんて俺は認めない」
俺は部屋を満たす瘴気を払い、小瓶の栓を抜く。
こんなボロボロの魂を喰ったところで、何の足しにもならない。
だから、修復することにした。
しばらくは、人間の呼び出しに応じる気もない。
暇潰しにはちょうどいい。
*
とある街で、少女が空を見上げている。
噴水の縁に腰を掛け、吹き抜ける風に目を閉じる。
「お待たせ、レティ。何だか機嫌がいいね」
少女は声をかけられ、花が咲くような笑顔を向ける。
「ええ、今朝いい夢を見たの」
少女は嬉しそうに話し出す。
「あまり覚えてはいないのだけれど、最初はとても悲しい夢だったの。私はずっと一人で泣いていたの。だけどね、最後に誰かが優しく抱き締めてくれた。それがとっても温かくて、目が覚めても心地いいの」
青年は少女の隣に腰を下ろす。
「それは良かった。でも、少し妬けるな。夢の中でも、君を助けるのは僕でありたかったのに」
その時、少女の足元で丸くなっていた黒猫が、青年に飛びかかった。
「わっ。この子、またいたんだね」
「ええ。アモンとはいつも一緒なの」
黒猫は青年の腕の中でじたばたと暴れながら、しきりに威嚇する。
「ははっ、アモンは元気だな」
「私の前ではおとなしいのに、どうしてかしら?」
黒猫は青年の腕から抜け出し、少女のそばで丸くなる。
「今からおかしなことを言うけれど、笑わないでね。私ね、この子に守られている気がするの」
少女は黒猫をそっと撫でる。
青年は少女のもう片方の手に、自分の手を重ねた。
「そうかもしれないね。だって僕には、ちっとも懐いてくれないから。アモンに認められるよう頑張らなくちゃ」
二人は顔を見合わせて笑う。
「そろそろお買い物に行きましょうか」
「ああ、そうだね」
二人は手をつないだまま歩き出す。
その傍らを、黒猫も歩いていく。
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