表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

『王子』

また、彼女の夢を見た。


俺の婚約者だった彼女の夢を。

最初はまやかしだと思った。

彼女に都合のいいように書き換えられた夢だと。

しかし、学園は以前より静かになっていく。


授業中、眠りに落ちまいと必死に目をこする者が増えた。

机に伏したまま震えている者もいる。

廊下ですれ違う生徒たちは、目の下に濃い隈を作っていた。

教師の中には、学園へ来なくなった者までいる。

皆、夜を恐れていた。

それでも、誰もその理由を語ろうとはしなかった。

誰もが後ろめたい顔をしていた。

夢が事実なのだと証明するように。


あの平民の少女も、日に日に憔悴していった。

下を向いたまま、俺と目を合わせようとしない。

そして数日後には、壊れたように同じ言葉を繰り返し始めた。


「嘘をついてごめんなさい」

「悪気はなかったの」

「ただ、守られるのが気持ちよかっただけなの」


そして、また夜が来た。

夢の中、目の前には俺がいる。

ひどく冷たい目を向けて怒鳴っている。

また、虐めるつもりか。

そんな言葉に騙されるものか。

そう言って去っていく。

その姿が消えるまで彼女は礼を崩さなかった。


場面が変わる。

俺とあの少女が学園の中庭にいる。

まるで恋人のように楽しげに話している。

俺は、彼女の身体でそれを遠くから見つめる。

そして、なにも言わず校舎に戻っていく。


また、場面が変わる。

夢の中の俺は、怯える少女を庇うように立っている。

そのまま、大勢の前で婚約破棄を告げる。

偉そうに正義ヅラして勝ち誇っている。

それでも、彼女の態度は崩れない。

淡々と必要な言葉だけを告げ、その場を離れていく。

その時の俺の顔はわからない。

彼女の身体は一度も振り返らず、扉へと進んでいくから。

だけど、見えなくとも覚えている。

俺はそんな彼女を憎しみを込めて睨んでいた。


最後の場面が来た。

彼女が椅子に立つ。

縄が首にかかる。

そこで、夢から覚める。


目を開ければ、自分の部屋にいる。

もう、何度目の夢だろうか。

これは彼女の呪いなのだろうか。

俺がどれほど愚かだったか、知らしめるための。

彼女に罪などなかった。

夢を見て、そのことがはっきりとわかった。

悪いのは全て俺だった。

俺は彼女に嫉妬していた。


俺は幼い頃から、厳しく王太子として教育されていた。

けれど、あいつはいつも澄ました顔で俺の上を行った。

どれだけ努力してもあいつを越えられなかった。

それなのに、あいつは俺のことなんて見ていなかった。

俺に向ける顔は、いつだって穏やかで、優しげだった。

一度だって、その表情は崩れなかった。

婚約破棄でさえ、あいつは……


いや、違う。

やめろ。

そんなの関係ないんだ。

あいつが悪いんじゃない。

完璧な彼女に劣等感を抱いて勝手に俺が敵視したんだ。

俺が全て悪い。

それがようやくわかった。


──まだだ。


──まだ、お前は理解していない。


突然、声が響いた気がした。

だが、部屋には誰もいない。

「気のせいか」

幻聴まで聞こえるなんて、もう笑うしかなかった。


やがて、夜が来て夢を見る。

だが、今日は何度も見た光景じゃなかった。

どこかの部屋で幼い少女が泣いている。

少女の前に立つ女性が厳しく叱責している。

少女は涙を拭いて、無理に微笑んだ。

見覚えがあった。

その表情を俺は知っていた。

そして、女性が言った。

「よろしい。それでこそ、王太子殿下の婚約者です」

疑いようもない。

その少女は、彼女だった。


場面が変わった。

大きな机に向かって、男が書類を読んでいる。

「王太子の婚約者という立場に恥じない行動をしろ」

幼い彼女へ、冷たく言い放つ。

「決して我が家に泥を塗る真似はするな。公爵家の繁栄のために尽力しろ」

男は、彼女を一度も見ない。


次々と、場面が変わっていく。

けれど、彼女は常に一人だ。

弱音を吐くことさえ許されず、両親の望む姿であり続けている。

何日も、何ヵ月も、何年も。

俺は彼女を見続けた。

やがて、夢から覚めた。


目を開けても、頭が回らない。

それから何をしたのかも覚えていない。

いつの間にか夜になり、また眠った。

幼い彼女の夢は、一度きりだった。


また、これまで何度も見た夢が始まった。

目の前の俺が、彼女を怒鳴る。

少女を背に庇い、虐めを責め立てる。

また、婚約破棄を告げる。

そして、彼女は縄を手に取った。

目が覚めた。


今までで一番の悪夢だった。

彼女の完璧さは、余裕の証なんかじゃなかった。

自分だけが苦しいのだと思っていた。

王太子として重圧を背負う俺の隣で、何もかも難なくこなす彼女が憎かった。

けれど、彼女も、俺と同じように逃げることを許されていなかった。

それなのに俺は、最も近くにいるはずの婚約者を支えるどころか、さらに追い詰めた。


俺だけが逃げた。

俺を頼り、俺の言葉に喜び、甘い言葉を返してくれる少女のもとへ。

信じたいものだけを信じた。


「ぁ……」


彼女の言葉を無視した。

睨んだ。

怒鳴った。

微笑んでいるから、気にしていないと決めつけた。

傷ついていたはずだ。

俺が、傷つけたんだ。


「うあああああああああああああああっ!!」


あの時も、あの時も、あの時も!


「俺は!!」

「俺はなんてことを!!!」


謝りたい。

彼女にしてきた、何もかもを。

今までの全てを。

けれど、謝るべき彼女は、もうどこにもいなかった。

もう、夜が来ようとどうでもいい。


朝になっても、彼女は戻ってこない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ