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『父』

また、あれの夢か。


忌々しい。

毎晩、娘の行動を追体験させられる。

噂が流れる。視線が刺さる。

まったく、下らない。

そんなもの、公爵家の者なら耐えて当然だ。


場面が変わり、王子が娘を公然と侮辱する。

婚約者を蔑ろにするなど愚行だ。

平民に現を抜かす馬鹿な王子など、放っておけばいい。


そして、また場面が変わる。

目の前の王子が、婚約破棄を宣言する。

ここまでは、何の問題もなかったのだ。

噂を理由にした一方的な婚約破棄とあれば、我が家に有利に事を運べた。

それなのに、自殺するなど。

この役立たずめ。


目が覚める。

なぜ、毎晩毎晩こんなものを見せられなければならない。

あれが自殺を選んだ瞬間、怒りが湧いて仕方がない。

そのせいで毎朝、不愉快だ。

そもそも、噂一つ鎮められないとは。

なんと無能な。


──ならば、お前が鎮めてみろ。


どこからか声が響いた気がした。

どうやら、この夢には何者かが関わっているらしい。

だが、声の主などどうでもいい。

噂を鎮めれば、この夢も終わるのだろう。

「はっ、ようやくか」


そして、夜が来た。

夢の中。

今夜は、自分の意思で身体が動く。

まずは、噂の出所を突き止めればいい。

廊下でこちらを見て笑う生徒の腕を掴む。

「この噂を流した者の名を言いなさい」

生徒の顔が恐怖に歪み、周囲がざわめいた。


翌日、公爵令嬢が身分を笠に着て生徒を脅したという噂が広まった。

その後も悪評が消えることはなく、婚約破棄を告げられる。

その瞬間、この身体は勝手に動きだし、淑女の礼をとる。

そして、帰路に就く。


今回は失敗ということか。

まあいい。

どうせ、何者かは明日もこの夢を見せる気だろう。

薄暗い部屋の中で、娘の手が縄を持つ。

この瞬間も見飽きた。

さあ、目覚めるとするか。


だが、今夜の夢はそこで終わらなかった。


突然、縄が首に食い込んだ。

なんだ。どういうことだ。

苦しい。

苦しい、苦しい、苦しい!

息ができない。

もがこうにも、身体は動かない。

痛い。苦しい。

早く。

早く。

早く終われ……!


目が、覚めた。

呼吸が乱れ、激しく咳き込んでしまう。

首に手をやるが、当然何の跡もついていない。

悪趣味な。

あれの痛みを思い知れとでも言いたいのか?

貴族の責務に耐えられず勝手に選んだのだろう。

私とは関係ない。


まあいい。

次は失敗しなければいい。

噂さえ鎮めれば、あの苦痛を味わう必要もない。


また、夜が来た。

次は、個々の生徒を相手にする必要などない。

学園そのものに処理させればいい。

学園長を呼び出し、公爵令嬢に関する噂の調査と、流布した者への処罰を要求する。

しかし、翌日には、公爵令嬢が家の権力を使って噂を揉み消そうとしていると囁かれた。

平民の少女を虐めただけでなく、真実を知る生徒まで処罰しようとしているのだと。

また、手が縄へ伸びる。


次の夢では、王子に話をすることにした。しかし彼は聞く耳を持たない。

公爵令嬢が王太子殿下に圧力をかけ、被害を揉み消そうとした。

そう噂された。

また、手が縄へ伸びる。


次は、平民の少女本人に真実を話すよう迫った。

少女は泣き出し、公爵令嬢に脅されたと訴えた。

また、手が縄へ伸びる。


次は、噂の出所を一人ずつ調べた。

調査そのものが、平民を陥れるためだと噂された。

また、縄へ手が伸びる。


次は、何もしなかった。

いずれ噂も飽きられると思った。

だが、何も変わらなかった。

また、縄へ。


「ふざけるな!」

「ああ、認めてやろう!」

「噂を止めるのは不可能だった!」

「だからなんだ!?」

「あれが勝手に死を選んだだけだ!」

「私に何の関係がある!」

自室で一人、叫ぶ。


噂を止められないのなら、耐えればよかったのだ。

貴族とは家のために身を尽くすものだ。

何者かは知らないが、どうせ聞いているのだろう?

さっさとこの悪夢を終わらせろ。


しかし、何も聞こえない。


また、夜が来てしまった。

夢の中で娘の身体を動かす。

もういいだろう。

もう認めただろ。

なのに、なぜ終わらないんだ。


どうすることもできず、屋敷の中をさまよい歩く。

ふと顔を上げると、私が立っていた。


「噂を止められないのなら、耐えればよい」

「貴族とは、家のために身を尽くすものだ」

娘の身体を見下ろす私が、冷たい声で言う。

「それとこれとでは話が違う!」

「なぜ毎晩、首を吊る苦しみを味わわねばならない」

「理不尽ではないか!」

目の前の私の眼差しが鋭くなる。

「あいつもだ」

「あいつにも、理不尽な目に遭う理由などなかった」

私の姿をした何かが、わずかに口元を歪める。


「それでも、貴族なら耐えるのだろう?」


そこで目の前が真っ暗になった。

そして、気がつけば縄を握っている。

終わらないのか。

嫌だ、もう嫌だ。

もう、やめてくれ。

縄が首に食い込む。


目が覚める。

朝になっても、震えが止まらない。


──それでも、貴族なら耐えるのだろう?


また、夜が来る。



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