『母』
また、あの子の夢を見る。
下らない噂話が聞こえてくる。
あの子はそれをものともしない。
あの子の身体でそれを体験しながら、私は誇らしく思った。
だから、あの子が死んだ理由がわからなかった。
あんなにも堂々と淑女らしく振る舞っていたのに。
それがこの夢の、一度目の感想。
それから何度もこの不可解な夢を見る。
あの子は、いついかなるときも王太子の婚約者としての振る舞いを崩さない。
私が幼い頃から、そう躾けてきたから。
だから、二度目の夢も、三度目の夢も、あの子が死んだ理由を理解できなかった。
ある日、別の夢を見た。
幼いあの子を、私が叱る夢。
「王太子殿下の婚約者たる者、人前で涙を見せてはなりません」
「辛いときほど微笑みなさい」
「感情を悟られることは、弱みを握られることと同じです」
夢の中の私は、そう言っていた。
幼いあの子は、袖で涙を拭った。
何度か息を詰まらせたあと、私の言いつけどおりに口元を持ち上げる。
ぎこちない笑顔だった。
それでも夢の中の私は満足そうに頷いた。
「よろしい。それでこそ王太子殿下の婚約者です」
そうだった。
私は、あの子に強くあれとは言わなかった。
強く見せろと、そう教えたのだ。
だから、あの子は笑っていたの?
噂が流れたときも。
殿下に敵意を向けられたときも。
婚約を破棄されたときも。
また、夢は何度も見た光景に戻った。
噂が流れ始めた。
あの子は、悪意を気にしていなかったわけではないのかもしれない。
そう思った瞬間、今まで何とも思わなかった周囲の視線が恐ろしくなった。
敵意。
好奇。
嘲り。
あらゆる視線が、この身体へ向けられている。
逃げればよかったのよ。
こんなものに耐える必要がどこにあるの。
一瞬、そう思った。
だけど、それを許さなかったのは私だ。
長卓の向かいには、私と夫が座っている。
静かな夕食の席で、夢の中の私はあの子を見た。
「王太子の婚約者として、相応しい振る舞いを心がけなさい」
そう言ってあの子を縛った。
そうして、また命を絶つ場面がやってくる。
やめなさい。
そう言いたいのに、身体は勝手に動いていく。
縄を吊るし、椅子に乗る。
そこから少しの間、よくわからない。
気がつけば、縄の輪を握っている。
持ち上がる腕。
近づいてくる縄。
そこで夢は終わる。
眠るたび、私は何度も何度も、同じ瞬間を繰り返す。
最後まで堂々と淑女らしく振る舞って、そして死ぬ。
もう見たくなんてない。
けれど、何日経とうとも夢は終わらない。
あの子が微笑みを浮かべるたびに私の愚かさを突きつけられる。
あの子が自殺を選ぶたび、胸が引き裂かれる。
けれど、あの子の痛みが伝わってくるわけではない。
夢の中では、あの子の感情も何も分からない。
ただあの子の行動をなぞるだけ。
それが、とても辛かった。
何度目かもわからない夢から覚めた。
朝になっても、あの子の笑顔が頭から離れなかった。
あの子の部屋へ入る。
机の上には、王太子妃教育の本が整然と並んでいた。
どの頁にも細かな書き込みがある。
私が与えたものばかりだった。
あの子が選んだものが、一つも見つからない。
「……私のせい」
「私があの子を殺したのね」




