『教師/侍女』
また、悪夢だ。
彼女が死んでから、毎晩同じ夢を見る。
生徒の模範となるような勤勉な生活。
しかし、いつしか噂が流れ始める。
彼女を貶める悪意のある噂だ。
誰もが遠巻きに眺める。
周囲の全員が敵に見えて恐ろしい。
しかし、彼女は噂にも動じず完璧に振る舞う。
だから私は、彼女なら一人で何とかできると思った。
いや。
そう思うことにした。
「先生、少しご相談したいことがございます」
また、この場面がやってきた。
目の前には、私がいる。
公平なつもりでいる愚かな男が。
公爵令嬢の口が開く。
彼女は助けを求めていた。
それなのに。
「君は優秀な生徒だ。この程度の噂なら、毅然としていればいずれ収まる」
「下手に教師が介入すれば、かえって騒ぎが大きくなる」
「君なら自分で対処できるだろう」
「期待している」
目の前の私は優しく笑っている。
寄り添っているつもりなのか?
ああ、そうだ。
私は勇気を与えた気になっていた。
だが、こんなもの励ましでも何でもない。
冷たく突き放しただけだ。
私は、彼女の伸ばした手を残酷に振り払った。
それなのに、彼女は微笑みを崩さなかった。
目の前の愚かな男に礼を言い、教師室を出ていく。
翌朝、彼女はまた学園へ向かった。
噂がこれほど恐ろしいとは思わなかった。
私には、こんな視線など一日たりとも耐えられない。
それでも、彼女は毎日学園へ向かう。
……もう、私を殺してくれ。
*
また、悪夢を見る。
お嬢様が亡くなるまでの夢を。
学園の生徒たちは、常にお嬢様から距離を取っていた。
王子に邪険にされている婚約者を、どう扱えばよいのか分からなかったのでしょう。
そして、噂が流れ始めた。
屋敷に仕える私は、そんな噂を知る由もなかった。
けれど、お嬢様をきちんと見ていれば、分かったはずだった。
お嬢様が、どれほど辛い立場におられたのか。
あの方には、家にさえ居場所がなかったのに。
旦那様も奥様も、お嬢様に厳しかった。
お嬢様は、朝早くから勉強し、学園から帰っても、夜遅くまで勉強をする。
毎日、その繰り返し。
それがお嬢様の日常だった。
夜になる。
目の前には、書き込みで埋まりかけたノートが開かれている。
顔を上げると、夢の中の私がお嬢様に紅茶を淹れている。
それを受け取ったお嬢様は私の顔を見てお礼を言う。
なのに、私はお嬢様を見ていなかった。
見ているつもりで、表情なんて何も見ていなかった。
その後も、勉強するお嬢様は何度か顔を上げ、そばに控える私を見ていた。
けれど、私は気付かない。
それから、数日。
お嬢様が言った。
「今夜だけ、もう少しここにいてもらえますか」
どうか「はい」と言ってほしい。
そうすれば、何かが変わったのかもしれない。
私でも、お役に立てたのかもしれない。
でも、そんなことはあり得ない。
それは自分が一番よく分かっている。
「申し訳ございません。まだ仕事が残っておりますので」
そんな理由で、私は断ったのだ。
使用人だからと、立場をわきまえたふりをして。
その後も、同じような日々が続いた。
お嬢様は何度か私を見た。
けれど、もう「そばにいて」とは言わなかった。
そして、やがてこの世を去った。
目が覚める。
この絶望を抱えたまま、私はいつものように侍女の仕事をする。
私には勝手に死ぬことなんて許されない。




