消えた勇者とエクナベルの門
ネクタは大きな街だ。
「本当に東側の道はここだけなの?」
「無理矢理城壁を登るか壊せばいけそうだけど」
「道があるならアルは道を通るわよ。田舎娘の一緒にしないで」
「あー!酷い!田舎娘は世界で一番悪い言葉ってお母さんが言ってたのにー!」
「スタトだって田舎よ。こう言った方がいいわけ?怪力娘だて」
「うん!そっちの方がいい!お母さんは恥ずかしがってたけど」
「全く…。意味が分からないわね。で、それは何?」
とは言え、二人の参戦は大きい。
謎の連帯感が生まれているのも大きい。
「何ってネクタを上から見た地図だよ」
「地図ってそれもアーモンドさんの教育?」
「あたしが進んでたのってここかなぁ」
「あの噴水広場が西側だから、私はこっち?その道もここに繋がってるわな」
「ドット絵時代から追ってないと気付けないんだけど、巨大な自動車教習所みたいな閉じられた道なんだ。教習所も外に出るための道があるだろ?それが西と東と門だ」
「レイ、何言ってんの?スタトだと常識?」
「常識なわけないでしょ。そもそもジドウシャって何よ」
アレと真摯に向き合うと思ったそばから勇者がいない。
銀髪はヒロインの質問には答えず、地面に書いた地図にいくつか丸を描いた。
「出口の見張りは必要だ。二人は探したいだろ?フィーネは車庫入れ練習ゾーン。エミリはクランク、S字ゾーンを探してくれ。あ、坂道発進の下のトンネルは…フィーネ、頼めるか?」
「何を言ってるか全然分かんないけど、あたしはその二つの丸を探したらいいんだね?」
「同じく知らないけど、そことそこね。確かに建物の影になってるから、迷い込んでるかもしれないわね」
顰め面で二人のヒロインは探しに行く。
タイムリミットは日が沈むまで。
夜は皆で東側を徹底的に見張る。
とは言え、三人はそこまで考えていなかった。
アルフレドは逃げているわけじゃない。隠れる意味もない。
出口は塞がれた状態で、地図を頭に入れた二人、レベルアップしたヒロイン二人が探す。
だが…
「エミリ、そっちはいた?」
「いない…。隅々まで探したんだけど。ってことはフィーネも⁈」
見つからない。
「レイ。もしかしてだけど」
「出口には来てない。そもそもあのアルが俺から隠れる筈ないだろ」
この中で最も身体能力の低いレイ。
だけど、アルフレドがレイに道を尋ねる姿を何度も目撃している二人は項垂れた。
そしてレイも同じく項垂れる。
「だったら、西に行ったとか!」
「現状で西を示唆するイベントはない」
「アズモデって奴もアーマグがどうとか言っていたわ。帰るとは思えないし」
「ってことは消えたってことっすかー?」
「まだ分からないでしょ」
「でも、他の道は全部単純な感じだしぃ」
二人がそう言う以上、本当に道にはいないのだ。
遅い足でレイが探しても、それ以上の発見があるとは思えなかった。
勇者が失踪した。だけど
「…それはない。諦めエンドは発生していないし…」
「諦め…」
「エンド?また、よく分からないことを。私たちはゲームの駒じゃないのよ。イベントとかムービーとかもそう」
流石は才女。
彼女の一言はレイの凝り固まった脳髄を貫くには十分すぎる一撃だった。
今までの常識では在り得なかったこと。
「そうか…。勇者単独でもイベントは発生したのかも」
「あたしたちは駒じゃないし」
「それにさっき言ったばかりじゃない。時間と場所とメンバーがって」
「そうなんだ。でも、イベントは発生したんだ。そのイベントは俺がメインで写り込む。全てのムービーが使えないから、再生はされず、シナリオのみが進んだ。だとしたら」
何万回の周回では現れない現象。
即ち、仲間の取捨選択が可能になった世界線のことは魂が覚えていない。
新島礼も一度しかやってないし、ユーノルートを狙ったものではなかった。
「だったらここにいるのかもしれない」
そして地図に新たな丸が書き加えられる。
教習所でいう座学や受付、テストを受ける施設。
大きな建物が一つある。
ネクタの大きな建物と言えば、即ち…
「そこってエクナベル家?」
「どうしてアル様がエクナベル様の大邸宅に?」
「ムービーの時話したけど、マリア・エクナベルは既に登場している。彼女は三人目のヒロイン。ここまで来れば分かるな。特にエミリ…」
「そっか‼ピンクの髪の女の子がマリアって子だとしたら、…アル様に助けられる。あたしと同じ」
「ちょっと待ってよ。アルはエクナベルのお嬢様に囲われてるってこと?」
好感度マックスで始まるのだから、
「そう考えるのが自然だ。だから…」
ステータスは光の女神メビウスの加護。
若しくはゲームの都合。あぁ、何と惨い。
レイモンドはレベルが上がっても大したことないし、今回はあんまり戦っていない。
しかも何故かヒロインたちは好感度マックス固定。
「…ってもう居ないし‼好きとか嫌いを越えて、レイモンドは眼中にないってか?」
ジャラとカチカチのスーツの襟を直し、二人のヒロインに追いつくため、マリアに会う為、勇者を連れ戻す為、いや愛車に会う為に、レイは一人
愛車が待っている車庫。
若しくは、ドラステワゴンのドライブスクールに向かう。
◇
上から見るとホールインワンの噴水があり、周囲には円形の道がある。
噴水広場は即ち、環状交差点の練習場である。
車のない世界で、唯一の車が登場する街なんだから、部分的違和感はない。
ムービーが始まるのも、プレイヤーレイは知っていた。
その内容も1回だけ見ている。
「ムービーは設定された感情が流れ込む。カット塗れの俺には大した影響はなかったけど、アルフレドにはユーノと過ごした思い出が沢山ある。あんなの見せられたら、俺だってユーノを追いかけたかも…」
アルフレドはユーノのことしか頭になかっただろう。
ユーノを探す旅だから、そうなっても仕方ない。問題があったとすれば、ノーマルシナリオ併走の方だ。
だから今回もまた、ドラステワゴンへの流れが消えてしまった。
そして見えてくる頭を抱えたくなるシーン。
「いいから入れなさい。中にアルがいるんでしょ!」
「勇者様を閉じ込めて、何をしようとしてるんですか!」
「先ほどから申している通り、アポをとってからお越しください」
世界一のお金持ちの門の前で、ヒロイン二人が門番の男に詰め寄っている。
因みに──
「世界を救う為なのよ。待ってなんていられない」
「お金持ちって裏があるってお父さんが言ってたしぃ」
「聞き捨てなりませんね。エクナベル・コーポレーションはクリーンなエネルギーで世界平和に貢献しているんです。ご存じないのですか?」
エクナベル家はオイルを脱却して、クリーンエネルギーで世界を席巻している。
エクナベル・コーポレーションは脱炭素のパイオニアらしい。
「だってお父さんが企業は悪いヤツって言ってたもん」
「アポを取ればいいでしょう。今、ほら、たった今」
「私に言わないでください。当社の営業時間は終わりました。明日の午前9時以降に問い合わせてください」
仕事帰りの大人たち、買い物帰りの親子連れがヒソヒソと何やら話しながら道を通り抜ける。
銀髪大男的にも、近づきたくはない。
でも、このままだとマジでノーマルルートが詰む、と頭痛に激痛を感じつつ、腹痛に疼痛を抱きながら割って入った。
「フィーネ、エミリ。そのくらいにしておけ」
「レイ、アルはこの中よ」
「閉じ込められてるんだよ、絶対!」
「分かってるって。でも、エクナベル・コーポレーションはネクタを支える大企業だ。マハージさんもイザベラさんも市民に尊敬されてるんだぞ」
「君。彼女たちの知り合いかね。どうにかしてくれないか。魔物が現れて、皆ピリピリしているんだ。マハージ様もイザベラ様も先の強襲に胸をいためておいでなのだ」
「で、ですよね…。二人とも、ここは一旦引くぞ」
銀髪が周囲を見渡すとフィーネとエミリも周囲の視線に気がついた。
「レイがここって言ったんでしょ」なんて言いながら、渋々背を向ける。
「あたし達が魔物を倒したのに。皆見てなかったのかな」
「魔物を孵化させずに倒すのも考えものね」
「悪かったな。でも…」
男は途中、背を伸ばして視線を上げる。
「レイ?」
男は立ち止まった。
女二人は顔を顰めて、同じく立ち止まり、彼の視線の先を追う。
高身長だからって多少しか変わらないが、それでもレイはプレイヤーだ。
マリアの部屋がどこにあるのか、設定資料で知っている。
マリアの特徴は勿論──
「フィーネ、エミリ。…俺に併せろ」
「え?」
二階の窓。
彼女の部屋のソファは窓際に設定されている。
そこで桃色の髪が僅かに見える。
僅かに動く、誰かと話をしている。
「ところでモンバさん。マリア様はご無事ですか?」
マハージとイザベラの話も、それから数人の名前の設定。
すると門番の男の口角が僅かに動く。
「…プライバシーですので」
「現れたのはかなりの魔物だった。アズモデって悪魔、もしかしたら魔王軍の幹部かも。エイタとビイタ、シータが心配なんだ」
「ですから、社員のことはお答えできません‼」
ニイジマだった記憶はない。
でも、細分化されたデータ残滓は漂う。
相変わらず、デジャヴのようにしか感じられないけれど
「レイ。知り合いがいるの?」
「あ。お父さんが言ってたかも。アーモンドさんは凄い人だったって」
「まぁ…な。えっと、金髪のアイツ…なんてったっけ」
ここでヒロインの顔色が変わった。
「…えっと」
「ほら、アズモデって悪魔は金髪のアイツを待ってたんだろ?街の奴らが言ってたじゃないか」
「あ…、そっか。あの暴風の悪魔、また来るかもしれない」
「だろ?エイタたちが心配なんだよ」
「えぇ?アイツ、また来るって言ってたっけ?」
「ちょっと…エミリ…」
「そ、そういうことか。レイのお友達…、凄く心配だね‼」
遅れてもう一人のヒロインも話に乗った。
ちょっとだけテンションは間違えているが、門番モンバは気付けない。
彼の役割は門番で、ムービーには登場していない。
「そ、そのような話は聞いていません。光の勇者アルフレド様がマリア様をお助けになられた。そのように私は」
「なんだよ、それ。シータはマリア様の側仕えだ。今からでもいい。シータにそこは危ないと伝えてきてくれないか?」
「わ…分かりました。ビイタなら近くにいる…、いると思いますので。伝えてきます。失礼ですがお名前は」
ここでレイの動きが止まった。
少なくとも、門番にはそう見えた。
少々不審だが、エイタもビイタもシータも知っていて、シータがマリアの身の回りの世話をしていることも知っている。
「あの…、お名前は」
「ん…、ビイタか。それならDSW-002…だな」
「でぃーえす…。ええっと、もう一度」
「なんだよ、聞き取れないのか。まぁ、仕方がないか。確かに綴りが難しいし。紙とペンを持っていないか?」
「綴りが難しいのか。だったらここに手帳がある。…D…S…W?何の略だ?」
「いやぁ、ビイタもそっちで覚えていると思うぞ。何せ、毎日。その文字を見ながら磨いているんだからな」
「磨いて…?アイツ、そんなことまで話して」
モンバはブツブツと呟きながら、手帳を内ポケットに仕舞って、門の奥へと消えた。
そしてレイが振り向くと、二人のヒロインも消えていた。
「相変わらずのレベル差、相変わらずのステータス差だな。これで少しは信用してくれるといいが…」
202㎝。この大きさに並ぶ存在はそう居ない。
長身銀髪男は、ビイタがあの文字列を見てどんな顔をするのか想像しながら、大きく伸びをした。
「それにしても…。なんで俺はエクナベル家の侍従の顔を知ってるんだ?エイタたちの名前が開かされたのはDLC発売後だぞ」




