エクナベル家のマリア様
水色の髪が稲妻のように空を切る。
赤いおさげが、サイレンを鳴らすDSW-002のぴかぴかコーティングに映る。
「あの人、やっぱり隠してた。アルは屋敷の中にいたのに」
「簡単にボロ出しちゃったね。お金持ちだって監禁は許されないんだからっ」
少なくともエステリア大陸ナンバーワンの大富豪邸に侵入していた。
侵入方法は単純明快、門を飛び越えただけ。
DLCでは、主人公アルフレドの行動によって、パーティメンバーの入れ替えが可能になった。
置いていくのも、連れて行くのも自由。そのサイドエフェクトとして発生したのが、外れた仲間のレベル維持。
新島礼はこの変更を知らないが、アルフレド離脱時でもレベル差を感じたことで、無意識に認識していた。
そも、モブになった記憶も消えている。
「ねぇ、フィーネ。レイって…何?」
「知ってることは全部話してるわよ。村長の息子ってのだけで口八丁やってた奴よ」
「それでいざ決闘って始まると、アル様にボコボコにされるんだっけ…」
「そんなことより」
「うん。そんなことよりもアル様だね」
「あの窓の部屋を目指すわよ」
「あたし、方向感覚自信ないんだけど」
「そう。なら、あっちよ」
「絶対に、嘘じゃん」
外でほくそ笑む男を他所に、サラリと流されるレイの話題。
フィーネの「アル」呼びでそうかもくらいは考えているが、レイの予想を遥かに超えていた。
勇者がユーノルートを進む限り、他ヒロインは好感度マックスを維持される。
好きの嫌いは反対ではなく興味なしと言われたりするが、彼の場合は眼中になし。
「嘘か分からないでしょ。一対一で負ける要素ないんだし」
「二手に分かれるのは分かるけど、だってそっちは下じゃん!」
だから必死になって勇者様を探す。
結局同じ階段を競うように上り、その辺りだった筈の扉を開けようとする。
ガチャガチャ
「鍵が掛かってる」
「当然でしょ。お金持ちの家なんだから」
「だったらあたしの力で」
「流石に不味いわよ。一部屋ずつ、中の様子を窺って」
外から見た景色と内側とでは景色が異なり、結局片っ端から探し始める。
ガチャ、ガチャといくつもある部屋の扉を引いたり押したり、耳をつけて盗み聞きしたり。
そして、この部屋だろうと一つに絞った時だった。
「そこを止まれ、侵入者‼」
◇
エイタは警備担当での責任者だ。
マハージの執事および執事長でもある。
通常、彼が直ぐに動くことはない。
だが、主の愛娘マリアが襲われたことで警備体制の見直しにとバタバタと走り回っていた。
ファンファンファンファンファンファン
その時、警報音が鳴った。
音の出所は分かっているが、エイタはそこに向かわない。
振動を検知すると音を発する奇怪な機械の担当は副執事長のビイタの役目だ。
「エイタ。またアレが鳴っているぞ」
「…申し訳ありません。直ぐにビイタが対応すると思いますが」
ファンファンファンファンファンファン
だがソレは一生鳴り続ける。
エイタの主人はずっと険しい顔をしている。
マリアを襲った悪魔の出現は、世界一の富豪の精神を抉ったのは容易に想像できる。
凶悪な悪魔と真っ向から対峙した勇敢な若者に守らせても、主人の顔は曇ったまま。
「ビイタ、何をしている。こんな時だからこそ平穏に務めなければならないのに」
エイタの胃はもはや限界だった。
一方、その頃の少し前。
ビイタは件の手帳を突き付けられていた。
「DSW-002?確かに知っているが、これが何か?」
「やはり知り合いか。エイタもビイタもシータも知っていると言っていたし」
多少はまだ不審に思っているからこそ、モンバは男を門の中には入れなかった。
しかし、それは杞憂。
奇妙なアルファベットをビイタは自然に受け入れた。
「確かに三人とも知ってる。知ってはいる。それでなんだ?」
「そのDSW-002が」
ファンファンファンファンファンファン
ここで警報音が鳴った。あぁまたこの音か、と二人は眉を顰める。
ドラステ世界でも、アレは近所迷惑な程の音という認識で、そんな中で会話が進む。
「とにかくだ、ビイタ。DSW-002が呼んでいるぞ」
「分かっている。呼んでいたら俺がいく。俺の役目だからな」
「いや、ちょっと待て‼そっちじゃない‼」
「DSW-002が呼んでるんだ‼ただでさえピリピリしているんだぞ‼直ぐにいかないと」
「だから門の外に‼」
「だーかーらー‼DSW-002は‼中だ‼」
時間は逢魔が時。
緊張の夜を迎える。
耳障りな振動検知の警報音。
それらが奇跡を起こした。意味を持つかは定かではないが。
「門の内側でいいんだな‼」
「そうだ‼俺はもう行くぞ‼お前は外の警備に戻れ‼」
そしてビイタはステーションワゴンの警報音を止める為に車庫に向かった。
その数分後、
「は…?俺、入っていいのか?」
「はい。エイタもビイタもシータも知っていると確認できました。DSW-002様、中にお入りください」
ビイタはアレがドラゴンステーションワゴンの型式と知っている。
多少の混乱はあるにせよ、モンバが顔を真っ赤にして出てくると思っていたから首を傾げる。
「俺を知ってる?そのビイタは?」
「いつも迷惑をおかけしています。警報音を止めに車庫に向かいました」
中に通されて、お茶まで出される。
ロッカールームが隣にある部屋。
「…ん、まただ。…で、ここで待ってたらいい感じ?モンバさんは」
「私は仕事に戻ります。シータはまだですが、エイタとビイタもそろそろかと」
そして理由もわからず。
既視感に苛まれる中で、いつかニイジマとして通れた、エイタたちの名前が書き込まれたロッカーが見える場所で、ポツンと一人残された。
◇
警報音は止まった。
余りに長かったことを不審に思ったエイタは、雇い主の了承を得て退室した。
「ビイタの奴。ビビって逃げたんじゃないだろうな」
最も可能性があったのはマリアの侍女シータだった。
だが、立ち位置的にビータの方が容易く逃げられる。
アレが逃げて、マリアが五月蝿いと文句を言い、シータが止めに行ったんじゃないかと、眉を顰める。
三階の一番奥の部屋から出て長い廊下を歩く。
「先ずはお嬢様の様子を探るべきか。シータがいないとなると、光の勇者様と二人きりということになる。それは流石に不味い。う…、さっきので胃が…」
彼は頭を抱え、胃痛も抱え、二階のお嬢様ルームを目指した。
一方で、ビイタはビイタで焦っていた。
モンバに意味不明なことで呼びつけられたのだ。
しかも彼の手帳に書かれた文字列は、一部の者しか知らない何か。
何かが何かは誰も知らないが、何かが書かれた何かも知らないのだから、重要性も知らない。
何も知らないが、世界有数の大企業のお漏らしは不味い。
「エイタ。いや、お嬢様の我が儘に付き合わされていたシータ?いや、疑う前に探りを入れるか。先ずはシータに話を」
ビイタは車庫から一階廊下に戻り、シータがいる二階とエイタがいる三階に向かっていた。
普段は多くの従業員とすれ違うが、アレがあった日というのと、そろそろ夜ということが重なって、数名しか出会わない。
しかも皆、何かに怯えて会釈だけで通り過ぎる。
「無理もない。目撃者の話を纏めると、悪魔はアルフレド様を待っていたらしい。お嬢様がどうしてもと仰らなければ、招いたりしなかった。社員に知られるのも時間の問題だった。そんな中で情報漏洩まで明るみになれば、イザベラ様が今度こそお倒れになられる…」
エイタが考えているよりずっと、ビイタはエクナベルに忠実だった。
そして、彼が二階の床を踏みしめた時、エイタも同じく二階に降りていた。
「ビイタ。お前、居たのか」
「エイタ!お前とシータに聞きたいことがある」
「私もだ。警報音が鳴りっぱなしだったぞ。シータが止めなければ」
「シータ?シータは」
ガチャガチャ…
ナハージの髪色は燻んだ朱色、エクナベルは赤系統の髪。
イザベラの髪は深い緑色、ビア系に多い髪色。
マリアは明るい桃色。
エクナベル邸宅で、特徴的な髪色はその三つ。
「なんだ、あの娘らは」
「そこを止まれ、侵入者‼」
「やばっ‼見つかっちゃった‼」
「ヤバくないわよ。アルを…。勇者様を監禁してるのは分かってるのよ‼」
水色と赤。赤と言ってもマハージよりも明る過ぎる赤だから、近親者ではないと即断できた。
情報管理も彼らにとっては何故か徹底されている。
「監禁などしていない。お前たちこそ不法侵入だ」
「ただでさえ…。いや、それを狙った火事場泥棒か」
「泥棒したのはそっちでしょ!」
「アル様には大切な使命があるんだから!」
モブとはいえ、エイタもビイタもネイムド。
世界の富豪の執事は、強くなければ、勇敢でなければやっていけない。
そして年下だからと、少女だからと舐めることもない。
「話は後で聞きましょう」
「今直ぐ、その場から」
奇しくも二対二。
廊下は幅広く、戦えないこともない。
こんな裏側でバトルが遂に…
「お待ち下さい!」
残念ながら始まらなかった。
丁度、四人の間にあった扉が開いて、侍従の一人が飛び出して止めた。
「シータ、気をつけろ」
「気をつけるのはあなた達です。警報音だけでも爆発しそうなのに」
「爆発?!」
「アルが危険な目に」
──ドン‼‼‼‼‼
轟音と同時に建物が揺れる。
フィーネとエミリは身構え、エイタとビイタは両肩を跳ね上げた。
男二人の顔から血の色がひいていく。
ヒロイン二人は更に気を引き締めるが、意外な言葉に顔を見合わせた。
「シータ。水色髪の子と赤色髪の子がいるんでしょ?面倒くさいから、マリアの部屋に入ってもらっちゃって」
「はい…。…お嬢様方、こちらです」
「え?」
「へ?」
シータが飛び出した部屋、開いた扉の奥から声がする。
「エイタとビイタは本来の持ち場に戻ってください」
「い、いや。その前に」
「…マリア様がまた爆発してしまいます」
するとまた男二人の肩が跳ね、すごすごと歩き始めた。
一人は三階、もう一人は二階の廊下をそのまま。
状況を呑み込めないまま、二人のヒロインは三人目のヒロイン・マリアの部屋に入っていった。
そこで目を剥く。
「アルは…、いない?」
「嘘…。も、もしかして、あたしたちの勘違い?」
メルヘンな部屋の中にアルフレドはいない。
可愛らしいカーテンの裏、天蓋付きベッドの下。
隠れられそうな場所はいくらでもありそうだが、そこにはいないと瞬時に悟った。
レイと同じ考え、アルフレドが隠れる理由が見当たらない。
「水色の髪、アタシと同じくらいの身長。アナタがフィーネ。赤い髪のアナタがエミリね」
「桃色の髪。アナタがマリア。マリア・エクナベルね」
「あと一人は?ここから見てたらバレバレだし」
「え?見えてたの?」
「当たり前でしょ。そっちから見えたんだもん。マリアからも見えてた。門を飛び越えたのも、そのまま家に入ってきたのも全部見てた。あの悪魔が来るかもって外を気にするのは当然でしょ?」
確かに、と言いたいところだが、門番や通行人は全く気付かなかった。
バレないように侵入できた自信もあった。
そして、この言葉が意味するのは
「アルはやっぱりいるのね」
「そうよ。でも、監禁は聞き捨てならないわね」
「アル様が出てこないんだから監禁でしょ」
「彼はマリアの大切な勇者様…」
「お金持ちだからって」
「でも、ユーノ、ユーノ、ユーノ、ユーノ…」
部屋の空気が変わる。
微振動が強震動になり、シータの額から汗がしたる。
床に溢れる前に、フィーネとエミリは顔を顰めた。
「それってやっぱり監禁してるってことじゃない!」
「今はしょうがないんだよ。ユーノはアル様の幼馴染で攫われて」
「知ってる。だから、監禁はしてないんだってば!勇者様なら、地下の武道場にいるわよ」
そう実は、フィーネがエミリを向かわせようとした場所にアルフレドはいた。
とは言え、彼がそこにいる意味はない。
「地下ね、エミリ」
「うん!」
「最後まで話を聞きなさいよ。勇者様は自分の意志でそこにいるんだから」
「そんな理由ない。アルはユーノを追いたいんだから」
「そう。だからマリアは勇者様にこう言ったの」
ソファに座っていた筈のマリアの姿が扉を塞ぐ。
設定を知らない二人には理解が出来ないことだ。
「それで追いつけるんですか?マリアの、エクナベルの力ならもっと早く追いつけますよって」
「エクナベルの力…。大企業が後ろにいたら助かるかもしれないけど」
「結果、閉じ込めてるし。やっぱり企業は」
「もうもうもう!話を最後まで聞いてってば!」
マリアが求めていることと言ったらやっぱり──
「勇者様がマリアに勝てたら協力するって約束。でもねぇ。勇者様、途中でノビちゃったの。だからぁ武道場に居るって言ったけど、正確には武道場で眠ってる…かな?」




