DLC編エピローグ(上)
真っ暗な空間。
空間と呼んでよいのか分からない場所。
相変わらず丈の合わないコートだが、今は宙ぶらりんに垂れ下がる。
「自分で歩ける!下ろせ!」
「暴れるなって。…っていうか、ユーリ戦って確か宇宙空間じゃなかったっけ」
時空の地平面とやらに行ったことがないから、現実はこんなものかもしれない。
なんて考えつつ、ユーノを連れて何もない空間を歩く。
するとユーリではなく、奇妙な物体に出会した。
返事がない、ただの残骸だ。と物申しているようなソレに用はなく、通り過ぎようとした時だった。
「コレ‼ミロ‼…ミロハシツレイシマシタ…ミテクダサイ‼」
「って、やっぱカギッコホネッコじゃねぇか‼なんで亜空にお前がいるんだよ」
その機械音声が聞こえた瞬間、カギッコホネッコは光り、とある情景を映し出した。
首を傾げることもない、さっきまでの魔王の間の光景にレイは肩を竦めた。
「そういや。幻のハーレムエンドだっけ?正直言って、なんで辿り着けたのか、全然分からなかったし」
◇
呆然自失のアルフレドが立っていた。
闇の女神は彼の元から去り、おどろおどろしい空も晴れ渡る。
天井の巨大なステンドグラスに光が射し、描かれた光女神がくっきりと映し出される。
「やれやれ。ここはもうボクたちの居場所じゃないらしいね」
「闇女神様と大魔人を同時に失ったんですもの。研究施設に撤退ね」
「おいぃ。儂を置いていくなぁ」
城の形は巨大な結婚式場。物理法則を無視した超硬度のガラスが四隅まで光を導く。
そんな祝福された世界に魔物の居場所はなく、世界の暗部たる地下施設へと逃げていく。
勇者は彼らを呆然と見送り、彼の周りを八人のヒロインたちが取り囲む。
その中の一人、同郷を過ごした水色髪の少女フィーネは言った。
「アル。いい加減、目を覚ましなさい‼」
「え…、でも…」
パンッ‼と大きな音。
「でも…じゃないわよ。あの日からずっと亡霊を追いかけて」
「ぼう…れい…?」
頬の痛みも伴って、勇者は目を剥いた。
すると祈りのポーズでソフィアが続く。
「やっとお目覚めになられたのですね。勇者の心を巣食う邪神は去りました」
「あたしもびっくりしたもん。突然、創造神になるとか言い出すし」
「ま。レイってやつだけは許せないけどね」
「レイ…はいたんだ」
「いたんだじゃなくて、デスモンドで居なくなったアイツを追いかけてたんだよ?」
エミリもマリアもキラリも、安堵の息を漏らす。
とは言え、勇者アルフレドの頭の中は未だに泥船の中だった。
「王族にあのような者がいたとは。わたくしが幽閉中だっとは言え、好き勝手させられましたわ」
「リディア殿下。大変申し訳ありません。まさかアーモンドが子をこちらに寄越すとは思いもよらず」
魔王軍にリディア姫が幽閉されていたのは本当。
姫の世話をしていたサラも本当。
その近くでしょぼくれている少女アイザもちゃんと居て、
「お姉たま…。いなくなったのら」
「アイザちゃん、大丈夫だよ。魔王軍は逃げていっただけだし」
「でも、いなくなるのら?」
彼女の姉は魔物で、さっきまでそこに居た。
「人間を辞めたレイが魔神を名乗って、神になろうとして消えただけよ」
「そうです。光があるところには必ず闇が根付きます。立場上、会っても良いとは言えませんが」
「会っちゃ駄目なのら?」
「あー、アイザちゃん。ソフィアは一応、修道女だから言っただけで」
「そうですよ。元々、王族が妙な研究をしなければ…」
「叔父様のせいですわよ。それと辺境伯」
「その節は申し訳ありません」
辺りを見回すと、瓦礫の山で戦いがあった痕跡は残っている。
ここで戦ったのは間違いない。
でも、それは魔物になったレイがやったこと。
「結局、レイには逃げられたし」
「アレは意味不明な魔法言語でした。僕の計算だと、亜空に飛ばされます」
「ってことはアタシたちの勝ちってことね」
魔王軍のトップまで上り詰めたレイは、神に会うとか言って姿を消した。
その瞬間、天から光が射したんだから、この世界から居なくなったと考える。
「…アル。自分がやったことに誇りを持ちなさい。そりゃ、裏切られたのはショックだけれど」
「う…ん。そう…かも?」
「アル様は魔物を追い払ったんですよ‼」
「城も取り戻せたし、パパに報告しなくちゃ」
「というより、あの車はエクナベル家からお借りしたものだし」
「それはいけませんわ。これ以上、エクナベルに貸しを作らせては」
城の正門には、漆黒ではなく、白亜に清められた巨大なステーションワゴンが大きな口を開けていた。
かつて研究者たちが「神になる為の装置」として設計し、裏切り者の父親によってネクタに運ばれた「奇怪な機械」
そのリアバンパーには、無数の空き缶が紐で括り付けられ、路面を叩く準備を整えている。
「アル、行きましょう!みんなが待ってるわ!」
フィーネがアルフレドの腕を強引に引き、彼を後部座席へと押し込む。
すると見たこともない機能が出現して、ルーフが何処かに仕舞われていった。
ドアを必要としなくなった得体の知れない車に、神に等しい力を持つヒロインたちが次々と飛び乗る。
「行き先は…」
「とにかく人が住んでいる場所ですわ。ドラゴニアの王家の復活ですの‼」
ガラガラ、ガラガラガラッ‼
プラチナを燃焼させるあのエンジンがかかり、乾いた金属音が静寂を切り裂いた。
空き缶が石畳を跳ねるその音は、世界に平穏を齎す多重結婚の証だ。
本来の数×8も用意されたから、天使の祝福にしてはやけにうるさい。
「…えっと。これでいいんだっけ」
エンジンの轟音と空き缶の騒音は容赦なく勇者の脳内を占拠して
数分も経たずに、勇者は考えるのを辞めた。
◇
カギッコホネッコは映像は映し続ける。
自動運行システムだから、全員が寝ているが垂れ流し続ける。
「…え?これがハーレムルート…?なんか…、後味悪くない?」
「ひどい音……」
白銀色のユーノが亜空で顔を顰める。
「情緒の欠片もないね。でも、あれくらいが丁度いいんじゃない?」
そして黄金色のユーリは肩を竦めた。
「って‼ユーリがいつの間にかいるし‼二度と出ないって言ってなかったっけ?」
「今のがエンディング画面だよ。ゲーム的には終わってるし、別にいいじゃん」
「エンディング?いやいや、まだスタッフロールが出てないし…。って、カギッコホネッコ。エミリの胸をアップにするな。してもいいけど、後にし…。うぐ…。ユ、ユーノ…さん。あれ?ユーノさんってそんなに髪の毛黒かったでしたっけ」
「馬鹿者。まぁだ、思い出せぬとは、やはりお主は愚鈍じゃの」
ユーノが急に重くなり、レイの体が固まる。
そして目の前のユーリが顔を顰める。
「のじゃ…子?…ユーリってそんな喋り方だっけ?ってか、髪の毛白だっけ?」
長い金の髪が真っ白に変わっている。
瞳の色もルビーのような赤だし、宝石と違わない瞳は真白の睫毛で半分隠れている。
——誰?
なんて考える間もなく、たおやかな指先がエミリの胸の谷間辺りに向けられた。
そして、胸ではないところを見て、レイは目を剥く。
「バッドエンド…?」
一旦落ち着いて、瞬きを繰り返し、眉間に皺を刻み、もう一度
文字列を見て目を剥いた。
「バババ…。バッドエンド⁈バッドエンド・ハーレム勇者ぁぁぁああああ?バッドエンドだから、あんなアッサリしてるってこと?」
「そういうことっす」
「そういうことか…。って、お前は誰だよ‼シレっと新キャラ出てくるな‼」
いやいや、と奇怪な機械は手を振った。
するとカギッコホネッコのガラクタだったものが形を変える。
人の形、魔物。その他諸々…
っていうか、お気付きの通りカギッコホネッコの正体はイーリだった。
イーリは肩を竦めて、両手を挙げた。
「シクロ様。ゲームも終わったし、そろそろどうにかなりやせんか?」
その瞬間、レイの体の重みが消えた。
目の前の真白な少女の上に黒髪の少女が出現し、落下して重なる。
分厚いコートは何処かにいって、紅白の巫女を思わせる服に変わった。
髪は短くなり、右と左で白と黒。瞳は赤と黒が上下に分かれて、いつものシクロの完成である。
創造神シクロ。
箱庭世界の絶対にして唯一の神。
故に…、下等な存在は無自覚に認識する。
「ん?シクロじゃん。お前、今まで一体何処に…。あれ、今まで?今?さっき?こないだ……、あれ?俺、何も思い出せない…」
「当然じゃ。DLC付きの完全版は新ハードで展開じゃ。セーブデータの引継ぎに対応しておらんかった」
「びっくりするほど、イージーミス‼」
「仕方ないじゃろ…。その…」
創造神ながら、彼女は幼いメタ女神。
指と指を遊ばせて、視線を泳がせる。
「シクロ様の性格を考えれば分かるっすよ」
「馬鹿‼言うでない‼し…新作が出たら、ファンならやるべきじゃろうが…」
「大体分かった。シロとクロ、DLCは光と闇の女神役がいるから、勢いでダウンロードした…っと」
「し、仕方ないじゃ…ろ」
「うん、それは仕方ないな」
「お…おろ?」
「DLCとか、俺だってやりたいし…。ってか、だったらイーリは何してたんだよ!」
創造神には逆らえない——
ではなくて、レイもドラステファンとして同朋だ。
ついでにイーリのことも何となく思い出して、ズバビシっと人差し指を立てる。
「俺っちも仕事してたっすよ‼大体、俺っちっすよ。シクロ様が取り込まれた後、レイの旦那を一度人間に戻して、ゲーム機まで調達して、どのルートでも必ず通るカギッコホネッコに潜伏してたっす‼」
イーリは本気で思い切り貢献していた。
そんな彼を知らなかったとは言え、指をさして糾弾してしまった。
僅かに指が曲がるが、縮んだバネのようにもう一度ピンと伸びる。
「そ、それは大変だったな。だけど、アレはなんだったんだよ。ほらぁ‼」
「ん?何のことっすか?俺っちはレイの旦那をバッチシサポートしたじゃないすか」
イーリは勿論、反論する。
今回のDLC編のターニングポイントは、間違いなくカギッコホネッコとの遭遇だった。
多く喋るキャラに入ると矛盾が生じる可能性があるから——
「サポートはそうなんだけど…」
——ではなく、四天王どころかヒロインたちも役を失う可能性があったからだ。
三姉妹さえ部屋に立ち寄らなければ、必要とされない世界。
そんな中で、カギッコホネッコだけは違った。
魔王の間に入るための鍵だから役目を失うのは最後だし、神・設定資料集で魔物を生み出す機械という設定が加わった無機物である。
「うんうん。自分でもびっくりするくらい役に立ったっす」
「どこがだよ!バグを探せって言われても、結局どれがバグかも分かんねぇし。そもそも、バグが残ったゲームを用意すんなって。最新バージョンだったら、知らないイベントなんて」
そして、ゲーム内転生時はアイツはなんだったの感が拭えない存在だった。
色々とお膳立てをしていても、どうして上手くいったのか結局分からずじまい。
ミスリードもいいとこ——
「なぁに言ってるんすか。シクロ様が手にしたゲームっすよ。アップデートも最新版に決まってるっす」
「な…?いや、でも…」
レイがそう考えるのも無理はなかった。
だがドラステ大ファンの女神シクロが選んだ時点で、アプデは終了したゲームだったと確定する。
「…それは…そうか。俺は一回しかプレイしてないし。だとしても、だ。ジェッピー君にいい加減な事を言わせただろっ。バグ塗れで進行不能とか。隠されたハーレムルートが存在するとか。他にも」
真の意味でなんだ、あれはになったのはジェッピー君との会話だが
ふむ、とシクロは自身の艶やかな唇を触った。
「レイ。少し待て」
「はぁ?だって」
「この件に関しては、イーリが正解じゃな」
「シクロは知らないだろ?ジェッピー君は…」
確かにカギッコホネッコはミスリードだった。
だが真の意味でのミスリードは…
「そのジェッピー君とやらは、AIによる言語学習モデル…の一つじゃろ?」
「う…。そう…だけど。知ってるなら早いって。だって俺はジェッピー君にドラステDLCについて色々と」
「ユーノルートで消失するゲーム。評判は最悪、会社が潰れたくらいじゃ」
「それも言ってたし。めちゃくちゃプレミアがついてるとか」
「つまり殆ど出回っておらん…。ハッカーとやらの情報も、本当に存在しておるのか怪しいモノじゃ。他のハッキングの罪で逮捕されたのじゃろう?」
「…へ?そ、そうだけど。ってことはジェッピー君が間違って」
そう——
レイが利用した、ジェッピー君で間違いない。
とは言え、ジェッピー君に罪はない。
「さての。多くの情報が拾えるならともかく。ネットに一つも情報がなかったとしたら…?」
言語学習モデルが持つ宿命そのものが、ある意味でミスリードを演出していた。
「学習元がないんじゃあ、言語学習モデルも正確な情報を吐けないっすよねぇ」
そして現実は余りにも悲しい。
「それって…、つまりさ」
暗黒空間で膝を折り、レイは倒れ込んだ。
「ドラステDLCで、ハーレムルートに辿り着いたやつは一人もいない…ってこと?」
「……辿り着いたがネットに漏らさなかった可能性もないではないが、…そう考えるのが自然じゃろうな」
「バグなんて関係なく、ユーノルート見てゲームプレイを辞めたんじゃないすか?普通に考えて、ゲーム自体を消すとか炎上狙ってるとしか思えないっすよ」




