既プレイヤーが見えなかった設定
桃色の照明は落ち、再び闇女神の波が暗雲を立ち込めらせる。
多くいたヒロインは転々し、カーペットを俄に色付けする。
中心には金と銀が並び、丁度良く四天王達も色合いに参加する。
最初に動いたのは金色の方。
「何って?いい加減にしてよ」
「何…?あぁ、聞き取れてなかったか。アルフレドはゲームをやらないからなぁ」
勇者は魔神に突っ込んで、魔神はその攻撃を払いのける。
その行動さえも勇者は煽りに感じて、眉間に皺を刻ませた。
「舐めてんの?いつだってレイは」
「舐めてんのはどっちだよ。ある意味ラスボス戦でその体たらく」
スタトから始まる冒険の物語、中盤までは共に旅をした。
道中、ずっと言われていたのは、レイの体たらくっぷりだ。
何度か、ヒロインたちに叱られたりもした。
「戦い方を知らないんだな?俺が教えたのに忘れたのか?」
「お前なんかに教わってない‼僕は、僕たちは僕たちだけで強くなったんだ‼」
実際その通りで、適当に指示を出しては後方で腕組みをする役立たずだった。
そんな男が最後に立ち塞がり、最大火力の攻撃を耐えきった。
何の努力もせずに、魔物になって、力を得て、目障り極まりないという顔を勇者にさせる。
こんな男の存在にムカついても仕方ない。
——だがそれは、ここが現実世界だったらの話だ。
「いや…。現実だとしても、俺たちを舐めてるとしか思えないな」
「お前がしぶといだけだ。でも、これで終わ…。…おい、レイ。それは何の真似だ」
単なるゲーム世界だったなら、レイの冒険はエンディングを見据えた努力の結果である。
行動は多くの経験と知識が為せたことで、魔物に経験値が存在しない以上、人間時代に努力をする意味は皆無。
その時間を使って、作戦を練る方が万倍良い。
とは言え、知らなかったことも多い。今の立場、魔神レイは未知の存在だ。
そんな偶然の産物とも言える魔神は、二本の指を立てて煽るように顎をしゃくりあげた。
突き立った尖った二枚の爪と二本の指は、勇者には挑発に見えるし、実際に煽っていた。
「絶望させるようで悪いんだが。…俺はなぁ、あと2回も変身を残しているんだ」
カーペットに咲き誇る花々が風で靡く。
元々あった花は既に散り、ヒロイン達が代わりにと戸惑っている。
全員の顔が、勇者の顔を青く色付く。
ズンと空気が重くなり、息をする音さえも遠のく。
ついでに魔神の顔も引き攣った。
「あ。今の嘘だから。一回言ってみたかっただけで…」
「嘘…?また僕たちを馬鹿にして」
未知の存在に変わったレイだから、勇者たちにとってはシャレになっていない。
アルフレドは激昂し、レイは苦笑いを浮かべる。
この温度差も、話をややこしくした原因である。
この冗談はひっぱる理由がない、分かりきったことだ。
だからレイは軽く咳ばらいをして、アッサリと答えを教えた。
「馬鹿にしてるのはその通りだ。さっきのダメージ総量で俺は二回は死んでたんだ。お前は二回も勝つチャンスを逃したってことだな」
「何のつもり?時間稼ぎ?それとも煽り?」
「ただの煽りじゃないってことだよ。ほら、キラリなら見えてただろ?」
すると勇者が即座に動く。
トンッとカーペットを蹴ると、長さも弾力も異世界レベルの毛足が172㎝の体を十数m後方に押し下げる。
彼が正面に見据えるは、あくまで魔神である。
そして隣の黒髪少女は、驚くほどあっさりとこう答えた。
「うん。八回だから二回は死んでるよ、アルフレド君」
「え…。二回?本当に?嘘とかついてないよね」
「僕はアルフレド君に嘘は吐かないよ。何度か回復されてるから、魔神は死んでない。でも、もうすぐの筈」
勇者の瞳が大きく剝かれ、血走った眼を曝け出す。
「なんで教えてくれなかったの」
「だって。アルフレド君は間違えないから」
これも好感度MAXの呪い。でも仕方がない。
通常の精神状態でユーノルートについてくるヒロインなどいない。
ゲーム内でも、文句も言わずについていく。
そして、あっさりと勇者に裏切られて世界が終わるのだ。
「もしかしてキラリも僕のことを馬鹿にしてた?」
「そんなことするわけない」
「おいおい…。ゲームは主人公が命令するに決まってるだろ。お前が俺退治に固執してたのが…、…ってアルフレド‼」
ここで暗雲の流れが変わった。
ある意味で新鮮な空気が、魔王の間という密閉空間に送り込まれる。
その直後、勇者と同様に魔神もカーペットを思い切り蹴るが、かつて二人の女神が大地に残した種のせいは、本当に余計なお世話な働きをした。
最大HPとMPを除いて、ステータスに大きな差はない。
そのステータスで勇者が真隣の少女に剣を振りかざす速さ。
それを時止めも無しに十数mを飛んで、更には間に入るとか、追いつける筈もない。
加えて、こんな大切な時なのに空気抵抗や重力などの物理法則が邪魔をする。
だから完全に虚を突かれた魔神は叫ぶしかなかった。
「キラリ逃げろ‼」
「逃げないよ。アルフレド君、どうぞ僕をお切りください。それが僕の愛のカタチです」
今度はレイの顔が蒼褪める。
ここで顔色一つ乱さないヒロインの仕草は、現実世界においてはバグと言ってよいだろう。
更に厄介なことに、この世界では時として、現実のような振る舞いを見せる。
好感度MAXの恩恵を授かっていたアルフレドでさえ、キラリの仕草が不気味に思えたのだ。
「じゃあ、斬るよ」
振り下ろされることこそ、未だにユーノルートにいる証だ。
勇者の真の目的の前に、彼女の命は代償にも数えられなかった。
ぐちゅ…と、ガキン。柔と剛が交じり合った衝突音が静かになった。
そして血飛沫が散る。
赤い絨毯と同じ色だから、即座に同化して見えるのだけれど、レイは目を剥いた。
斬ったアルフレドも、同じく目を剥いた。
「キラリは死なせない‼」
「私たちにはその義務があるんだから‼」
「アンタ、どういうつもりよ。キラリを斬るなら先ず、私たちを斬りなさい」
ただ二人の目には違う色に映った。
アルフレドの目にはこう
「キラリ。やっぱりそういうことなんだ」
「違う。僕はこんなの望んでない」
レイの目にはこう
「マロン、カロン、ボロン。避難したんじゃなかったのか」
「避難なんて出来る訳ないでしょ」
「キラリの行く末を見守ること」
「私たちはだからここにいるんだから」
歌姫三姉妹はキラリを絶対に攻撃しない。
そういう設定だけれども、三人が見せた行動はシステムではなく、意志ある自己犠牲だった。
キラリを失えばハーレムルートの道は閉ざされるだろうから、レイはギリギリで助かったことになる。
だが、頭を抱えたくもなる事象でもあった。
「現実なのか、ゲームなのか。なんでこう、フワフワしてんだよ。って、言ってる場合かよ。キラリを連れて下がれ」
「駄目だよ。僕はアルフレド君が新世界を創るための礎になって愛を示さないと」
「キラリ。僕は悲しいよ」
余りにも正直すぎる少女に再び、凶刃が放たれる。
だが、次は流石に間に合って、チョコレイ刀とかいうふざけた妖刀が受け止めた。
「避難しろって何処に」
「私たちよりもキラリは数段上よ」
「さっきの今だ。ただの一般人かしてる」
「ほんとだ。でも…、これじゃハーレムルートにならないんじゃない?」
ボロンの指摘の通り。
だから、助かったとしても頭を抱えるしかない。
そもそも、アルフレドたちの考え方が常軌を逸していた。
「新世界だと?何を言ってるんだ」
「新世界は新世界だよ。僕はユーリの力を奪って、二人で一つの創造神になる。…レイ。先に言っておくよ。頭が高いってね」
「お前…、何を言ってんだよ」
「お前こそ、今の内だぞ。僕に素直に倒されたら、創造してやらないこともない」
アルフレドの視線は下だが上から見下す。
彼の中では2mの男なんて小さな存在なのだ。
そして、コレはアルフレドだけが持ち、レイが持てなかった感覚だった。
漸く、気付いて肩を跳ね上げる。
「それ…、本気で思ってる?」
「当然だよ。傲慢すぎるレイには気付けなかったかもね。さ、その首を差し出しなよ」
世界設定だ。光と闇のメビウスが世界を創った。
ユーノが闇のメビウスになり、魔王子ユーリが光のメビウスとなった。
勇者アルフレドが向かうのは、光の女神の力を持つユーリのところ。
ユーリを倒せば、光の女神の力を手にできるのでは?
光の女神の使徒の器を持つからこそ、そんな奇跡を信じられるかもしれない。
「暗雲立ち込め、曖昧模糊とした未来に神となる道があると考えたのか」
「血統としては一番近い存在にいる。お前のような混ざりものと違って。っていうか、それしか考えられないよ。皆だって納得してるから従ってくれてるんだ」
新島礼だって、そんな期待を持ったかもしれない。
だが、そうならなかったのは事前情報を調べてプレイをしたからだ。
初見か、先にネタバレを踏んだか。
当たり前だが大きく異なるし、逆に言えばこんな簡単な事を見落としてた。
「違う。皆が従ってるのは好感度MAXだからで、そんな未来は用意されていない」
「がっかりだよ。同じ王家の血を引くのに、メビウスという名が暗示した世界の秘密に辿り着けなかったなんて、ね」
ナラティブだからか、賢さステータスが為せるのか、アルフレドはDLC前の知識を見事に習得していた。
実際に女神像にメビウスの円環が象られるのだし。
寧ろ、そう考えるのが自然。セーブデータのみ消去なら大正解まである。
ゲームデータまで消されるなんて、当時のプレイヤーだって考えもしない。
「だから、違うって!ユーノが言った通り、世界そのものが消えるんだって!」
「不敬なお前らしい考えだ。光の女神メビウス様のお力だよ。世界崩壊で終わりなんて起きる筈ない」
「お前が崇拝してるユーノの言葉を疑うのか」
「ユーノは闇の女神、つまり邪神だよ。闇の女神は破壊の女神。破壊の概念しか持っていないんだ」
「ぐ…っぅ」
「はい、論破。さ、もう時間ないよ。僕の気が変わらないうちに、首を差し出してよ。皆も!先に雑魚から倒すのが基本だよ!」
ユーノは闇女神だから、ユーノの話は限定的。
確かにそうかもしれない!ではないのだ。
既プレイヤーが初見プレイヤーに言い負かされたとしても、それは違う。
邪神が壊して世界は再生されるは、前にもうやっている。
「世界を作ったのは神じゃない。逆張りラノベ作家の大ブーイングシナリオ…なんて絶対に伝わらないし」
アルフレドはヒロイン達に号令をかけて、最初からそうでしたと言わんばかりに四天王達と戦わせる。
だけどまたやり直し、ではない。
勇者とヒロイン達が何を考えて、ここまで来たのか。
「3、2、1!はい、時間切れだよ。残念ながら裏切り者のレイは新世界にいないよ」
「カウントダウン早すぎだろ!…ったく。レイモンドを許すつもりはない。そこだけはまぁ、…分かるんだけど」
魔神レイはこんな最終盤で今更ながら、一つの気づきを得て隊列に戻った。
レイに見えなかった設定は、勇者たちの初見仕草だ。
それでも——
まだレイは勝手にミスリードを読み解いている。
見えなかった設定ではなく、見なかった設定に気付くのは、
直ぐそこに。
ここに転がっている。
「アル。キラリを責めないで。私たちは間違えていない」
「いちいち報告しなくていい。一人ずつ葬って」
「アル様。あたしたちも真面目に考えてるんだよ」
「キラリが言った通り。勇者様は間違えていません。魔神はあと一発のラブMAX技で葬れるのです」




