忘れそうになっていたナラティブ
屋内に冷たい風が流れる。
凍えるような銀色の髪が寂し気に靡いていた。
「昼と夜が入れ替わる瞬間。それは光でも闇でもない、逢魔が時。わたしの中にレイのが入ってきた。そしてわたしは穢されて、闇の女神を孕んでしまった…」
背は高くないが、分厚いコートの下には華奢だが大人の女の体が隠れている。
だが、コートの前面は固く閉ざされて、僅かに見える嫋やかな指先が、腹部をギュッと寄せている。
「言い方!!触れただけだって。DLC前よりヘイトが高くなるだろ…」
憂いに満ちた顔で、少女は暗く、俯いて、
ただこれが神なのだろう。誰の方も見ていないけれど、皆は自分を見ていると自覚していた。
「世界の端で生まれたてのわたしとユーリ。ここで生まれたユーリが闇女神になる筈だったのに。わたしは…。わたしのせいで世界は」
場の掌握は相変わらずアルフレドとユーノだった。
精神論ではなく、物理的にまたゲームシステムの縛りが出現している。
「ううん。ユーノのせいじゃない。皆も分かったよね。原因はレイだったんだ。穢れたアイツがユーノを汚したせいで、この世界はおかしくなっちゃったんだよ」
「レイのせいで、この世界が…」
「主は穢されていた…」
「お前らに言っても意味ないけど、これは単なるネタだ。都合の悪いことは全部レイモンドに押し付けるってネタだから」
ドラステの嫌われ者設定はDLCでも引き継がれた。
ナーフされたのは表面だけ。
やっぱり余計な事をするキャラだった。
「八歳のレイのせいにするのは気が引けるけど」
「ここ…、魔王の間だもんね。どっちみち戦うんだし」
復活ボスの編成は変わらず、勇者側も変わらない。
復活ボスたちの背中側、遥か後方の魔王の玉座がある。
レイにとって厄介なのは、勇者がユーノの隣を片時も離れないこと。
ユーノルートを爆走中なんだから、今のままでは世界が終わる。
「ぼさっとするな。来るぞ」
「今は堪える?レイを守る?」
「さっきのもレイは知らなかったんだろう」
突破口を、バグを探さないといけないのに、そんな暇も与えられない。
しかも、闇の波動のせいで動きも鈍い。
とは言え、戦いそのものは拮抗している。
「温い。温いわ!この程度でレイ様を愚弄するとはのぉぉお」
「卑怯だよ!ムービー中に回復するなんて」
「エミリが頑張って二本折ったのにね」
「あ…。でも、僕はその時」
「…です…よね」
ムービーを挟んだら何故かドラグノフの身体が戻っていた。
ヒロイン達にとっては堪らない。
でも彼女達はそれ以上に深刻なダメージを精神に負っていた。
「ユーノちゃんは悪くなくて、あの男が全部悪くて」
「アイツのせいで、ユーノちゃんは世界から消えないといけなくて」
「あの悪魔のせい。あの悪魔のせいで主は」
「そうだよ。ユーノが可哀想だよ。全部、アイツのせいなんだ!」
勇者の号令で、命令で仲間達が動き出すのはゲームと変わらない。
だけど、中の人達にも心がある。
勇者の言葉の意味は分かっても、だからユーノを助けなきゃと、心の底から思えない。
とはいえ、アルフレドにユーノを助ける口実の一つではある。
可哀想なユーノを助ける。そんな流れが出来てしまった。
どうすれば良いか、ヒロイン同士が目で会話をする。
それは──
◇
「正気か?——蓮花の黒龍波‼」
「きゃっ」
ド終盤では、例え勝つこと前提のゲームでも、舐めプレイ。
しかも勇者が攻撃対象として支持を出したのは、真ん中に居座る大魔人だった。
前衛をスルーされたのでは、龍王のメンツは丸潰れだ。
「敵を素通りして余所見とかよぉ。俺様を舐めんな‼俺様は…」
「ゼノス‼今の技…って」
「はぁ…。俺様を誰だと思ってる」
「ハーレムを追い出された負けリザードン…ってわけじゃなさそうね」
褐色のエルザの頬は、興奮で紅潮していた。
すると負けじと、伝説級が残るヒロインの行く手を阻んだ。
「勇敢なる戦士たちに願い申す。拙者の汚名を雪ぐために…もっ‼」
巨人は正座を、いや土下座をした。
初期のレイを思わせる完璧な土下座だが、ドラグノフは後ろにも目がある。
土下座で使用した二本の腕以外に、あと二本腕がある。
そこに長所ではない脳筋さが加味される。
「土下座喰らわば、敵将まで!!黒緋大回転切りぃぃぃっ‼」
ガキンっ‼と金属の音、バチンと火花の音。
同時に女たちの悲鳴が響く。
「ち…っ‼どうにか防いだけど」
「ひぃ…。卑怯だよ‼土下座して攻撃なんて」
「騎士道も武士道も、わたくしたちとは違いますのね‼」
先まで動かなかった四天王達が、闇の波動の最中で躍動する。
「それは違うわね。ドラちゃんの中での土下座は、さっきので終わったの」
「そもそも彼は二回行動だしねぇ」
「一回目が土下座。二回目が攻撃よ。彼、戦ってる」
そう言っている二人の両腕に魔力が集まる。
紫悪魔の手は、幼さを残す少女に向けられた。
「…アイザ。アタシのことはもういいの。だから、…お姉ちゃんを越えて行きなさい!!」
「お姉たま?」
「──|黄夜梟の波動《ゴールドアウルバウト‼》」
エルザの右手、10㎝離れた場所にバチバチと稲光を伴う暗雲が生まれた。
闇の大魔女の黄金の瞳が瞬くと、雲は瞬く間に魔王の間の天井を覆う。
光の女神のステンドグラスを隠し、闇しか生まない空間が広がる。
「やれやれ。なんだかんだ甘いね、君は。でも、ボクは違うよ」
アズモデの指摘通り、今回は攻撃は行われない。だが、その性能は極悪。
次ターン以降、ランダムで誰かに雷撃が落ちるという、とても面倒くさいエルザの魔法。
軽く頷いて、金色幻想師はポンポンと本を叩いた。
「——白金の軍槍時雨」
アズモデが短文を呟くと、魔導書は勝手に開く。
ペラペラと、若しくはサラサラと捲れる頁は手品の様。
指定したページでピタリと止まって、タロットカードのタワーを思わせるイラストが飛び出す。
具現化されたそれは、雷雲と重なって、鈍色の雨を降らす。
「ソフィア、回復‼」
「キラリ、なんかない?」
「急に言われても…、えっと」
その魔法は単発の威力は低い。
だが、全員がバトル場に出ているとなると、総ダメージ量は相当なものになる。
そもそも、前衛の竜王ゼノスと武神ドラグノフのスキル攻撃で、前衛は中程度のダメージを受けた。
エミリとマリアとリディアにとっては、小ダメージの雨もひんやりとした恐怖を覚える。
加えて、暗雲の正体も分からないが、嫌な予感で冷たい汗を流させる。
「うう…む」
そして魔王軍大将の大魔人レイのターンだ。
彼は頷きながら首を傾げた。
「レイ。君の番だよ」
「早くして…って、もしかして勝手に始めて予定が狂っちゃった?」
今となれば、こう言える。エルザとはなかなか長い付き合いだ。
アズモデも似たようなものだ。
ゼノスとドラグノフはちょっと後になるけれど、勇者たちのハッピーイベント監視で、それなりに仲良くなった。
なんとなく構成された、世界の崩壊を防ぐための魔王軍の暗躍部隊。
命がけだからこそ、男女問わず仲良くなる。
だとしても
「…成程、我が軍は最強…。って‼知らないし‼」
DLCプレイし、クリアしたが、バグ仕様だったから、こんなバトルやっていない。
復活ボスたちが新スキルと新魔法を、次々と披露する。
つまり、このターンで行動していないのは彼一人だった。
それを催促するように、龍王が魔人を軽く睨む。
「俺様も只の竜王じゃないってことだ。世界の意志の仕様を説明したのはお前だろ。思い出すなぁ。ベンジャミールを背負ってボールを集めていた頃を」
「なんだよ、その修行回挟んだみたいな設定。って、いつの間にかゼノスの装備が変わってる?」
「ゼノスだけじゃないわ。アタシだって勇者にやられて黄泉の世界で修行したの。フェルレ様ったら容赦ないんだから…」
全員の衣装が違っていたから、レイは目を剥く。
いつからそうなったのか、最初からそうだったのか、
だが、確かに脳内に情報がある。
エルザは勇者にやられて、死の世界を彷徨った。
ゼノスはヒロインたちに無視されて飛び出して、その勢いで古龍ベンジャミールに教えを請いに行った。
「黄泉の世界…って。しかもフェルレに会ったって」
「全く。ボクの母上を酷く言わないでくれるかな。あぁ、レイは会っていないんだっけ。まぁ、君は君で大変そうだけど…ね」
後ろに立つ二人の言っている意味が…
——少しずつ、見えてくる。
勇者たちはユーノを連れ帰って、いくつかのイベントを熟した。
日数はそもそも存在しないが、イベントを一日と考えると、一週間から二週間程度経っているだろう。
その間に負けボスたちは圧倒的な力を得た。
そう言えば、彼はどうだったのだろうか。
「良き仕合いであった。ドラゴニア王があれほどの達人であったとは」
ゼノスは少なくとも二年を若き日のベンジャミール相手に修行を行っている。
アズモデとエルザは稀代の魔女でもあったフェルレに魔法の神髄を教わっている。
そしてドラグノフは初代国王ドラゴニアと戦っている。
たったの二週間でこんなこと出来る筈ないのに
——なんて、理屈とか理論とか考察が必要?
「…寧ろ、ルキフェの方が親父に会いたがらなかったんだろ」
「それは当然だよ。母上を捨て、ボクも捨てた最低最悪の男だ。君の母親に罪はないけどねぇ」
息を吸う度に設定が変わっていく。
脳に酸素が送られる度に、知らない情報が知っている情報に上書きされる。
心臓は脈打ち、新たな魔力を指の爪先、髪の毛の先まで送り届ける。
説明は不要、よくある話だ。
それぞれ強くなった理由は違うが、その環境を整えられるのが創造神だ。
ユーリは魔王軍の王子という設定であり、今の彼女は光女神メビウスの力を持っている。
五人全員が神の力を手にしたユーリに謁見をしたのだ。
ユーリという神から力を授かっていてもおかしくない。
「…力ってもんじゃない。俺達は設定も…。」
創造神による新たな設定が授けられてもおかしくない。
筋力、魔力、体力、そしてそれぞれのキャラ設定および創造。
「でも、これって」
「君が言う、神・設定資料集。内容はこうだったかな」
設定資料集の名に神がある、なんてのは関係なくて
神になるための研究が進んだ施設。兄は止めろと言ったのに、ルキフェの指示で研究を続け、大変な事をしたとして、兄の子を一人、人類の希望としてスタトに連れて行った男。
「…真意は聞けたかな?」
「やっぱ気にしてるじゃねぇか。親父は言ってたぜ。…真の目的は世界の包括…ってさ」
尋常ならざる魔力と煮えたぎる血液に、肌がヒリヒリと悲鳴を上げる。
体内に留まらず。それは外の環境も変えていく。
ただ、これでは誤解を招く。
ユーリがどうこう言ったから、設定が変わったかもしれないが、
大前提は『ナラティブな勇者の冒険譚』なのだ。
「…アルフレド。今、お前は何を考えている。お前は世界の未来をどう導くつもりだ」




