レイと言えば、やっぱりレイモード
心肝を寒からしめる。
常識的に考えれば、自分がゲーム内転生した時点でソレが起きる。
そしてユーノの登場の時は単に新キャラの魅力にあてられたと思っていた。
だが、今回は言葉だけで似たような反応が出た。
「俺は前に経験していない…ってこと?」
ゲーム内転生をしていたことは、流石に気が付いていた。
付け加えて、ゲームの設定の多くを理解している。
それは心に余裕を与えた。知識があり、知識を活かせる慣れもある。
でも、違っていた。
先の休憩所の雰囲気のように余裕がサラサラと消えていく。
「あたし、エミリです」
「そう、エミリさんね。人間を連れた悪魔を見たというのは本当?」
「本当…って言われると自信はないけど…。遠くに見えただけで。最初、誰か来たのかなって思ったら、その奥に異形の姿の何かが見えて…。でも、風が吹いたら消えてて…」
「どんな子だった?僕が探してるのは水晶のようなキラキラしてる髪で」
「えと、だから。遠くて」
「ちゃんと生きてたんだよね!いなくなったってことは」
フィーネからの事情聴取が次第に、アルフレドの質問攻めへ変わる。
その間も、レイの身震いは止まらなかった。
ただやり取りを聞くだけ。内容が頭に入っているかはさて置き。
「アル。エミリさんはチラッとしか見てないって言ってるのよ」
「でも、だって」
「あの小麦畑を見たでしょ。風が吹いていたんだし、ただの見間違いかもしれない」
「す…すみません」
「だけど、その後。ゴブリンが襲ってきたんだよ。それって絶対に関係があるよ」
エミリもエミールもキリも次第に圧倒されて、言葉を失っていく。
アルフレドの大声とフィーネの諫める小声だけの時間が続いていく。
だけど、その収束方法を二人は知っていた。
「だよね、レイ」
「レイ、どうにかして」
運が良かったというべきか、流石にこの頃にはレイの硬直は収まっていた。
しかも自身に起きた不可解にも思えた現象が、実は使えるかも、くらいは思考も戻っていた。
「ユーノの見た目はかなり特徴的だ。だからユーノではないかもしれない。けど…」
だから今の彼の結論ではこうなる。
「ユーノに関係する魔王軍の動きだったのは間違いない」
勇者は目を輝かせ、未来の賢者は息を吐いた。
かなり漠然とした情報だが、勇者には十分すぎる言葉だ。
とは言え、レイモンドは悪人だからの思考はまだ続いている。
誰の為になるか分からない、それは言い過ぎかもしれないが、DLCからの元の世界線戻しは続けなければならない。
「えっと…、エミリさん…だっけ。何処で見たか、具体的に教えてくれない?」
エミリにではなく、エミリの言葉に未知の恐怖を覚えた。
確かめながら、探偵のように周囲の堀を埋めていく。
「ここ…です。ここで草むしりをしてたら気配を感じて。も、元々、お父さんに魔物に注意するようには言われてて…。あ、あたしが作業してたのは」
「…お恥ずかしい限りです。私は体力の方はてんで駄目でして。全て娘に任せておりました。戦えるつもりでしたが、あのザマですし」
「なるほど。奥様にも手伝ってもらったら如何ですか」
「レイ。よそ様の話に口を出すのは止しなさい」
「奥様であれば先の魔物は倒せたはず。危険な世界です。力があることは誇るべきですよ、キリさん」
「え?そうなの?」
知らないを埋める。そして
「いえ、キリは…」
「エミール。…この方の仰るとおりかもしれません。さっきのだって…。その銀色の貴公子様、次からはそのようにいたします」
その銀髪男は首を傾げる。
若しくは硬直ではないが、恐怖した。
彼女はエミリの母。そしてエミリの父。
ゲームの設定上は登場することさえない。登場するのはエミリエンドのお墓だけ。
設定が決まったのはDLCで、ユーノと条件は同じなのだ。
「でも、体は何も訴えない…か。だったら…。エミリ、風はどっちからどう吹いた」
すると赤毛の少女の手がゆっくりと東の森を指した。
レイはその様子を自分の背筋と相談しながら見守るが、
「ここから東か。レイ!行こう!」
「アル!…もう。私たちも」
この人たちが見守らせてくれない。
自分の身代わりになった幼馴染。
アルフレドの気持ちは分からなくはないが、ここがレイの踏ん張り時だ。
「二人とも止まれ。特にアル。お前はユーノを探すんだろ」
「そうだよ。だから」
「だったら、情報収集を疎かにするな。お前が向かおうとしているのはゴブリンアローズの巣だ。かなり危険な森だから人は住んでいない」
「え…っと。そう…なんだ」
「はい。仰る通り。エミリが示した方向は森しかありません。そもそもこの辺りは西から東にと風が吹くもので。それにしてもよくご存知ですね」
前の時、アルフレドにも情報収集云々を教えた。
あの時もこれくらい話せたら状況は違っていた、なんて今の彼には分からないが、やはり同一人物だから、この場でレイは勇者様にRPGの歩き方のレクチャーをする。
例えば、何度か話をしなければならないこととか。
「あ…。そういえば」
これはRPGに限った話ではない。
何度か同じことを聞くのは、脳を整理させる為。
人の五感とはそれほどに多くの情報を入手しているものなのだ。
「あたしが人間って思った理由を思い出しました」
「人間と思った理由?聞かせてくれ」
「綺麗な小麦畑…って。そう言われた気がして、褒められたと思って振り向いたんです。でも、そこには誰もいなくて気のせいかなって」
レイは硬直し、アルフレドとフィーネは互いに向き合った。
「ユーノだ」
「ユーノかもしれない…でしょ」
「だって、ユーノは畑が大好きだし」
「アル。落ち着け。エミリ、見間違えだったと思った人影はどんなだった?」
興奮して頬を紅潮させる勇者の真逆、青ざめた顔で探偵は眉を顰める。
ドラステワゴンの世界線に置いての話。それはDLCでも同じで、フィールド上に人間モブのNPCは出現しない。
即ち、ユーノ関連には違いない。
ゲームでは描かれなくとも、NPCが想定された動きをするのはスタト村の人々、いやアルフレドとフィーネを見れば分かる。
「ええっと。人影があって…、でも隣に嫌な気配があって」
「嫌な気配?例えば、隣に居たのは金色の悪魔だったとか」
「金色の?もしかして僕の髪と同じ…?ねぇ、エミリさん」
非常に人間的。感情的。だがゲーム。
以前にも似たようなことを考えたと知らずに詰め寄る。
勇者アルフレドも目を剥いてエミリに迫る。
「こら、男共‼二人して女の子に迫って。エミリちゃん、怖がってるじゃない」
フィーネの反応も彼女らしい。
アルフレドはさて置き、レイはそもそも見た目が怖い。
エミリがヒロインの一人と知らない彼女には、か弱い女の子に見えるわけで。
だがレイは譲らない。
アルフレドはさて置き、レイはもう一つの可能性を考えていた。
だから、ここで——
「へぇへっへ。アルフレド、いいじゃあねぇか。俺様のアドバイスのお蔭でエミリは家族を失わずに済んだ。ってこたぁよぉ。俺の手柄だおなぁ。俺はエミリを好きにしていいってことだよなぁぁぁああああ」
へ…?
その瞬間、レイの心が違う意味で固まった。
勿論、エミリもエミールもキリも、アルフレドもフィーネも物理的に固まった。
ユーノルートがどうしたって?
そんなのレイモンドには関係のない話だ。
そもそもレイモードは、脇腹トリガーはキャラを跨いでも存在していた。
即ち、レイの特殊固有スキル、ゲーム外設定だ。
傲慢な態度、下品な言葉、そして厭らしい顔が決まる。
厭らしい顔がエミリのつま先から太もも、下腹部、胸、そして顔、耳、髪先に至るまで舐め回すように平行に移動をする。
それは何とも奇怪、化け物じみた妖怪の様である。
これをレイは忘れていた。完全に想定外の動きだ。
そしてこの怪異的な行動が、凍り付いたフィーネを動かした。
「アル‼レイを取り押さえて‼」
「えぇ⁈」
「忘れたの?私たちのもう一つの役割‼」
「あ。そか。レイ‼スタトの皆に言われたでしょ。だから…ゴメン‼」
どっごおおおおおおおおおおおおおおおおおお
推定レベル差は3。最初のステータス値は低いから圧倒的な差が発生していた。
170㎝の青年が202㎝の大男を吹き飛ばす。
レイの体は10mくらいは平気で空に舞った。
「違う‼今のは俺の」
「うーるーさーいー!うちの村の汚物は黙ってなさい。アル、レイを縛りあげて」
「う、うん」
「エミリちゃん、大丈夫?」
農場にはちょうど良いロープがあって、アルフレドが速やかにレイを拘束する。
勇者の動きには無駄がなく、匠の締め上げぶりだった。
「レイ、駄目だよ。そういうのはフィーネ以外にしちゃ」
「アル?それはどういう意味かしら。私は何をされてもいいって?」
「違うって。フィーネは強いからやり返せるって意味で…」
というかレイモンドなんだから変態。
冒険時からが不自然で、こっちの方が十数年間の当たり前のカタチだ。
「ちょっと待てよぃ。俺の言葉にも一片の正義はあんだろうがよ」
「あるわけないでしょ。エミールさん、キリさん。本当にもうしわけありませんでした。ウチの馬鹿が…」
「い、いえ。助けて頂いたのは私らですし。直前で勇者様がお止めになられたのですし」
「あ…れ。そういえば、お父さん。スタト村のレイって」
「そうだった。忘れていた。レイというやんちゃな若者がいるから、気をつけなさいと教えていたな。まさか、彼が噂のレイだったとは」
流石はレイモンド、それもあるがエミールは行商人でもある。
スタト村だって物々交換くらい行っている。
そもそも、レイモンドの一式はネクタ製である。
「おおよ。ドラゴニアの血を引きし、スタトのレイたぁ俺のことだ」
「うーわ、また言ってる。確かに私たちは勇者様を守るためにスタトに住んでたけど、ドラゴニアって王族のことよ」
「えっとレイ…、どしたの?さっきまではあんなに」
「どうせ皮を被ってたんでしょ。猫でもあるまいし」
フィーネもいつもの調子を取り戻す。
だが、ネクタ製の一張羅はギラッと鈍く輝く。
「で、俺様と勇者様からの頼みだ。赤毛の嬢ちゃん、ちょっと木を一本切り倒してくれねぇか」
「だからさっきから」
「エミールさん。…命を救われたんだ。木の一本程度、安いもんだよなぁ?」
エミリの父の顔色が変わる。
「聞かなくていいですよ、エミールさん」
「…エミリ。木を切ってみなさい」
これは今のレイにとって青天の霹靂。——そして僥倖。
以前は戸惑うばかりだったレイモードが、却って心に平静を齎していた。
——新島礼の時に感じた痛みで発動した?名付けるならレイモードか
同じ人間だから同じセンスで、既に名づけまで終わっていた。
レイモードは刺激され続けない限り、もって数秒程度。つまり以降は演技である。
デスモンドまでが活動拠点の商売人であるエミールは、レイの真意を理解していた。
そして赤毛の少女は父の指示通りに斧を持つ。
レイの行動はさておき、父を救って貰った。
加えて、彼女にとってのソレは容易い。
「エミリ。ぶんまわせ‼」
「え?」
一瞬、目を剥いた彼女だったが、ソレも容易い注文だった。
犠牲になった木の本数が増えてしまったのだけれど。
「岩をも砕く天才剣士にして赤色の美少女…だったか?」
エミリにとって良き父で、キリにとっても良き夫
博識にして聡明。更には元々、商人ネットワークの凄腕の一人
「…やんちゃという噂しか聞こえてこなかったが、流石はアーモンド様の息子さんだ。やっぱり優秀なお子さんじゃないか」
「親父とお袋に比べたら、全然だよ。それに…」
レイモードはその役が本来持っている特性が発動される。
因って、レイの目から涙が零れ落ちた。
これもアルフレドでは駄目な理由の一つかもしれないなんて考えるのはもう少し後。
今はただただ、両親に背き続けた己を恥じた。
「アナタ、スタト村も襲われたと賢者様が仰られていたの。もしかして」
「…あぁ。殺された。魔王軍の襲来で俺の親父とお袋。それからチョウロさんが殺されて、俺達の幼馴染が攫われたんだ」
エミールは膝から崩れ落ちた。
そして改めて、訪ねてきた英雄様たちを見やる。
そもそもの生まれはエクレア。
今は魔物が跋扈しているからデスモンドまでしかいけないけれど、
「魔王が降臨し、世が乱れし時、西より金の勇者が現れる。文武両道才色兼備、多彩な魔法と多くの武技を使いこなす水色の才女…。確かにそのようだね」
「お父…さん?」
「エミールさん?」
そんな彼がミッドバレイの伝承を知らない筈がない。
「岩をも砕く天才剣士にして赤色の美少女…。確かにレイ君の言った通り、うちの娘は英雄になるべく生まれたのかもしれません。ですが…」
赤毛のエミリ、超絶な膂力。
そうかもしれないと思いながらも、そんな旅に娘を送り出せるかという話だ。
とは言え、決めるのは彼ではない。
「アル。エミリは予言された英雄だ。力はさっきの通りの即戦力。…加えて、彼女はユーノを見たかもしれない。さぁ、どうする?」




