もはやネタバレするしかないピロー教団
お前を慕うヒロインたちが死ぬ。
その言葉を聞いても、勇者は勇敢に構えたままだった。
「悪魔の嘘に騙されちゃ駄目だよ。僕たちは強いんだから」
「でも…。あのドラグノフがいるし」
「大丈夫だよ。僕たちには主の加護がある」
「だっから!お前たちは弱いんだよ!」
ムービー前後で多くて3ターンしか経過していない。
戦いはまだ始まったばかりだし、何度も仕切り直されている。
だからってまだ戦いの結果が分からないとは限らない。
レベル90超え。それは人間で言う達人レベルを遥かに超える。
経験値という名の経験もバカみたいに多い。
よく言うではないか。達人は数手組み合わしただけで相手の実力が分かるとか。
だが、勇者の肝の座り方は尋常ではなかった。
「エミリ、マリア、ソフィア、キラリ、アイザ、リディア、サラ、そしてフィーネ」
それは詐欺師の顔でも、狂人の顔でも、子供の顔でもなかった。
聖人、英雄、若しくはやはり神の使いのそれか。
「世界の破滅を食い止める為の戦いだよ。激しい戦い。死ぬかもしれない。ううん。一人が二人死んだとしても、十分過ぎる勝利だよ。勿論、その中に僕自身も入ってる。僕は命を懸けて戦ってる。…みんなは違うの?」
ヒロインたちが大きく目を見開いた。
レイも同じく、目を剥く。
世界を救う為に、どうして犠牲が出ないなんて思うのか。
自分自身も入っているのだから、彼の言っているのは正論に思える。
ゲームじゃなければ、本当に正論かもしれない。
そして勇者は大魔人を、魔人を、レイを睨みつけた。
「あの車の中は安全みたい。アイザにも言ったけど、怖かったら中で待ってて。僕は止めないから。だって、皆は。ううん、僕たちはあの男の口車に乗せられて、あの車で移動して、その先で僕たちは知り合っただけ」
「てめぇ…。俺のせいにすんのかよ」
「レイのせいなんて言ってない。危険な場所まで来る必要はないって言ってるだけだけど。何か間違ってる?」
勇者が魔人に向けるのは避難の目、その一方で仲間には優しい眼差しを向ける。
魔人はさらに大きく目を剥く。
勇者はおかしなことを言って…いない
DLCシステムでは、ヒロインを連れていくかは勇者が決める。
アルフレドは好んでハーレムルートを並行させたわけではない。
そうなるように頑張っていた男の顔が真っ赤に染まる。
「俺が言ってんのはそっちじゃねぇ!仲間を見殺しにするような行動をするなって言ってんだ。マジで死ぬとこだったんだぞ」
「同じことを言わせないでよ。今まではただ運が良かっただけ。でも、誰が死んでもおかしくなかった。死なせたくないなら、…何もせず、このまま死んでよ。レイなんだよね?覚えてるんでしょ?ユーノが大変なんだよ…」
ドラグノフ程の覚悟もなく、殺し合う相手の声を聞く。
相手にもよるが、多分今回は良くない方に向かう。
キンン!!と耳鳴り、朧な頭痛が折れた雄牛の角辺に響く。
それはムービーのレイからの記憶という名のメッセージ
微かに見えてくる。
記憶を残したまま、魔人になったのだ。
0歳からスタトで育ったアルフレドよりも、フィーネよりも、ユーノとも思い出は…
駄目だ!思い出すんじゃない!
忘れるんだよ!
お前には役目がある!
あの子の話なんてしてはダメ!!!!!!
脳の内で開けようとする自分のような陰と、必死に押さえつける自分みたいな影。
そして、胸を突き刺す…、本当の痛み
「う…ぐ…」
魔人の片膝がユニコーンロードの柔らかく分厚い布地に埋まった。
心を騒がせる声は遠のいて、別方向の遠いところから自分を呼ぶ声が聞こえた…
「レイ‼動け‼」
「さっきから何やってんだよ‼」
「戦場で棒立ちとは不甲斐ない」
「いくらアタシたちが強くても死んじゃうんだからね‼」
朧に見えた記憶の扉は消し飛んで、
じゅうじゅうと煙と血を吐く、何かが
金属の飛び出た一張羅が、くっきりと浮かび上がった。
そこから見上げると
「大丈夫。あんな奴らの言うことなんて聞かなくていい。このまま」
幼年の頃から変わらない無邪気な笑みの少年がいた。
優しい口調で昔の思い出話をしながら、何度も聖なる大剣を胸に向かって刺し続ける。
「っめぇ‼」
「レイ、このまま永遠に滅べ。——英雄雷鳴剣‼」
「そうじゃねぇって言ってんだろっ‼闇女神次元爆‼」
自分の命を守らないと、流石に全てが終わる。
だから思い浮かんだ魔法を周囲に解き放った。
実はこの魔法が、大魔神レイが使う最大火力の魔王軍専用魔法で、DLC前のラスボスのデズモア・ルキフェと同系統の魔法だ。
「く…」
それを放ったのは両陣営の間。
全体魔法という概念がゲームにしかないドラステ世界だが、後衛にまでその衝撃は届く。
因みに、魔法はスキルと違って、敵にも味方にもダメージが入る仕様だ。
そして勇者はユーノ以外の全員を車の外に出していたから、車以外が吹き飛ばされる。
「何よ、これ…。マリア、ソフィア、。アルをお願い!」
「おっけー、任せて」
「承知しました!」
「私とリディア様はエミリ。あとポーション使って、自分の回復もしなさい」
「仕方ありませんわね。アルフレドは大丈夫かしら」
全体攻撃風の範囲魔法、爆発系の魔法。
前に出ていた勇者が、一番近くにいた者が、最もダメージを喰らう世界でもある。
「はぁ…はぁ…。これで、分かったろ。お前達の攻撃は俺たちにはこの通り…」
「何言ってるのよ。アンタも引いて。アズモデ、アンタ回復魔法を一応使えたわよね」
「回復は趣味じゃないけど」
「でも、まぁ。アイツらも分かったんじゃねぇか?」
エミリは近くで被爆したから大ダメージを食らっている。
同じ前提、同じ距離にいたゼノスとドラグノフはかすり傷程度。
バランスがおかしい。だけど、ちゃんと理由がある。
「同意。拙者が出るまでもない」
「魔王様に派手なアピールしたクセに…、って嘘でしょ…」
でもエルザは目を剥いた。
一人の人間が立ち上がったから。
彼は最も近くで爆発を喰らって、最も遠くに飛ばされた。
「アル…フレド…」
「皆…、僕は大丈夫。フィーネの言う通りにしてたら治ったよ。だから今のを続けよう」
大ダメージは入った筈。
勿論、ポーションを使えば魔法のような回復は出来るけれど、余りにも余裕な顔に悪魔でさえ顔が引き攣る。
「お前…、まさか」
「へぇ、流石はレイだね。もうバレちゃった。でも、必要なことだよ」
「何がだ!ユーノがいたら闇の波動で、互角に戦えるんだぞ!ユーノを出せよ。お前は大丈夫でもエミリは重しょ…」
「レイが言ったんだよ。僕は勇者って」
「勇者だからって何をやってもいいわけじゃない!」
車内と車外で経験値の入り方が違う。
よく使うキャラのレベルなんかは頭一つ抜ける。
勇者、主人公なんかは典型例だ。
そして、あのパーティの場合。
今も、その前までだって、基本的にエミリは前線固定で戦っていた。
アルフレドとエミリは殆ど同じレベルだと考えられる。
勿論、勇者は万能型で魔法防御も…、なんてDLC編で暈しても意味はない。
ドラステであんなにステータスの差が出るとしたら、種ドーピングに決まっている。
「違う、アルは悪くない!」
「そう…だよ。皆で決めた事なんだし。…大丈夫。あたしもまだ戦える」
「勇者様は主に、世界に選ばれた、私の、私たちの大切な御方です」
好感度マックス、および好感度マックスイベント恐るべし。
心酔というより信仰。天から遣わされた勇者で、今から光を取り戻す戦いをするんだから、そうなるかもしれない。
だが、事態はもっと深刻だった。
「レイのお陰で僕も皆も、世界の意志の使い方が分かったんだよ。ううん。皆、頭がいいから、レイよりも上手く使えるようになったんだ」
目が点になる。
「世界の意志。それは主のお導き。中心にはいつも勇者様がおられます」
「がんばろっ‼勇者様さえご無事なら、アタシたちも祝福されるんだし」
「マリア様はお顔の傷が気になるだけでしょうに。祝福されてもわたくしの白さに及びませんわよ」
「箱入りお姫様だからって、いい気にならないで」
点とは言うけれど、
驚愕した時は多くの情報を入れたくて瞳孔がぐわっと広がる。
「戦いで勇者が生き残れば…、主の導きがある…だと?」
「そ。キラリが色んな場所を教えてくれて、それから皆で考えたんだよ」
「ぼ…僕にできるのはそれくらいなので。デスモンドまでの話も加味して、色々考え合わせると」
「主の祝福としか考えられません。ほつれた衣服も綺麗に戻るのです。あれは間違いなく奇跡」
「だからー。服は買い直せばいいでしょ。大事なのはお肌だって」
「マリアは体重もでしょ」
登場シーンのマリアを思い出す、ノー天気な顔
それをツッコむ赤毛少女。二人はピロー枢機卿の一人。
三人寄れば文殊の知恵は何処かに行った。
ステータスの賢さが上がれば、賢者になるとは何だったのか。
ただ気持ちは分からなくもなくて、魔人の光る犬歯は蒼褪めて、顔は引き攣った。
「そりゃ…、ドラステは可愛いヒロインが売りのゲームだし。それでイベントバトルは世界の意志とセットだから…。勇者が無事なら問題ない…か。燕雀安くんぞ…、いやこの場合は井の中の蛙?」
「また、勇者様の悪口を‼」
「そうじゃなくて‼ピロー枢機卿団が間違ってんだよっ‼」
「そんなことありません。僕は神のお導きに従って、ちゃんと実験したんです。自動車に欲情する低俗脳に言われたくありませんね」
「キラリ、熱くなっても仕方ないよ。レイは知らないんだから」
「あ、アルフレド君がそう仰るなら…」
どうやら覗きは大成功…、ではなくて
三人寄っても、ステータスが上がっても、前が見えなくては間違った方向に向かってしまう。
船頭が多い、あっちの諺が正解だったらしい。
そしてラブ・イズ・ブラインド——
「実際には勇者が瀕死で、ヒロインが打ち倒してもそうなる。お前達は騙されてんだよ」
ハッキリしていることがある。
勇者は今もユーノルートを闊歩している。
二つのルートが並走しているとか関係なく
やはりアルフレドは、一つのことしか考えていない。
そのフレーズが癪に障った、敬虔を演じる少女が飛び掛かる。
「なんですってぇぇえええ‼勇者様、見てて。——スキル・断頭大蛇」
DLCで上限突破した彼女なら、飛んでいるドラゴンだって撃ち落とせる。
刃物付きブーツだから、龍鱗だってどうなることやら。
「もう…、いいか」
「諦めて、首を差し出しなさい‼」
だが魔人は肩を竦めて、頭上でマリアの足を再び掴む。
そしてそのまま投げ飛ばし、
「マリアぁぁぁぁああああ‼」
歪んだ空気を切って、空中を舞う。
「丁度いい。なんせ全員が揃っているんだ。戦いも中途半端だから、ムービーも入らないだろ」
半端も何も始まっていない。
最初の1ターンは大ダメージを喰らうが、そこでユーノの闇の波動が放たれる。
「勇者、アルフレドの目的は今も変わらずユーリの救出だ」
魔物たちが崇拝し、魔物たちの力の原動力とも言えるプラチナ因子の塊のような少女の一撃だ。
魔物たちは攻撃力を半減され、体も柔らかくな。
そして動きを遅くし、
今のマリアのように、ゆっくりと——
…トゥン
ガチャ…、バンッ…
トントントントン、スタ…
「みんな、聞いて。アルの目的は…、わたし…だけの救出なの」
「そう…。でもそれはさっき俺が言っ…」
直後、マリアが床に投げ出された。
「ユー…ノ?いつの間に。駄目だよ、ユーノは出てきちゃ」
「アル、聞いて。わたしを助ける為にはユーリを倒さないといけないの。でも、…わたしには器がないから…」
キュキュキュインと歪んだ空間が戻る。
この現象を、この感覚をレイは知っている。
「嘘…だろ、お前まさか」
ちょっと場所はズレているが、同じ魔王の間で聞いたばかり。
「そのまま消えてしまう運命のわたし」
喋り方は違うけれども、同じ声質。
「わたしを助けるには、……それ…相応の…器が必要…で。ううん、わたしだけじゃない…」
色は違うけれども、同じ輪郭。
「…えっと…ね。ユーリが居なくなった分も必要だから、…この…全部じゃないと…」
当然だ。
二人は対の存在。神の器にして神の化身、今は殆ど神みたいな存在。
プラチナ色の髪が寂し気に靡く。
美少女という言葉だけでは言い表せない完璧な存在。
「……こ…の…政界」
同じ色の長い睫毛が揺れる度に、粉雪のような素子が舞う。
「あ、間違えた。世界を…壊してしまう…」
そして澄んだ涙が、頬をゆっくりと伝い、彼女の分厚いコートの一部を濡らす。
濡れた瞬間、布全体がうっすらと輝いて、それ呼応したように
長い二つと短い二つが青く光る。
「やられた…。俺が言おうとしたこと全部…。また、全部言われた…。ってか、そんな完璧な神なら噛むなよ‼」




